俺様勇者と武闘家日記
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第3部
ジパング
扉の向こうの決戦
戦いの末、オロチを瀕死へと追い込んだ私たちは、逃げ込んだオロチの後を追うために、新たに生み出された旅の扉へと入った。
青く光る水面か、それとも水面越しに見える青空か。どちらとも言えない曖昧な青い世界を揺蕩いながら、ふとジパングに来る前のことを思い出す。そういえば、旅の扉で酔ったことのあるユウリは大丈夫なのかと視線を向けると、どうやら平気そうにしている。ヒミコ様の屋敷から入ったときも平然としていたし、もしかしたら長い船旅で克服したのかもしれない。
脳が揺さぶられるような感覚の後、青い景色から一転、現実の世界にいつの間にか降り立っていた。旅の扉も慣れれば意識も失うことなく通れることを、ここジパングで知った。
着いた瞬間、どこかで嗅いだことのある匂いが鼻を掠める。確かこの爽やかな木の匂いは確か、ユウリがヒミコ様の屋敷でお風呂に入った後……。
「って、あれ!? ここって……」
見覚えのある景色に、私はきょろきょろと辺りを見回す。今気づいたが、この独特な匂いはユウリがお風呂に入った後に嗅いだのと同じ匂いだ。それに板張りの床と壁、壁のあちこちにある精巧なレリーフ、そして正面には、この国でしか見たことがない木製のカーテンのようなもの。
間違いない。ここは先ほど訪れたヒミコ様の屋敷だ。しかし今は天井に穴が開いており、壁のところどころには破壊された跡がある。おそらくオロチがあの巨体のままここに辿り着いたせいで、建物の一部が破壊されたのだろう。
でもなんでオロチが逃げ込んだ場所がヒミコ様の部屋なんだろう!?
「ユウリ、ここって……」
「そういうことだったんだな」
一人納得したように呟くユウリ。耳にした以上、彼の考えを聞き流すわけには行かない。私が尋ねようと口を開くが、その前にシーラが彼の言葉に続く。
「ユウリちゃん、あたしはここに来たことがないから確証は持てないんだけど、ひょっとしてここってヒミコ様って人の家?」
「ああ。そして俺の推理が正しければお前の予想通りの展開だ」
「なるほどね。ならなおさらここで倒さないとダメだね」
うう、二人の話が抽象的過ぎて、何を言っているかわからない。
「おいお前ら、結局何が言いたいんだよ?」
ありがとうナギ。私の気持ちを代弁してくれて。
「つまりねナギちん、あのオロチはヒミコ様と関係があるってこと」
「はあ!?」
「詳しい話はあとでわかる。今はオロチを探すのが先だ」
ここに辿り着いたのは良いが、どうやらこの部屋にはいないらしい。木製のカーテンの裏も見たが、誰もいなかった。
いや、居ないのはこの部屋だけではない。それに、先ほどまでいた侍女の姿はおろか、屋敷にいる人間の気配が全くなかった。
「そりゃああんなでっかい化け物が突然屋敷に現れれば、誰でも逃げ出すよな」
この状況に、冷静にツッコミを入れるナギ。そのうち屋敷の外の方から、叫び声や悲鳴が聞こえてきた。
「まずいな。あいつ、村人を襲う気だ!!」
果たして、ユウリの危惧は当たっていた。屋敷に出た途端目にした光景は、オロチが今まさに村人に襲い掛かろうとしているところであった。
本体オロチの首が近くにいた村人に迫る。オロチを初めて見た村人たちは狙われている村人など見向きもせず、恐怖で逃げまどっている。またある人は腰が抜けて動けないのか、しゃがみ込んで建物の陰に隠れながらガタガタと身を震わせていた。
「たぶんあいつ、人を喰って体力を回復するつもりだよ!!」
シーラの見解に、私は体中の血液が逆流する感覚を覚えた。無意識に星降る腕輪の力を発揮させると、いの一番にオロチへと向かった。
その間、私は鞄にしまっていた鉄の爪を取り出すと、迷うことなく右手に装備した。使い慣れていない武器ではあるが、一撃必殺の目的であれば今ここで使う方が確実に仕留められる。
「皆、これがあたしの最後の呪文だよ!!」
シーラが叫ぶ。もうシーラのMPは尽きかけている。やるなら今しかない!!
「ピオリム!!」
味方全員の素早さを上げる呪文。再び白い光を纏った私は先頭を走り、次いでユウリとナギが後に続く。
『き……、貴様ら……、まだ……?』
ようやく私たちの存在に気が付いたのか、こちらをゆっくりと振り向く本体オロチ。でも、気づくのが遅い!!
