魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第1章】無印とA'sの補完、および、後日譚。
【第3節】ジュエルシード事件にまつわる裏話。
さて、話は少し遡って、同年(新暦65年)の1月のことです。
年が明けると、プレシア・テスタロッサ(59歳)は、ふと『間もなく、自分の両親が車の事故で死んでから満30年になる』ということを思い出しました。
その2年後には、「形式的に」離婚していた夫も28歳の若さで自殺し、そのさらに2年後には、最愛のアリシアまでもが「あの事故」に遭ってしまったため、すっかり忘れていたのですが……今にして思えば、彼女の父母はとても良い両親でした。
もちろん、夫のナザーリオもとても良い夫でした。三歳も年下の入り婿でしたが、プレシアの両親に対しても、まるで実の息子のように親孝行をしてくれました。
『だからこそ、あんな事故が起きてしまった』とも言えるのですが……。
【この作品では、『アリシアが「愛する夫が遺した、ただ一人の子供」だったからこそ、プレシアもあそこまで深くアリシアを愛してしまったのだ』という設定で行きます。】
プレシアは、ほんの形だけではありましたが、両親と夫の「祀り上げ」をその月のうちに済ませました。
しかし、それによって、プレシアの心をミッドチルダに押し止めておくものは、もう本当に何ひとつとして無くなってしまったのです。
そして、3月になると、プレシアはわずかな手がかりを見つけて(あるいは、『見つけた』と思い込んで)ついに〈時の庭園〉を発進させました。
ミッドチルダを遠く離れ、「あの人」の足跡を辿るようにして、〈辺境領域〉の北東部へと向かいます。
しかし、その駆動炉は高出力ながら、まだまだ不完全な代物で、一度発進させてしまったら、もう半年とは保たないような代物でした。
しかも、実際には何の確証も無い「見切り発車」なのですから、冷静に考えると、これはもう「自殺行為」にも等しいほどの暴挙だったのですが……結果としては(あくまでも結果論ですが)これが功を奏し、翌4月には「ジュエルシードの早期発見」につながることになったのでした。
そして、4月中旬。ユーノが人知れず海鳴市に到着した、その翌々日。まだ少し肌寒い日のことです。
夕刻、はやて(9歳)が車椅子で帰宅すると、いつものように「本」が玄関まですっ飛んで来ました。物心ついた時には、すでに家の本棚にあった大きな本です。
昔から妙な存在感があり、『糊付けされているようにも見えないのに、なぜか開かない』という不思議な本でしたが、その上さらに、いつの頃からか、家の中を勝手に飛び回るようになりました。
思えば、一昨年の5月に両親が事故で死んだ頃からでしょうか。
とても他人には言えない状況でしたが、幸いにも(?)学校を休学して以来、彼女にはもう日常的には話をする相手など一人もいません。
おかげで、はやてはすっかり独り言を言う癖が身についてしまいましたが、それでも、もしこの本が無ければ、車椅子での独居生活はもっともっと気の滅入る代物になっていたことでしょう。
はやては居間に入ると、いつものように上着を脱いでハンガーに掛けました。
しかし、今日に限って、「本」がしきりにその上着のポケットの辺りをを突き始めます。そこで、はやてが実際にそのポケットの中を手で探ってみると、いつの間にか、そこには一個のキラキラした宝石のようなモノが入っていました。
「ん? なんや、コレ? こんなん、別に拾った覚えも無いんやけど……。どこかからピョーンと飛び込んで来たんやろか?
なんや、これが欲しいんか? ……う~ん。まあ、見たとこ、本物の宝石でも無いみたいやし、わざわざ交番には届けんでもええやろ」
はやてには、何となく「本」の言いたいことが解ります。そこで、はやては「何の疑念も無く」そのキラキラした宝石のようなモノを「本」に預けたのでした。
はやてが一人で夕食を取っている間、居間では密かに、アインスの「幻体」が出現していました。今はまだ、魔力が足りず、幽霊のように半ば透き通った姿をしています。
(このエネルギー結晶体は……昔、ベルカで見たことがある! 確か……持ち主の「強い欲望」をそのままに叶えるロストロギアだ。元々は、二十何個かで一組になっていたはずだが……。
我が主が直に触れても何も起きなかったのは、やはり、主に「強い欲望」が何も無いからなのか?)
