渦巻く滄海 紅き空 【下】
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六十六 自来也VSうちはサスケ
“写輪眼”
それは、渦巻く紅き空。
蒼の中心で渦巻く紅の文様。
空を思わせる瞳はただでさえ吸い込まれるように澄んでいるのに、紅色へ変貌してゆくにつれ、更に神秘的な輝きの色を濃くさせる。
ナルトの“写輪眼”を目の当たりにして、デイダラは一瞬、虚を突かれた顔をした。
「ナル坊は、うちは一族だったのか?」
しかしながら、うちは一族はイタチによって滅ぼされたはずだ。うちはサスケ以外は。
デイダラの至極もっともな質問に、ナルトは「言ったろう」と感情の窺えない表情で素っ気なく答える。
「コレは貰いモノだと」
ナルトの返答に暫し呆けたような表情を浮かべたデイダラだが、やがて何かゾクゾクしたものが背筋に這い上がった。
それは畏怖と恐怖に雑じって、血沸き肉躍るような高揚。
口許が自然と弧を描く。口角を吊り上げるソレは歓喜と愉悦。
愉しげに笑うデイダラの瞳に挑戦の色が過ぎる。
だからこそ、デイダラは十八番の起爆粘土を室内に散らばめた。
此処───ジャングルの奥地にひっそりと佇む、廃墟と化した古い遺跡。
ナルトに連れられて訪れた、翡翠の間であるこの室内で。
いつもの蒼から紅へ染まった瞳を縁取る繊細な睫毛が、白い肌に影を落とす。
片目の“写輪眼”を閉ざしたナルトの頭上で、背筋が泡立つような音が轟いた。
廃墟に轟音が響いたかと思うと、湧き上がる爆発。
夕焼け空の瞳に、デイダラの小型爆弾の影が映った。
多くの虫が地を這うような耳障りな音と気配が、ザワザワと部屋中を駆け巡る。
途端、無数の蜘蛛がナルトへ飛び掛かった。
デイダラの起爆粘土であるソレらを、ナルトは見向きもせず、容易に避ける。
次から次へと飛び掛かる、小型爆弾。
腰掛けていた椅子から軽やかに、まるで華麗な踊りを披露するかのようにステップを踏みながら回避する。デイダラの起爆粘土でつくられた雲や小鳥がぶつかるように浴びせられるが、それより速くナルトの手が瞬いた。
爆弾が標的に飛び掛かる。
弾かれても爆発して煙が生じる、はず、だった。
しかしながら爆発も、白煙すら立ち上らない。
何故ならナルトを中心に、無数の爆弾がまるで本物の蜘蛛や小鳥の亡骸の如く、飛び散ったからだ。
全て弾くと同時に、真っ二つに斬られている爆弾どもが自らの役目も果たせず、床に転がってゆく。
不発に終わった数多の小型爆弾を見下ろして、デイダラは眼を細めた。
室内で巨大な鳥である起爆粘土に飛び乗り、其処からむやみやたらに爆弾を投げ入れる。
これだけの爆弾。
こんな室内で爆破させれば荒れ果てた遺跡など崩れるのは必然。
崩れて自分の方が生き埋めになるのを承知の上で、デイダラは攻撃を続ける。
が、標的に当たる寸前にそれらの全てはナルトによって撃ち落とされた。
普通、あれだけの数の爆弾を全て不発にするなんてあり得ない。
“写輪眼”の力だろうか。爆弾を見切り、全てを真っ二つにしているのだろうか。
うちはイタチを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべたデイダラは、直後、頭上から降ってきた声にハッ、と振り仰いだ。
「あまり暴れるな」
逆光に翳るナルトの姿。
デイダラと似て非なる金の髪が、遺跡の大広間である翡翠の間で翻る。
翠の天井に映える金の髪が残像のように煌いた。
「飛段のように生き埋め地獄を味わいたいか」
刹那、デイダラの乗る巨大な鳥が墜ちる。
墜落しながらも身体を捻りながら、デイダラは天井に張り付かせていた小型爆弾へ指示を投げた。
