俺様勇者と武闘家日記
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第2部
ダーマ
再びバハラタへ
前書き
ここから通常通り、ミオ視点となります。
——おいザル女。半年時間をやる。半年たってここに戻ってこなかったら、そこのバカザル共々置いてくからな。
そう彼女に言い放ったユウリは、シーラとナギをバハラタに残し、私と共に別の地へと出発した。
それから半年後の今日。私たちは彼女との約束通り、再びバハラタに戻ってきたのだが……。
「ここにはいない!?」
半年ぶりのこの町に彼女たちはおらず、それどころかここ一ヶ月程二人の姿は見かけていないという。
「ええ。ユウリさんたちが発ったあと、しばらくの間お二人で近くの宿屋に泊まっては町の外に出ていたみたいだけれど、最近は町で殆ど見かけなくなったわ」
以前お世話になった黒胡椒を売っているタニアさんのお店を尋ねたところ、そんな答えが返ってきたのだ。
「どういうこと? バハラタにはいないってこと?」
「俺に聞くな」
冷静に反応するが、内心ユウリもまさか本当に戻ってこないとは思っていなかったのか、僅かに動揺の色がみられる。
「何か伝言みたいなことは聞いてないか?」
「いえ、何もないわ。いつのまにか見かけなくなった、って言った方がいいのかしら。ごめんなさい、何のお役にも立てなくて」
「いえ、気にしないでください」
眉を下げるタニアさんに、私は慌てて首を振る。
「手がかりが欲しいなら、いつも泊まっていた宿屋に聞いてみたらどうかしら?」
そう言うとタニアさんは、シーラたちが泊まっていた宿屋の場所を教えてくれた。
「ありがとうございます、タニアさん」
私はタニアさんにお礼を言うと、店の邪魔にならないよう早々に立ち去った。
「言っておくが、あいつらが何故失踪したのか突き止めるために探しているだけだからな」
宿屋に向かう途中、ユウリは聞いてもないのにわざわざ私にそう言い放った。逆に言い訳がましく聞こえるのは気のせいだろうか。
ともあれ、私たちはすぐにシーラたちが利用していた宿屋に足を運んだ。宿屋の主人は、宿泊客でもない私たちにも嫌な顔一つせず、私たちの話に耳を傾けてくれた。
「ああ、その二人組なら、ひと月前ぐらいに引き払ったよ。随分焦ってたみたいだったな。時間がないとかどうとか……」
時間がない? それはつまり、ユウリが言った期限のことを言っているのだろうか?
「どこに行くかとか、聞いてないか?」
ユウリの問いに主人は首をかしげていたが、何か思い出したのかポンと手を打った。
「そう言えば、『転職』がどうとか言ってた気が……」
「転職!?」
転職と言えば、ダーマ神殿だ。シーラと別れる前、彼女は自分自身にけじめをつけるためにダーマに行くと言っていた。もしかしたらと思ったが、きっとシーラはダーマに行って再び僧侶に転職するのかもしれない。
そもそもダーマ神殿とは、この世界で唯一転職が出来る場所だ。ユウリの話だと、そこにはたくさんの僧侶が住んでおり、修行場としても名高い。ちなみにここバハラタからそう遠くない場所にあるという。
だが、転職できる場所であると同時に故郷である彼女にとっては戻りづらい場所だ。なぜなら彼女はそこから家出してきたのだから。
「ホントにシーラ、ダーマに行ったのかな……?」
「自分で行くと言っていたからな。だが、ここにいないということは、戻ってこれない事情があるかもしれん」
半信半疑だが、今はユウリの言うとおり、ダーマに向かうしかなさそうだ。
「ダーマまでは結構距離があるからな。ここで充分備えをしておくぞ」
そう。今私たちは、船を置いて徒歩でここまで来ている。船は何処にあるかというと、今はポルトガに戻っている。半年もの間、ずっと船を動かしてくれたヒックスさんたちにしばらく羽を休めてもらいたいとの、私たちからのお願いだった。
ヒックスさんも最初は戸惑っていたが、考えを曲げないユウリと私の説得により、申し訳なさそうにしながらも応じてくれた。
なので今の私たちの移動手段は徒歩だ。荷物も一通り持ってきているのでかなり重い。特にテドンで手に入れたイグノーさんの杖は、私には大きすぎるためユウリが背負うことになっている。
