ウルトラセブン 悪夢の7楽譜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
友人のジレンマ
マユカの通う高校のチャイムが鳴り、放課後の合図を奏でる。
「アキヒサ、今日部活無いんだし、遊んで行かね?」
男子生徒はクラスメイトの1人に話しかける。
「ごめん、早く帰らないと…」
声をかけられたクラスメイト、アマギ アキヒサは暗いトーンで返す。鞄にしまうテストには、握ったであろう縒れた跡が付いている。
「そっか…誘って悪かったな。」
男子生徒は申し訳なさそうに言う。
「謝らないで。俺の家が変わっているだけだから。」
アキヒサは鞄を持ち、席を立つ。
「しっかし、お前んちの母ちゃんも凄いよな。95点以下はテストの点数と思ってくれないなんて。俺なんて赤点回避しただけでハイタッチだぜ。」
「オメェはもっと勉強しろ!」
「そういうお前だって、今回平均点下回ってたんだろ。」
アキヒサの机に集まった男子生徒達は返却されたテストの結果をネタに騒ぐようにじゃれ合う。
「それじゃあ、また明日。」
アキヒサは教室を出る。
「ありゃあ、帰ったら大変だろうな。」
「俺から見れば、85点なんて夢のまた夢なのによ。」
アキヒサの寂しい背中を生徒達は見ることしかできなかった。
「ただいま。」
アキヒサは自宅に着き、靴を脱いでリビングへ向かう。
「アキヒサ、テストの結果はどうだった?」
テーブルに飲み物を用意していたアキヒサの母は淡々と言う。
「ごめんなさい…」
アキヒサは母にテストを渡す。
「まさかこんな底辺が取るような点数が二教科もあるなんて、随分と遊ぶことに熱心だったのね。」
アキヒサの母は呆れた目でアキヒサを見る。
「それは…」
アキヒサは言葉に詰まる。
「あの人の意見を受け入れて個人の尊重をしようとしたことが間違いだったみたいね。エリートはエリートらしく、底辺を見下すための躾が必要だったみたいね。あの人も、お義父さんも、私もエリートなのに、生まれてきた子供がこんな出来損ないでは立つ瀬がないわ。」
アキヒサの母は、アキヒサに対して母親が見せるとは到底思えない態度で接する。
「それでね、私は考えたの。アキヒサの部屋にあるゴミを全部捨てればもっとエリート意識を持ってもらえるんじゃないかとね。」
アキヒサの母は、テーブルの下にしまってあった二箱の段ボール箱をアキヒサの前に出す。
「母さん、それって!」
アキヒサは何かに気がつく。
「アキヒサの部屋にあった勉強に必要ないゴミをまとめてあげたから、今日中に捨ててきなさい。捨てて帰ってくるまでご飯は無しよ。」
アキヒサの母は冷たく言う。
「俺が今まで大切にしてきたものをゴミなんて言わないで。」
アキヒサは泣きながら言う。
「そんなゴミを大切にしているからテストで失敗するのよ。」
アキヒサの母は、アキヒサの必死の訴えを聞き入れようとはしなかった。結局、アキヒサは母親に逆らうことができず、段ボール箱を持って家を出ていき、悩んだ末に家の近くの裏山へ持っていった。既に空は夕暮れから夜空へ変わろうとしていた。
「母さん…」
アキヒサは段ボール箱を抱えながら呟く。すると、
「キミも、お母さんと喧嘩したの?」
少年のような声が聞こえ、アキヒサが振り返ると、二つの光の柱が出現し、光が治まると小柄な宇宙人が2人、そこにはいた。
「宇宙人!?」
アキヒサは驚く。
「驚かせてごめんなさい。俺達はコール星人。俺はゼラニー、こっちは妹のバギク。」
「はじめまして、お兄ちゃん。」
コール星人の2人は自己紹介をする。
「俺はアキヒサ。2人はどうして地球に来たの?」
アキヒサは2人の言動から敵意はないと判断し、自己紹介してから質問する。
「俺達、勉強ができなくて、お母さんと喧嘩して、家出しているところ。」
ゼラニーは辿々しく答える。
「お母さんと喧嘩か…喧嘩一つできない俺より、2人のほうがすごいな。俺なんて、自分の大切なものをゴミだって言われたのに、言い返すこともできなくて、本当は嫌なのに、捨てないといけないんだ。」