小さな蜘蛛の形をした爆弾が音もなくナルトの背に張り付いたのを見届けた瞬間、爆発させる。
空中で白煙がぼんっと沸き上がった。
廃墟に爆音が響き渡る。
着地と同時に白煙を振り仰いだデイダラは、立ち上がろうとして、直後、身体を強張らせた。
頬を掠めた痛みに、降参、とばかりに両手を掲げる。
「やーっぱ。やめとくぜ、うん」
頬から流れる一筋の血が舌の上へ流れ込み、鉄の味がした。
爆発に巻き込まれたはずの存在がすぐ後ろにいる。
背後からクナイを自身の頬に添えるナルトに、デイダラは苦笑した。
「オイラは無謀なことはしない主義だ、うん」
「よく言うぜ」
「こっちが生きた心地がしなかったぞ」
いつの間にかデイダラの背後を取っていたナルトに驚きもせず、戦闘を観戦していたサソリと角都が呆れ顔を浮かべている。
もはやデイダラから闘う意志がないことを確認したナルトが、デイダラの頬からクナイを遠ざけた。
それを見て胸をなでおろした角都は心から「命拾いしたな」とデイダラに視線を投げる。
正直、ナルトが本気で闘うなら、自分達の身も危ないので避難すべきか悩んでいたのだ。
此処でデイダラが戦闘を止めたのは角都とサソリにとっても命拾いしたも同然だった。
「第一、“写輪眼”さえ使ってなかったのに、てめぇに勝ち目なんざねェだろ、デイダラ」
観察眼が鋭い角都の言い分に、デイダラが「うっそだろ、おい!」とナルトを振り返った。
「さっき爆弾を全部不発にさせたのは、“写輪眼”で見切ったからじゃねェのか、うん!?」
室内中に散らばせた起爆粘土の数々。
ナルト目掛けて一斉に浴びせた爆弾が全て不発に終わったのも背中に張り付かせた蜘蛛の小型爆弾も、“写輪眼”のおかげで見切ったのだと思っていたデイダラに、ナルトの代わりにサソリが返答した。
「坊が“写輪眼”使ってたら、速攻で幻術に取り込まれてたに決まっているだろう」
「旦那には聞いてねェよ、うん!」
サソリに噛みついたデイダラだが、「それじゃフェアじゃないからな」と同意も同然の返事を返したナルトにガックリ肩を落とす。
つまりは”写輪眼”を使われていたら即、幻術に取り込まれて勝負にすらならなかったのだ。
それではフェアじゃない、とあえて“写輪眼”を使わなかったナルトに、やはり無謀だったか、と思い知ったデイダラは改めて「は~…もういい。降参」と手を掲げる。
勝てるイメージが微塵も浮かんでこない。
ナルトと闘ってみたいと軽い気持ちで挑戦してみたかっただけのデイダラは、参った、と軽い調子で肩を竦めた。
その肩を、ぽんぽんっとサソリと角都が小馬鹿にするように小突く。
「止めて正解だ」
「賢明な判断だったな」
「おまえじゃ瞬殺だろうよ」
「辞世の句を詠む暇さえないだろうな」
「せめてジャシン様への祈りを捧げてから死ねよ」
「てめぇら好き勝手言いやがって…って、うん!?」
興味本位でナルトへ戦闘を仕掛けたデイダラは、次から次へと浴びせられる散々な言われように青筋を立てる。
直後、その中に自然とまざってきた聞き覚えのある声色に眼を見張った。
「生きてやがったか」
「殺しても死なねぇ(物理)奴だとは思っていたが」
いつの間にか、自分達の隣に立っていた相手にサソリと角都とデイダラはまるで最初からいたかのように話を続けた。
「どうだった?生き埋め地獄は」
「砂風呂にしても最悪だったぜ」
滝隠れの里出身らしい返答を返す。
そうして飛段はパッと喜色の笑みを浮かべて「流石だぜ、邪神様~」とナルトへ駆け寄った。
「その呼び名、本気で止めろ」
会うたびに常套句のように返す言葉を口にしながら、ナルトは溜息をついた。
デイダラの血がついたクナイをくるりと懐に納め、瞳を閉ざす。