ポルトガでヒックスさんたちと別れたあと、ルーラで瞬時にバハラタに着くことは出来た。だがダーマまで行くとなると話は違ってくる。以前バハラタから盗賊カンダタのいたアジトまでは急ぎで一日ほどだったそうだが(その時私は気絶していたので覚えていなかった)、宿屋の主人に聞いたところ、そのさらに先にあるダーマ神殿までは少なくとも四、五日はかかるそうだ。さらに、神殿は人里離れた山間に建てられており、途中で立ち寄れるような町や村もないという。それでも、アープの塔に行った時よりは大分マシなのだけれど。
とにかく今は一刻も早くシーラたちに会わなくてはならない。はやる気持ちを抑えながらも、私たちは地図を頼りに最短距離でダーマへと向かうことにしたのだった。
それにしても、ユウリも半年経っても戻らなかったら置いていくとは言っていたが、結局自分からシーラたちを迎えに行こうとしている。そんな彼に、私は素直じゃないなと心の中で苦笑した。
「おい鈍足。早くしないと置いてくぞ」
急かすように声をかけられ、危うく私の方が置いていかれそうになり、慌てて彼について行く。
「やっと二人に会えるんだね」
もはやすっかり二人旅に慣れてしまった私だが、もうすぐナギやシーラと合流すれば、再び賑やかになるだろう。その様子を想像して、私は前を歩くユウリの後ろでにまにまと笑顔を浮かべていた。
「……あいつらに会うのがそんなに楽しみか?」
「えっ、なんでわかったの?」
背中越しに振り向くユウリに問うと、彼は小さくため息をついて立ち止まった。
「……気楽なやつだな」
そう憂いを込めた目で言い放つ彼に、私にはどうしてユウリがそんなに神妙な顔をしているのかわからなかった。
「ユウリは二人に会うの、嬉しくないの?」
「俺が重要視しているのは、あいつらが戦力になるかどうかだ。もし戦力にならなければ足手まといのままだからな」
「でも、置いてくことはしないでしょ?」
「……必要であればそういう選択肢もある」
そう言い終わると、ユウリは前を向いて再び歩き出した。
もしそうなったら、本当に二人を置いていくつもりなのだろうか。
二人に会える喜びに胸を膨らませていたのに、ユウリの一言で一気に萎んでしまった。そして私はこれ以上深く考えることをやめ、遠くに見える山々を眺めながら、遥か向こうにあるダーマへと歩を進めるのだった。
「あそこがダーマ神殿……?」
峻険な山々の一角を切り拓いてその上に建てられたその建物は、遠くから見てもその存在がはっきりとわかるくらい真っ白な外壁で囲われており、それはまるで山頂に建つ白亜の宮殿のようだった。
神殿へと続く山道を登っていくと、次第にその広大さに圧倒される。ランシールの神殿とは比べ物にならないくらい広い敷地はもちろん、いくつもの建物が隣接して建っており、近づいてよく見ると、その外壁一つ一つに精緻な彫刻が施されていた。まるで建物全体が巨大な芸術品であるかのようなその存在に、私はただ呆然としながら眺めていた。
「まるで一つの町みたいだな」
ユウリの言うとおり、これは神殿と言うより美しい城塞都市のようだ。ダーマの大僧正の娘であるシーラは、こんなところで生活していたのだろうか。
「シーラって、めちゃくちゃお嬢様だったんだね」
「気づくところはそこなのか?」
私が素直な感想を吐くと、ユウリは横目で呆れたように言った。
山道を登り終えると、その先に神殿の入り口が見えてきた。色とりどりのガラスが装飾品として扉のあちこちにちりばめられていて、良いアクセントになっている。その豪華な扉と、山間に建つ建物としては目立ちすぎて浮くくらいの存在感だった白い外壁が、お互い丁度いいバランスとなって美しさを際出させていた。
そしてその扉の前には、一人の僧侶らしき人が立っていた。おそらくこの神殿を守る門番の人だろう。この巨大な神殿の入り口を守る人が一人で大丈夫なのかと思ったが、周りを見ると神殿を囲うようにあちこちに石像のようなものが立っている。ユウリ曰く、あれは魔物が入れないように特殊な術を込めた結界だという。エジンベアでは定期的に聖水を周辺に撒いて魔物避けとしていたが、ここでは石像自体に聖水と同じ効果が付与されており、人里離れた山奥でも魔物が襲ってくることはないそうだ。
「ようこそ、ダーマ神殿へ。君たちは転職希望の者か?」
男性の僧侶は私たちに目を留めると、会釈したあとそう尋ねてきた。
ん? なんだかこの人、どこかで見たことあるような……?
