展覧会の絵
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第十五話 ユーディトその八
「そしてそうするのは」
「僕だね」
「そう、君だよ」
「雅の穢れを払って助けるのは僕なんだ」
何時しか猛は顔をあげていた。そうしてだ。
顔を正面に向けてだ。強い顔で言ったのだった。
「雅は虫に噛まれただけなんだ」
「そう、害虫にね」
「それだけのことだったんだ。だから」
「行くといいよ、このままね」
「駅にだね」
「駅はもうすぐだけれど」
見えてきていた。二人の目に。
「あそこに入るんだ。いいね」
「そうするよ。今からね」
猛は大股で駅に向かっていた。そうしてだ。
定期で駅に入る。十字も彼に気付かれないままそうした。そのうえで駅のホームに出るとだ。そこに雅が立っていた。
虚ろだった。魂がない。その虚ろな様子でそこに立っていた。
雅はホームの、線路のすぐ前に立っている。その彼女を見て十字は言った。
「このままだと彼女はね」
「うん、あのままだと」
「自分から身を投げるよ」
「そうして自分で」
「行くんだ」
猛にだ。十字は告げた。
「もうすぐ電車が来る。時間はないよ」
「わかってるよ。それじゃあ」
猛は後ろに、彼自身は気付いていないがそこにいる十字の言葉に頷いた。そうしてだった。
雅のところに向かう。その雅は。
電車が来るとその電車を見ずにふらりと前に身体を出した。そのまま身を投げる。
電車はその雅に向かう。まるでコマ送りの様にゆっくりとだが確実に雅に向かっていた。その中で雅は唇を動かした。その出す言葉は。
「サ・ヨ・ナ・ラ」
誰に対しての言葉か。声としては出ていないが猛はその言葉も見た。だがそれでもだった。
「さよならじゃないんだ」
猛は雅のその言葉を否定した。
「これからなんだ」
こう言ってだ。そして。
今まさに線路の中、電車の前に出ようとしていた雅に飛びついた。そのうえで。
彼女をホームの奥に引き込んだ。その勢いで倒れるがそれでもだった。
雅の身体を抱き締め。そして彼女に言った。
「よかった、間に合ったね」
「えっ、猛・・・・・・」
「いいんだ、雅」
まだ虚ろだが次第に我を取り戻していく雅に。猛は言った。
「帰ろう、今から」
「帰る・・・・・・何処に」
「僕達の場所にね。そこに帰ろう」
「けれど私は」
「だからいいんだ」
雅の光のない目を見てだ。猛はこの言葉を告げた。
「もうそんなことは。雅は雅だから」
「私は私・・・・・・」
「僕にとってたった一人だけの人だから。そのことは何があっても変わらないから」
「貴方を裏切って。あんなことをしたのに」
「薬か何かだよね」
何となくだが猛にもこのことはわかった。そうしたものを使わなければ雅があんなことをする筈がないと思ったのだ。それでそれだと言ったのだ。
「そうだよね」
「・・・・・・・・・」
「そうなんだね」
無言になり俯いた感じになる雅を見て察した。
「やっぱり。そうなんだね」
「御免なさい、私あんなのに。あんな連中に」
「帰ろう」
まただ。猛は雅にこう言った。
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