非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第128話『コスプレ』
「お待たせー! みんなの分のコスプレ衣装用意したよー!」
「う……」
出し物決めから早2週間。あれから毎日、放課後に文化祭の準備をする習慣が生まれた。部活に行くのは少し遅くなるが、学校全体がそんな雰囲気なので大した問題ではない。
それで一応『カフェ』という名目なので、今までメニューをどうするか内装をどうするかなど色々話し合いが進んでいたが、今日ついに『コスプレ』の部分が完成したようだ。
大きな声で莉奈がクラス中に呼びかけると共に、服飾係の人達が長いハンガーラックを引っ張ってきた。そこには多種多様な服がぎっしりと掛けられており、思っていた以上に"本気"であることが窺える。
「こんだけの量、よく2週間で作ったな。文化祭当日に間に合うかどうかって話じゃなかったか?」
「それがね、ママの友達にコスプレ衣装いっぱい取り扱ってる人がいて、頼んだら全部くれたんだ」
「全部!? 随分気前が良いんだな」
「もう古いし子供サイズだから処分に困ってたんだって。でもでも、ほつれてたとことかもちゃんと全部私たちが直したから、実質新品みたいなものだよ」
そう言って、莉奈は1着の衣装を手に取り、見せびらかすように広げる。
「ほら、これとかすっごく可愛くない!?」
「お、おう、そうだな……」
確かに、莉奈が手に取ったヒラヒラの付いたワンピースは上品で美しいと思う。ただ、これを着るのが男子だと考えると反応に困ってしまう。
「それじゃあ早速──着てみて、晴登」
「は?」
「だから、はい。これ晴登の分」
「断る」
「何でよ! 男子は女装するってルールでしょ!」
「確かにそうかもしれないけど、俺は調理担当で裏方に入ったはずだ! コスプレする必要ないだろ!」
どちらかと言えば、ルールを守ろうとする莉奈の言い分の方が正しいのだが、女装コスプレに乗り気でない晴登の言い分も聞き入れて欲しい。
「わかってないなぁ。お客さんの見えないところでもこだわるのが大事なんじゃん」
「何その高めのプロ意識」
「いいからはい、これ持って廊下で着替えて。女子は教室で着替えるからいいよって言うまで入っちゃダメだよ」
「そんな理不尽な……」
色んな意味での理不尽を受け、肩を落としながら晴登は他の男子達と共に教室を出たのだった。
*
「……と、こんなもんか。すっげぇヒラヒラしてんなこれ」
渋々着替えを終え、窓を鏡代わりにして自分の姿を見ると、そこには水色を基調としたヒラヒラの多いワンピースを身にまとった、紛れもない『お嬢様』の姿が映っていた。
「これが、俺……」
女装なんて絶対似合わないと思っていたが、まだ顔付きも体付きも子供だからか意外と違和感を感じない。街中に出ても恥ずかしくないレベルだ。その時は知り合いには会いたくないけど。
「はっはっは! 傑作だなぁ晴登!」
「そう言うお前もな、大地」
晴登のコスプレを見て高らかに笑い声を上げる大地。彼のコスプレは『メイド』だ。黒色と白色を基調とした、イメージ通りのメイド服である。
「おかえりなさいませ、ご主人様……なんてな」
「何でそんなノリノリなんだよ」
晴登のコスプレが『お嬢様』ということもあって、『メイド』の大地がその月並みな言葉を言っても違和感が全く働かない。
周りを見渡すと、制服やチアコスなど、全員バラバラなコスプレをしていたがどれも完成度が高い。
そしてその一角で、一際目立つ人物を発見した。
「柊君、そのコスプレよく似合ってるね」
「三浦君!? は、恥ずかしいから見ないで……」
晴登が声をかけると、狐太郎は元々着ていたパーカーを上から羽織って小さな身体を隠そうとする。
「それって『巫女』のコスプレだよね? 別にそこまで恥ずかしがらなくていいんじゃない? 俺なんてこんなんだし」
