五柳
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第一章
五柳
陶淵明、詩人である彼は柳が好きであった。それで彼の屋敷の前には常に柳の木があったがその数は。
「五本ですか」
「そうなんだよ」
陶淵明はある日自身の屋敷、田舎に隠棲しているそこに訪れた旧友に対して穏やかだが気品のある顔で話した、口髭が長く鯰の様であり着ている服は質素である。
「一本や二本だとね」
「寂しいですか」
「隠棲して言うのも何だがね」
寂しいと、というのだ。
「一本や二本だとね」
「寂しくて」
「それでだよ」
「五本ですか」
「植えているんだ」
「左様ですか」
「いや、世の中ね」
陶淵明は今の世のことも話した。
「何かとね」
「騒がしいですね」
「北の方はね」
「中原の方は」
「もう何が何だか」
それこそというのだ。
「わからないね」
「そうですね」
「胡達が入り乱れて」
「もう好き放題暴れ」
「何もかもが滅茶苦茶になって」
そうしてというのだ。
「国も何処に何があるか」
「全くわかりません」
「胡の国に」
それだけでなくというのだ。
「漢人の国もあって」
「胡の数も多く」
「全く以てだよ」
「混乱の極みです」
「そして本朝も」
陶淵明は今度は自分達の国である晋の話をした、後に東晋と言われる長江流域を中心とした国である。
「どうもね」
「士大夫が力が強く」
「こう言うと不敬だが」
こう前置きして話した。
「帝それに皇族の方々も」
「洛陽の頃からですね」
そこに都があった頃からというのだ、後に西晋と呼ばれる頃だ。
「互いに争い」
「そして帝になられたら」
「遊興に耽られますね」
「そればかりでね」
「収まりませんね」
「どうもね、そんな世を思うと」
旧友に嘆息してから話した。
「どうしてもだよ」
「憂いを感じて」
「そしてね」
そのうえでというのだ。
「こうして田舎に入って」
「隠棲されますか」
「そして慰めにね」
憂う心のというのだ。
「せめてもと思って」
「柳を植えられますね」
「そうだよ、そして一本や二本だと寂しいから」
またこう言うのだった。
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