レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission5 ムネモシュネ
(2) トリグラフ中央駅~自然工場アスコルド
前書き
ウソはアナタの専売特許じゃないの
アルクノアによる列車テロは起きなかった。
無事の列車旅を終え、アルヴィンたちはアスコルド自然工場に到着した。
「写真はいいのか、カメラフリークさん?」
ルドガーが振ると、ユティはけろっと。
「帰る時でいい。任務優先」
「……そうかよ」
「ルドガーってばオコサマー」
「エルにだけは言われたくない」
人もいないし、どの部屋が何という案内板もない。とりあえず道なりに進んで行くことになった。
「シゼンコージョーってなに?」
「野菜や果物をつくる工場なんですって」『変な感じだよねー』
他愛ないおしゃべりだが、自国の常識を「変」と言われると胸中穏やかではない。
アルヴィンからすれば大地に農作物が育つリーゼ・マクシアのほうが「変」だ――今でさえそう思う。それが「自然な形」であると納得するのと、個人の感覚は別――
「来たのか、アルフレド」
――この世で二度と聞けるはずのない声が、した。
「――っジランド!」
ふり向き、反射的に臨戦態勢に入る。
忘れもしない。ジランドール・ユル・スヴェント。スヴェント分家当主にしてアルヴィンの叔父。そして旧アルクノア首領。
アルヴィンたちと戦い、死んだはずの男。
「スヴェント家の次期当主を呼び捨てとは。いつまでも本家嫡男のつもりでいられては困るな」
「あんたが次期当主……?」
知り合いか、分史世界のアルヴィンと勘違いしている、中に入れてって頼んで、などなど後ろで囁きが交わされる。長引かせるとここのジランドに怪しまれる。
(事情がどうあれ、しょせんは分史世界だ。適当に話を合わせればいい)
「すまない、叔父さん。以後気をつけます」
「分かればいい」
「アスコルドの成果を見せてもらいたいんだけど」
「いいだろう」
ジランドが歩き出す。アルヴィンは後ろの仲間たちに肯いて見せ、ジランドの後ろに付いて行った。
ジランドは目的地に着くまでにとくとくと、アスコルドの成功がいかに偉業か、スヴェント家の利になるかを説いた。
アルヴィンは複雑だった。ナハティガルの膝下で被っていた気弱な仮面と、旧アルクノア首領の狡猾な中身を同時に見せられているのだ。
(これが文字通り『世界が違う』ってやつなのかね)
右から左に受け流していたアルヴィンだったが、ジランドの次の台詞には耳を奪われた。
「お前もそろそろ身を固めたらどうだ。レティシャ義姉さんも安心する」
「母さんが――?」
「アルフレドが遊び回って困ると愚痴ばかりだ」
しまった、とどこか冷静な部分が思った。――母親。アルヴィン最大の泣き所。
(この世界を壊したら、母さんも世界もろとも消滅する。元気なのに? 病気じゃないのに? 『俺』が分かるのに?)
まずい。揺れるなと念じても一度浮かんだ未来図は消えてくれない。ジランドの目に訝しさの兆し。心臓の音が速すぎて集中できない。早く何か言わなければ。早く――
ふいに、アルヴィンの手を他人の手が握った。
(ユティ?)
ユティはアルヴィンを見ず、ただ手を握る力を強めて、離した。
「ここの動力源は光の大精霊アスカだそうですね。捕獲なさったのはご当主ですか?」
「そうだ。私が発見し、捕獲した。アスカの力はアスコルドの全エネルギーを賄って余りあるものだ。精霊の利用は、今後のエレンピオスの未来を左右する産業になるだろう」
エレベーターが開く。アルヴィンたちが乗り込むと、ジランドは下降のボタンを押した。
「アスカのマナを効率的に施設に行き渡らせるには、アスカを工場の中央部に配置してケーブルを全館に通さなければいけなかったのでは?」
「無論それには労を費やした。ドーム中央にケージを据えることでケージの下からでなく上からという発想の転換により」
「アスカのマナを一点に集め、施設への分散を可能としたのですね。ひらめきを労苦を厭わず実現する、すばらしい姿勢ですわ」
ありふれた賛辞ながらジランドは満更でもない様子だ。
エレベーターのドアが開き、再び長い回廊と、奥のドア。全員がエレベーターから降りる。
「さすがはエレンピオスきっての名家、スヴェントの次期ご当主。ねえ、」
アルフレド、とユティは唇の動きだけで彼を呼んだ。
これだけ時間を稼いでくれれば立て直せた。アルヴィンはジランドの背後に歩み寄ると、銃のグリップを手加減なしでジランドの延髄に打ち込んだ。
ジランドが床に倒れる。
「サンキュー。ごめんな、叔父さん」
エリーゼから非難の声が上がる。だが、アルヴィンは冷静に答えることができた。
「こいつが時歪の因子タイムファクターじゃないなら、怪しいのはアスカとかいう精霊だ。けど、見張られてたら手は出せないぜ。――そもそも俺たちは、この世界を壊しに来たんだ」
言葉にしても、今度こそ心は揺れなかった。定まっていた。
「そうだろ、ルドガー?」
「――ああ」
ルドガーは固く、強く肯いた。――彼にはそう在ってもらわねばならない。ルドガーだけが分史世界の生殺与奪権を持つ以上、彼はアルヴィンたちの指針だ。
代わりにアルヴィンも二度と揺るがない。惰性で仲間と付き合っていた1年前とは違う。自分の力で、「ここ」をアルフレド・ヴィント・スヴェントの居場所にするのだ。
そのためにもまずは、助けてくれた仲間に礼を述べておこう。
「すらすらしゃべれんなら普段からそうしてくれよ。急に普通にしゃべり出したから度肝抜かれたぞ」
ルドガーとエルが全力で同意している。同居中にユティと何があった。後で聞かせろ。
「……めんどいから、やだもん」
ユティは申し訳なさも含んだしかめっ面をした。
「おたくがイヤならいいんだよ。――さっきはありがとな。フォローしてくれて助かった」
「よけいじゃなかった?」
「なかった。気づいてくれてサンキューな」
「よかった。ああいうの、アナタのほうが巧いから、ワタシ、怒られないか心配だった」
言われた内容は酷いはずなのに、アルヴィンが注意を引かれたのは別の所だった。
(笑うんだ、この子。写真の話題でさえ能面のまんまで話すから、てっきりそういう子だと思ってた)
ルドガーがユティの頭をぐわしと掴んだ。
「ユティ。今のはさすがにアルヴィンに失礼だ。謝れ」
「ルドガー、頭重い。髪乱れる」
「元からどこが毛先だってくらいに巻きまくってるだろうが。むしろ一周回って直毛になるんじゃないか?」
「ストレートいやー」
「だからお前の『イヤ』の基準はどこにあるんだ! 斜め上すぎて理解できねえよ!」
ルドガーはユティの頭をさらに掻き回す。エルがそれを半眼で見上げる。ローエンとエリーゼは微笑ましく見守っている。
アルヴィンは我慢せず声を上げて笑った。
後書き
本当はこの前にもう1個、列車での歓談シーンがあるのですが割愛で。後々お蔵出しします。
アルヴィンの決意回でした。本来ならアルヴィンEP4なのですが、拙作はアルがプッシュキャラなのでちょい早めの展開で。
今更ですがキャラEPは展開の都合で発生するものとしないものがあります。お気に入りのEPが出ないで残念な思いをされる読者様もいらっしゃるでしょう。申し訳ありません。
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