桐林の主
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第一章
桐林の主
岩手県の遠野の話である。
付馬牛村という村に磐司という者がいた、この者は猟師であったが。
彼は村の長老にだ、ある日こう言われた。見れば大柄で逞しい身体をしていて四角くごつごつとした顔の小さな目の男である。
「身重のおなごに触るとか」
「うむ、穢れるからな」
そうなるからとだ、長老は磐司に話した。
「決してな」
「触っては駄目か」
「よいな」
「そう言うがこの前な」
磐司は長老に困った顔で話した。
「わしは山の中でそのな」
「身重のおなごをか」
「苦しそうにしていたからおぶっておなごが言う場所、山の麓の神社までな」
「連れて行ったのか」
「おぶってな」
そうしたというのだ。
「それではわしは穢れたのか」
「いや、そのおなごは人ではないな」
その話を聞いてだ、長老は言った。
「神社までと言うとな」
「山の麓のか」
「そのおなごは山の神様じゃ」
長老は強い声で話した。
「それじゃ」
「そうなのか」
「山の神様はおなごじゃ」
このことも話した。
「それで神社までとなるとな」
「その神社に祀られている神様か」
「そうじゃ、お主そんなことをしたのか」
長老は驚いて言った。
「そうだったのか」
「ああ、それが何かあるか」
「神様を助けたらな」
山の神様をというのだ。
「そのご加護がな」
「貰えるか」
「そうなるからな」
だからだというのだ。
「何かあったらな」
「そのご加護がか」
「生きるぞ」
「そうか、それはいいな」
「ああ、しかし身重のおなごでもな」
「助けるとか」
「触って穢れてもな」
それでもというのだ。
「いいこともあるな」
「というか困ってると誰でも助けないとな」
「そうしたらいいこともあるな」
「いいことをしたらな」
困っている人それが神であっても助ける、そうしたらいいとだ。磐司は村の長老と話したのだった。
磐司は早池峰山の中の小屋で暮らしていたがその小屋にだ。
村の長老とは別の見たことのない老人が来てだ、丁度家にいた彼に言ってきた。
「山の神様を助けた磐司さんかのう」
「そうだけれどどうしたんだ?」
磐司は老人を家に入れて向かい合って座って問うた。
「あんた見ない顔だが」
「この山の神なんだが」
「ああ、わしが助けた山の神様とは別のか」
「この山の神だ」
「そうなのか」
「それで今困っておってな」
山の神は苦い顔で話した。
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