「いえ、あの、私たち、人を探してまして……。ここに金髪で巻き毛の、バニースーツを着た女の子って来ませんでしたか?」
「金髪で巻き毛でバニースーツ……。いや、そんな子はここには来ていないな」
「そうですか……」
一目で目を引くシーラの特徴を尋ねても知らないということは、どうやら本当にここには来ていないようだ。落胆した私は、がっくりと肩を落とす。すると、今の私の様子を見た僧侶が、心配そうな目で私を見ている。
「見たところ、君たちは徒歩でここまで来たみたいだな。我々ダーマの者は訪れる者に平等に接することを信条としている。もし身体を癒したければ、神殿内の休憩所で休まれるがよい」
「え、いいんですか?」
僧侶の願ってもない提案に、私は顔を輝かせる。ユウリも何も言わないところを見ると、私と同意見のようだ。
「うむ。ついでに我がダーマの叡知を結集したこの建物を見物するといい。ここから入ってすぐ左の扉が休憩所だ」
「ありがとうございます!」
私がお礼を言うと、門番の僧侶はすぐに扉を開けてくれた。神殿の中はとても広く、入ってすぐの扉と言われても相当の距離があった。
「あ、君!」
門番の横を通り過ぎようとして、急に呼び止められたのは、ユウリだった。ユウリは不審そうに背中越しに振り向く。
「いや、突然呼び止めてすまない。その、君の背中に背負っている杖は、君のかね?」
「ああ、そうだが?」
厳密にはもともとイグノーさんが持っていたものを拾ったのだが、ユウリはあえて言わなかった。
「そうか、なら呼び止めてしまってすまない。どこかで見たことがある気がしてな……」
ここダーマの元大僧正であるイグノーさんが持っていたのなら、ここにいる人たちが知っていてもおかしくはない。けれどユウリは本当のことを伝えず、そのまま休憩所の方へと歩き始めた。
「ユウリ、この杖はイグノーさんのものだって、言わないの?」
門番から離れた後、私は小声でユウリに耳打ちをした。彼は平然とした顔で、
「別に言わなくたっていいだろ。それに、言ったら面倒なことになる」
そうきっぱりと言い放ったので、私はそれに従うしかなかった。
休憩所には、すでに数人の冒険者らしき人たちがいた。部屋にはテーブルや椅子、簡易ベッドが随所に配置されていて、隅の方にはカウンターまで用意されており、お酒や飲み物、食事を嗜む人までいた。
「意外と賑やかだね」
「世界で唯一転職ができる場所だからな。あちこちから転職したい奴が集まってくるんだろ」
とはいえ前にヒックスさんから聞いた話によると、魔王が復活した直後やサイモンさんが活躍していたころは、今では比べ物にならないくらい沢山の転職希望者がやってきたらしい。魔王を倒そうとする人たちが少なくなった今では、わざわざ山奥まで来て転職を望む者は随分減っているそうだ。
空いている席に座ろうと辺りを見回していると、隅のカウンターでワインを飲んでいた一人の戦士が、私たちに気づいて声をかけてきた。
「よう。あんたらも転職しに来たのか? このご時世にこんなところに足を運ぶなんて、奇特な奴らだな」
おそらくアルヴィスと同年代だろうか。髭面で、顔のあちこちに傷がある男性だ。赤ら顔なのはきっと、ワインを飲んでいたからだろう。ユウリは彼の方を振り向くなり、お酒の匂いが気に入らなかったのか、しかめっ面をした。
「昼間っから酒をあおっている奴に言われたくないな」
「まあそう言うなって。おれもな、こんなナリだがついさっき、商人に転職したんだよ」
「へえ、商人ですか!?」
身内に商人がいるせいか、つい反応してしまう私。
「ああ。もともと旅商人を護衛する戦士として、各国を渡り歩いてきたんだがな。最近あちこちの国で入国規制が打ち出されただろ? そしたら旅をする商人がいなくなっちまって、商売あがったりになってさ。だったらひとところに留まって商売でもやってた方が儲かると思って、商人になったのさ」
