Fate/WizarDragonknight
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人の着替えの場所なんて分かるわけない
「……」
可奈美は、静かに自らの胸を掴む。
誰だったかは分からない。だが、夢で出会った人物の言葉が、胸に突き刺さっていた。
ただ。
「……思い出せない……」
何を言われたのか。誰に言われたのか。
ただ、薄れゆく意識の中、その言葉に強く衝撃を受けた記憶はある。
「……何だったんだっけ……?」
ただの夢とは思えない感覚に、可奈美はベッドから降りられなくなっていた。
だがすぐに、ドアが鳴る。
「ハルトさん! ハルトさん!」
聞こえてくるのは、本来は自分の肉声。
いつもとは異なる感覚に少しだけ違和感を覚えながら、可奈美はドアを開く。
「ハルトさん! 外! 出よう!」
ハルトは可奈美の体にしがみつく。
「おはよう、どうしたの? 何でこんな、朝早くに……?」
可奈美は目を動かして目覚まし時計を見やる。
朝六時。
「六時!?」
朝番のシフトが入っているならばまだしも、今日は確か可奈美のシフトは夕方だった記憶がある。そして、本来自分の体であるハルトは、逆に午前がシフトではなかったか。
「何で起こすのさ……色々整理していて眠いんだけど……」
「マラソン行くよ!」
「ま……マラソン!?」
ハルトは勢いよく手を叩く。
「ほらほら! 剣術も体術も日々の鍛錬が大事! 入れ替わったからってサボっちゃうと、一気に体がなまっちゃうよ! 特に今の私の体はそっちなんだから!」
「中身は俺だから、無駄に疲れるんだけど……」
「私もやるから! ハルトさんもやるの!」
ハルトはねだるように、可奈美の肩を揺らす。本来であれば微笑ましいものなのだろうが、姿見鏡に映っているのは、長身の青年が華奢な少女を無理矢理ベッドから起こそうとしているというどの観点からしても誤解を生みそうなものだった。
「分かった! 分かったよ!」
ココアたちが起きてくるよりも先に、可奈美は跳び起きた。
「ふう……」
「あれ? ハルトさん、パジャマに着替えてないの?」
「ん?」
可奈美は、自らの身を見下ろした。
今の服装は、昨日、ラビットハウスのシフトを終えて着替えた可奈美の私服そのままであり、寝間着にはなっていなかった。
「え? 嘘、ハルトさん、私の服ずっと着てたってこと?」
「そんなに驚くことないでしょ」
「驚くよ! なんか……その……」
「言っておくけど、今は俺が可奈美ちゃんで、そっちがハルトだからね? イヤらしい発想をするのはその点を考慮した上でお願いね?」
「……」
ハルトが顔を赤くする。
「何を考えていたんだか……」
「で、でもっ! その……やっぱり着替えて欲しいというか……ほら、一日中同じ服ってそれはそれで嫌っていうか……」
「それはいいけど……可奈美ちゃん、この部屋をしっかり見てくれない?」
可奈美は、衛藤可奈美に割り当てられた部屋を一望させる。
ベッドと最低限の部屋。住み込みの従業員へ貸し与えられる物としては破格の1Kの部屋だが、窓の近くには可奈美の衣類が山を作り上げており、あまり触りたくない。
「どれに着替えろっていうのさ? いろいろ服と下着が同じ山にあるから、触るの遠慮してたんだけど」
「え? それは……」
ハルトはノータイムで服の山から、別の服を取り出した。
美濃関学院の制服、慣れ親しんだ剣道着のような白と黒の普段着、中心に白く「ねろ♡」と書かれた黒い部屋着の合間から、水色のパジャマが現れた。
「これ」
「どこにあったんだそれ」
「最初からここにあったよ?」
「いや気付けないよ!」
可奈美は白目を剥いて叫んだ。
「えっと……それで、今日俺はどの服を着ればいいの?」
「? いつも通りこれだけど?」
「これ……あ、いつもの私服ね」
可奈美がそれを受け取ろうとベッドから降りる。一歩足を進めたところで。
「痛っ!」
「どうしたの?」
「何か踏んだ……」
可奈美が足を抑える。
何か、硬い金属製の感触が足裏から訴えてくる。短い持ち手の上には、クリスマスツリーのように無数の鈴が取り付けられている。
鈴祓いと呼ばれる神具だが、可奈美が所有しているそれは、能力、入手経路ともに普通の鈴祓いとは異なり。