実のところ、はやてはとても「無欲な子」……と言うよりも、早々と「いろいろなことを諦めてしまっている子」でした。
はやては、今は亡き両親とも本当に仲が良く、一昨年の春に『夏には妹が生まれる予定だ』と知らされた時にも心から大喜びをしていました。
それだけに、彼女は『このまま、両親や「生まれて来なかった妹」の許へと行けるのならば、それはそれでもう構わない』というぐらいの心境に陥ってしまっていたのかも知れません。
(それはそれとして……確か、このロストロギアは「願望実現プログラム」さえ停止させれば、単なる「エネルギー結晶体」として純粋に魔力だけを取り出すこともできたはずだ。『効率は随分と悪くなる』と聞いているが……そうすれば、今すぐにも、その魔力を使って「騎士たち」を目覚めさせることが……。
いや、待て。そもそも、魔法文化の無いこの世界に、何故こんなモノが? ……ここは、しばらく様子を見た方が得策か……。)
アインスは、どこからともなく「拳大の小箱」を取り出し、そこにジュエルシードを封印して、魔力の流出を完全に遮断しました。
そして、夕食後に、はやてはその小箱を見つけて、いささか疑問には思いましたが、そこは軽く流すことにします。
「ん? 大事なモノやから、しまっといたんか? ……なんや、ブックエンドには、ちょぉ小さいみたいやなあ」
そう言いつつ、はやてはその小箱を、本棚における「その本の定位置」の隣に置いて、そのままずっとその小箱のことは忘れてしまっていたのでした。
その夜、アインスは別のジュエルシードの気配を察し、探知魔法で知覚範囲を広げました。
(今の私の力でも、これぐらいの魔法なら……。)
やがて、アインスは、遠くでユーノが怪物と戦っている姿を確認します。
(この世界に魔法文化は無かったはず。当然ながら、「普通には」魔導師など生まれて来るはずも無い。しかし、他の世界からやって来た「フリーの魔導師」だったら、こんな利他的な行動など、取るはずが無い。)
アインスは「自分自身の常識」に基づいてそう決めつけると、今度ははるか上空へと目を向けました。そして、やがて、アインスは軌道上に一隻の次元航行船の姿を「視認」します。
(機関部が大破している? ということは……つまり、あの船があのロストロギアを運んで来たが、この世界の上空で何かしら事故を起こして「大切な荷物」をこの世界に落としてしまった、ということか……。)
ここまでは、名推理でした。
(それでも、転送装置はかろうじて動かすことができた? ということは……さては、あの少年、一見そうは見えないが、管理局とやらの先遣隊か?)
実際には、こちらの推理は間違っていたのですが、この時点では、アインスもまだそれに気づいてはいません。
(我が主も、今はまだ無力。この状況で、私の存在を管理局に知られるのは、マズい。……このロストロギアを使って、今すぐにでも「騎士たち」を目覚めさせようかとも思ったが、どうやら、今はまだ「その時」ではないようだ。
主の体にもすでに「侵食」が始まっているから、あまり長々と待つ訳にもいかないが……ここは、もう少しだけ様子を見るとしよう。)
こうして、アインスは、管理局がこの世界から完全に姿を消すまで、ジュエルシードをこのまま封印しておくことにしたのでした。
その同じ夜、なのはは夢の中でユーノの助けを求める声を聞き、翌朝、再びその声に導かれて、やがて、フェレットのような姿をしたままのユーノを発見しました。
【以下、「無印」の物語は4月中旬から5月末までの間に、TVシリーズを基準として展開します。ただし、ジュエルシードが叶えるのは、基本的には「生身の人間」の強い欲望だけ、という設定にしておきます。
また、『機関部が大破して地球の周回軌道上で立ち往生していた次元航行船は、元々「戦力にはならない輸送船」だったので、5月になってから遅れて地球の上空に到着した〈アースラ〉に機関部を修理してもらった後、一足先に〈本局〉へ帰投していた』という設定で行きます。】
そして、新暦65年5月末、プレシア(59歳)は、地球とファルメロウとを結ぶ「次元航路」の中程で、つまり、その航路が〈ヴォイド〉に最も接近しているポイントで、「12個」のジュエルシードを使って意図的に「局所的な次元震動」を発生させました。