「そうなんですか。戦える商人なんて、なんだかかっこいいですね」
私が素直に感想を言うと、男性は赤ら顔をさらに赤くして照れ始めた。
「へへ。故郷で待ってる人もいるからよ。心機一転してがんばるつもりさ」
ん、待てよ、この人……。
「あの、どこで商売をするかとか、考えてます?」
「あ? いや、別に……。急だったからな。まだ何も考えてないんだ」
「だったら、ちょうどいい場所を知ってるんですけど、よかったら教えましょうか?」
「本当か?」
私はユウリから世界地図を借り、ルカたちがいる場所を指で指し示し男性に教えた。さすがに今日明日で行ける距離ではないが、もし行ける機会があったら行ってみる、と男性は答えてくれた。
「ありがとな、嬢ちゃん。礼と言ってはなんだが、おれがここで聞いた転職についての話でも聞くかい?」
「はい、是非聞きたいです!」
『転職』という言葉に、シーラに関係する話ならばと私は目を輝かせた。
「あんたは見たところ武闘家のようだが、何か他の職業に転職するのか?」
「いえ、私たちはただ旅の途中で立ち寄っただけなので……。けどしばらく会わなかった仲間が転職するかもしれないんです」
「そうか。転職するにも適正かそうでないかがあるからな。生まれ持った職業でもない限りは」
「生まれ持った職業?」
私が理解できない顔をしていると、親切にも男性は説明してくれた。
「ああ。例えばほとんどの人は、成長していく間に色んな知識や経験を身につけていくうちに、段々と自分はこうなりたい、と自分で決めるようになる。けど、それだけでは不確かで、社会的には認められない。自分はこういう職業だと他人に認めさせることで初めて、それが自分の『職業』になる」
確かに、自分の職業が武闘家だと自信を持って言えるようになったのも、師匠から「やっと武闘家と言えるくらいにはなったな」と言われたからだ。おそらくルカも、ドリスさんに商人として認めてもらっているから商人と名乗っている。要は他人から認められればその職業に就いたことになるのだ。
「でも、中には生まれたときから職業が決められている奴もいる。そう言う生まれ持った職業のことを、『先天性職業』っていうんだ」
「先天性職業……」
聞いたことのない単語に、再び私は首を傾げる。
「神様から与えられた職業ってところだな。だいたいは本人が産まれる前に、その母親が啓示を受ける。『あなたが産まれてくる子供は戦士として産まれてきますよ』ってね。そしてそれは、転職では変えることができないと言われている。まあそりゃそうだよな。神様の考えを否定するってことだもんな」
「なるほど……」
饒舌に話す男性の説明に、ただ頷くしかない私。そんな勉強熱心な私の態度が気に入ったのか、男性はなおも言葉を連ねる。
「そして、先天性職業のなかでも極めて稀で、しかも転職でもなれない職業がある。それが『勇者』という職業だ」
「勇者!?」
思わずユウリの方を振り向く。だが、当の本人は眉一つ動かさず、仏頂面で男性の話に耳を傾けている。
「かの有名なサイモンも、『勇者』として生を受け、事実魔王の城まであと一歩のところまでたどり着いた。英雄オルテガも、サイモン以上の偉業を成し遂げたってことで同じく勇者として今でも語り継がれている……って、そんなこと、おれが言わなくても知ってるよな」
知っているどころか、本人の息子が今ここにいるのだけれど、今ここで打ち明けるべきなのだろうか。
いつもならここでユウリが自ら「俺がその勇者だ」とか言って名乗り出るものなのだが、なぜか今回は黙ったままだ。
「それに、今ここのバーテンダーに聞いたんだが、ここの神殿の大僧正もまた、『僧侶』として神から啓示を受けたそうだ。やっぱりお偉いさんは違うよな。きっと代々の大僧正がそうなんだろうよ」
つまり、シーラのお父さんもまた、先天性職業を持っているということだ。それなら、シーラはどうなんだろう?
