Fate/WizarDragonknight
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怪獣じゃない
「真司!」
その呼びかけに、真司は足を止めた。
見ると、真司がよく知る人物がこちらに走ってきていた。
松菜ハルト。
聖杯戦争における、自らのパートナー。さらに、彼の後ろには例の少年がいた。
「ハルト! ……それに、アンチ!?」
「アンチ君を知ってるの?」
ハルトは真司に尋ねる。
頷いたハルトは、アンチの目線に合わせるように腰を屈める。
「ああ……昨日、トレギアと戦った時に出会った」
「昨日って……そういうことは連絡してよ……」
「ゴメンって。色々あって忘れてたんだ」
真司は謝りながら、アンチへ尋ねる。
「昨日なんでいきなりいなくなったんだよ……いや、それよりも、君がいるってことは、やっぱりさっきのは……」
「新条アカネは、おそらくここにいる……」
「新条アカネって……」
ハルトは、口を一の字に結びながら、アンチを見下ろしている。
真司は「ああ」と頷き。
「昨日俺と友奈ちゃんが保護した女の子だ」
「それって、トレギアのマスターっていう子だよね?」
「ああ。昨日保護した時、彼女の手を友奈ちゃんが見た。皆の令呪と比べて、明らかに多かったんだ」
真司が、ガラケーに記録した写真を見せる。
アカネの手の写真に、ハルトが息を呑んだ。
ガラケーには、アカネが気絶している間に撮影した、彼女の令呪が表示されている。もともとトレギアのものとして使用されたのであろう、残り一画の令呪。それに加えて、手の甲から二の腕部分までに
「やっぱり、さっきのあの子が……トレギアのマスターだったんだ……!」
この、見滝原中央駅に来るまでの間に出会ったあの少女の腕に刻まれていた、二の腕まで届くほどの令呪が、真司の携帯電話に写されていた。
ハルトは、この聖杯戦争において、まだ令呪を使っていない。
つまり、彼の手に刻まれている龍の紋章は、三画全て残っている。
それよりも多い令呪の保持事態が、ルール上ありえないのだ。
その時。
「新条……アカネ!」
それは、アンチ。
片目しかないアンチが、燃える不自由な視界の中、上の階を走るアカネの姿を捉えたのだ。
「あそこか!」
「行こう! 真司!」
真司は呼びかけられ、ハルトに続いて燃えていくエスカレーターを駆け上がっていく。
途中、いくつもの瓦礫に道を阻まれながらも、半分途切れたエスカレーターに飛び乗り、そのまま昇っていく。
やがて、数段のフロアを昇り切り、駅ビルの中央広場に辿り着く。
友奈たちがイリス戦う場所の余波により半壊したその場所で、とうとうその少女の姿があった。
「アカネちゃん!」
「新条アカネ!」
真司とアンチの叫び声に、件の少女は足を止める。
ゆっくりと顔を傾け、アカネは振り向いた。
「……アンチ君」
「さっきの子……あの子が、トレギアのマスター……!」
隣で、ハルトも細々と声を上げた。
「アンチ君、何?」
「ここは危険だ。出るぞ」
「その必要はないよ」
天井から降って来た言葉とともに、黒い雷が炸裂する。
真司は慌ててアンチを引き寄せて自らの背中を盾にし、さらにそれより前にハルトが立ちはだかり、指輪を発動させた。
『ディフェンド プリーズ』
赤い魔法陣が黒い雷とせめぎ合う。相打ちしたものの、ハルトは数回よろめいた。
「お、おいハルト! 大丈夫か!?」
「ま、まだ大丈夫……っ!」
ハルトは歯を食いしばりながら、雷の発生源を見上げる。
そして彼は、呟いた。
「トレギア……」
その名前を耳にした途端、真司もまた顔を上げた。
破壊されていく天井に、蒼い闇、ウルトラマントレギアがゆっくりと降りていく姿があった。
「やあ、ハルト君……」
トレギアは広場に着地し、ハルトを指差す。
「やはりここに来たね。もう体も限界なのに、大変だねえ」
「トレギア。知り合い?」
心底興味無さそうに、アカネが口を動かす。
トレギアは肩を窄めながら答えた。
「ああ。知り合いさ。随分と長い三t年…宿敵さ」
「ふうん……」
アカネはつまらなさそうに首を振った。
ほんの昨日、確実に真司とアカネは会っている。それなのに、アカネは頑なに真司のことを認識しようとしていない。
「どうでもいいけど、参加者なんでしょ? だったらさっさと倒してよ、トレギア」
「ああ。そうしようか……ならマスター……君は、ムーンキャンサーのところに行こうか」
「うん」
「行くな……! 新条アカネ……!」
「うるさいよ」
だが、必死なアンチにも、アカネは冷たく突き放つ。
だがアンチは、すでに駆けだしている。真司とハルトが止める間もなく、彼はアカネの腕を掴んだ。
