同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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自由惑星同盟の最も長い3カ月
796年5月の最高評議会安全保障小委員会緊急会合
前書き
「私の人生の最も重要な課題とは2年後の選挙に勝つということだ。これは下院議員という事業主として最も誠実な欲求であると自負している」ジョン・ヤング議員(国民共和党議員、パルメレント3区選出)モダン・ガーディアン紙政治部記者25期目連続当選した際の抱負を問われて。
宇宙歴796年5月16日12:55(ハイネセン標準時間)オパールビル(最高議長官邸)
その日、議長官邸でもあるオパールビルは大騒動となっていた。
「最高評議会安全保障小委員会を招集しろ!」
「シドニー・シトレ元帥到着まであと2分!」
「関係評議員のシチュエーション・ルームへの受け入れ準備!」
「統合作戦本部の事態対処委員メンバーとの高機密ホットラインの確立を急げ!!」
最高評議会書記局職員たちが動き回る中、武骨ながら高級感が漂う車両が停まった。
「シドニー・シトレ本部長到着!!」
分厚い身体を軍服で覆った黒人の偉丈夫が車から降り立った。その胸板は常よりも厚く、制服についた略綬が誇らしげに煌めいてるように見えた。何しろイゼルローン要塞を陥落させたのだからそう見せたいだろうし、人々はそう見るのである。
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パヴェル・カントロヴィチ議長補佐官(国家安全保障担当)が咳払いをする。
「最高評議会国家安全保障小委員会の緊急会合を行います。これはイゼルローン要塞後略成功の速報を受けた者であり、イゼルローン要塞後略後の国防方針、安全保障環境変化の波及について重要事項の整理と策定の方針について討議するものです」
「それではまず議長よりご挨拶を」
「えー、国家安全保障小委員会を開催したいと思います。この度は非常に喜ばしい報告からはじめられること、各評議員の皆さまのご尽力によるものであります。それでは、お手元の議事次第に沿って進行してまいりたいと、思います。まず最初にイゼルローン要塞攻略後の状況について、軍令部門のシドニー・シトレ本部長より、説明をお願いいたします」
微笑を浮かべ、シドニー・シトレ元帥はゆったりとした身振りで大画面にデータを表示させた。
「それではご報告をさせていただきます。お手元の資料1をご覧ください」
評議員たちの端末に資料データが表示された。
「イゼルローン要塞の施設に大きな損害はありません、主要機能は保全されており、技術部の調査次第ですがシステム等の更新によりわが軍が使用可能となるまでおよそ2カ月程度との見込みです。調査終了後後に正式に報告いたします」
しばらく、拠点としてのイゼルローン要塞の優秀性について説明が続く。そしてシトレはゆっくりとサンフォードから順番に最高評議員らを眺め、最後にトリューニヒトを見ると余裕のある笑みを浮かべた。
「・・・・・・長期的な軍事プランについては詳細な現有戦力評価につきましては本部長人事の確定の決定と新体制人事案可決後に立案を開始します」
「国防委員会より補足します。イゼルローン要塞内の工廠につきましては同じく2カ月程度で調整を行えば簡単に同盟軍の規格に適合可能と見られています」
「財政委員会より報告現在のプライマリーバランスは極めて深刻な状態です。特にイゼルローン要塞建設後から流通の一極化による税収減、軍事的な消耗の増大は……」
「……国防委員会より報告します。財政上の負担に対する対応が必要である点については疑いはありませんが、国防産業は国家需要に基づいており過度の縮小による技術の喪失の可能性が‥‥」
「人的資源委員長よりいくつかご報告をさせていただきます。
お手元の資料3をご覧ください。動員の問題は星間航行を担う技能労働者の欠如にあります。我らは星間国家であり、その定義を保証するのは星間流通です。然るにそれこそが自由惑星同盟の社会の基幹人材であるのと同時に同盟軍の最も激しい損害を被る兵科であります。バーラトの課題について参考となるのはアスターテです。彼らは必然的に宇宙軍への動員が数多くあります、それ故に彼らの少子高齢化の加速が進んでおります」
「人的資源委員会の勧告に対して補足します。駐留艦隊など特殊な環境に依存した経済となっている構成邦は少なくありません。またイゼルローン要塞に過剰に依存したロジスティックスへの変更のリスクを評価する必要があります。また、大半の戦死者は全て侵略への防戦によるものであり、イゼルローン要塞の確保だけでも、この問題の解決に寄与する点も強調させていただきます」
トリューニヒトが即座に対応する。