【この作品では、プレシアの側に「12個」あった、という設定で行きます。
なお、「次元航路」については「背景設定5」を、また、〈ヴォイド〉については「背景設定6」を御参照ください。
ここでは、ごく大雑把な説明だけをしておきますが……次元航路とは、世界と世界とを直線的に結ぶ「亜空間上の経路」のこと。ヴォイドとは、そうした経路が全く存在していない「亜空間上の空白領域」のことです。】
しかし、結局は、プレシアが望んでいたような「アルハザードへの道」が開かれることは無く、ただ「虚数空間へのゲート」が開いて、『彼女自身がアリシアの遺体とともにそこへ落ちて行っただけ』に終わってしまったのでした。
後に、この事件は〈ジュエルシード事件〉、もしくは、首謀者の名前から〈PT事件〉と呼ばれることになる訳ですが……。
この事件の終了後、「地球とファルメロウを結ぶ次元航路」は、プレシアが起こした次元震動のせいで、しばらく「安全な航行」が困難になっていました。
そのため、〈アースラ〉も一旦は、より近い地球の側に退避していたのですが、何日か経って、その航路はようやく「安全な航行」が可能な状態に戻りました。
海鳴市で日が暮れる頃には、その安全性が最終的に確認され、『では、〈アースラ〉も12時間後には〈本局〉に向けて出航しよう』という話になります。
そして、その晩のうちに、なのはは〈アースラ〉からの通信で、フェイトに関して以下のような一連の話を聞かされました。
まず、フェイトは翌朝、〈アースラ〉が出航する直前に、もう一度だけ地上に降りて、なのはと話をすることが許可された、ということ。
次に、フェイトはこれから〈本局〉に移送されて裁判を受けることになるが、これほどの大事件となると、すべてが終了するまでには、おそらく半年ちかくかかるだろう、ということ。
そして、その裁判でも、いきなり「実刑判決」を受ける可能性は低く、単なる「保護観察処分」になるだろうから、そうしたら、フェイトも当分の間、地球で暮らせるようになるだろう、ということ。
それを聞くと、なのはは安心し、明日に備えて早々と眠りに就いたのでした。
その後、ユーノはなのはの安眠を妨げぬよう、フェレットのような姿のまま高町家の屋根の上へと場所を移して、クロノとの通信を続けました。クロノが『報告書の作成のために、ひとつふたつ確認しておきたいことがある』と言うのです。
「プレシアは12個のジュエルシードを使った。そして、崩れ行く〈時の庭園〉から、管理局の武装隊が4個までは回収に成功した。残る8個は、虚数空間に失われたようだ。
だが、今、こちらの手元には現実に12個しか無い。全部で21個だから、ひとつ計算が合わないんだよ。まだ1個、どこかに回収できていないジュエルシードがあるはずなんだが……念のために訊くが、君の方に心当たりは無いか?」
「地上はすでに細かくスキャンしたんだろう? それなら、現代の技術でこれほどのモノを見逃すはずは無い」
「何者かが、僕たちよりも先に封印し、隠匿している、という可能性は?」
「いや。魔法文化の無いこの世界で、それはあり得ないよ」
さしものユーノも『あの〈闇の書〉がもう十年も前からずっと地球に潜伏中である』などとは、さすがに思い至りませんでした。
「常識的に考えれば……今も軌道上に残っているか、海底に沈んでいるか。さもなくば、プレシアが実は13個目を持っていて人知れず虚数空間に失われたか……といったところだろうね」
「やはり、そうなるか……。しかし、フェイトの証言から、プレシアが確保したジュエルシードの数が12個であることは、すでに判明している。それから、〈アースラ〉の方でも、地球の軌道上は相当に詳しくスキャンしたんだが、全く反応が無かった」
「となると、海底の可能性が高いけど……『フェイトがあれだけ無茶をしても、浮上して来なかった』ということは、『かなり深いところにまで落ちている』ということなんじゃないのかな?」
そこで、エイミィが不意に画面の横から顔を出して、口をはさみました。