アキヒサは泣きながら言う。
「思い出の詰まった大切な宝物をゴミなんて言われたら、嫌だよね。」
バギクはもじもじした仕草をしながら言う。
「2人は、家出したくなるくらいお母さんに怒られたの?」
「俺達コール星人はみんなが勉強熱心で、コール星自体が他の星の歴史をまとめて研究することを大切にしている星なんだけど、俺達は勉強が苦手で、お母さんに怒られて、困らせてやりたくて家出したんだ。」
「もし見つかったら、余計に怒られない?」
「見つかっても見つからなくても同じことだよ。どっちみち怒られるなら、冒険して怒られる方がいいじゃん。」
「その気持ちはわかるかも。」
アキヒサとコール星人達は徐々に打ち解けていった。
「その箱の中には、何が入っているの?」
ゼラニーは質問する。
「見る?」
アキヒサは段ボール箱を開ける。中にはアキヒサが幼少期の頃から取っていた思い出の品が入っていた。ゼラニーはその中で短い棒の付いた網に興味を示す。
「これは?」
ゼラニーは質問する。
「これはね、こうやって伸ばすとね。」
アキヒサは網に付いた棒を引っ張り、伸ばす。
「お兄ちゃん、これって虫網だよね。図鑑で見たことがあるよ!」
携帯用の虫網を見て、バギクははしゃぐ。
「そっか、地球では虫を捕まえてペットにする文化があるんだよね。」
ゼラニーも頷く。
「コール星には虫っていないの?」
2人の話を聞いて、アキヒサは質問する。
「何百年か前には地球みたいに小型で6本足の虫もいたみたいだけど、サタンビートルっていう二足歩行の外来害虫に絶滅させられたんだ。」
アキヒサの質問にゼラニーは答える。
「そういう問題は宇宙でも起きているんだね。」
「地球でも問題になっているの?」
「虫なんかは特にね。地球の虫は小さいから、何かに紛れ込むと簡単に別の生息圏に入り込んで、生態系を壊してしまうし、人が人為的に特定の種を保護しようとして、結果的にそれ以上の被害が出ることだってあるんだ。」
「知らなかった。図鑑に乗っていることが全部じゃないんだね。」
アキヒサの説明を聞き、ゼラニーは納得する。その後も、アキヒサの思い出の品を見ながらアキヒサは2人に説明し、話が終わる頃には深夜となっていた。
「でも、やっぱり捨てたくない…」
アキヒサは我に返り、捨てなければならない現実に怯える。
「アキヒサ、捨てなくて済む方法が一つだけあるんだ。」
「本当に?」
「うん。この光線銃で、アキヒサと大切なものを一つにすれば、捨てなくて済むんだけど…」
ゼラニーは危険の伴う手段を話す。
「けど?」
「これを使うと、見た目が怪獣になっちゃうんだ。」
ゼラニーは問題点を言う。
「それでもいい!俺は、俺の大切なものを捨てたくないんだ!」
アキヒサは必死に伝える。
「もとに戻れないかもしれないけど、大丈夫なの?」
「それでもいい!」
ゼラニーはアキヒサの覚悟を受け取る。
「わかった。いくよ!」
ゼラニーはアキヒサと大切なものに光線を当てる。それらは一つになり、更に山の一部を抉って肉体を構成し、ゴミ塊物 オモイデノシナへ変貌する。
“フゥオオオッ!”
オモイデノシナはややトーンの高い雄叫びをあげる。
「むっ、見たこともない怪獣か。デュワッ!」
雄叫びをあげるオモイデノシナを見たダンはセブンに変身し、オモイデノシナの目の前に立つ。
“フゥオオオッ!”
オモイデノシナは目の前のセブンに驚く。
「デュワッ!」
セブンはファイティングポーズを構えるが、オモイデノシナは攻撃を行うことはなく、体をゴソゴソといじり、巨大な虫網を取り出す。
“フゥオオオッ!”
オモイデノシナはセブンのことを意に介さず、虫採りの要領で無断駐車されていた自動車を虫網で捕らえ、腹部にある虫籠に転送する。
「デュワッ!」
セブンはオモイデノシナを取り押さえようとするが、オモイデノシナは捕まらないようにするりと抜ける。それを見たセブンはオモイデノシナがただの怪獣ではないと感じ、透視能力を使うと、心臓部に近い核となる部分に体育座りで丸くなっているアキヒサがいた。
(中に子供がいるだと!)
