Fate/WizarDragonknight
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1か月遅れの誕生日
前書き
一か月、お待たせしました!
今日から8章開幕です!
「お誕生日おめでとう!」
クラッカーが鳴る音が、何重にも響く。
そのサプライズに、松菜ハルトは大きく怯んだ。
「うわっ! みんなどうしたの!?」
今日の出前を終えたハルトは、そのまま住み込みの職場であるラビットハウスに戻ってきていた。
特製のバイクを停車させ、出前の荷物を指定されている場所に収納し終えたハルトは、そのまま店内ホールに戻ってきていた。
だがそこで、突然のお祝い。ホールの中心に大きく飾り付けられた『ハルトさん お誕生日おめでとう!』というアーチの文字に、ハルトは一瞬唖然とした。
「誕生日って……俺、誕生日先月だけど?」
「そうだけど! ほら、誕生日の時それどころじゃなかったから! 今日はみんなでお祝いしたいんだよ!」
元気が服を着たような少女、衛藤可奈美。彼女はそう言いながら、ハルトの手を掴み、そのまま店内へ引き込んでいく。
そう、ハルトの誕生日。先月下旬のその日が、本来の松菜ハルトの生誕日だった。
だがその日、ハルトにとってとても大きな戦いがあった。
聖杯戦争。この見滝原において行われる、願いをかけた殺し合い。その参加者であり、運営が放った刺客でもあるルーラーのサーヴァント、アマダムが巻き起こした戦いがあったのだ。
そしてその日、ハルトは初めて可奈美たちの前に、その正体を現した。
絶望した人間の魔力を食らい、生まれ出でる怪物ファントム。ハルト自身が、これまで戦ってきた宿敵と同じ生命体だったことを知られたことで、ハルトは大きく動揺してしまった。
その後、自らを見つめ直し、骸骨の姿の敵や可奈美の助力、異世界の来訪者からの励ましもあって、何とか自らを受け入れることができたのだ。
だが、その戦いの期間、ハルトたちはラビットハウスには無断での戦いとなった。欠席になった分、月末は仕事に忙殺され、そのまま時が過ぎていった。
五月初頭の大型連休に至っては、このラビットハウスも繁忙期となり、ハルトもずっと制服のまま一日を過ごすことが多かった。
その後、ラビットハウスの面々で旅行に行く話も持ち上がったが、ハルトと可奈美は残ると言い張ることで、落ち着いたのは誕生日から半月近く経った今になってしまった。
「そうだよ! だから、今日は私たちが徹底的におもてなしさせてもらうよ!」
そう元気に叫ぶのは、ハルトと同じくラビットハウスで住み込みのバイトをしている保登心愛。ハルトよりも少し先にラビットハウスで下宿を始めた明るい少女は、クルクルと回転しながらハルトの左手を掴み、可奈美とともにホールの中央に引き込んでいく。
「おおい、ちょっと!」
「いいからいいから!」
笑顔のまま、可奈美とココアはホールの中心に近い席へハルトを引っ張っていく。
「すみません。ハルトさん。しょうがないココアさんですから、付き合ってあげてください」
ココアの隣でそう言うのは、このラビットハウスの看板娘、香風智乃。
あまり気乗りしないようなことを口にしながらも、楽しんでいそうな表情からは、祝いたいという気持ちが表に出ているようにも見えた。
「改めて、ハルトさん、お誕生日おめでとうございます」
「嬉しいけど……」
ハルトはそう言いながら店内を見渡す。
すっかりハルトの誕生日パーティ一色に染まったラビットハウス店内。他の客にとって迷惑にならないかと考えたが、店内に自分たち以外の人影はなかった。
「これ……もしかして貸し切り?」
「今日はハルトさんの誕生日パーティだからね! たっくさんお祝いするためだよ! もちろん、チノちゃんのお父さんもオッケーしてくれたよ!」
ココアがそう言いながら、ハルトを真ん中の席へ案内する。背中を押す彼女は、元気に足を運びながら、椅子に座らせた。
ハルトが腰を落とすと同時に、ココアが椅子を押す。すぐにココアがその場から退く気配がすると、また別の人物がハルトの後ろに並んだ。
「お! おおっ! おおっ……」
それが誰か、と確認するよりも先に、ハルトの口から声が漏れ出る。
「ハルトさん、肩凝ってるね!」
背後からの声が指し示す通り、ハルトの肩が揉みしだかれていく。
「お、これ、は、友、奈、ちゃん……?」
笑顔でハルトの肩を揉んでいくのは、結城友奈。
可奈美の相棒として長らく聖杯戦争を戦い続けている彼女は、鍛えた腕でハルトの肩甲骨周りの筋肉を柔らかくしていく。回数が重なっていく毎に、ハルトの顔がだんだんと和らげていく。
