| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第81話 準備はいいか

 
前書き
 
お疲れ様です。
まだまだダゴンに行けそうにありませんが、準備はしっかりとしなくてはいけません。
 
Jrほどではないにしても、三連休なんてなかったですよ。
 

 
 
 宇宙歴七八九年一一月 ハイネセン

 あれから特に怪物からの接触はなかったものの、司令部にいるタイミングでモンテイユ氏からバンバンと映話がかかってくるようになり、年下の奥さんの愚痴やら何やらがいつの間にか入ってきて、それに加えて爺様からの宿題の行動計画草案作成や、第八艦隊との調整もあってほとんど官舎には戻っていなかった。

 一応形になった草案を、一日がかりでモンシャルマン参謀長とモンティージャ中佐と再チェックして、俺が清書し終えたのが今日の午前三時。

「儂は余計な仕事は増やすなと言ったつもりだったんじゃがな」

 本来の宿題であるダゴン星域までの行動計画と、エル=ファシル帰還事業支援計画の両方を見比べつつ、休暇から戻ってきた爺様はその両方にサインした。主力である第八艦隊と複数の独立部隊がダゴン星域に侵入するのが来年の二月一〇日と決定。それより前に我々もエル=ファシル星域よりアスターテ星域へと侵攻を開始する。それに伴って全てのスケジュールが逆算で定められていく。

 帰還するエル=ファシルの住民を運ぶのは軍用船ではなく民間船となったので、少なくとも一月一五日までにはハイネセンを出立しなければならない。しかも船舶手配の遅れから、帰還船団は大きく三つに集団を分けることになった。比較的船腹に余裕のある貨物船は直ぐに手配できたので先行し、余裕のない貨客船や旅客船は後回しとなる。

 当面の食糧などの消耗必需品や大型機材を運搬する為に、第一〇戦略輸送艦隊が派遣されることになった。帰還事業団側の計画ではこれも民間貨物船で補う予定であったが、どうやら輸送量に比して船舶数が多すぎるという点から、契約額の問題で軍用輸送船が使われることになったという。俺の当初の計画では全部軍用船で考えていたので、認められて良かったというべきだろう。五〇〇隻の集団に同じ形の船が『三〇隻追加で増えた』ところで、誰も疑問には思わない。

「よくもまぁ面倒な仕事を増やしてくれたものだ」
 復帰早々、カステル中佐は文句を言ってくる。だがその表情は、前回のエル=ファシルの時に比べてば、まだまだ余裕があった。
「貴官が後方士官としてどうにか半人前であるというのが分かったし、お客さん相手は貴官がしてくれるというのならば、面倒ごとは想定の半分で済む。後方士官で一番のストレスは『クレーマー処理』だからな」
「誉められたと思っていいんです?」
「前回のイゼルローン攻略部隊に、貴官が後方部のトップに立てば、少なくとも俺達はアスターテにまで足を延ばすことにはならなかっただろうよ」
 六〇点。とそれに付け加えながら、カステル中佐は帰還事業支援計画草案を俺に返した。取りあえずは落第点ではないということだろう。はぁ、と溜息をつくと改めて草案に目を落とした。

 現時点においてエル=ファシルへの帰還を希望する住民は二五五万七〇〇〇名。ハイネセンに避難した時は三〇〇万人を超えていたから、四五万人近くが帰還を諦めたということだ。そのうち半数以上が辺境星域に散らばったらしく、マーロヴィアには想定より一万人も多い四万人もの移住希望者がいて、植民当初以来の好景気に沸いているという。他にもカッシナ・マスジット・アクタイオンといった農業主体の星系や、カスティリオーネ・プルシャ=スークタといった鉱業星系にも多くの移住者があり、図らずも人口減少に喘いでいた辺境星域の再活性化が見込まれるとのことだった。

 しかし逆に言えばエル=ファシルの産業分野から労働力が消えてしまったわけで、いわゆる『戦後復興景気』というあまり好ましくもない好景気も、最初から躓いてしまう格好になった。フォローとして最初に進発する巨大輸送艦には、戦闘工兵隊からの払い下げ重機や陸戦部隊が使用する簡易的な人造蛋白プラントや水耕プラントも積載しているが、どれだけ効果があるかはわからない。取りあえずは電気と水道という生活に直結する中核インフラが無事で本当に良かった。

