温泉宿に来た老人
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第一章
温泉宿に来た老人
日下部要蔵は橙続く温泉宿を若くして継いだ、だが最近その宿の経営がだ。
「やっぱり今月もね」
「苦しいですね」
「どうも」
「うん、赤字だよ」
高い鼻にやや彫のある顔できりっとした眉に穏やかな大きめの奥二重の目である、黒髪は短くしている。背は一七〇程ですらりとしたスタイルが着物に似合っている。
「このままだとね」
「廃業ですか」
「このお宿も」
「そうなりますか」
「うん、お料理も頑張っていつも奇麗にしていて」
経営努力をしていてもというのだ。
「最近この辺り全体がね」
「寂れてるとまでいかなくても」
「斜陽な感じですからね」
「どうも」
「そのせいでね、廃業真剣に考えてるところもあるみたいだし」
それでというのだ。
「うちもね」
「廃業ですか」
「代々続いたお宿も」
「若しかすると」
「そうなるかもね」
こうした話をだ、日下部は従業員達に話した。海に面した温泉街で海の幸も山の幸も用意出来てだ。
湯の質も自信があった、だがそれでもだ。
その街全体が客足が遠のいていた、人口減少や若い人に温泉が注目されていないからだと言われていたがだ。
兎角街全体で斜陽気味である日下部も困っていた、そんな時にだった。
ふとだ、気品があるというか帝王の様な雰囲気をまとった老人が街に来てだった。
日下部の宿に泊まった、日下部は普段通りの接客をして料理も出して楽しんでもらったが老人は宿を後にする時に言った。
「この宿は非常にいいですが」
「有り難うございます」
「街自体がどうも」
「元気がないですか」
「そうですね、ですがこの街はまだまだやり方があります」
こう日下部に言うのだった、質素な感じだが見る者にはわかる立派な袴姿で。
「少し考えてみます」
「考える?」
「あっ、こちらのお話で」
老人は少し苦笑いで自分の言葉を打ち消した、それでだった。
宿を後にした、暫くして街の全ての宿それにホテルに一人ずつ客が泊まり街の色々な店に入ったりしてだった。
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