「なんか、すっごい……友奈ちゃん、こう……おう、こういうの……慣れてる?」
「真司さんやおじいちゃんおばあちゃんにもやってるからね。これも勇者部活動の一つだよ!」
「なんだか、だんだん、体から、力が……」
へなへなになったハルトは、そのまま机に突っ伏す。
やり切った友奈がみんなの拍手を受けているのを背後で感じながら、ハルトは力なく起き上がった。
「友奈ちゃんすごいね。体が軽くなった感じがする」
「次はわたしだよッ!」
友奈に負けず劣らず、明るい声が続く。
立花響。
彼女は、厨房より出てきてハルトの前に皿を置く。
「ハルトさん、味があんまり分からないんでしょ? だから、美味しくて辛いものを一杯用意してきたよッ!」
彼女が言う通り、並べられたのはどれも赤々しい。
キムチや麻婆豆腐、辛そうなラーメンなど、見るだけで目が痛くなる食べ物が行列を成している。
「な、何これ?」
「知ってるハルトさん? 辛い物って実は、痛覚から来ているんだよ? だから、一緒に食べよう!」
「一緒にって、こんなに?」
「何々? ハルトさん、辛いもの好きなの?」
ココアが身を乗り出す。
ハルトがそれに答えるよりも先に、響が「そうだよッ!」と口走る。
「ねッ! ハルトさんッ!」
「いや、俺そもそも辛い物食べたことないんだけど」
「いいからいいからッ! さあ、いっただきまーすッ! 一緒に食べるよ!」
彼女が「こんな風にッ!」とばかりに、激辛ラーメンを啜る。即座にその辛さに悶えるが、ハルトは目を細めながらキムチを掴む。
「だから俺味覚ないから、こんなのなにも感じな……いッ!?」
余裕な口調だったハルトだが、キムチを口に入れた途端、目を見開いて口を抑える。
舌の奥で炎が広がるような感覚を覚えながら、思わず手で机を叩く。
誰かがコップ一杯の水を目の前に置く。
それを引っ掴んだハルトは、勢いに任せてそれを喉に流し込む。
「はあ、はあ……! な、何今の? これが美味しいってヤツなのか?」
「美味しいよねッ!」
唇を真っ赤にしながら、響がサムズアップをしてきた。
「……これが美味しいっていうんなら、俺もう一生人間と分かり合えないかも」
「え? でも、私もこういう辛い物好きだよ」
いつの間にハルトの隣に座ったのか、可奈美はそう言ってぐつぐつの辛そうな汁物をすする。
「うん! 美味しい!」
「嘘でしょ」
「ホント! はい! 私からはこれ!」
可奈美はそう言って、膝に乗せていたそれをハルトに差し出した。
反射的にハルトがそれを受け取ると、紙袋特有の音がハルトに返ってくる。
「え? これって……」
「誕生日プレゼントだよ! 私達みんなで選んだんだよ!」
「プレゼント……?」
その概念そのものを忘れていたハルトは、ゆっくりとそれを開封すると。その中から赤い布地が姿を見せた。
「ほら、もう春も終わりだし、ハルトさんの革ジャンも前の戦いで使えなくなっちゃったから。みんなで選んだんだよ!」
可奈美の言葉に、ハルトは顔が熱くなる。プレゼントを取り出し、目の前で広げてみると、それは黒い夏用の上着だった。
以前ハルトが使っていた長袖の皮ジャンにも近いデザインの半袖。通気性に優れているそれは、夏でも上着として相応しそうだ。
「……」
ハルトは、上着を見ながら言葉を失う。
「あれ? ハルトさん? どうしたの? あんまりうれしくなかった?」
「そうじゃなくて……その……誕生日プレゼントなんて、初めてだったから……」
ハルトは声を震わせながら言った。
すると、可奈美はより一層顔を明るくする。
「着てみてよ!」
「うんうんッ!」
「そうだよ!」
響、友奈も賛同する。
頷いたハルトは、もともと薄い赤のインナーシャツに、黒い上着を袖に通す。通気性も保証されている上にそれを着てみると、今まで着ていた革ジャンと同じ雰囲気になっていた。
パンパンと、しわを無くすように服を伸ばす。
「似合う似合う!」
「うんッ! ハルトさんかっこいいよッ!」
口々に褒めてくれる皆。
彼女たちの言葉がお世辞ではないのは、その目を見れば分かる。
「松菜さん、本当に似合ってますよ」
にっこりとほほ笑む、ボブカットの少女。一見すると地味な印象を抱くが、その笑顔はとても眩しい。
「えりかちゃん……!? 来てくれたの!?」
「はい!」
蒼井えりか。
この中ではもっとも最近に出会った少女。
これまで何度も危険から助けてくれた彼女は、礼儀正しく頭を下げる。
「多田さんにご紹介頂きました。本日はお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。本当は先月何だけどね」
