レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission5 ムネモシュネ
(4) 自然工場アスコルド 第01区画2番通路~中央ドーム下層(分史)
前書き
覚えてなくても支障はないのに思い出してほしかったのは、
ただわたしが知るあのひとに近い存在になってほしいっていう――ワガママ
「ねえねえ」
殿を行っていたアルヴィンにユティが声をかけた。
「アナタ、ユリウス知ってる?」
「ルドガーの兄貴だろ。で、クラン社のクラウンエージェント」
「違う。アナタが知ってるか」
いまいち要領を得ない会話。そろそろアルヴィンも焦れてきた。
「名前」
「んあ?」
「フルネーム、教えて」
「……アルフレド・ヴィント・スヴェント」
「愛称は『アル』?」
「まあ、ガキの頃はな。今はそう呼ぶ奴一人もいねえぞ」
大人になっても呼んでくれた「とある一人のいい女」はとっくに彼岸の住人だ。
「この歌に覚え、ある?」
ユティは細く小さくハミングする。シンプルなメロディラインは哀悼曲にも似て。
――泣き虫アル坊や――
ぱちん。シャボン玉みたくフレーズが弾けた。
「ユリ兄……?」
そして、自分もまたフレーズを零した。
思い出した。まだエレンピオスにいた頃、幼かったアルヴィンの面倒を近所の少年が見てくれていたことがあった。身なりも品もいい一つ年上の少年は、ユティのハミングと同じ曲を歌っていた。
「よかった。覚えてた」
「何でおたくが俺とユリ兄――じゃなくて、ユリウスとの関係知ってんだ」
「それはワタシがユリウスの親類縁者だから」
「はあ!?」
アルヴィンの声に仲間たちがこちらに注目する。ユティは指を口に当てて「静かに」とサインした。
「ユリウスにもルドガーにも言ってない。ないしょにして」
「何で。ユリウスの親戚ならルドガーとも親戚だろ」
「イッシンジョーのツゴウ」
「隠し子?」
「下衆の勘繰りだよおじさん。――あべしっ」
頭を軽くはたくと妙な擬音で答えた。ノリはいいらしい。
「まあ当たらずとも遠からず。やっぱり人生経験豊富なおじさんは目の付け所がいい」
言い方は大いに問題だが、浮かべているのが純然たる親愛なので強く言えない。
代わりにアルヴィンは「問題」の部分だけ直させることにした。
「その『おじさん』ってのヤメロ。デリケートなお年頃なのよお兄さんは」
「ふーん。じゃあ」
ユティは正面に回ってアルヴィンを見上げた。まっすぐで、見られる側を射抜く蒼。この蒼をアルヴィンは知っている。きっと自覚の底にユリウスと同じものだと分かっていた。
「アルフレド」
セキュリティロックの扉をいくつも潜り抜け、ガードロボを突破し、アルヴィンたちはようやくアスカを閉じ込めたケージの前まで来た。
ケージには眩い白光を撒き散らす巨大な鳥、光の大精霊アスカが囚われている。
アルヴィンはすでに銃を抜いていた。エリーゼやティポは「明るい性格だといい」と可愛らしい発言をしていたが、大精霊の性格には期待しないとアルヴィンは決めている。こと人間を前にした大精霊には。アルヴィンが1年前の旅で得た大鉄則だ。
するとユティが真っ先に前に出た。ユティはケースから三脚を出して組み立てると、カメラのレンズをいじくって三脚に載せ、シャッターを何度も切った。アングルを変えてはシャッターを切る。
「アスカは撮るのかよ」
「コレは今しか撮れない。施設は帰りに撮れる」
「ぐっ」
「一本とられたね、ルドガー!」
「撮ってないよ?」
「ゴホン。よい写真は撮れましたかな」
埒が明かないからか、ローエンがユティに話しかける。
「1/8のNDフィルター使ったけど、この反則級の眩しさじゃ全体像はボヤける。さっき下から撮れたのと、全景入ったので上手くページまとめる」
「ユティさんは写真集でもお出しになっているのですか?」
「ううん。完全なる趣味。全力投球の趣味だけど」
「よい生き方をされておいでだ」
「ローエンほどじゃない」
噴出さなかった自分を褒めてやりたい。何故ならよりによってアルヴィンが思い出したのは、ローエン著『くるおしき愛の叫び』騒動だったのだから。
「どしたの? アルフレド。マナーモードのバイブレーションみたい」
「後で教えてやるから今話しかけんな笑っちまう」
「???」
「ふむ。何故か今猛烈にアルヴィンさんにフリットカプリッツォを仕掛けなければいけないような気がしたのですが、気のせいでしょうか」
「気のせい気のせい」
撮影を終えてユティは機材を片付ける。
「どうですか、ルドガー」『アスカが時歪の因子?』
ルドガーはじっと揺輝の鳥を見上げる。
「――。いや、特に何も感じない。ケージのせいかもしれないけど」
「封印術式を施した黒匣を使用してアスカを捕えているのですね」
「開ける?」
エルが無邪気に提案する。答えてユティは。
「開けたら襲ってくる」
「え!? ヤダ!」
「かも」
「~~からかったでしょー!」
「エルが勝手に驚いたのに……」
のんびりした会話の裏で、ユティの脳内では冷静な試算が行われていた。
(アスカは時歪の因子じゃない。ルドガーがそれを言えばここは用済み。無駄な戦いする前に撤退したい。ルドガーにはなるべく骸殻を使わせないようにしなくちゃ。そのためには、ケージを開けずにアスカが時歪の因子じゃないと彼らを納得させる理由がいる)
ユティは短パンのポケットに忍ばせた夜行蝶の懐中時計にこっそり触れる。
時歪の因子破壊を請け負う以上、彼らにはどこかでユティが骸殻能力者だと明かさなければならない。あらぬ疑いをかけられぬタイミングで、かつルドガーにユリウスの陰を匂わせないように。
そのタイミングに今この場はふさわしきなりや?
(ノー、ね。これはルドガーの初任務。ルドガーにはここで分史破壊のノウハウを覚えてもらわなきゃいけない。因子破壊の、最後の最後にバラすのが順当。ここはルドガーのレベルアップも兼ねて一戦しときましょうか。ワタシも意思のある大精霊と戦ったことはないし。後の経験値になる)
「しゃーない。ここはエルの意見を入れてご対面と行こうぜ」
アルヴィンが銃の標準をアスカのケージ結節点に合わせる。
おのおのが得物を出して構える。双剣、ロッド、フルーレ、ショートスピア。エルはルルを抱いて、下の層に続く階段に隠れた。
そしていざ、アルフレドがトリガーを引こうとした瞬間――
別の銃声がドーム内に反響した。
後書き
オリ主のアルヴィンの呼び方が変わりました。作者的にも「アルフレド」って響きは好きなんでやっとここまで持ってこられて嬉しいです。おじさん呼ばわりすんな→じゃあ名前で、の流れは絶対に作中でやると決めていました。野望達成です!
この回を書くためにC7前半を何回見返したか分かりません。動画酔いしそうです…オェorz。
さて次回はアスカ戦来るか? それとも別の展開になるか? 乞うご期待!
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