内部のアキヒサに気がついたセブンはストップ光線を放ってオモイデノシナの動きを止める。
「デュワッ!」
セブンはアイスラッガーを放ち、念力による精密操作でアキヒサのいる核を切り離す。すると、オモイデノシナはただの山の一部とアキヒサの大切なものへ戻る。
「デュワッ!」
オモイデノシナを倒したセブンはダンの姿へ戻る。
「………ん…」
朝になり、アキヒサは目を覚ます。
「大丈夫かい?」
ダンはアキヒサに声を掛ける。
「貴方は確か…祖父が話していたモロボシさんですか?」
「君のおじいさんは、僕の事をなんと言っていたんだい?」
「モロボシさんは、ウルトラ警備隊の中で一番勇敢で、最後まで諦めない方だと言っていました。」
アキヒサは穏やかな声で話す。すると、
「見つけましたよ。刑事さん、この子です。」
複数の警官を連れ、アキヒサの母がやってくる。
「母さん!」
アキヒサは母の顔を見るなり、怯えだす。
「刑事さん、早くこの子を処分してください!」
アキヒサの母は甲高い声で警官の1人に言う。
「おかあさん、落ち着いてください!」
もう1人の警官はアキヒサの母を宥めようとする。
「いいえ、だめです!この子はゴミを一つ捨てることすらできないだけではなく、宇宙人と結託して怪獣になって暴れるような失敗作なのよ!人間の姿をしているうちに処分するほうがいいに決まっているわ!」
「母さん、見ていたの!?」
母の言葉を聞き、アキヒサは驚く。それを見た警官達はアキヒサに詰め寄る。
「君、それは事実かい?その宇宙人はどこだ!悪いようにはしないから言いなさい!」
警官の言葉は口調が強く、アキヒサは怯むが、
「俺の友達は、警察が思っているような悪いやつじゃない!最初から否定的なあんた達には言う必要なんてない!」
警官の目を見ながらはっきりと答える。
「人間を怪獣にする奴らが善人なわけ無いだろう!今ここで言えば、逮捕まではしない。早く答えるんだ!」
警官はアキヒサに手錠をかけようとする。しかし、
「アキヒサは悪くない。悪いのは俺達だ。だから、アキヒサを許してあげて!」
そこにゼラニーが現れる。
「ゼラニー!君達は俺を庇わないで逃げるんだ!心配してくれるお母さんがいるんだろう!」
アキヒサはゼラニー達を逃がそうとする。
「できないよ!友達がお母さんから酷い目にあっているのに、見捨てられない!俺達を捕まえれば納得してくれるんだろ!だからアキヒサを離すんだ!」
ゼラニーとバギクは両手を差し出す。
「刑事さん、どっちかじゃなくて全員処分してよ!」
アキヒサの母はヒステリーを起こしたかのように喚く。
「おかあさん、それを判断するのは我々の仕事です!」
警官達はアキヒサの母が暴れないように押さえつける。すると、
「二人とも、こんな遠くまで来ていたの!?」
ゼラニー達より背の高いコール星人が現れる。
「「お母さん!」」
現れたコール星人はゼラニー達の母親であり、2人を抱きしめる。
「まったく、私達を心配させただけじゃなく、他所の星の家庭にまで迷惑かけるなんて、ダメじゃない!でも、2人が無事で本当に良かった!」
ゼラニー達の母は泣きながらゼラニー達を抱きしめ、
「それにしても、貴方には母親の愛情というものは無いのかしら?」
ゼラニー達の母はアキヒサの母を睨む。
「何それ?私達はエリートなの。いてもいなくても変わらないゴミは捨てて、優秀な遺伝子を残すのが、エリートの使命なの。そんな出来損ないの子供を持って、愛情とかどうでもいいものを大切にしている貴方では解らないことよね。」
アキヒサの母は見下すように言う。
「確かに優秀であることは大切よ。でも、心を大切にできないならその優秀な頭脳は、本当に人の頭脳と呼んでいいものなのかしら?犯罪心理学において、犯罪者の多くは心の教育が疎かな環境で育ったケースが大部分を占めている統計もあるわ。」
ゼラニー達の母は反論する。
「心なんかで大企業は務まらないわ。エリートは大企業で有象無象を扱うのが仕事なの。心なんてむしろ邪魔なものよ。」
「そう云う貴方自身が、一番心を捨てられていないのでは?」
「何よ!私のどこが!」
「そうやって、自己保身のために怒鳴り散らして周りに恐怖心を植え付けようとしている所なんて、心がなければできないことよ。」
「無能達はそうしないと使い物にならないでしょ!」
ゼラニー達の母の指摘に、アキヒサの母は声を荒らげる。すると、
「それくらいにしておきなさい。これ以上は襤褸が出るぞ。」
ダンよりやや年上の老人がやってくる。
「お義父さん、どうしてこちらに!」
老人を見てアキヒサの母は狼狽える。
「息子から常々相談を受けていたんだ。君のアキヒサに対する行いは、母親の教育から大きく逸脱していると。アキヒサ、もう少し早く来れなくて、すまなかったな。」