 軍事作戦の方もまた、悩みの種は多い。当然帝国軍もエル=ファシルが同盟に奪還され、イゼルローンで勝利をしたとはいえアスターテにかなりの間、同盟軍の駐留を許してしまった。軍としての面子にかけて防備を強化していると考えていいだろう。

 だが幸いアスターテ星域には艦隊を長期駐留させられるだけの根拠地となる惑星が全くない。前回の戦いで配備されていたのが二五〇〇隻と考えると、やはり同数規模の敵は配備可能ということだろう。しかし今度は同行する独立部隊はない。故に獣道を切り開くような電撃的な場荒らし作戦という形になる。間違っても正面決戦などで時間を費やす必要はないが、エル=ファシル星域やドーリア星域へのちょっかい出しを牽制する程度には、帝国軍に被害を与える必要がある。

 その為、モンシャルマン参謀長は極めて投機的な作戦を立案した。前回の戦いでモンティージャ中佐が送り出した『付け馬』部隊が偵察哨戒した、ヴァンフリート星域に近い星系を最大巡航速度で通過していくというもので、戦略目的であるエル=ファシル星域との接触域からの帝国軍の引き離しと、戦術目的であるエル・ファシル星域外縁部およびアスターテ星域における敵戦力の充足状況の確認を同時にこなしつつ、可能ならアスターテ星域とヴァンフリート星域の接続点にある帝国軍の施設を破壊するという野心満点な計画だ。

 二月四日にエル=ファシル星系を出動し、エル=ポルベニル星系からアスターテ星域アスベルン星系へと突入。戦闘行動がないと仮定すれば、一二日間で四つの星系を踏破し、ダゴン星域トルネンブラ星系へと突き抜ける。カプチェランカで主力部隊と合流するのは最短で二月二二日。

 この作戦に必要となる最重要物資が燃料であるのは明白だ。食糧や生活必需品は二〇日間程度で底をつくことはないが、今回必要とされるのは足の速さだ。最大巡航速度となれば、通常の倍近い燃料を消費することになる。さらに戦闘行動が加われば、その量は飛躍的に増大する。その為、完全勢力圏とは言い難いエル=ポルベニル星系まで巨大輸送艦が同行し、同地で航行しながら第四四高速機動集団全艦に燃料を補給することになる。

 行動計画草案を作った一人であるモンティージャ中佐の顔からは、いつも陽気なラテン人さは影を潜め、時折隠れて胃薬を飲んでいる。もし行動計画が洩れでもすれば、たかだか二五〇〇隻程度の高速機動集団などひとたまりもない戦力がイゼルローンから出てくるだろうし、アスターテ星域各星系情報に齟齬があれば、部隊にかかる日数が増大し、燃料切れで孤立することになりかねない。肩にかかる重圧は途轍もないものだ。

「いい気味だな」とは、いつもモンティージャ中佐に揶揄われる側のカステル中佐の談だが、そういう中佐も補給参謀としてやることは多い。特に機動集団全艦が一星系内で短時間にFASを行うには部隊各艦の能力が不足しているとして、帰還船団を護衛中に訓練を行うよう進言し、自ら計画も立てている。燃料の手配も配分も、彼の差配一つにかかっている以上、責任は重大だ。

 俺とファイフェルは交代交代で第八艦隊との連絡業務をこなしつつ、爺様やモンシャルマン参謀長と、アスターテ星域における部隊行動のシミュレーションを作戦開始日まで繰り返し行うことになる。作戦を中止せざるを得ない場合の逃走ルートを初めとして、考えうる全てのパターンを条文化して纏める。作戦評価基準も作成し、万が一司令部全滅となった場合でも部隊が動けるよう、第二・第三部隊の司令部も交えて、討議を続けることになった。





 一二月一〇日。

 ハイネセン出動一ケ月前。第四四高速機動集団の新戦闘序列と作戦行動計画書を持ち、第四四高速機動集団司令部全員で第八艦隊旗艦ヘクトルを訪問。そこで会議室を借り、本隊側の独立部隊各指揮官幕僚と顔を合わせる。同じ宇宙艦隊司令部にオフィスを持っているので、既にすれ違いで顔を合わせていた幕僚達もいたが、一同揃っての顔合わせは初めてだ。