「でもこれじゃ耳も尻尾も目立っちゃうよ〜」
「……いや、コスプレだから逆に目立たないかも」
白衣に赤い袴の、よく見るタイプの巫女服を身にまとっている狐太郎。晴登のヒラヒラワンピースと比べると、落ち着いたコスプレだとは思う。
ただ、彼の懸念はそこではなく、コンプレックスである耳や尻尾が目立つことにあった。だが、むしろそれが狙いだろう。ケモ耳や尻尾なんてコスプレではよくあるし、お客さんもまさかこれらが本物だとは思うまい。やけにクオリティの高いコスプレと認識してもらえれば御の字だ。
「だから自信持ってこう!」
「う、うん……!」
狐太郎が耳と尻尾を気にしているのはクラスでは周知の事実。確かに変かもしれないけど、受け入れることが難しい訳じゃない。もっとみんなに受け入れてもらうためにも、彼に必要なのは時間と自信だ。この文化祭で、彼が少しでも自分に自信を持てるようになって欲しい。
「あと、伸太郎はどこに──」
「男子達〜、もう入っていいよ〜」
とりあえず仲の良い友達の女装は全部見たいと思って伸太郎を探していると、教室の中からお呼びがかかる。
しかし、女子に女装を見られる羞恥心から、誰も教室に入ろうとしない。
「何で誰も入って来ないの? あ、ほら晴登、早く来なって」
「え、何で俺からぁあぁ!?」
男子が誰も教室に入って来ないことに痺れを切らした莉奈が、ドアをガラッと開けて目の前にいた晴登の手を無理やり掴んで引き込んでいく。
ちなみに莉奈のコスプレは『応援団』といったところか。この学校の制服とは少し違う学ランを羽織っており、ハチマキが男らしさを際立たせている。晴登達に女装が似合うように、莉奈達も男装がよく似合いそうだ。
「……あ、ハルト。これどうかな? 似合ってる?」
「……っ」
教室に一番最初に入った晴登の目に映ったのは、短めの髪を後ろに結び、黒の執事服と白の手袋に身を包んだ結月。誰が与えたのか、伊達眼鏡まで装備している。
どこからどう見ても『美少年執事』。やっぱり、初見で結月を男子だと見間違えたのは仕方ないと思う。だってあまりにも美形なのだから。思わず息を呑む。
「か、かっこいいよ」
「? 何で目逸らすの?」
「いや、だって……」
視線を外して冷静さを保とうとするが、心臓の音が鳴り止まない。普段の姿ならまだしも、男装を見て胸がドキッとするなんて、これではまるで男相手に恋をしているみたいではないか。
「おやおや? 晴登ったら顔が赤いよ? もしかして結月ちゃんがかっこよすぎてドキドキしてる?」
「ち、違……くないけど」
「? それならハルトだって可愛いよ! お姫様って感じで、ボク羨ましいなぁ」
「そんなことないって……!」
莉奈にいじられ、結月に女装を見られ、あまつさえ世辞ではない本心からの褒め言葉を受ける。もう色々な感情がごちゃ混ぜになって、穴があったら逃げ込みたい気分だ。
そうして顔が真っ赤になった晴登を見て、莉奈はついに禁断のアレを取り出した。
「あ、そうだ。ちょっとそこのカップル2人、写真撮るからポーズして」
「は!? ちょ、写真はダメだって!」
「いいよ〜。ほらハルト、並んで並んで!」
「無理無理無理無理! こんな姿写真に残したくない!」
写真だけは嫌だと、晴登が必死に抵抗する。だって女装なんてするだけでも黒歴史なのに、記録に残ろうものなら大人になってもいじられる未来が見えるのだ。
「強情だなぁ。結月ちゃん、やっちゃって」
「りょーかーい」
「え、何? 何すんの──うわ!?」
しかし晴登が拒否しても、パートナーである結月が容認している時点でこの抵抗は無意味と化す。現に晴登は結月にお姫様抱っこされてしまい、逃げ場が無くなってしまった。
「ちょ、恥ずかしいんだけど!」
「ボク、ずっとハルトのことこうやって持ち上げてみたかったんだよね」
「今じゃなくていいじゃん! 降ろしてって!」
