展覧会の絵
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第十三話 ベアトリーチェ=チェンチその七
「そしてそのうえでね」
「他国への侵略のことは僕も知ってるよ」
このことはあまりにも有名だった。イタリアの侵略というものは。
「滅茶苦茶弱かったよね、イタリア軍って」
「正直に言うよ」
十字は絵を描きながら淡々と述べる。何故か普段よりも無表情に見える。
「日本が羨ましかったよ」
「日本が?」
「日本軍の強さと生真面目さと闘志を聞いてね」
尚十次も日本人の血が入っている。だがそれでもだというのだ。
「イタリア軍の有様はね」
「脱走者多かったらしいね」
「凄く多かったよ」
それこそ日本軍とは比較にならないまでにだ。
「敵が来たら逃げて。確実に勝てる相手にも苦戦したよ」
「それで毒ガスまで使ったんだ」
「弱かったよ」
十字は言うイタリア軍に対して。
「もうお話にならない位ね」
「侵略してそれはね」
「うん、恥ずかしい話だね」
「ううん、何かね」
「それに彼はいいこともしていたよ」
十字はムッソリーニについてだ。彼の善行のことも話した。
「ユダヤ人を守ったしね」
「ああ、ナチスもソ連もね」
ソ連もだ。ユダヤ人を弾圧し虐殺していたのだ。それが戦後の我が国の進歩的知識人が言っていた『平和勢力』とやらの素晴しい実態であった。
「無茶苦茶していたからね」
「そう。スターリンにしてもね」
「ナチスだけじゃないっていうのが酷いよね」
「そうだね。けれどムッソリーニはね」
「ナチスとは同盟国でもだったんだ」
「ユダヤ人を守ったよ。それにオリンピックもね」
「オリンピック?」
オリンピックと聞いてだ。和典は今度は彼がかつて聞いた知識から話した。
「そういえば東京オリンピックって本当は一九四〇年に開かれる予定だったんだったね」
「そう、そのオリンピックは」
それはだ。どうだったかというのだ。
「ローマと争ったものだけれどムッソリーニは日本に譲ったんだ」
「へえ、そうだったんだ」
「うん、当時の日本の大使の態度に感銘してね」
そのうえでだ。快く譲ったというのだ。
「そうしたんだよ」
「日本人にとっては有り難い話だね」
「そう思うよね。僕も日本人の血がはいっているから」
だからこそだというのだ。
「ムッソリーニのこの行動には感謝しているよ」
「意外といい人だったのかな」
「少なくともヒトラーやスターリンとは違うよ」
このことは間違いないというのだ。あの様な悪辣な独裁者達とはだ。
「人間味はあったよ」
「教科書は悪く書き過ぎなのかな」
「多分ね。あとね」
「あとって?」
「日本の教科書は注意して読んだ方がいいよ」
十字は和典にこんな忠告もした。
「この国のものはね」
「あっ、最近よく言われるね」
「うん。かなり共産主義の影響が強いね、いや」
「社会主義だね」
「うん、そちらの影響が強いね」
そうだというのだ。日本の教科書は。
「多分日教組のせいだね」
「日教組ねえ。この学校にもいるのかな」
「この学校は私立だね」
「うん、私立だよ」
八条学園は八条学園が運営している学園である。幼等部から大学院まであり様々な学部もある。巨大な学園として知られている。留学生も多い。
そのことは和典もよく知っていた。八条学園の生徒として。
それでだ。こう十字に言ったのだった。
「紛れもなくね」
「そうだね。私立だとね」
「日教組の力が弱くなるんだ」
「私立はその学園にもよるけれど」
「日教組の力が弱いんだ」
「公立の方がずっと強いみたいだね」
日教組の力はだ。そうだというのだ。
「公立なら公務員になるけれど」
「公務員って組合作れないんじゃないの?」
「それを守らない人間も多いよ」
あれこれと理由を付けてだ。押し通す輩は何処にもいるものだ。そしてそれが聖職者と俗に言われる学校の教師にしても同じなのだ。
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