あえて使わなかった”写輪眼”が長い睫毛の幕によって、静かに閉ざされた。
紅き空が滄海の色へ戻ってゆく。
蒼い瞳の奥で静かに廻る紅色の写輪が再び眠りに堕ちた。
“写輪眼”
それは、渦を巻く朱の斑。
闇の中央で渦巻く紅の文様。
漆黒を思わせる瞳はただでさえ復讐心で歪んでいるのに、紅色の写輪が廻るにつれ、更に黒く淀んだ闇色を濃くさせた。
長い睫毛を押し上げた双眸が幕を上げるように、写輪を廻す。
その瞳に、黒く沈んだ地が映り込んだ。
漆黒に染めあげられた空は太陽も月も星すら見当たらない。
黒い空の下で、サスケは穴を掘っていた。
黒々とした土を素手で掘る。黙々と。
地面に穴を空け、そうして埋めた。
ザク・アブミの義手を。
『そんなことをして何の意味があるっていうの?』
背後からの声に、サスケは背中越しに答える。
「意味はない」
そう、意味はない。
何故ならこれは、この義手は幻術だ。
本物の義手はキラービー…八尾化したキラービーの尾のどれかに挟まって失ってしまった。
爆発四散してしまったザクには肉片ひとつさえ残っていない。義手という唯一の形見すらない。
だから幻でつくった義手を埋めている。
この、現実ではない世界で。
掘ったばかりの墓穴に埋めている。
「ただの自己満足だ」
現実ではザクの墓に入れられるモノはない。
だからこそ、サスケは此処で墓を掘る。
「ザクはアンタの為に死んだ」
現実では何も残さなかった男の墓標を立てる。
「俺の為じゃない」
何も語らない背後の人物へ淡々と語る。
「アンタへの忠誠心から死んだんだ」
サスケの語りに、背後の影は一度口を開き、そして閉ざした。
「それを、アンタだけは憶えておけよ」
サスケはザクの墓に背を向け、男の横を通り過ぎる。
すれ違い様に何か一言言おうと口を開きかけ、結局やめた。
そうして、サスケの作った墓を見下ろす。
幻術でつくられた義手を…かつて自分がカブトに命じて与えたソレを見つめ、顔を伏せた。
『馬鹿な子よ…』
かつてザクを拾い、サスケを乗っ取ろうとして返り討ちに遭い、逆に抑え込まれてしまった三忍のひとり。
───大蛇丸はザクの墓を見下ろして呟いた。
『本当に…馬鹿な子…』
眼を開けた。
どうやら意識を失っていたらしい。
ほんの数秒か、もしくは永い時間か。
キラービーこと八尾の回収に出向き、そこで負った深手の傷で体力も気力もチャクラも随分と消耗してしまった。
ザクを犠牲に生き永らえ、雨隠れの里へ舞い戻ったところで力尽きたところまでは憶えている。
けれどサスケが眼を覚ましたのは、深手の傷の痛みからでも、意識を取り戻したからでもない。
気配を感じ取ったからだ。
本来、此処にいてはいけない者。
此処に来てもらっては困る存在。
「サスケ、どうした」
肩を貸してくれているアマルの怪訝な顔には目もくれず、サスケは足を止めた。
雨隠れの里に多くある塔のひとつ。階段を登ろうとしていたその足先が、下の広間へ向く。
幾重もの鉄パイプが入り組み、張り巡らされた暗闇。
何も見えないであろうその場で、ひゅっとクナイをおもむろに投擲する。
鉄パイプの陰に潜む、どこからか入り込んだ小さな蛙。
その蛙へ突き刺さる直前、蛙の影から抜き出た手がクナイを掴み取る。
サスケが投擲したクナイを易々と掴んだ男が、のそり、と蛙の影から抜け出した。
「やれやれ…まったく。“写輪眼”とは面倒な眼だのう」
見覚えのある白髪の大男。
その姿を認め、サスケは渦巻く紅の双眸を細めた。
「自来也か…」
「サスケ。こんなところで会うとは奇遇だのう」
白々しい言葉に、サスケはふん、と鼻を鳴らす。
だが内心は自来也の出現に、動揺と焦燥感が募っていた。
蛙の影に潜んでいた自来也は、息を大きく吸う。