「だって、フウカさんだけずるいんだもん」
「あの時は、その……仕方ないじゃん!」
自分の欲望と対抗心に忠実な結月に対して、ああだこうだと頑なに嫌がる晴登。その姿はさながらワガママお嬢様だ。そんなお嬢様の世話焼きをするのが執事の役目なのだから、執事というのは大変だと思う。
「あ〜もう──」
でも、この美少年執事はそれくらいで挫けたりはしない。
その端正な顔をお嬢様の顔にぐいっと近づけ、透き通った蒼い瞳で真っ直ぐ見つめると一言、
「この口塞いだら静かになる?」
「は、はひ……」
いつもより声色を少しだけ低くして、その辺の男子よりも男らしく振る舞う結月に、晴登は乙女の如く心臓が高鳴ってしまう。
「お、シャッターチャンス」
力が抜けて抵抗できなくなった晴登を見て、莉奈はついにシャッターを切った。
後から入って来た男子達は、その様子に憐れむような視線を向けるのだった。
*
クラス中で一頻り写真を撮ったりからかいあったりした後、その格好のまま文化祭の準備に戻る。異様な光景ではあるが、さすがにもう慣れてきた。
「傑作だったな晴登!」
「やめろ! 恥ずかしすぎてもうお婿に行けない……」
「じゃあもうお前が嫁でいいんじゃねぇか?」
「それは名案!……な訳あるか」
壁を背に座り込んで休んでいる晴登に声を掛けてきたのは、メイドの格好なのに全然恭しくない大地だ。むしろ、結月との写真を撮っている時、彼が横目にケラケラ笑っていたのを晴登は知っている。こんなメイドはクビだクビ。
「にしても、本当に完成度高いなこれ」
「元々の素材が良かったし、さらにファッション部の奴らが本気出したらしいからな」
晴登は自分のスカートを触りながら、そのクオリティの高さに驚きを隠せない。コスプレ用の衣装ってこんなに立派なものなのか。てっきり手作りだからもっと安っぽい見た目になると思っていた。莉奈のママの友達とファッション部とやらに感謝しないと。……って、
「え、何その部活。初めて聞いたんだけど」
「文字通り、ファッションを研究する部活だ。あと言っておくが、お前の部活の方がマイナーだぞ」
「あはは……」
これには何も言い返せない。
ファッション部なんて聞いたことはないが、活動内容が予測できるだけまだマシだろう。それに比べて魔術部って何だ。頭のおかしい奴らだと思われても仕方ないと思う。
「そういや聞いたぞ。2組の転入生の天野さん、魔術部に入ったんだって? 一体どんな手使ったんだよ、魔術部部長さん?」
「その呼び方やめてくれ。……理由は大したことないぞ。たまたまあの人の趣味がマジックだっただけだよ」
「え、あの子マジックやんの? 意外だな」
とはいえ、魔術部の表向きはいわゆるマジック部。マジックをやる人が入部するのは、ごく自然な流れと言えよう。晴登たちもそういった理由で通しているし、不思議とこの理由を疑う人は未だにいない。
「結構凄いんだよ。特に演出が」
「何それ気になる。今度見せてもらおっと」
天野のマジックは本物だ。マジックそのものも凄いが、何よりエンターテインメントを理解している。彼女はいずれ大物マジシャンになるだろう。
それにしても、今度見せてもらおうって、まだ彼は天野と仲良くなっていないはずなのに。その行動力は本当に尊敬する。
「三浦くーん、メニューについて話したいんだけどいい?」
「あ、はーい。今行きまーす。また後でな、大地」
「へいへい」
同じ調理班の人に呼ばれ、晴登はドレスで重たい腰を上げる。
教室の装飾作りなど準備は着々と進んでおり、もうすぐ文化祭が始まるのだと思うとやっぱりワクワクしてきた。初めての文化祭。どんな風になるんだろう。
あれ、そういえば誰か忘れてるような……。
*
「見て見てチノ、このハルトすっごく可愛くない?!」
「おぉ! 何このお宝写真!」