「はああっっ!!」
私は一声吠えると、思い切り地面を蹴ってオロチに向かって猛ダッシュした。鉄の爪が煌めき、オロチの胴体を横一線に薙ぐ。
『ギャアアアアアアァァァァッッッッ!!!!』
裂いた胴体から、勢いよく血が噴き出す。私はオロチの返り血を浴びながら、後ろに退いた。
だが、まだオロチは倒れない!! 鉄の爪を使っても、致命傷を負わせることはできないってこと!?
「ナギ、挟み撃ちだ!!」
「おう!!」
ユウリの呼びかけに、短く応えるナギ。瞬間、二人は横に回り込むと、オロチに向かって同時に跳んだ。
「くたばれええぇぇっ!!」
ナギの放つチェーンクロスが、オロチの首を直撃する。首はあらぬ方に曲がり、悲鳴すら中断させた。
「これで終わりだ!!」
続いてユウリの一閃。渾身の一撃が、オロチの首と胴体を完全に斬り離した。首は放物線を描きながら、地面へと落ちていく。
『ア……、アア……!!』
もはや断末魔と呼べるほどの声も出せず、本体オロチはそのまま地面へと転がった。
「や……、やった……?」
いまだ現実感を得られず、完全にオロチがこと切れるのをただ呆然と立ち尽くしながら眺める。
すると、オロチが息絶えた瞬間、その肉体からぼんやりと、人の姿が現れたように見えた。
半透明なその姿は、昨日見たヒミコ様によく似ていた。
「ゆ、ユウリ……、あれって……」
「ああ、あれはヒミコだな。少し雰囲気が違うが……」
いや、そのヒミコ様がなんでオロチの身体から浮かび上がってきたのかが知りたくて聞いたんだけど。
もしかして幽霊では、と一瞬頭をよぎったが、ヒミコ様は死んでるわけではないので、結局正体がなんなのかわからなかった。
けれどその半透明のヒミコ様が天へと昇っていった瞬間、わずかに微笑んだのを、私は見逃さなかった。
そうこうしてる間に、オロチの肉体が徐々に塵となって、消えていくのを確認すると、ようやくオロチを倒したという実感が湧き上がった。
「皆、オロチを倒したよ!!」
シーラが感極まった表情で私たちのもとへと駆け寄る。緊張の糸が切れた私は、近づいてくるシーラと抱きしめあった。
「うわあああん!! 勝った、勝ったよおお!!」
オロチを倒して嬉しいのか、それとも今頃になって恐怖心が戻ってきたのか、ボロボロと涙をこぼす私とシーラ。そんな女二人の様子を、男たちはほっとしながら眺めていた。
「何とか倒せたか……」
呻くようにつぶやくユウリ。そんな彼などお構いなしに、ナギはユウリの背中をポンと叩いた。
「へへ。やっとオレを名前で呼んでくれたな」
ナギの言葉に初めて気が付いたのか、わずかに顔を赤くするユウリ。
「あのときは時間がなくて文字数の短い方を選んだだけだ」
「そんな理由で呼んだのかよ!?」
とまあ、そんなこんなで、ようやく私たちはこの国の災厄ともいわれる魔物である、オロチを倒すことができた。
その様子は当然周りにいた村人たちの知るところとなり、とうとう神の使いから本当の神扱いをされるまでになったのは言うまでもない。
「皆さん、オロチを倒してくださったんですね!!」
騒ぎを聞きつけてきたのか、ヒイラギさんが駆けつけてきてくれた。
「ヒイラギさん、これからはヤヨイさんと二人で堂々と暮らせますよ!!」
私の言葉に、ヒイラギさんは両手を口で覆いながら、その場に崩れ落ちた。
「本当に、本当にありがとうございます……!! なんとお礼を言ったらいいか……」
「とりあえず、先に顔を洗わせて欲しいんだが」
そう言えば、ユウリの顔は化粧とオロチの返り血で汚れたままだった。ヒイラギさんは苦笑しながら、私たちを再び家に迎え入れてくれたのだった。
その日の夕方。村は騒然としていたが、当事者である私たちは喧騒を離れ、ヒイラギさんの家で戦いの疲れを癒していた。
ヒイラギさんの家に戻ると、早速私たちは納屋の方へ向かい、ヤヨイさんと話をした。事の顛末を聞いたヤヨイさんは嬉しさのあまり、目の前にいたユウリに抱きついた。抱きつかれたユウリより、ヤヨイさんの方が慌てふためいていたが、よっぽど嬉しかったんだろう。彼女は照れながらも、何度もお礼を言っていた。
その後私たちはヒイラギさんのご厚意で、もう一晩泊まることになった。食事の間、私たちの活躍を見ていた他の村人たちがヒイラギさんの家にやってきて、次々に感謝の言葉を伝えてきた。中には米俵をくれる人まであらわれ、ちゃっかりユウリはそれを受け取っていた。
「それにしても、どうしてオロチが逃げ込んだところが、ヒミコ様の屋敷とつながってたんだろう?」
ヒイラギさんが炊いてくれた白飯を口に入れながら私が言うと、ユウリは何か言いたそうにしながらも、無言で私を一瞥した。