【蝦蟇平・影操りの術】を解除し、蛙もまた逃がした後、自来也はサスケを見上げた。
長い階段の最中。
高所で佇むサスケを仰ぐ。
「サスケ。おまえは木ノ葉へ連れ帰る」
自来也の強い決意と鋭い眼光がサスケを射抜く。
その視線に内心たじろぎながらもサスケは冷静に状況を把握した。
相手の言い分から、どうやら自分がスパイとして大蛇丸のもとへ忍び込み、そして現在は『暁』に潜入している事実を、自来也は五代目火影から聞いていないようだ。
徹底的に綱手は機密事項を少人数にしか明かしていないらしい。
しかしながら今回はそれが裏目に出たようだ。
ならばサスケが取る行動は───。
「お断りだ。俺のことは放っておいて、さっさと立ち去れ」
いくら三忍と言えど、暁の奴らと単独で闘って無傷で勝てるはずもない。
ペインに気づかれていない今が好機。
サスケの一蹴を予想しても、本心は流石に推測できない自来也は「そうもいかんのう」と一歩、足を前へ踏み出した。
「おまえさんを連れ帰らんと、いつまで経ってもナルが悲しむのでな」
「…アンタが死んで、更に悲しませることになるぞ」
サスケの言葉少なの返答に、自来也は片眉を吊り上げた。
「大きく出たな。わしに勝てると思っておるのか」
「俺は…アンタにさっさと消えてもらいたいだけだ」
消える=殺すと解釈し、自来也は眼を眇める。
実際はペインに勘づかれる前にこの場から追い返したいだけなのだが、逆に火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。口数が少ないサスケの悪い癖だ。
「お前を連れ戻し、『暁』の組織も解体する。一石二鳥だのう」
「二兎を追う者は一兎をも得ず…欲を出し過ぎると死ぬだけだ」
早々に立ち去ってもらわねばならぬ。
追い返さねばならぬ。
自来也の弟子である波風ナル。
彼女の悲しむ様子が容易に思い浮かび、サスケは一度、強く眼を閉ざす。
そうして、既に疲労困憊の身を叱咤して、サスケは写輪眼を発動させた。
誰かの死に様に心を痛めるのは自分だけでいい。
復讐心に塗れていようともその瞳の奥には、隠しきれない情の色が確かに、あった。
夢か幻か、それとも深層心理の世界か。
ザクの墓を掘った時と同じ眼をして、サスケは自来也を見下ろす。
「鼠駆除は俺の仕事なのでな」
前々から雨隠れの里の塔の警備を任せられているサスケは、自来也の姿を認め、軽く眉を吊り上げた。
視線の先では、長く豊かな白髪を針金のように伸ばした自来也が既に戦闘態勢を取っている。
その姿を認めて、サスケは、ぽつ、と呟いた。
「鼠ではなく針鼠か…」
「いや、どっちでもいいだろ」
思わずツッコミを入れたアマルの声が、塔の中で空しく響き渡る。
一瞬、気まずげな空気が流れた直後、サスケと自来也は地を蹴った。
やがて、クナイとクナイ、術と術がかち合い、火花が散る。
片や大蛇丸と同じ三忍のひとり。
片や三忍のひとりである大蛇丸の弟子。
同じ木ノ葉の忍び同士の闘いの火蓋が、今、切って落とされた。
後書き
いつもギリギリ更新、すみません!大変お待たせしました…!
そしてタイトルが最後のほうしか関係なくて、申し訳ございません…!
タイトル、思いつかなかったので…!(←おい)
【上】の七十九話で綱手VSうちはサスケのタイトルつけてたので、今回もそんなタイトルつけたかったんです…(暴露)
さて次回なんですが…原作と同じ場面は端折りますので、その点はどうかご容赦くださいませ(土下座)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!
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