「一応、その辺りの海底地形もざっと調べてみたよ。沖合10キロあまりの地点までは、いわゆる『大陸棚』が拡がっていて、水深はせいぜい百数十メートルといったところなんだけど、そこから先は急に深くなっていてね。沖合十数キロの地点では、水深はもう軽く800メートルを超えているみたいなんだ」
「確かに、フェイトが海中に注ぎ込んだ魔力も相当な量だったが、さすがにその深さにまでは届かないだろうね」
「となると、やはり、深海に落ちたと考えるのが妥当か……」
クロノは『困ったなあ』という顔つきです。
「その深さになると、もうスキャンも届かないんだよねえ」
エイミィもそう言って、肩をすくめて見せました。
「だとしたら、現代の技術では、もう回収は不可能だろうね」
ユーノもさすがにもう諦め顔です。
「ああ。海中では、魔法もろくに使えないからな」
そもそも、魔力素とは、「多細胞生物の体から漏れ出した『余剰生命力』が大気中の酸素と反応して生じるモノ」なので、海中には、魔力素はほとんど存在していません。
だから、当然のことですが、クロノの言うとおり、海中で自在に魔法を使える者など、基本的にこの次元世界には一人もいないのです。
【この作品では、魔力素について、上記のような設定で行きます。詳しくは、また「背景設定5」を御参照ください。】
クロノはしばしの沈黙の後、またユーノにこう語りかけました。
「しかし、無用の心配などさせたくもない。なのはやフェイトには、当面の間、この件は内緒にしておこう」
「そうだね。その方が良さそうだ」
「それから、これは、あくまで個人的な質問なんだが……君は、あのレイジングハートを一体どこから持って来たんだ? バルディッシュと同様、相当に優秀な〈E-デバイス〉のようだが?」
「実を言うと、アレは、ウチの長老から譲り受けたモノでね。僕にも出所はよく解らないんだ。ただ、〈E-デバイス〉である以上、40年代か50年代に造られた〈第三世代デバイス〉であることだけは確かだよ。術式は最初から近代ミッド式だったから、アレ自体が古代ベルカ製ということはあり得ない」
そうした会話の後、ユーノはクロノに頼んで、まずは「ドルバザウムの軌道上にいるスクライア一族の船」に通信回線をつないでもらいました。ところが、ユーノの予想に反して、『長老なら、検査入院が長引いているとかで、まだクレモナの病院から戻って来ていない』とのことです。
ユーノは改めてクロノに頼み、通信回線を今度は「ハドロの行きつけの病院」につないでもらいました。どうやら、プライベートな話になりそうなので、クロノはそっと席を外してくれます。
そして、ユーノは長老ハドロに、ここ一月半ほどの事情をざっと説明しました。特に、「高町なのは」という逸材に関しては、かなり細かいところまで報告します。
ハドロは、途中で何度も小さくうなずきながらユーノの話を聞き終えると、またいつものように穏やかな口調でこう応えました。
「そういうことなら、お前はしばらくその女の子に付いていてあげなさい。私も、念のために検査入院を続けているだけで、こちらは何も心配など要らないから」
そして、ハドロの口調や表情があまりにも『いつもどおり』だったので、ユーノはハドロの言葉をそのまま真に受けてしまったのでした。
ユーノは、クロノに言われるまでも無く、〈レイジングハート〉の出所に関して「いずれは」長老に訊いておきたいと思っていました。
思ってはいましたが、自分にレイジングハートを手渡した時のハドロの言葉から考えると、何やら辛い話になりそうで気が重かったのです。
(特に、急ぐ話でも無い。……なのはにレイジングハートを譲ること自体には何も問題が無いようだし……また長老が元気になってから、改めて話を訊けば良いか。)
ユーノはそう考え、その日は単なる説明と報告だけで、ハドロとの通信を終えてしまいました。
そして、結論から先に言えば、ユーノはそうした遠慮のせいで、レイジングハートの出所についてハドロに尋ねる機会を永遠に失ってしまったのです。
一方、こちらは、クレモナの首都郊外にある病院の、特別待遇の病室です。
ハドロがユーノとの通信を終えると、それまで慎重に「ユーノからは見えない場所」に身を置いていたガウルゥが、本当に辛そうな面持ちでハドロにこう問いかけました。
「本当に……ユーノには伝えなくても良かったんですか?」
