イベリス
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第七十三話 何の価値もない思想家その四
「地下鉄でやったな」
「サリン撒いたあれね」
「自分達に捜査が及ぶのを邪魔する為にな」
「やったのね」
「そんなこともわからないでな」
「戦後最大の思想家だったのね」
「捜査邪魔する様な奴が浄土に近いか」
咲を見て問う様に言ってきた。
「果たして」
「そもそも捜査される様なことしてないわね」
「むしろ警察に来いと言われてもな」
そうなってもというのだ。
「自分から進んで出頭する」
「自分に疚しいところがないから」
「宙吊りの部屋に隠れるなんてこともしない」
本拠地にしている村に警察の捜査が及んだ時にそうした部屋に隠れてそして捕まった時もそこにいたのだ。
「間違ってもな」
「そうよね」
「そうしたこともわからない奴だったんだ」
それが吉本隆明だったというのだ。
「本当にな」
「それで持て囃す人達もなのね」
「今話した程度だ」
「北朝鮮を擁護したり」
「挙句はあれだ」
父は焼酎を飲みつつ軽蔑しきった顔で述べた。
「学生運動だ」
「昭和四十年代の」
「あの連中のことは聞いてるか?」
「暴力を民主主義と勘違いして暴れたのよね」
咲は学生運動についてこう答えた。
「革命だとか言って」
「そうだ、ゲバ棒を持ってヘルメット被ってな」
「テロとかやって」
「あんな連中まで出て来てな」
そうしてというのだ。
「学者とかになったんだ」
「そうなのね」
「ジャーナリストとかにな」
「それで吉本隆明も持て囃されたの」
「学生運動は馬鹿な連中がやっていたんだ」
当時必死になって行っていた連中はいた、だがその実は愚かで滑稽な革命ごっこでしかなかったのだ。
「その馬鹿共にもな」
「吉本隆明は持て囃されていて」
「批判する連中もいたがな」
「批判も意識してよね」
「あんな馬鹿は意識する価値もない」
吉本隆明についてこうも言った。
「言ったな、読む価値もないってな」
「ええ、さっきからずっとね」
「評価どころか批判もな」
「する価値がない程度なのね」
「そうだ、だからお父さんも今言うんだ」
まさにというのだ。
「読まなくていい、時間の無駄だってな」
「そうなのね」
「純文学を読む方がな」
その方がというのだ。
「ずっとな」
「いいのね」
「漫画もいいしな」
「漫画も馬鹿に出来ないしね」
「漫画を馬鹿にする奴も馬鹿だ」
父はこうも言った。
「普段読まないと言ってる人だってな」
「実は読んでいたの」
「何だかんだで表向きは意地を張っていたが」
西邊進である、この思想家はある漫画でそう描かれ最後までそうした考えだと表向きであり実は読んでいたらしい。
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