「可奈美ちゃあああああああああああああああああああん!」
可奈美は叫んだ。
「な、何!?」
「これ無造作に投げ捨てちゃいけない奴! 千鳥と同じくらい大事にしなくちゃいけない奴!」
「だ、だからこうやって、いつも外に出る服と一緒に置いているじゃん!」
「よく見れば千鳥も一緒に投げ捨てられてるし! いや、昨日この部屋で寝ていて気付かなかった俺も悪いんだけど!」
「とにかく、着替えて着替えて!」
ハルトは、目を閉じながら私服を差し向ける。
可奈美はその服を受け取りながら、ジト目を浮かべる。
「可奈美ちゃん、逃避行していた時とか、ここに来るまで旅してた時とか、服どうしてたの? 同じ服ずっと着てたんじゃないの?」
「あの時は___姫和ちゃんが一緒だったり、独りだったりであんまり気にしかなかったけど…………ああもう!」
ハルトは地団太を踏み、首に立てかけてあったタオルを掴んで可奈美へ投げつける。
本来自分の汗が染みついたタオルを、女子中学生の体で感じる。
「……何この超上級者プレイ」
「ハルトさん! いいから早く着替えよう! 私が着替えさせるから、目を瞑っていてね!」
「……分かったよ」
可奈美は目を瞑り、バンザイと両腕を上げた。
「……今、二十歳近くの男性が目を瞑っている女子中学生を着替えさせているっていう言い逃れできない絵面か……」
「ハルトさん今日なんか変態チックじゃない?」
「たまにはそういうことを言いたい時だってあるよ」
「サイテー」
ハルトは「よし」と手を叩いた。
「もう目を開けていいよ」
「……うん」
私服となった可奈美は、自らの体を見下ろした。
白と黒のバランスが整った服装。
可奈美が数回ストレッチをしたところで、ハルトは声をかける。
「ねえねえ! 速く行こう! 朝の鍛錬!」
「朝食も取ってないのに?」
「だって……ハルトさん、黙ってたでしょ?」
可奈美は可奈美へ顔を近づけた。
「黙ってたって何を?」
「ハルトさん、実は味覚オンチだったんだね! 昨日のプレーンシュガーとか、晩御飯とか、ほとんど味感じなかったよ!」
「……! あ……ああ……ごめん、先に行っておくべきだったね」
可奈美は逡巡して、逆にハルトの肩を回して外に促す。
「ほらほら、ランニング行くんでしょ? 早く行こう!」
「ハルトさん? いきなりどうしたの? さっきまでやりたがってなかったのに! むしろ誘ったの私の方だよ!」
「いいからいいから!」
可奈美はそれ以上ハルトが何かを口走らせることなく、ラビットハウスの一回に降りて行った。
見滝原公園。
見滝原と呼ばれるこの街の中心部にあるその場所は、ハルトも可奈美も、頻繁に訪れる場所だった。
だが今日、見滝原公園から見える景色には、見覚えのないものが一つ。
噴水広場から見えるはずの、巨大な見滝原中央駅。特徴的な巨大な建物が、工事中となっていたのだ。
「……」
ハルトのペースに合わせ、息を吐きながらじっとそれを見つめている。
「気になる?」
前を走るハルトもまた、同じ方向を見ながら尋ねた。
「……まあね。流石に、見滝原の中心地が前回の戦場になったからね……」
前回の戦場。
邪神イリスと呼ばれる最強の敵と、ウルトラマントレギアという因縁の敵。
その二つの敵と戦い、ハルトたちが辛くも勝利した地。
「だんだん、どこもかしこも聖杯戦争が色濃くなってきたね……」
聖杯戦争。
それは、この見滝原の地で行われている、たった一つの願いをかけて殺し合う、魔術師たちの殺し合い。
参加者たちはそれぞれサーヴァントと呼ばれる異世界の英霊を召喚し、最後の一人になるまで殺し合う。そして、最後の生き残りに対しては、万能の願望器たる聖杯が願いを叶える。
ハルトは真司と、可奈美は友奈と、それぞれマスター、サーヴァントの契約をしており、ともにこの聖杯戦争を戦い抜いている。
「ハルトさんは、結局今も蒼井晶ちゃんを探しているの?」
見滝原公園の湖。
一度は干上がったこともあるその場所を眺めながら、隣のハルトは尋ねてきた。
蒼井晶。サーヴァントを失い、一度は聖杯戦争から脱落した参加者だが、最近別のサーァントと契約し、その姿を現したのだ。
「……いや。今の彼女は、多分何言っても聞かないでしょ。それに、彼女にはサーヴァント……時崎狂三がいるからさ。だから今は、同じ蒼井でも別の人を探しているんだ」
「別の人?」