実は、つい先日のことなのですが、ようやく精密検査の結果が出て、『ハドロの余命は最大でもあと一年ほどだ』と判明してしまったのです。
しかし、その深刻な状況にもかかわらず、ハドロはまた「いつものように」穏やかな微笑を浮かべてこう応えました。
「ユーノにわざわざここへ来てもらったところで、今さら私の命が延びる訳ではないからね」
いや。よく見ると、何やら「いつも以上に」晴れ晴れとした表情です。
「どうして、あなたは……!」
その理由が解らずに、ガウルゥは思わず声を荒らげました。
自分の深い悲しみを、当の本人が全く共有してくれないことが、どうしようもなく切なかったのです。
そんなガウルゥの気持ちを察したのでしょうか。ハドロは不意に「今までずっと誰にも語らずにいたこと」を語り始めました。
「そうだな……。やはり、死ぬ前に、君にだけは伝えておこう。よく聞いておくれ、ガウルゥ」
ガウルゥは小さくうなずきながらも、いつもとは違う雰囲気を察して、思わず威儀を正します。
「私は40年前、スクライア一族に命を助けられた時には、自分があと40年も生きられるなどとは思っていなかった。……と言うより、もうあまり長生きなどしたくはなかった。
昔のベルカには、『人生は重き荷を背負うて暗き道を行くが如し』という言い回しがあったそうだが……当時、私はもう『早く荷を降ろして楽になりたい』という気持ちで一杯だった。選んで悪く言うならば、私は自分の人生から……自分のなすべきことから、逃げ出そうとしていたんだよ」
その『なすべきこと』というのが具体的に何だったのかについては、結局のところ、ガウルゥも最後まで教えてはもらえませんでした。
「当時の私は、管理局からもいささか追われる身だった。もちろん、15年前の君ほどでは無かったのだが……」
ハドロの『昔を懐かしむ』かのような穏やかな表情を見て、ガウルゥもまた、今では自分とハドロ以外には誰も知らない話を口にします。
「当時の私は『あからさまなテロ組織』の構成員でしたからね。憎しみのあまり、『もうこうする以外にはどうしようも無いのだ』と勝手に決め込んで、組織に便利な手駒として良いように利用されていました。最後に自爆テロを止めていただいた時にも、最初のうちは命の恩人であるあなたに対して『どうして自分を止めたりしたのか』などと腹を立てていたものですよ」
新暦40年代の末から50年代の初頭にかけての数年間は、多くの管理世界でテロ行為が頻発した時期でしたが、当時、ガウルゥが所属していたテロ組織〈炎の断罪者〉は、実は、後に述べる犯罪結社〈闇の賢者たち〉の下部組織でした。
彼等は全く私利私欲のために、行き場を失った若者たちを言葉巧みに操って、「本人の意志で」死地へと赴かせていたのです。
彼が「ガウルゥ」と名前を変えて、組織と完全に縁を切ることができたのも、ひとえにハドロの尽力と「スクライア一族の治外法権」のおかげでした。
「そう言えば、そんなこともあったねえ」
ハドロは静かに微笑を浮かべて、また言葉を続けました。
「私には、無人世界の軌道拘置所に入れられるほどの罪は無かったが、それでも、当時はまだ管理局に知られる訳にはいかない秘密を幾つも抱え込んでいた。
だから、40年前に死にかけた時、意識を取り戻して、まず名前を問われた時にも、後で船の乗客名簿と照合されるだろうと考えて、一時的な記憶障害を装いながらも『ハドロ・バーゼリアス』と名乗ったのさ。どうせ顔は焼け爛れて誰なのか解らないような状態だったからね。
実際には、それは、ただ『同じ貨客船に乗り合わせて、一晩、酒を酌み交わした』というだけの、私の目の前で炎に呑まれて死んでしまった『天涯孤独』のミッド人の名前だったのだが……。それ以来、私は、法律上の罪には時効が成立した後も、ずっと逃げ続けて来たんだよ」
ハドロが何やら自責の念に駆られているのを見て、それを少しでも和らげようと思ったのか、ガウルゥはまた不意に、より重大な自分の罪について語り始めます。
「私は今も逃げている最中です。いくら組織に操られていたとは言え、現実に、見も知らぬ要人を何人も爆殺して来ましたからね。計画テロの時効は40年。あと25年ぐらいは、まだ『見つかれば確実に軌道拘置所へ送られる』という身の上です」
