ボロボロの服を着ていた娘が
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第一章
ボロボロの服を着ていた娘が
時任弘美の家はかなり貧しい、身体の悪い母親と二人暮らしで生活は兎に角苦しく食べていけるのがやっとだ。
それでだ、着る服も極めて安いものをつぎはぎまでしてずっと着ていた。
「こうした服しかなくて御免ね」
「服あるだけいいわよね」
弘美はホームベース型の顔に楚々とした黒く大きな切れ長の目と細い奇麗なカーブを描いた眉と長い睫毛ピンクの小さな唇と高い鼻のある顔で言った。黒髪は長くストレートで一六〇位の背でスタイルもいい。
「住むところも食べものもあるし」
「だからいいの」
「それに周りも何も言わないでしょ」
家が貧しくとも、というのだ。
「だからね」
「いいのね」
「うん」
公立高校に通う娘は微笑んで答えた。
「学校だって通えているし」
「こんな暮らしでも満足してるの」
「満足って。仕方ないでしょ」
これが弘美の母の澄江への返事だった。
「お父さんが亡くなってお母さんも身体が弱いから」
「何とか働いるけれど」
身体が悪く満足に働けないのだ。
「御免なさいね」
「いいわ。私高校出たら働くし」
もうそのことは決めていた。
「それまで我慢しよう」
「そう言ってくれるのね」
古いボロボロと言っていい服を着て笑顔で言う娘に泣きそうな顔で応えた、そして弘美は実際にだった。
高校を出て働きはじめた、とある会社でOLとして働きだしたが。
多いとは言えないが安定した収入を得る様になってだ。
「新しい服買える様になったわね」
「ユニクロとかでね」
「それにちゃんとしたものも食べられる様になったし」
「ええ、よくなってきてるわ」
「それでだけれど」
弘美は母に微笑んで言った。
「アパートもね」
「引っ越すの?」
「そうしない?お金がもう少し貯まったら」
その時はというのだ。
「そうしない?」
「そうするのね」
「どうかしら」
「そうね。もうこのアパートも解体近いっていうし」
母は自分達が今いる部屋を見回した、見れば見る程古い。
「それじゃあね」
「ええ、引っ越しもね」
「して」
「もう少しいい場所に住もう」
こう言って実際にだった。
母娘は引っ越しもした、母の身体は相変わらず弱いが娘がしっかりと働いて生活はその分よくなった。
そしてだ、さらにだった。
「結婚するの」
「この人とね」
「はじめまして板取淳史といいます」
穏やかな顔で黒髪を短くした一七五位の背の痩せた青年だった。
「弘美さんとお付き合いさせて頂いています」
「同じ会社でね。年齢は同じだけれど大学を出ていて」
「知り合ってです」
「今は交際していて」
そしてというのだ。
「もうあちらのご両親にはお会いしていて」
「いいって言ってもらったの」
「そうなの、それでね」
弘美はさらに話した。
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