「なぜ俺に命を与えた?」
アンチはきっと睨み上げる。
だが、遠目の真司からは、それは親にすがる幼い子供のようにも見えた。
そして、母親は容赦なくその手を振り払う。
「君はもう怪獣じゃないよ」
冷たい目で、彼女はそのままアンチを突き飛ばす。
「怪獣は人の気持ちを読んだりしない……」
アカネの口からその言葉を耳にした途端、ハルトは反射的にトレギアを見上げる。
彼女と似たようなことを、トレギアも言っていた。それは偶然か否か。
アカネは続ける。
「なんで君は私を助けようとしてたの? 怪獣はね、人に寄り添おうとしないんだよ? 人の幸せを奪ってくれる、それが怪獣」
近くで何かが落ちた。
瓦礫が落下したのか。焼かれた粉塵が、真司たちとアカネたちの間に走る。
アカネは続ける。
「私はそんな、人みたいな怪獣は好きじゃない」
「俺は……」
「ほら、その目。人間みたいな目してる。そんな見ないでよ……どこにでも……好きなところに行きなよ」
火事ですっかり熱くなっているのに、アカネのその言葉だけは、とても冷たく感じられた。
だが、アンチの表情は変わらない。
じっとアカネとトレギアを見つめ、やがて口から流れる血を拭い取った。
「トレギア……!」
「さあ、ムーンキャンサーのもとへ向かいな、マスター」
「待って!」
「おっと」
だが、足を踏み出したハルトの背後に、トレギアが回り込む。
ハルトと真司が反応するよりも速く、トレギアの爪が空間を切り裂く。それぞれ転がった二人へ、トレギアは嘲笑う。
「ほらほら。どうしたどうした?」
「トレギアアアアア!」
怪獣の姿となったアンチが、トレギアへ飛び掛かる。
だが、トレギアの目から赤い破壊光線の光が現れる。連鎖的にアンチの体を爆発させるそれは、アンチの外装を破壊し、生身のアンチを投げ出させる。
「ハルト! 俺たちも行くぜ!」
「うん!」
真司とハルトは、同時に変身の準備をする。
それぞれ鏡と銀のベルトを腰に出現させるが、その前にトレギアは二人を手で制する。
「ここで君たちと遊んであげてもいいけど……折角なら、マスターを見届けたいかな」
トレギアはそう言って、背後の壁へ黒い電撃を放つ。
壁が破壊され、大きな穴が開く。そして壁の向こう側では、ムーンキャンサーの上半身が姿を現した。
「ムーンキャンサー!」
「アイツは……!」
その姿に、ハルトは体を抑え出した。体に痛みがあるのか、顔を強張らせている。
「ハルト、どうした?」
「何でもない……それより、行くよ。アンチ君は下がってて」
「……」
ハルトの指示に、アンチは逆らうことなく俯いた。
自らが力になれないことを理解しているのか、彼はそのまま数歩下がる。
そして、真司とハルトは共に声を合わせた。
「「変身!」」
『フレイム プリーズ』
ウィザードライバーが赤い魔法陣を発生させるのと同時に、真司もまたVバックルにカードデッキを装填する。
『ヒー ヒー ヒーヒーヒー』
周囲の炎を吸収していく赤い魔法陣。
発生と同時に、無数の鏡像が真司にも集まっていく。
やがて変身が完了した龍騎とウィザード。
それぞれの目を赤く光らせ、龍騎はカードデッキから剣のイラストが描かれたカードを引き抜く。
『ソードベント』
『コネクト プリーズ』
ウィザードも同時に、指輪で銀の銃剣を入手。
トレギアを通り抜け、そのままフロアの壊れた箇所からジャンプ。
二人の赤は、こちらに気付いたイリスへ、同時に剣を振り下ろした。
その巨体の胸を、それぞれ一直線に斬り降ろし、一階に着地する。
「コイツ、昨日戦った時よりも絶対にデカくなってる……」
龍騎がそう呟くやいなや、イリスは龍騎とウィザードへ敵意を向ける。
龍騎、ウィザード。両者にとっても危険を嫌と言うほど味わってきた超音波メス。
それが、雨のように降り注がれていく。
だが。
「どうか……守って!」
それは、全く聞き覚えのない声。
そして、六つの機械のパーツが二人の前に割り込んできた。それぞれ指定された配置に並び、正六角形を描き出す。
その間に透明なエネルギーを走らせたそれは、盾となり、超音波メスを防いだ。
「え」
「何だ?」
「大丈夫ですか?」
そして、バリアを作った機械は、纏まって龍騎たちの横に逸れていく。それは、歩いてきた少女の腰に収まった。
「……君は?」
龍騎は思わず尋ねた。
ボブカットに切りそろえた、学生服の少女。大人しそうな顔つきの彼女は、にっこりと胸に手を当てた。
「はい。蒼井は、蒼井えりかと申します。シールダーのサーヴァントです」
「新しい参加者!」
新しいサーヴァント。