ハルトは鼻をこする。
「そういえば、その肝心のコウスケは? あと、真司の姿もなさそうだけど……」
「ああ、二人だったら……」
可奈美は遠慮がちな顔を浮かべながら、指差す。
ハルトは振り返ろうとするが、それよりも先に背後から何かがぶつかった。
「よぉハルト! お前、二十歳になったんだろ!? だったらさあ、酒も一緒に飲めるってもんだぜ!」
それは、ハルトの相棒、城戸真司だった。
ともに聖杯戦争を戦い抜く宿命を背負う、頼れる相棒。だが今やその面影はなく、ウェーブかかった茶髪が特徴の青年は、頬を真っ赤にしながらハルトへビール瓶を押し付けてきた。
「ちょ、真司? もしかして酔っ払ってるのか?」
「大人の嗜みだぜぃ?」
真司はハルトの肩に顔を乗せながら、ずっと笑みを浮かべている。
「ほらハルト、ビールビール!」
「耳元でギャーギャー騒がないで!」
ハルトの抗議をどこ吹く風とばかりに、真司は続ける。
「行こうぜ! 飲んで騒ごうぜ!」
「わわッ! コウスケさん、少しは真っ直ぐにッ!」
響の悲鳴。
奥を見れば、千鳥足の多田コウスケが響に支えられながらもこちらに歩み寄ってきている。
「コウスケまで酔ってるの!?」
おそらくそうなのだろう。
ハルトが帰ってくる前から酒を飲んだと思われる二人は、顔を真っ赤にしながら声がだんだんと大きくなっていく。
「「ビール! ビール! ビール! ビール!」」
真司とコウスケは二人で息を合わせて騒ぎ出す。
「いや、俺ビールは……」
「何言ってるんだよ。二十歳といったらビールだろうが。それにお前、ファン……」
「「ファン?」」
「「「わー!」」」
コウスケが滑らせかけた口を、可奈美、響、友奈が同時に塞ぐ。
首を傾げるココアとチノ。
だが、貸し切りにしていることを幸いにと大声で叫び出す成人男性二人に(なんとビックリ、コウスケは三人を振り切った)推され、ハルトは人生初の缶ビールに触れる。
恐る恐るかんぬきを開く。すると、空気が発泡する音と共に、白い泡が溢れ出していく。
「こ、これがビール……酒か……」
「ハルトさん、あまり無理しない方が……」
冷や汗をかく響。
「あ……ああ。そうだね」
ハルトは生唾を飲み、その縁に口を付ける。
ひんやりと冷えた触覚を伝えられながら、ハルトはゆっくりと金色の液体を喉に流し込んでいく。
ゴクッゴクッと音とともに、半分ほど飲んだところで、ハルトは缶ビールを机に置いた。
「うっ……!」
口を抑えるハルト。
顔の表皮のすぐ下が何やらかき乱されていくような感覚に襲われたハルトは、頭を振りながら残りのビールを口にする。
「ハルトさん? 大丈夫?」
これは誰の声だろうか。
缶ビールを飲み切ったハルトは、大きく空気を吸い込み。
その目が、赤く染まっていく。
「え?」
「あれ?」
「お?」
「嘘?」
「へ?」
いつの間にか。
ハルトの背に、薄っすらと背びれが浮かび上がる。それも、そこそこ発光し始めている背びれが。
酔いが醒めたコウスケと真司を含め、五人の顔が青くなる。
「がああああああああああああっ!」
怒号とともに、ハルトは空間へ息を吐きだした。
凄まじい勢いの息は、空間を震わせるほどで、やがて急激に熱せられた温度は炎さえもあるように見えた。
「うおおおおお!? ハルトさん、口から火を噴いているみたいに!」
「凄い一発芸です……! 私も、これを出来るようになりたいです」
「「「「「わああああああああああああああああああああああッ!」」」」」
ハルトの正体を知らない二人は呑気なことを口にする一方、その正体を知る者たちは慌てて手をあたふたさせる。
「あ、違うのチノちゃんココアちゃん! これは……その……」
「今度ハルトさんがやろうとしている大道芸! 酔っ払っちゃって、今やっちゃってるんだよ!」
「道具もなしにやっているんですか!? すごいです、ハルトさん」
可奈美の失言は、より大きな好奇心をチノに掻き立てさせた。
「ぐるああああああああああっ!」
やがて、ハルトの顔に、邪悪な龍の紋様が浮かび上がっていく。
体内の魔力がアルコールに反応し暴走。徐々に肉体が変化していく。
「あ……」
最初に気付いたのは誰だったのだろうか。
ハルトの背中にはうっすらと翼が生え、その体は黒と銀の頑丈なものへと変化していく。
そしてその顔は、爬虫類を思わせる___
「ハルトさんがこれまで隠してきたファントムが、お酒だけであっさりいいいいいい!?」
可奈美が叫ぶ。
味覚のないハルトはこの日。
永遠の禁酒を誓ったのだ。
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