「当時、君はよく言っていたね。『もしも死刑があるのなら出頭したい』と」
「その度に、あなたから『君が死んだところで、犠牲者が蘇る訳では無い』と諭されました」
「私自身も、脛に疵を持つ身だったからね。君に向かって『罪の意識があるのなら、おとなしく出頭しろ』などとは、とても言えなかったんだよ」
【管理世界では、一般に死刑は禁止されています。だから、〈ゆりかご事件〉におけるドクター・スカリエッティのように、どれほど凶悪な犯罪者であったとしても「軌道拘置所での終身刑」以上の刑罰にはならないのです。】
そして、しばらく重苦しい沈黙が続いた後、ガウルゥはまた口を開きました。
「今、私がこうして生きていられるのも、あなたのおかげです。率直に言って、あなたが死んでしまったら、私はもう、何をして生きて行けば良いのか解りません」
その声は、いつしか涙に震えています。
実のところ、この15年の間、ガウルゥは「スクライア一族ならではの技能」を身に付けることも無く、ただひたすらに「ハドロの身の回りの世話」だけをこなし続けて来ました。この年齢になって今さら『他の仕事をしろ』などと言われても、それは相当に難しい話です。
一族から離籍すれば、いずれは正体がバレて管理局に追われる身となることでしょう。しかし、だからと言って、このままスクライア一族の許に留まったとしても、ハドロ無しには、ガウルゥの居場所もまたありません。
危険物の取り扱いから小型艇の操縦まで、一人でいろいろな作業をこなせるので、人材としては重宝されるかも知れませんが、その程度のことは、分担すれば他の人たちにだって充分にできることなのです。
「そういうことなら、私が死んだ後にも、君にひとつ、してほしい仕事がある。君にしか頼めない仕事だ」
「何でしょうか?」
ガウルゥは思わず、期待の入り混じった声で応えました。
「私が死んだら、私の『墓守』を30年間、『祀り上げ』まで続けてほしい。長老の墓守なら、一族の慣例で最低限の衣食も保障されるし、そうすれば30年の間に時効も成立するだろう」
「……いや。しかし、30年も一人でクレモナに留まっていたら、さすがに現地の管理局員からいろいろと調べられてしまうのでは……」
「うむ。だから、私の墓はクレモナではなく、ドルバザウムに作ってほしいんだよ」
「……はあァ?!」
ガウルゥが思わず変な声を上げてしまったのも無理はありません。管理世界の一般常識として、墓というモノは、その人物が「生まれた土地」か、「長く住んで愛着を感じている土地」か、さもなくば「死んだ土地」に建てるべきモノなのです。
普通に考えれば、『ほんの3か月ほど過ごしただけの、しかも「無人の世界」を特に選んで墓を建てる』というのは、なかなかに奇抜な話でした。
「それは……もしかして、私のために?」
確かに、あれほど辺境の世界であれば、管理局員がわざわざ墓守の素性を調べに来るようなことも無いでしょう。
しかし、ハドロはまたいつものように穏やかな微笑を浮かべてこう応えました。
「いや。……まあ、私にとっては、『義理の孫』にも等しいユーノが貴重な発見をしてくれた場所だからね。と言うより、私には『思い出深い土地』など、ドルバザウムの他には、もうナバルジェスぐらいしか思いつかないんだよ」
確かに、その二択なら、クレモナに近いナバルジェスよりも、ドルバザウムの方が身を隠すにはより適切でしょう。
「どうだろう? 『無人世界で30年も、ほとんど一人きりで暮らす』というのは、いくら君でもさすがに無理だろうか?」
「いえ! 是非やらせてください」
すると、ハドロはまた満足げにうなずき、『自分の祀り上げが済んだら、ユーノにこう伝えてほしい』と言って、今まで誰にも語ったことの無い秘密を、ガウルゥにだけ語り聞かせたのでした。
その秘密は、ガウルゥにとっても驚くべき内容でしたが、しかし、情報量としてはわずかなものでした。
「……それだけですか?」
ガウルゥもさすがに怪訝そうな声を上げます。
「うむ。その時点で、ユーノがその方面に関心を持っていれば、調べてくれるだろうし、もし関心が無ければ、そのまま忘れてくれても構わない程度の話だよ」
「それでも、祀り上げが済むまでは、ユーノにも伝えてはいけない、と?」