その存在に、隣のウィザードは反射的にウィザーソードガンを身構えてしまう。
だが。
「大丈夫だよ、ハルトさん……」
警戒を強めるウィザードの手を抑える者がいた。
それは、可奈美。
ラビットハウスの制服のままの彼女だったが、すでに傷だらけになっており、息も絶え絶えになっていた。
「この子は、敵じゃないよ……」
「本当に?」
ウィザードはまだ警戒が解けないようだ。
そんなウィザードへ、今度は変身が解けた友奈が話しかける。
彼女も可奈美に負けず劣らず傷だらけになっており、首元で束ねていた髪も解かれていた。
「本当だよ。この子、えりかちゃんが何度も助けてくれたんだよ!」
「本当か? よかったなハルト! 戦うつもりがない参加者だぜ!」
友奈の言葉に、龍騎はウィザードの肩にしがみついて飛び跳ねる。
だが、ウィザードは龍騎の腕を振りほどき、シールダーのサーヴァント、蒼井えりかを睨み続ける。
しかし。
「みんなッ! ムーンキャンサーがッ!」
響の声に、ウィザードたちは一斉に顔を上げる。
ムーンキャンサーは再び、地上の参加者たちに超音波メスを放とうとしている。
だが。
「危ない!」
蒼井えりか。
彼女は、シールダーとしての特色を遺憾なく発揮した。
六つの機械は、再びバリアを張り、超音波メスを吸収する。
突破できないと判断したムーンキャンサーは、触手で横から薙ぎ払う。
蒼井えりかの能力であるバリアは機械の六つのパーツを弾き飛ばし、全ての防御を消滅させた。
そして放たれるのは、超音波メスなど比べものにならない威力を誇る、プラズマ火球。
「もう一度っ!」
「俺も手伝う!」
『ディフェンド プリーズ』
大急ぎで盾を回収した蒼井えりかに続いて、ウィザードが防御の魔法を展開。六角形の防御の奥で発生した魔法陣を大きくし、龍騎とえりか、そして倒れている友奈、可奈美、響まで包み込む。
だが。
プラズマ火球の威力は絶大。
中途半端な蒼井えりかの防御とウィザードの魔法陣。両方を一度に破壊し___龍騎はすさかずガードベントでみんなの前に立つ___、参加者たちを炎の波に包み込んでいく。
「うわあああああああああああああっ!」
響き渡る全員の悲鳴。
龍騎とウィザードも変身を解除され、生身となって友奈たちとともに吹き飛ばされる。
「ぐはっ……!」
真司は血を吐きながら、背中にめり込んだ瓦礫を退ける。
だが、イリスはすでに真司達へトドメを刺そうと顔を近づけてくる。
友奈も、ハルトも。可奈美も響も、蒼井えりかでさえも、今は動ける状態ではない。
その時。
「……ムーンキャンサー……」
その小声。
声量としてはとるにたらないもの。だがその声には、並々ならぬ感情が含まれていた。
「しまった……!」
ホーム全体を見渡せるその踊り場に、アカネの姿があった。遮蔽物など何もないその場で、アカネはイリスの巨体を見上げている。
うるさい敵を片付けたイリスも、足元にいるアカネを見下ろす。腰を曲げ、アカネが胸の位置になるまで体を下げた。
やがて、その体に埋め込まれた発光器官がオレンジ色の光を灯し出していく。
暖かくも冷たいその光は、アカネを、そして真司たちの目を奪う。
「アカネちゃん!」
真司は手を伸ばす。
だが、大して接点のない敵の、ましてや死にかけの声など彼女に届くはずもない。
「ムーンキャンサー……」
アカネが小さく、その名を呟く。
もう、手で触れられるほど、彼女とイリスの距離は近づいている。
そして。
イリスの胸元の水晶のような器官が発光する。
オレンジ色の光が駅の炎を掻き消し、世界全てをオレンジに染め上げていく。
オレンジはやがて、青く変化していく。
アカネの姿が青に照らされると同時に、イリスの腹が開かれた。オレンジ色の花がイリスの腹部に現れた、と錯覚すると同時に、それは周囲の空気ごとアカネを吸い込んでいく。
その変貌には、アカネさえも驚き、恐怖を見せる。
「やめろおおおおおおおおお!」
そう叫ぶのはアンチ。
怪獣の姿となり、アカネへ手を伸ばすが、それはイリスの触手が許さない。
すでに満身創痍の体が触手を貫き、そのまま瓦礫の山の中に落ちる。
「ううっ……!」
呻き声を上げるアカネ。彼女はイリスから逃げるように手を伸ばすが、もう遅い。
人智を越えた怪物の能力。それが、ただの少女が逃げ切れるはずもなく。
アカネは、イリスの体内に吸い込まれていった。
吸引が収まったとき。
すでにフェイカー、ムーンキャンサーのマスターは、イリスの体内に取り込まれていた。
否。
「……融合した……」
ハルトの声が、真司の耳に強く残った。
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