 集結したのは、宇宙戦部隊として一個制式艦隊と一個高速機動集団、四個独立機動部隊の幕僚。戦闘序列順に。

第八艦隊       シドニー=シトレ中将      以下一万二四三三隻(内戦闘艦艇一万一二〇六隻)
第四四高速機動集団  アレクサンドル=ビュコック少将 以下  二五〇七隻(内戦闘艦艇二二〇六隻)
第三五三独立機動部隊 ドゥルーブ=シン准将      以下   六六七隻(内戦闘艦艇 六一三隻)
第三五九独立機動部隊 ブルーノ=パストーレ准将    以下   六七一隻(内戦闘艦艇 六二三隻)
第三六一独立機動部隊 ウォーレン=ムーア准将     以下   六五〇隻(内戦闘艦艇 六〇九隻)
第四一二広域巡察部隊 ピラット=パーイアン准将    以下   五九六隻(内戦闘艦艇 五四二隻)

 地上戦部隊として一個機甲師団、三個歩兵師団と五個大気圏戦隊が参加するが、動員規模が大きい為、上級司令部として第五軍団司令部が作られることになった。戦闘序列順で以下の通り。

 第五軍団        オレール=ディディエ中将   以下  司令部要員・直属装甲大隊 五〇七名
 第三機甲師団      ヤルモ=キュマライネン少将(先任)以下 兵員 五四九〇名
 第七七降下猟兵師団   アルノシュト=ハラマ少将   以下  兵員 七五〇〇名
 第二二装甲機動歩兵師団 モン=チンハオ少将      以下  兵員 七八〇〇名
 第二九装甲機動歩兵師団 ジュスト=ラギエ少将     以下  兵員 七五〇〇名
 付属第四三一・四三三・四三四・四三六・四九〇大気圏戦隊
 後方支援部隊として工兵連隊が三つ。通信管制大隊が一つ。両用艦艇戦隊(七〇隻)・五個病院船戦隊(二五隻)および地上軍所属の輸送艦艇が付随する。

 宇宙艦艇数一万七九八四隻。戦闘宇宙艦艇一万五七九九隻。陸戦要員も含めた総兵員二一五万七五〇〇名。

 陸戦要員を除けば、だいたいバーミリオン星域会戦におけるヤン艦隊よりちょっと大きい規模となる。そう考えると同盟末期の惨状に頭を抱えたくなるし、カプチェランカの攻略にこの戦力を動員できるという『勿体なさ』も感じざるを得ない。

 独立部隊指揮官のうち、二人は原作でもよ~く知っている奴だ。肌艶は若干若作りだが、スカした面長のイタリアンなパストーレと、ゴリラ面で上がり眉のムーアは見間違えようがない。主力部隊に所属することになる連中だから、第四四高速機動集団と一緒に戦うのはダゴン星域に入ってからだろうが、無茶苦茶気分が悪い。

 いっそのことムーアだけでも……とか考えたくはなる。だがムーアの指揮下にある六五〇隻に搭乗する将兵には何の罪もあるわけでもないし、原作通りに七年後、ムーアが第六艦隊司令官になっているとも限らないんだから、現時点でそうムキになることもないだろう……

 だがいいこともある。地上戦の総指揮をするのは昇進したディディエ中将で、その指揮下には旧知の第七七降下猟兵師団がいる。そしてディディエ中将の司令部には、ジャワフ少佐もいる。例によって地上軍側の幕僚が会議室に姿を現した時に出現する微妙な空気の中、俺は爺様に一言断ってから彼らに近づいていくと、ジャワフ少佐が一瞬驚いた顔を見せた後で、苦笑して肩をすくめて手招きしてくれた。

「相変わらず空気が読めないようで何よりです。ボロディン少佐」
「空気を読んだから来たつもりですよ、ジャワフ少佐」

 お互いに敬礼もせず含み笑いを浮かべてがっちりと握手すると、ジャワフ少佐は首を軽く動かして俺をディディエ中将の前に誘った。

「おう、ボロディン少佐か。なんだ。まだ中佐になってなかったのか」
 陸戦将校の分厚い筋肉の砦の中で、真ん中に立っている中将が一番ゴツイというのも中々面白い光景だが、中将は答礼の後にジャワフ少佐の一.二五倍の握力で俺の手を握って言った。
「あの小娘は元気か? ちゃんと陸戦科を受験するよう言い含めておいたが、願書は出しただろうな?」
「その節は中将やジャワフ少佐には大変お世話になりまして……」

