SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第四章 ~魔力(チカラ)の意味~
その四
週明けの月曜日、放課後。帰り支度をしている稟に柳哉が声を掛けた。
「稟、明日なんだけどな」
「ん? 何かあったか?」
「ああ。天気もいいようだし、月見をしないか?」
そう、明日、九月二十八日は中秋の名月が見られる日である。
「月見、ですか?」
稟と一緒に帰ろうと傍にいたネリネが首を傾げながら聞く。人界に来てからまだ日が浅いためか、知らないようだ。
「あ、わたし知ってるよ。お月様を見ながらドンチャン騒ぎをする日だよね」
シアが声を上げるが、それを聞いた稟達は微妙な表情を浮かべる。
別に間違ってはいない。間違ってはいないのだが……。
「いや、別にそれでも間違いじゃないんだけどな」
苦笑いの柳哉。気を取り直して話を続ける。
「で、どうだ?」
「まあ、俺は問題ないけど……」
そう言いながら家主の娘を見る。
「私も大丈夫ですよ」
間髪入れずに許可が下りる。このあたりは流石というべきか。
「よし。それじゃあ明日の夕方、芙蓉家に集合ってことで。他に参加者は……」
「わたしも行くっス!」
「私も、いいでしょうか」
シア、ネリネ、決定。
「私も行くのですよ!」
「俺様の中に行かない、なんて選択肢があると思うかい?」
麻弓、樹も決定。
「あとは……」
「とーぜん、ボク達も行くからね!」
「そして亜沙ちゃんはお月様の下で稟さんと……まままぁ♪」
突然現れた亜沙とカレハも決定。プリムラは言うに及ばずだろう。一緒に住んでるし。
「それから、シア、ネリネ」
「え?」
「何でしょう」
「出来ればお母様方も呼んでくれないか? 無理ならかまわないが」
「お母さん達も?」
「ああ。稟からすれば将来、義理の母親になるかもしれない人達だろう? なら、今のうちから交流を持っておくのは別に悪いことじゃない。」
「っておい柳!」
“義理の母親”という部分に対して抗議を入れようとする稟だが、
「あとはあのお二方のブレーキ役として、だな」
この言葉に押し黙る。
シアとネリネが来る以上、神王と魔王が来ないことなどまず無い。しかしそうなれば馬鹿騒ぎになるのは間違いない。
そして芙蓉家で宴会となるとほぼ100%の確率で何らかの被害を受けることになるのが稟だ。もっとも、それは樹などからすれば役得だろうし、稟自身も贅沢な悩みだと判ってはいるのだが。
「騒ぐだけが宴じゃない。月を見ながら静かに酒を酌み交わすのも悪くないものだ」
「そういうものなの?」
「ああ、そういうものだ」
「っていうか柳ちゃん。なにげに飲酒宣言?」
そこへ亜沙のツッコミが入る。
「大丈夫。紅薔薇教諭はもう教室にはいないし、他のクラスメート達には聞こえないように話してますから」
「そういう問題ではないと思いますけど」
楓も苦笑いだ。
「それじゃ、そういうことで。あ、あと桜にも連絡しておこう」
明日が楽しみだ。
* * * * * *
「ほう、月見か」
夕食時、シアは早速柳哉の提案を父と三人の母に話した。
「それでね、柳哉くんがお母さん達も呼ぼうって」
「あら、私達も?」
そう言ったのは神王ユーストマの妻の一人であり、また幼馴染でもあるライラックだ。
「でも、いいのかしら」
疑問を口にするのは同じくユーストマの妻の一人であり、神界の貴族の娘であるアイリス。
「うん。よく考えたらお母さん達ってあんまり稟くんと話したことないよね? ならちょうどいいんじゃないかって。それに……」
「それに?」
「今回は大騒ぎをするんじゃなくて、静かに語り合う場にしたいんだって。で、そのためには……」
「要するに、私達が神ちゃんのストッパー役になるってこと?」
「うん。まあ、そんなかんじ」
面白そうにシアの台詞を引き継いだのはこれまたユーストマの妻の一人であり、魔王フォーベシィの妹にしてシアの実母、サイネリアである。
「で、どうかな?」
シアの問いかけに女性陣が自分達の夫を見る。その視線を受けてユーストマは苦笑しつつ言った。
「ま、いいんじゃねえか? それに家族ぐるみの付き合いってぇのも大事だからな」
その言葉に女性陣も沸き立つ。そしてすぐに仕事の時間調整を始める(口頭でだが)。彼女達には王家に所属している王族としての仕事が当然あるのだ。今頃は魔王家でも似た様な会話が交わされていることだろう。