「うん。蒼井えりか」
それは、ほんの先日、この見滝原中央駅で出会った参加者だった。
邪神イリスの苛烈な攻撃より、ハルトたちを助けてくれた少女。彼女がいたことで、こちらの被害も少なく済んだ。
「確かにあの子は、敵にはならないと思うけど……」
「だから一度、接触したいんだよね。あの時はイリスと戦っていたから、話す機会もなかったし」
「でも、手がかりある?」
ハルトの問いに、可奈美は両手を伸ばした。
「いや。場所が近いからこの公園には何度か訪れているんだけど、流石に見つからないな」
可奈美はそう言って、遊歩道を歩く人々へ目をやる。
老若男女、様々な年代の人々がいるが、可奈美が探している女子高生の姿はない。
「正直顔どころかシルエットも覚えているかどうか怪しいんだけどね」
探しても探しても、ほんの数週間前見かけたあの少女の姿はない。
やがて。
「うわっ!」
「おい! どこ見てんだ! うん!」
ぶつかった。
可奈美の視界は、黒。
やがてそれが、ぶつかった相手の上着だったことを理解した。遠くなれば、その黒い上着に無数の赤い雲が描かれているものだと気付いた。
そして、その持ち主。長い金髪が特長の男だった。右目を長い前髪で覆い隠し、その額には紋章に大きな傷が刻まれている。
「あ、ごめんなさい」
「ったく。気を付けろ。オイラの機嫌を損ねるんじゃねえ! うん!」
男はそう言って、帽子のように大きな三度笠を被る。下に伸びる飾り物が非常に多く、その視界を遮ってしまわないか心配になってしまう。
そしてその時。
可奈美の動体視力が、可奈美にその情報を与えてしまったのだろう。
「手に……口……」
「……! お前……!」
男は、可奈美の異常に気付いたようだった。一瞬動きを止めた彼は……
「さあ! 死の恐怖におびえて絶望するでありんす!」
「ハルトさん!」
ハルトが、可奈美の襟首をつかんで引き寄せる。
同時に、金髪の男もその場を飛び退いた。
すると、その場を灰色の槍が貫く。
無数のグールたちが、その場に破壊と絶望を振りまいていたのだ。
そしてその中心は。
「「ブラウニー!」」
可奈美とハルトが同時に叫ぶ。
「ん? お、お前らは……!」
ハルトと可奈美の体と精神を入れ替えた元凶は、二人を見定めると、頭を掻いた。
「まさか、またお前らに会うなんて……ついてないでありんす」
「今度こそ倒させてもらうよ! おかげで私の色んなものが失われているんだからね!」
ハルトはそう言って、腰へ手を伸ばす。
「っとと、そうだ。今は私、ハルトさんだった」
一度は抜刀の動作をするものの、ハルトはすぐに改めて腰のホルスターへ手を伸ばした。
それを、木陰に潜んだ金髪の男はじっと見つめていた。
「えっと、これがベルトの指輪で……」
『ドライバーオン プリーズ』
ハルトが恐る恐るベルトに指輪を翳した。
すると、腰のベルトが反応し、その本当の姿である銀のベルト、ウィザードライバーが出現れる。
「おおっ! で、このあとは変身用指輪でいいんだよね!」
「そうだよ。どれを使ってもいいけど、様子見の時はフレイムを使うことが多いかな」
「よっし! えっと、ベルトはこれで……」
ハルトは確認しながら、ウィザードライバーのハンドオーサーを押す。
すると、バックルの向きが反転し、中心から光が灯されていく。魔法詠唱を短縮させたそれは。
『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
「おおっ! 来た来た来た来たあああああ! これだよこれ! シャバドゥビダッチヘンシーン!」
『シャバドゥビダッチヘンシーン』
「シャバドゥビダッチヘンシーン!」
「歌わなくて早く変身して」
「ええ、勿体ないなあ」
ハルトは声を上げながら、指輪のカバーを被せ。
「変身!」
『フレイム プリーズ』
ハルトがベルトにルビーの指輪を翳すと、赤い炎の魔法陣が出現する。
「おお、来た来た来たああああ! ヒー! ヒー!」
『ヒー ヒー』
「ヒーヒーヒー!」
『ヒーヒーヒー』
「副音声言わなくていいからね!」
「変身叶った! 変身叶ったよ!」
ハルトは大喜びをしながら、その姿をウィザードへ変身させた。
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