俺様勇者と武闘家日記
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第2部
第2部 閑話
ランシールでの一夜
ランシールのお祭りの最中財布を盗られた私は、助けに来てくれたユウリのお陰でなんとか無事に財布を取り戻すことが出来た。
その後気晴らしに屋台を廻ろうとしたのだが……。
「おい店主。このアイテムが一つ百五十ゴールドとは、ぼったくりなんじゃないのか?」
「そ、そんなわけないだろ! 特別価格で提供してるんだ、文句言わないでくれ!」
「ふん。これより安い店を俺は知っている」
ふと気になって立ち寄ったお店の前で、ユウリとその店の店主が言い争いを始めることになったのは、ユウリが今手にしているアイテムがきっかけだった。
どうもユウリの中では、このアイテムは普通よりも高く売られているため不満らしい。
けれど店主のいうとおり、ここで売っている値段の方が安いのだとしたら、彼は立派なクレーマーだ。
私としては、十数ゴールドの差なら、どっちでもいいと思うのだが……。
両者一歩も譲らず、不毛な戦いを続けていると、
「だから、この値段が底値だって言ってるだろ!! あんた、こんなかわいい子が隣にいるのにそんなみみっちいこと言って、彼氏として恥ずかしくないのかい?」
と、半ばキレ気味に店主がユウリに向かって叫んだのだ。
これにはユウリも怒りでベギラマでも放つのでは、と思ったのだが、なぜか彼は反論しなかった。
その代わり、顔を真っ赤にしながら眉根をこれでもかとつり上げている。
ヤバい。これは相当ご立腹だ。
「あ、あの、お騒がせしてすいません! 私たちこれで失礼します!!」
「あっ、ちょっと……お客さん!!」
私はユウリの背中を押しながら、店主さんに謝ると、いそいそとこの場から逃げるように去ることにした。
「もう、ユウリってば! せっかく売ってくれてるのに、怒らせたらダメじゃない」
お店から離れたところで私がそう言うと、ユウリは未だ納得行かない顔でぶつぶつ文句を言っている。
「あの店主がおかしなことを言うからだ。大体俺とこいつはそういう関係じゃ……」
「ユウリ、聞いてる?」
明後日の方を向いているユウリに対し、私は彼の顔を覗き込む。するとユウリは今ごろ私に気がついたのか、いつもより大袈裟に驚いた。
「いっ、いきなり目の前に現れるな!!」
いきなりじゃないんだけどなあ……と思いつつ、どちらかと言うと怒りより驚いて焦っている彼を見て、文句を言う気が薄れてしまった。
そのときふと別の屋台が目に入ったので、話題を変えてみる。
「ねえ、あそこのお店に寄ってもいい?」
私が指差す方へユウリも視線を向けると、そこは可愛いアクセサリーが並んであるお店だった。
「お前が食べ物以外の店に興味を持つなんて珍しいな」
「私だってアクセサリーの一つや二つ、興味くらい持つよ」
意外そうに言うユウリの言葉に些かムッとしながらも、平然と私は答えた。
まあ別に興味を持ったわけではなく、ユウリの機嫌を紛らわせるために適当なお店を選んだだけだったのだが、自分が食べ物だけに興味があると思われているのも何だか癪なので、そういうことにしておいた。
早速お店の前に立って眺めると、商品棚に飾られた色とりどりの品物が目に飛び込んできた。
「うわあ、可愛い!」
アッサラームやエジンベアで売っているきらびやかなアクセサリーと違って、どことなく民芸品のような温かみのある雰囲気のアクセサリーは、私にとってどれも興味を持つ物ばかりであった。
とくにこのオレンジ系のお花をあしらった髪止めは、普段でも使えそうだ。私は手に取ってじっくりと眺める。
「いらっしゃい。お、さっき演説してた勇者様じゃないか。その手にしている髪飾り、そのお嬢ちゃんによく似合うと思うよ」
「そ、そうですか?」
店のおじさんにそう誉められ、思わず照れる私。
「どうせ来る客に皆そう言ってるんだから、真に受けるなよ」
「もう、わかってるよ!」
