浮気男が歳を取って
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章
「あとよそに四人息子がおった」
「合わせて九人ですか」
「孫は十六人いる」
山川にこちらの話もした。
「そうした」
「そうですか」
「しかしな」
ここでだ、前田は。
達観したそれでいて寂しい顔になってそのうえで言ったのだった。
「九人の子供も十六人の孫も婿も嫁も誰もな」
「来られないですか」
「わしに客が来たことはないな」
こう山川に言うのだった。
「二番目の女房の娘が一番年上でわしをここに入れたが」
「それでもですか」
「それっきり顔を見せん、そして他のな」
「お子さんやお孫さんも」
「婿も嫁も曾孫までもがな」
それこそ血のつながった者全員がというのだ。
「来ん、これがわしの最期だよ」
「そう言うんですね」
「見ての通りな」
今度は自嘲しての言葉だった。
「わしはな」
「どなたも来られない」
「肉親の誰もな、若い頃はもててな」
そしてというのだ。
「そのうえで好き勝手やったが」
「その結果だっていうんですね」
「今のわしはな、もてて好き勝手をして」
悲しい達観に自重を込めて言った。
「その結果がこうだ、若い頃の好き勝手がだ」
「ああ、因果応報ですね」
「そうなった、報いは絶対に受けるな」
こうも言うのだった。
「それが今わかった、わしはこのまま一人で死ぬ」
「じゃあ僕が一緒にいていいですか?」
ここで山川は前田に申し出た。
「一人でもいればいいですよね」
「今のわしは何もないがいいか」
「いいですよ、ずっとここで働くつもりですし」
前田に笑顔で言った。
「それなら」
「そうか、ならな」
「僕でよかったら」
「地獄に仏か」
前田は泣きそうな顔で言った、それから数年彼は生きたがやがて最期の時が来た。この時も子供も孫も婿も嫁も曾孫も誰も来なかったが。
山川が傍にいた、それで臨終の間際に彼に礼を言ってから目を閉じた、若い頃にもてた男の最期はこうしたものだった。
浮気男が歳を取って 完
2023・3・19
ページ上へ戻る