いつの間にか現像された例の写真を結月が持っており、それを智乃に見せびらかしている。当然、智乃の食いつきは尋常じゃない。
「莉奈め、消せって言ったのに……」
「ごめんねハルト、ボクがお願いしたの」
「ぐ……」
男装結月が女装晴登をお姫様抱っこするというツーショット写真。これを結月が絶対に欲しがることはわかり切っていたし、何なら晴登にも黒歴史である点を除けば写真を欲する理由はある。
だからこそ、こうして本当に申し訳なさそうに謝られると怒るに怒れない。
結局、「これ以上誰にも見せびらかさないこと」を条件として、所有を許可した。
「お兄ちゃん、文化祭当日もこの衣装着るの?」
「そのつもりらしい。俺裏方なのにな……」
「じゃあ見に行かせて!」
「それ目的ならお断りだ」
日城中の文化祭は招待制であり、生徒が家族や知り合いに招待状を渡すことで外部の人も文化祭を訪れることができる。
つまり裏を返せば、招待状を渡さなければ文化祭には参加できないということ。兄の女装を見たがる妹の心理なんてからかいたい以外に考えられないし、それ目的なら妹とはいえ招待状は渡せない。
「え〜じゃあ今着てよ。服あるんでしょ?」
「え、あるにはあるけど……嫌だ」
「何で! いいじゃん! 減るもんじゃないでしょ!」
「減るんだよ! 俺の中で何かが!」
ぎゃあぎゃあと兄妹喧嘩が勃発。その理由がまさかの女装とは誰も思うまい。
すかさず「まぁまぁ」と、結月が仲介に入る。
「もうハルトったら、お兄ちゃんなんだから妹のワガママくらい聞いてあげないと」
「……本音は?」
「ボクももう1回見たいかなって」
「だと思ったよ!」
智乃を擁護しつつ、自分の欲望を満たしたいという結月の思惑を看破し、晴登はため息をついて頭を搔く。
「ならもう文化祭は来ていいから。それでいいでしょ?」
「え〜それは当たり前じゃん。今着てよ」
「ダメ」
「ぶ〜」
ほぼ無理やりだが智乃を説得し、窮地を脱することに成功する。
元より招待状をあげない選択肢はないので、どうせ見られることになるのは承知の上だ。ただそれがこの場ではないというだけのこと。
「じゃあお風呂入ってくるから」
また駄々をこねられても嫌なので、半ば逃げるように晴登は風呂場へと向かった。
しかしこの後、着替えがコスプレ衣装にすり替えられており、風呂から上がった晴登の怒号が家中に響き渡ることになるのだった。
後書き
2ヶ月ぶりにこんにちは。どうも波羅月です。バレンタインもひな祭りもホワイトデーもエイプリルフールも終わってしまったので、冒頭の話題がありません。とりあえず、時候の挨拶でもしときましょうか。春はあけぼの。ようよう白くなりゆく山際(ry
皆さん、コスプレってしたことありますか? 自分はないです。はい、この話終わり。
……いや終わるなと。まぁまぁ、ここは好きなコスプレでも語りましょうよ。ちなみに自分は巫女服が好きですね。というか和装が好きなので、その類なら全部好きです。皆さんはどんなコスプレが好きですか?
若くして黒歴史を背負った晴登君。黒歴史と言えば、自分はこの小説自体が黒歴史なようなものです。普通に考えて、中2で思いついた物語を今の今まで続けてるのって、かなりイカれてますよ。ホントに。ちな連載7年経ちました。
でも小説家として1人前になるためには物語を"完結させる"ことが重要だと思ってますので、どんな形であれ、この物語は完成させたいです。あれ、この話何回目?
さて、今年度も新学期が始まりまして、忙しい1年になることが見込まれます。更新はまちまちになると思うので、気長にお待ちください。あと3年くらいで終わらせますんで……!(遅い)
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!
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