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老婆の乳房

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第一章

               老婆の乳房
 幕末の紀伊今の和歌山県の江住村の話である。
 この村に日下俊斉という医者がいた、腕と人柄が非常によくだった。
 村だけでなく近隣の者から慕われていた、医師らしく黒髪を下ろし肩のところで切り揃え眉は太く面長で切れ長の目に厚い唇を持っている。
 その彼が眠っている時に枕元にだった。
 髪を振り乱し顔を蒼白にさせた薄緑の色の服を着た若い娘が出て来た、娘は彼に両手をついてから泣きながら言ってきた。
「私は三尾川村の光泉寺の銀杏の木です」
「その精か」
「はい、ですが」
 娘は起き上がり自分の前に正座した俊斉に答えた。
「畑作りの邪魔になるとです」
「伐り倒されそうか」
「そうなりそうなので」
 それでというのだ。
「この度です」
「私にか」
「はい、私を救えるのは先生だけです」
「あの村は私の生まれだ」
 俊斉は自分の生まれから話した。
「だからか」
「はい、この度です」
「私に頼みに来たのか」
「左様です」
 まさにというのだ。
「それで参りました」
「では私にか」
「助けて下さる様お願いしたいのですが」
「わかった、ではすぐにだ」
「お寺にですね」
「まず行こう」
 こう言ってだった。
 実際に彼は朝になるとすぐ光泉寺に向かった、そこまでは峠を幾つも越える遠路であったがそれでもだ。
 彼は向かった、そしてだった。
 日暮れ時に村に着いて寺に赴いた、すると。
 本堂の前に村人達が集まっていてだった。そこにある大きな銀杏の木を前にしていた。そこに行って話を聞くとだった。
「この木の根が深く長くてです」
「ずっと遠くまであってです」
「畑仕事の邪魔になっています」
「その上は畑が出来ず」
「作物が採れないので」
「そうですか、実はです」 
 ここでだ、俊済は。
 夜に娘から言われたことを話した、するとだった。
 村人達はその話を聞いて言った。
「そんなことがあったとは」
「それまた面妖な」
「この銀杏の精が先生にお話をされるとは」
「そんなことがあるとは」
「長く生えているので精が宿ったのでしょう」
 俊斉は話した。
「そこまでの木ですし私がこれからは村の役に立ってくれる様にお話しますので」
「先生がそうされますか」
「先生がそう言われるのなら」
「いつもわし等を診て助けて下さいますし」
「その先生が言われるなら」
 村人達も頷いた、だが。
 彼に是非銀杏に自分達の役に立つことをすることを話すことを頼んだ、俊斉も快く頷きこの日は寺に宿を借りたが。
 その夜だ、娘はまた枕元に出て来たが。
 この時も娘と正座をして対して話した。
「根はあまり張らずな」
「狭くですか」
「この寺の敷地から出ない様にしてだ」
 その様にしてというのだ。
「村の畑仕事の邪魔にならない」
「その様にすることですか」
「そしてだ」
 俊斉はさらに話した。
「根は下にな」
「横に広がらずに」
「そうしてな」
 俊斉はさらに話した。
「銀杏の木の枝からは瘤が出来るな」
「はい、乳房の様な」
 娘も答えた。
「お婆さんの」
「それにそなたの力を入れるのだ」
「私のですか」
「精のな、乳房の形だからな」
 それ故にというのだ。 
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