「ミオちん、今後のことも気になるし、明日屋敷に行ってみようよ。何かわかるかもしれないよ?」
「あ、う、うん。そうだね」
なんとなくだが、シーラに上手くはぐらかされた気がする。そしてヒイラギさんとヤヨイさんの方を見ると、二人ともどこか浮かない表情をしていた。
そんな二人の気を紛らわそうと、シーラが明るい声で彼女たちに尋ねた。
「あ、そうだ。超今更だけど、二人とも、『オーブ』って知ってる?」
「『おうぶ』ですか……? さあ、わかりませんね」
ヤヨイさんにも視線を向けるが、彼女も首を振る。
「その、『おうぶ』というのは、いったいどういうものなんですか?」
「言うより実際に見た方が早いな」
そう言うとユウリは箸を置き、部屋の隅にある自分の鞄から、ちょうど手に取ったブルーオーブを取り出した。
「これと同じ形状で、おそらく紫色をしているみたいなんだが、見たことはないか?」
薄暗いランプに照らされた青く光るオーブをまじまじと見たヤヨイさんは、まるで宝石を初めて見る子供のように目をキラキラと輝かせた。
「こんなきれいな珠、見たことありません……。ですが、もしかしたらヒミコ様のお屋敷にあるかもしれません」
「なんだって!?」
彼女は自分に注目するユウリから恥ずかしそうに目を背けながらも、記憶の糸を辿るように話し始めた。
「確か、オロチの生け贄に選ばれた後、ヒミコ様のお屋敷に呼ばれたんですが、そこでヒミコ様は私に話していました。無事に生け贄として役目を果たせたら、十分な褒美を家族にくれると」
「その褒美の中にオーブがあるかもしれないということか」
ナギの推理に、ヤヨイさんは小さく頷いた。
「どのみち明日は屋敷に行く予定だからな。オーブのことも屋敷の連中に聞いた方がよさそうだ」
ユウリの決断に、私たちは是非もなく同意した。
「あ、あの……、その『おうぶ』とやらを見つけたら、ユウリさんたちは行ってしまうのですか……?」
おずおずと、ヤヨイさんがユウリに尋ねる。
「ああ。俺たちがここに来た目的は、そのオーブを手に入れるためだからな」
「そうですか……」
その言葉に、ヤヨイさんはしゅんとなる。
「もしかしてヤヨちゃん、あたしたちと離れるのが寂しいんじゃない?」
図星を突かれたのか、シーラの発言に目を丸くするヤヨイさん。
「そ、そんなこと……」
否定しない辺り、あながち間違ってはいないようだ。けどそれは、私も同じだ。
「私ももっとヤヨイさんたちと一緒にいたいよ。せっかく仲良くなれたんだもん」
「お前の場合はここの飯が食えなくなるのが嫌なだけだろ」
「そんなことないよ!!」
ユウリの横やりに、即座に否定する私。そんな言い方されたら、私がただの食い意地の悪い女だって思われちゃうじゃない! ……まあでも、ここの国のお米が滅茶苦茶おいしいのは間違いないんだけどさ。
そんなやり取りを交わしながら食事も終わり、昨日と同じように寝床につく。ユウリとナギは納屋で再び寝るため、外に出た。先に納屋へ行ったナギのあとに続くように、ユウリも入り口の戸を開け納屋へ向かう。するとそこへ、ヤヨイさんがユウリのもとへ駆け寄った。
「あ、あの、ユウリさん、ちょっといいですか?」
突然声をかけられ、訝しむユウリ。だが特に断ることもなく、ユウリとヤヨイさんは揃って外へと出ていってしまった。
「ヤヨイさん、ユウリに何の用だろ?」
つい気になった私は、ぼそりと呟く。そんなつぶやきを聞いていたシーラが、ヒイラギさんが用意してくれた布団にくるまりながら答える。
「気になるんなら、こっそり追いかけてみれば?」
「で、でもそれって覗き見してるみたいで、罪悪感というか……」
「うーん、気になるんでしょ? でもまあ、ミオちんのしたいようにやんなよ。あたしはもう眠いから寝るね。おやすみ~……」
よっぽど疲れているのか、そう言った途端シーラはすぐにすやすやと寝息をたて始めた。私もオロチとの戦いで相当疲れているはずなのだが、なぜかユウリとヤヨイさんの姿がちらついて眠る気が起きない。
しばらく悩んだが、このモヤモヤとした感情をすっきりさせるため、結局私は入り口の戸を開けることにした。
戸を静かに開けて外に出ると、眩しいくらいの月の光が辺りを照らしていた。
リーンリーンと、涼しげな虫の音がどこからともなく聞こえてくる。
辺りを見回すが、近くに二人はいないようだ。だが、建物の陰に隠れないと、この月明かりでは私の存在はすぐにバレてしまう。私はまず近くの茂みに隠れながら、二人がどこにいるか探すことにした。
——あ、いた!