老人はアキヒサに頭を下げる。
「お祖父さん、俺は平気だよ!それより、暫く会えなくてごめん。」
アキヒサは祖父である老人、アマギに抱きつく。
「頑張ったな。ダン、久しぶりだが、元気そうでよかった。」
アマギはダンに微笑む。
「アマギ隊員、久しぶりですね!」
ダンもかつての仲間との再会に心を打たれる。そんな中、
「奥さん、児童虐待の容疑で、署まで御同行お願いできますか?」
警官はアキヒサの母に話しかける。
「なんでよ!どうしてエリートである私が警察に行かないといけないのよ!」
アキヒサの母は暴れる。
「公務執行妨害で、署まで来てくださいね。」
アキヒサの母は取り押さえられ、パトカーで連れて行かれる。
「母さん、大丈夫かな…」
アキヒサは母親の心配をする。
「アキヒサ、どうしてあんな怖いお母さんの心配をするの?」
ゼラニーは尋ねる。
「確かに、酷いことは沢山言われたし、嫌な思いもしたことは数え切れない。それでも、俺にとって母さんは母さんだから。ねえ、あの光線、もう一度俺に使ってくれないかな?」
アキヒサは質問に答え、その後にある提案をする。それは、自身をもう一度オモイデノシナに変えてほしいというものだった。
「だめだよ!そんな事をしたら、アキヒサは今度こそ捕まっちゃう!」
ゼラニーは却下する。
「どうしても、あの姿で伝えないといけないことがあるんだ!それに、きっとウルトラセブンも理解してくれる。そうですよね、モロボシさん!」
それでもアキヒサは引き下がらず、ダンを見ながら言う。ダンが言葉に詰まっていると、
「ダン、アキヒサのこと、頼んでもいいか?」
アマギがダンに頼み込む。
「わかりました。任せてください。」
ダンはそう言うと、木陰に隠れる。
「本当に大丈夫?無理していない?」
ゼラニー達の母はアキヒサを心配する。
「大丈夫です。あの怪獣じゃないと、できないことがあるんで。ゼラニー、お願い。」
アキヒサは答え、ゼラニーは光線を放ち、アキヒサは再びオモイデノシナへ変貌する。
“フゥオオオッ!”
オモイデノシナは張り付いているスマートフォンを光らせる。その光は文字となり、全世界の子供達が持つメッセージ機能を持つアプリにメッセージとして送られる。
「これ…」
学校内でマユカ達はメッセージを読む。
『家族と意見が合わなくて喧嘩することもあると思う。大人になれないうちは、理不尽に思うかもしれない。その理不尽も、大人になればきっと必要だったと思える日が来ると思う。子供のうちは、絶対親を大切にする気持ちを忘れてはいけない。大人になると、大切に思いたくても、大切に思う時間すらできなくなる。親を大切にできるのは、子供の間の特権なんだ。それを忘れないでほしい。』
そのメッセージは短いながらも、アキヒサの思いが強く込められていた。
“フゥオオオッ!”
オモイデノシナはダンのいる方を見ながら頷く。ダンは納得し、セブンに変身すると、再びアイスラッガーでオモイデノシナの核を切除し、アキヒサをもとに戻す。
「モロボシさん、セブンを呼んできてくれて、ありがとうございます。」
アキヒサはダンに頭を下げる。
「大したことはしていないよ。それより、お友達が帰るみたいだから、挨拶をしてくるといい。」
ダンはアキヒサをゼラニー達の方へ向かわせる。
「アキヒサ君、息子達が迷惑をかけてしまい、本当にごめんなさいね。」
ゼラニー達の母は謝る。
「気にしないでください。俺にとって、大切な友達が2人増えて、大切な思い出も沢山できたんで。」
アキヒサはあっさりと許す。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。これは私からのお願いなんだけど、もしまたゼラニー達が地球へ遊びに来たら、一緒に遊んでもらえないかしら?」
「勿論です!友達と遊べるなら、全然大丈夫ですよ!」
アキヒサはゼラニー達の母の願いを聞き入れる。
「ありがとう。それじゃあ、今日はこの辺でごめんなさいね。」
ゼラニー達は光を放ちながら消えていった。
「モロボシさん!…お祖父さん、モロボシさんは?」
アキヒサが振り返ると、既にダンの姿はなかった。
「ダンはもう行ってしまったよ。」
「そうなんだ。そうだ、お祖父さんに聞きたかったことが一つあったんだ。」
「なんだい?」
「母さんはどうしてエリートであることに拘り続けていたの?」
「多分だけど、自分の夢を諦めきれなかったんだろう。」
「夢?」
「ああ。アキヒサの母さんは、大学へ入学したことに満足して、成績が悪化して卒業できなかったんだ。だから、アキヒサにはそういう思いをしてほしくなかったんだろうな。」
「そうだったんだ…」
アキヒサはアマギの手を握りながら帰路へついたのだった。
ページ上へ戻る