イベリス
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第七十八話 夏バテも考えてその三
「お素麺は奈良で」
「それね、あっちはお水がいいからよ」
だからだとだ、母は答えた。
「それで食べものもね」
「美味しいの」
「お酒もね」
こちらもというのだ。
「美味しいのよ」
「そうなのね」
「こっちは食べものはお蕎麦だけれど」
「あとお寿司や天麩羅?」
「お寿司や天麩羅は江戸湾今で言う東京湾で獲れたのだから」
所謂江戸前である。
「また別にして」
「お水がなのね」
「こっちは悪いからお蕎麦も実はね」
「よくないのね」
「長野とか東北の方がね」
こうした地域の方がというのだ。
「美味しいみたいよ」
「そうなのね」
「よく東京じゃお蕎麦は噛まないって言うけれど」
「昔ながらの人が言うわね」
「あれはおつゆが辛いし職人さんが食べるから」
江戸時代はというのだ。
「それもおやつでね」
「すぐに食べる必要あったの」
「そうよ」
まさにというのだ。
「大体こっちのそばつゆはお醤油とおろし大根のだから」
「如何にも辛そうね」
「だからおつゆに少し漬けて」
蕎麦をというのだ。
「噛まずにね」
「一気に飲むのね」
「そうよ」
その様にするというのだ。
「喉越しを味わうのよ」
「そうするのね」
「そういうことよ」
「そうした食べ方なのね」
「おつゆが辛くて」
そうしてというのだ。
「それでおやつでしかも食べる時間もね」
「少なくしようとして」
「それでなのよ」
「噛まないのね」
「そう、とはいっても昔の食べ方でね」
「今そうする人少ない?」
「咲もしないでしょ」
「消化に悪いでしょ」
見れば咲も母も素麺を噛んでいる、少しだけだがそうしている。
「それだと」
「そうだけれどね」
「それでもなの」
「昔は本当におつゆが辛くて」
「おやつみたいなもので」
「さっと食べてお仕事に戻ってたから」
「昔はお昼休みなかったのね」
ここで咲はこのことに気付いた。
「そうだったのね」
「休憩はしていてもね」
「食べるのがそれで」
「それで食べ終わったらね」
「すぐにお仕事で」
「昔は今より働く時間少なかったらしいけれど」
午前中で終わることが多かったという、江戸時代は現代よりはのんびりした時代だったということか。
「お仕事に戻る為には」
「すぐに」
「だからお蕎麦もね」
「噛まないで飲んでいたのね」
「そうだったのよ」
「それで今も通の人はそう言うのね」
「昔ながらのね」
母はこう付け加えた。
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