探すこと数分、家の裏手の方に二人は立っていた。私は気配を極力抑えながら、二人の声が聞こえる範囲まで近づき、身を低くして家の壁の陰に隠れた。
「……いい加減用件を言ってくれないか」
しばらくの沈黙のあと、堪りかねたのか、ユウリの方から口を開いた。この様子だと、まだヤヨイさんは用件を伝えていないらしい。
「すっ、すみません! あの、えーと、その……」
だが、ユウリに促されてもヤヨイさんは、なかなか言い出せずにいる。かくいう私もじれったいと思いながら彼女の次の言葉を待っていた。
「あのっ!! ユウリさんは、恋人とかいるんですか!?」
「!?」
なっ!?
意を決して放った言葉は、予想外の内容だった。
もしかしたらと薄々感じてはいた。けど、今の質問で推測がほぼ確定に変わった。きっとヤヨイさんは、ユウリのことが……。
「……いや、別にいない」
ユウリのことだから、回りくどい言い方をするのかと思いきや、意外にも素直に返答した。
「じゃ、じゃあ、好きな人とかは……?」
ヤヨイさんの声が、こころなしか弾んでるように聞こえる。だが、彼女の踏み込んだ質問に、二人の間に十分すぎるくらいの沈黙が続いた。うう、流石にこの場にいる私も気まずい。
「……今はいない」
「!!」
『今は』? じゃあ、昔はいたんだろうか?
確かエジンベアで、ユウリは昔アリアハンの王女様に言い寄られていたとか言っていたが、もしかしてその人のことだろうか?
いや、イシスに寄ったときも女王様に好かれていたみたいだし、きっと今まで色々な女性と接していたのかもしれない。それに、ヘレン王女みたいな性格の人が苦手だと言っても、世の中そんな女性ばかりではない。だとすると、アリアハンにいる人か、もしくはこの旅で出会った人か……。
そこまで考えてはたと気づく。私ってばなんでユウリの女性事情にここまで深く考えているんだろう?
私は頭を振ると、再び二人の方に視線を向ける。先程のユウリの答えに、ヤヨイさんは落ち着いた様子で彼に向き直った。
「ユウリさん。私……、一目見たときからあなたのことが好きです。もし旅が終わったら、私と夫婦になってくれませんか?」
うわあああああっ!!??
思わず叫びそうになる口を、必死に両手で抑える。
生まれて初めて人が告白するところを見てしまい、なぜか第三者の私まで真っ赤になってしまう。
暗闇と遠目で二人の表情はわからないが、心なしかソワソワしているヤヨイさんに対し、当のユウリは平然としているように見えた。そして一呼吸の間を置いて、ユウリが放った答えは――。
「……悪いが、お前と夫婦になるつもりはない」
「……!」
はっきりとした口調で言われ、ヤヨイさんはあきらかに落胆した様子で肩を落とした。その姿に、なぜか私までモヤモヤしてしまう。
「そ……、そうですよね……。まだ私たち、出会ってそんなに経ってませんものね。でも、一緒に暮らすようになって、私のことをもっと知ってもらえば、もしかしたら……」
急に言い訳めいたことを言い出す彼女の言葉が段々と消え入りそうになり、再び沈黙が訪れる。
「……ごめんなさい、変なことを言って」
「悪いが、お前の気持ちには応えることが出来ない。……すまない」
気丈に振る舞うヤヨイさんの姿に、さすがのユウリも最後は謝った。
「謝らないでください。ユウリさんに本当の気持ちを伝えることが出来て、私もすっきりしました。そう言うことなら、諦めるしかないですね」
ヤヨイさんの口調は強がりにも思えたが、それでもさっきよりは吹っ切れたように感じた。
「もう遅いですし、戻りますね」
その言葉に、私は自分が今置かれている状況を再確認した。今戻らなければ、私がここで覗き見をしていたことがバレてしまう。
二人はまだ何やら話を続けていたが、それどころではない。私は音を立てず急いで家に戻ったのであった。
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