こうして参集された最高評議員の発言に対してトリューニヒトが反論を行うという光景が繰り広げられた。それほどの軍需が拡大しているということである。また一方で第2・4・6・11艦隊など傷ついた星間戦力の再建が必要なのも事実だ(もっとも2・4・6は13艦隊に実質統合再編されたのだが軍官僚は常に”長期的に回復するべきもの”を留保することに余念はないものだ)
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国家安全保障小委員会の終了後、直近の対応について最高議長は軍令の長と軍政の長を呼び、執務室で会談を行った。
「君たちは一転、嫌われ者の立場になるわけだ」
とサンフォードは珍しく少しばかり皮肉を込めて二人を見る。
「喜べばいいのか、迷っているのかね」
トリューニヒトはそれに肩をすくめて答える。
「軍の功績は功績です。然るべき予算措置についてはいずれの行政委員会も財務と戦わねばなりません。そしてこれからは上院と下院も味方につけるには説得力のある政策が必要になります、だがそれは民主主義でありましょう」
「適切な戦力整備と軍の方針を示すことに全力を尽くします」」
「いずれにせよ国防委員会がどこかの段階で主導する必要があります」
トリューニヒトとシトレは鋭く視線を交わす。
サンフォードは溜息を吐く。いずれにせよ外圧が緩めば内の綻びが顕著になるのは変わらない。
「ひとまずシトレ本部長の再選については功績をもって本人が望むのであれば、議長としても後押しをする。次の政権がどうであれ君は制服軍人の最高位であり続けるだろう」
「感謝いたします我らが議長」
人事案の提出時期などについて言葉を交わすとシトレは意気揚々と政治家たちを残し、2年間座る椅子のもとへ戻っていった。
「君もあと4年、国防委員長の座が欲しいのかな?かけがえのないパートナーは2年は椅子を守るつもりらしいが」
老議長の声の中に潜む諧謔を読み取ったのか、トリューニヒトは笑った。
「党員たちの望み次第ですな、それは」
「それは実に民主的でよろしいことだ」
国民共和党の党員は10億人近くいる――構成邦政党の党員が兼務しているものが9割であるが。なるほど民主的といえばそうなのかもしれない。
「えぇその通りですな。それに加えて‥‥」
「情報交通委員長の問題もある。カナマル君はもう無理だ」
ルンビーニ星域における事故は重要な宇宙港周辺に液体金属をぶちまける最悪の事故となってしまった。何が最悪化というと死傷者もそうだが港湾が麻痺したことが一番まずい、特に安全管理の書類と実態の食い違いを本来確認するはずだった検査の省略に対し、委員長の介入があったことは既にサンフォードは把握している。
率直に言ってカナマル情報交通委員長の生命を失わせたのは“ルンビーニ”の同盟弁務官の一人がウォルター・アイランズであり国防委員長の座を数年後に目指すトリューニヒトの側近として下院への転向をすでに決めていたことだ。
連立政党のみならずトリューニヒトが重鎮であるNRP中央派のメンツを叩き潰す形で腐敗があらわになった以上、カナマルの政治生命は終わったも同然だ。
「人選は党内に任せますか?」
「どのみち大して長くはない。見栄えのいい若手を抜擢したほうが良いだろう。それについては全国委員会にも相談している」
サンフォードの議長の任期は半年程度、既に予備選挙が間もなく始まる。
「状況次第では半年で大きな仕事の基礎をやらされますね。自由党はともかく労農党は欲しがるかもしれません」
「レベロやホアンもそうだが、それ以上に上院の動向が気にかかる」
トリューニヒトもわずかに緊張した顔でうなずいた。
「すべての選択肢が私の前にある。おそらくこの30年で私以外の誰がこれほど自由な選択肢を得たのだろうか。そしてその選択を楽しむ猶予は刻一刻と減っていく」
サンフォードはため息をついた。
「いずれにせよ、総裁閣下、とにもかくにもおめでとうございます」
トリューニヒトは議長ではなく総裁とサンフォードを呼んだ。
年若い国防委員長が見るサンフォードの背中は少し丸まっていた。
だがそれは嵐をしのぎ議長の座に(連立のための妥協の産物とはいえ)手をかけた姿だ。
「祝う前に選挙だよ、君。選挙、選挙だ。この四半世紀、誰も思いもよらなかった選択肢を与えられた選挙だ。同盟はひどく揺らぎ、誰も彼もが揺れ動く舞台の上で踊り狂うだろう。だが今日は勝利を喜ぼうではないか‥‥我々が躍るのはまだ先だ」
サンフォードは常の通り“何もしない”をするつもりのようだ。この連立が危うくなった時、この国家元首は常にそう振る舞ってきた。
「シトレ元帥閣下の踊りが達者であることを祈りましょう。今は制服軍人が躍る時間です」
トリューニヒトは声に出さずつぶやいた。
――どう転ぶか見ものだ。
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