「そういえば、サイモンさんの仲間のイグノーさんもここの大僧正でしたよね。その人は『三賢者』って言ってたけど、『賢者』っていうのも先天性職業なんですか?」
「いや、『賢者』というのは逆で、最初からなれる職業じゃない。おれたちみたいな一般人はある程度経験を積んでからなる後天的なものなんだが、要はそれと同じだ。ただし、誰でもなれる訳じゃない。『三賢者』という名の通り、これまで賢者になれたのはたった三人しかいなかったとされている。まあ、有史以前はどうだったか知らないが、少なくとも今の国が存在してからはそのくらいしかいなかったみたいだぜ」
今まで漠然と考えていたが、三賢者にそんな意味があったなんて知らなかった。数少ない賢者であるイグノーさんの偉大さに、改めて気づかされた。
「なるほど、よくわかりました。色々教えてくれてありがとうございます!」
「あんたらの仲間もいい転職が出来るといいな」
そう言って手のひらを翻すと、男性は私たちに背を向けて再び手元に置いてあるワインを飲み始めた。
「あの人もルカたちの作る町に行ってくれるといいね」
「ふん。随分調子のいい奴だったけどな」
カウンターから離れた後、私とユウリはそれぞれの意見を言い交わす。ついでに先ほど気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ、なんでさっき自分が勇者だって名乗らなかったの?」
するとユウリは、不機嫌そうな顔で先程の男性の背中を睨み付けた。
「別に。ただグダグダと喋るあいつが気に入らなかっただけだ」
そう言うユウリだって、自分のことになると延々と話すじゃない。と言いそうになったが我慢して言葉を飲み込んだ。
「それはそうと、ちょっと気になってたんだけどさ。『勇者』って他の職業と何が違うの?」
話題を変えて、改めてユウリに問うと、彼は意外そうな顔を向けた。
「なんだ、そんなに気になるのか」
いつもの仏頂面ではあるが、どことなく嬉しそうな口調で彼は答えた。
「一番わかりやすいのは呪文だな。例えば『ラリホー』なんかは魔法使いも使えるが、『アストロン』や『ライデイン』は勇者である俺にしか使えない」
「へえ……。つまり勇者専用の呪文があるんだね」
「しかもそれらの呪文は威力の高いものが多いから、扱いが難しい。俺自身、呪文は随分前に覚えたが、使いこなせるようになったのはごく最近だ」
「そうだったんだ。じゃあ使いこなすようになるまで、ずっと努力してきたんだね」
ユウリが口先だけでなく、実は相当な努力家だと言うことは本人の口から聞いていたので知っている。なので素直に感心したのだが、なぜかユウリは拗ねたように視線を逸らした。
「好きで努力した訳じゃない。死に物狂いでレベルを上げたり、呪文を使いこなすようになったのも、『勇者』の肩書きに拘るジジイを見返すためにやったことだ」
「えーと、ユウリのお祖父さんのことだよね」
確か幼いユウリを一人山の中に置いたり、海で魔物退治をさせたりしたんだっけ。改めて思うとすごい人だな。ユウリのお祖父さんって。
けど、ユウリの話を聞いていると、ユウリのお祖父さんは彼を『孫』としてではなく『勇者』としてしか見ていなかったのではないかと感じてしまう。そんな環境の中で育てられたユウリは、いったいどんな気持ちだったんだろう。
そこまで考えてふと、啓示を受けたとされるユウリのお母さんの方はどんな人なのかと疑問が湧いた。
「じゃあさ、ユウリのお母さんはどんな人だったの?」
そこまで言って、随分と不躾だったかなと後悔した。もし、彼のお母さんもお祖父さんのような考えだったら……。
「……俺が勇者だと知っていても、一人の人間として見てくれていた唯一の人だ」
その一言だけで、ユウリのお母さんがどんな人なのか、そして彼がお母さんのことをどう思っているのか、少しだけわかった気がした。
「そっかあ……。そんな人なら、私も一度会ってみたいな」
「なっ!?」
私の呟きに、なぜかユウリはひどく驚いた顔をした。
「そ、そんなに驚くこと?」
私としては、ユウリを育ててきたお母さんがどんな人なのかが気になったから、そう言っただけなのだけど。
「いや、何でもない。お前に限ってそんなこと考えてるわけないよな」
「そんなことって、どんなこと?」
「うるさい!! 何でもないって言ってるだろ!!」
驚いたと思ったら、急に私に怒鳴りちらしてきた。ホント何を考えているのかわからない。相変わらず怒りの沸点がわからない勇者の態度に、私はため息をつくしかないのだった。
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