「ああ。間違って『御老人たち』の耳に入ったりすると、ユーノにとっても面倒なコトになるからね。あの人たちも決して不老不死という訳ではないだろうし、必ずしも丸30年も待つ必要は無いのかも知れないが……10年や20年では、まだちょっと早いかな? 君にも何か『とばっちり』が来るかも知れないから、少なくとも君の時効が成立してからの方が良いだろうね」
「解りました。すべて、あなたの望むとおりにします」
ガウルゥが真剣な表情でそう答えると、ハドロはひとつ大きく安堵の息をつきました。
「君にそう言ってもらえると、肩の荷が一度に半分ほど下りた気分だよ」
「まだ半分は残っているんですか?」
ガウルゥの心配そうな声に、ハドロはやや苦笑して答えました。
「あとは、スクライア一族の問題だね。……ガウルゥ。まず、ウチの船長を通じて、他の五人の支族長たちに連絡しておくれ。『ハドロはもう長くはないから、なるべく早く、五人の間の互選で次の長老を選出してほしい』と。
次に、ウチの船長には『ウチの支族でも、なるべく早く次の支族長を選出しておくように』と。正直なところ、私はもう秋までは保たないかも知れない」
こうして、早くも7月のうちには、別の支族の支族長アグンゼイド(54歳)が次の長老に選出され、ハドロの支族でも彼の後任が選出されたのでした。
一方、地球の海鳴市では、翌日の早朝、なのはとフェイトの「お別れ」がありました。
今は辛い別離ですが、より良い未来を迎えるためには必要な「一時の別れ」です。
短くも心触れ合う対話の後、なのははさまざまな想いを込めて、最後にフェイトとリボンを交換しました。
それから、フェイトは〈アースラ〉に転送され、管理局員たちも全員が、一旦は地球から撤収します。
こうして、次元航行艦〈アースラ〉は、〈本局〉への帰途に就きました。地球からは「通常の巡航速度」で丸四日あまりの道程です。
そして、その四日後。地球の暦では、6月の初め。
アインスは、地球の上空から管理局が完全に撤退したことをよくよく確認した上で、隠し持っていた〈ジュエルシード〉の魔力を消費して一気にページを埋め、四人の守護騎士たちを一度に顕現させました。
(つまり、ちょうどアースラが〈本局〉に到着した頃のことです。)
しかし、はやては何も特別なことなど望まず、ただ「当たり前の幸せ」だけを求めて、騎士たちにも戦いを禁じ、彼等を「普通の家族」として受け入れました。
結局のところ、はやて自身は〈ジュエルシード〉については何も知らないまま、それから半年あまりに亘って「かりそめの平穏な日々」を送ることとなります。
ここで、作中では初めて「三脳髄」を描写します。
【実際に映像化(←笑)する際には、無印編の最終回のCパートで。画面はかなり暗くして、誰が話しているのか全く解らない状態で、以下の会話をほぼ音声のみで。】
「少しは使えるかと思って泳がせておいたが、プレシアは期待外れだったな」
「やはり、マルデルのような『本物の天才』はもう二度とは現れぬのか」
「それにしても、『あの』接触禁止世界に〈ジュエルシード〉とは……因果は巡るものよなあ」
「その向こう側にある無人世界とやらも、本当に『あの一件』と無関係なのかどうか、少し調べてみる必要があるのやも知れぬな」
「それよりも、プレシアの娘とやらは〈プロジェクトF〉の産物なのだろう? 観察のためには、あえて野放しにした方が良いのではないのか?」
「間違っても、有罪判決など出ないように誘導してやらねばな」
「うむ。……ところで、〈ゆりかご〉の方はどうなっている?」
「順調とまでは言えぬが、まあ、それなりに、な」
「さて、スカリエッティの方は、どこまで期待に応えてくれるのか」
「進捗は予定よりも若干、遅れているようだが?」
「大丈夫だよ。我々にはまだ時間がある」
「ああ。そのために、わざわざ人間の肉体を捨て、このような姿になったのだからな」
(三人そろって、不気味な笑い声。そこで画面が明るくなり、視聴者にも初めて、三体の「特殊溶液の中に浮かぶ脳髄および脊髄」たちが声の主であったことが解る。)
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