そんな中、神王ユーストマはこのイベントに隠された柳哉の意図を精確に察していた。
(上手い理由だな。月見ってぇイベントで先に顔合わせをしておこうって腹か。)
そんなことを考えつつ、四日前の出来事を思い返す。
* * * * * *
「おや? どうされたんですか?」
「ああ、ちょっとお前さんに話があってな」
稟と楓がプリムラと真の意味で家族になったその少し前、芙蓉家に残った柳哉とユーストマの間には緊迫した空気が漂っていた。
「ええ、何でしょうか?」
「お前さん、一体何者だ?」
その問いには応えず、沈黙を守り続ける魔王フォーベシィを見る。
「……」
無言ではあるものの、フォーベシィもまた、ユーストマと同じ疑問を持っていることを確信する。
「何者か、と言われましてもね。名前は水守柳哉、神族と人族のハーフで稟達の幼馴染。そして娘さん達のクラスメート、とそんな所でしょうか」
のらりくらりとかわされる。どうあっても自分から切り出そうとはしないようだ。しかし、その姿勢がユーストマに確信を持たせる。
この少年は、ユーストマが何を聞きたいのかを精確に理解している、と。
(このままじゃ埒があかねえな)
そう判断し、手札を一枚切る。
「こいつに見覚えはねえか?」
そうして差し出されるのは一枚の古い写真。そこに写っている女性を見て、柳哉は自分の“当たっていてほしくない予想”が当たっていることを知った。
「……ええ。ありますよ」
疲れたように息を吐く柳哉に、更なる質問を浴びせ掛けようとしたところで、
「これ以上はまた後日にしましょう。稟達がいつ帰ってくるか判りませんから。それに……」
「それに?」
「心の準備をする時間を頂きたいので」
「……ま、それもそうか」
気落ちしたように話す柳哉を見て思い出す。目の前にいるのは、いくら洞察力に長け、大人びてはいても、自分の娘とさほど歳の変わらない少年だということに。
流石に大人気なかったかと若干明るく声を出す。
「んで、いつにするよ。あと場所もだな」
「ええ。それに関してはこちらから提案があります」
そう言って柳哉が差し出したのは一枚の細長い紙。
「来週の水曜日、午前十時にこの場所で」
「“ここ”でか? 話し合いの場所としちゃいささか不釣合いなんじゃねえか?」
「いえ、そうでもないですよ。平日の午前中に“ここ”に来る人の目的は大抵の場合、日常の中ではまず味わえない種類の“癒し”です。そんな中で盗み聞きするような人はまずいません」
――故に、密談にはなかなか適した環境なんですよ?――
そう言っていたずらっぽく微笑う柳哉にはもう先程の気落ちした様子はない。
「あとそれからユーストマ殿直々にではなく、誰か代理人を……そうですね、奥さんに来て頂けませんか?」
「なんだって?」
険しい顔になるユーストマに理由を説明する。
「別にユーストマ殿が信用ならないとかではありません。ただ……」
「……要するに神ちゃんでは目立ち過ぎるってことだね?」
ずっと沈黙を守ってきたフォーベシィが柳哉に代わって説明する。
そもそも神界の王が平日の朝っぱらから“ここ”に現れ、さらに話し込むなど目立ち過ぎるにもほどがある。
「でも、奥さんなら『空いた時間にちょっと出かけた先で知り合いと出会って話し込んだ』で済みますから。そのほうがずっと自然でしょう?」
今、自分達が直面している“これ”はかなりデリケートな問題だ。それを知る者は少ないに越したことはない。
「分かった、それで行こう。誰が行くかは決まってから知らせる」
「ええ、お願いします」
* * * * * *
「……くん。ゆーくん」
「ん、ああ。何だ?」
ライラックの声で我に返るユーストマ。どうやら回想に没頭していたようだ。
「明後日のこと?」
「ああ」
三人の妻達には既に話をし、当日にはライラックが赴くことになっている。
「でも“ここ”が密談に適してるって……本当?」
「さてな。ま、“この事”に関しては柳殿も細心の注意を払ってる。大丈夫だとは思うがな」
そう言ったユーストマの手にあるのは柳哉から渡された細長い紙。そこにはこう書かれていた。
―蒼空市臨海公園水族館無料招待券―と。
後書き
サイネリアはともかく、アイリス、ライラックの二人の口調等は原作にはほとんど出てきていないので独自に描いています。
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