横からひょっこりと現れて身も蓋もないことを呟くユウリの一言に、私のテンションは一気に下がった。
おそらく私に無駄遣いをさせないために言ったのだと思うが、そんなことわかってる。でも女の子は、可愛いとか、似合っているとか言われれば誰でも嬉しくなるのだ。
申し訳ない気持ちでちらりとおじさんの方を見ると、そういう客には慣れているのかあまり気にしていない様子だった。
「まあまあ、せっかくのデートなんだから、喧嘩しないでよ。見ていくだけでもいいからさ」
「あはは、デートじゃないですよ。ただの旅の仲間で……」
先ほどの店の主人と同じようなことを言って来たので、私は軽く笑いながら説明していたのだが、話の途中で突然ユウリが私の腕を引っ張った。
「わっ!? 何?」
「行くぞ」
そう振り向きもせず言うと、ユウリは私を引きずるように次の店も足早に去ったのだった。
「ねえ、待ってってば。どうしたの、ユウリ?」
人気のあまりない道で足をもつれさせながら私が呼び止めると、ユウリはぴたりと足を止めた。
「……お前は嫌じゃないのか?」
「? 何が?」
頭を巡らすが、思い当たる節がない。私が首をかしげると、手を離したユウリが歯切れの悪い様子で答えた。
「俺と一緒にいて、その……なんか誤解されることが多いだろ」
「えーと、さっき店のおじさんが言ってたこと?」
私の言葉に、ユウリは無言で小さく頷く。
確かにお店を回っていた中で、ユウリのことを彼氏と言ったり、デート中だと勘違いしていた人たちと出会ってきた。けれどテドンでも似たような経験をしてきたので、そこまで過敏になるほどのことではないと思うのだが……。
「別に嫌じゃないよ? それに、他の人にどう思われるかなんて、関係ないと思うけど」
「……」
いつも他人の目など気にしなさそうなユウリがそんなことを言うなんて、珍しかった。私の率直な意見にも、彼はあまり納得していないようだ。
「私はユウリとこうして一緒にお店を回れて、すごく楽しいよ?」
「!!」
思ったことをそのまま言っただけなのに、何故か意外そうに目を剥くユウリ。私はさらに言葉を続ける。
「そんなこと気にするくらいなら、お祭りをもっと楽しもうよ。だって、こうしてユウリとお祭りに参加できる時間なんて、今しかないんだからさ」
「……」
「それとも、ユウリはこういうの、好きじゃない?」
それなら無理につき合わせるのは悪いと思い、尋ねたのだが……。
「……別に嫌じゃない」
さっき私が言ったのと同じセリフで返され、思わず笑ってしまいそうになる。だが、どうやらユウリなりに笑いを取りに行ったわけではないようだ。その証拠に、私の顔色を窺うことなく目線をそらしたまま喋らない。
「な、なら他のお店も回ろうよ。まだ気になるお店がたくさんあるんだよね」
微妙な沈黙に耐えきれなくなった私は、自分から提案をした。それでも彼は、しばらく沈黙したあと、無言で小さく頷くのみ。
これってOKってことで、いいんだよね?
すると突然ユウリは私に背を向け、屋台の方へと歩き出した。
「あっ、待ってよ!」
後についていこうと思った矢先、彼は突然立ち止まり、ためらうようにこちらを振り向いた。
「……さっき言ってたことは、本当か?」
「さっきって?」
何の話かわからず、記憶の糸を辿っていくと、すぐに出てこない私の記憶力に呆れたのか、ユウリは小さくため息をついた。
「……なんでもない。行くぞ」
そう言うとユウリは、いつものように目的地もいわずにさっさと行く……と思いきや、彼は歩き出す前に私に手を差し伸べてきた。
普段ならこちらのことなど気にせず行ってしまうのだが、今日に限ってはなんだかいつもと違う。きっと私に気を遣っているのだろう。
そんな普段と違う姿のユウリと接することがなんだか嬉しくて、私は彼の気が変わらないうちにその手を取ったのだった。
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