 俺がブライトウェル嬢の体力増強を依頼したのは、例によってジャワフ少佐だったのだが、どうやらハイネセンに戻ってからも嬢の面倒を見てくれていたらしく、たまたま今回の作戦の指揮官になるということで同じくハイネセンに戻っていたディディエ中将と地上軍関連の企業が経営するジムで遭遇し、それはそれはご丁寧に嬢を指導したらしい。

 その翌日にヒョコヒョコと歩きに不自由していたブライトウェル嬢に気が付いた俺が嬢を問い詰め、ジャワフ少佐に抗議し、相手がディディエ中将だと分かって、激怒した爺様が署名入りで抗議文を中将宛に送りつけたのだった。それに対する正式な返答はなかったが、代わりに第四四高速機動集団司令部に二〇種類の味のプロテインが二キロずつと、刃先をゴムにした新品のトレーニング用トマホークが一本送られてきたのだった。

「俺の小手に手が届いたあの小娘は宇宙軍には勿体ない。だいたい親のせいで冷や飯を喰らわせるような陰険な宇宙軍より、公明正大な実力主義のウチ(陸戦総監部)の方が居心地いいに決まってる」
「本人の希望を聞いてみないことには、なんとも申し上げようがありません」
「妹を獣に攫われた情けない兄のような顔をするな。それでも『英雄ボーデヴィヒ』か」

 宇宙軍の幕僚達に聞こえるような声量で言うディディエ中将も相当人が悪いのだが、これも儀式の一つだと分かってくれているだけありがたい。俺が目配せで合図すると、中将はグッと顎を引いて目に殺気をみなぎらせる。そして今度は逆に俺がディディエ中将と副官を、爺様と第四四高速機動集団司令部のテリトリーに連れていく。

 爺様とはエル=ファシルでのお互いの活躍を讃える、いかにも空々しい会話が繰り広げられるが、その会話の途中から腹黒い親父が乱入してくる。会話は中断され、大多数の宇宙軍と少数の地上軍の幕僚達の視線が、長身の宇宙軍中将と筋肉質の地上軍中将に集中する。

「ボロディン少佐を中佐に昇進させない『ケチ』な宇宙軍に協力するのは業腹だが、これも命令のうちだ。今回はよろしく頼む。シトレ中将」
「『ウチ』のドラ息子をいたくお気に入りいただけたようで何よりだ。前回いろいろ迷惑をかけたが、こちらこそよろしく頼む。ディディエ中将」

 ミシミシと音が聞こえてきそうな固い握手が二人の間で交わされる。先の第四次イゼルローン攻略戦で、作戦指導の不始末から地上軍に要らぬ犠牲を出したことに対する、これが手打ちだった。ヤクザのような話だが、宇宙艦隊司令部も地上軍司令部も、麾下戦力間にわだかまりが残るにしても最小限にしたいという思惑もある。

 故にシドニー=シトレが提出した今回の作戦に、地上軍もエル=ファシルで宇宙軍とある程度の協力関係を築けたディディエ中将を軍団司令官として送り込んできた。編制名簿が出た時点で、俺が手打ちの道化役をやらざるを得ないと理解せざるを得なかったが、両中将にここまでネタにされると後が面倒な気がしないでもない。

 宇宙戦部隊のトップと地上戦部隊のトップがケジメをつけたので、出席者は三々五々それぞれに与えられた席に戻っていく。今回の作戦の指導部は第八艦隊の為、第八艦隊の幕僚達が議事進行を進めていく。第四四高速機動集団は、この場では宇宙戦部隊のナンバー二になるので会議場内でも比較的前の方に席が与えられているので、議事進行する第八艦隊の幕僚達の顔もはっきりとわかる。

 艦隊副司令官ングウェニア少将、参謀長ラスールザーデ少将、副参謀長マリネスク准将……末席で目立たないように書類を読んで(いるふりをしてい)るヤンの姿もある。この世界の実父であるアントン=ボロディンが生きていたらと考えずにはいられないし、独立部隊でなく予定通り第四七高速機動集団が参加していたら……シトレを支えるのはボロディン家であると言わしめただろう。

 そう感慨にふけっているうちに、マリネスク准将より作戦の骨子と戦略目標、個々の戦術目標に戦果評価、そして作戦を中断するべき状況説明が、理路整然と事細かく語られる。幕僚達がそういう性格なのかまでは分からないが、現場での流れに沿うよりも事前に準備を整えてから動くというのは、前線というよりやや後方の組織にありがちだ。なるほど、グレゴリー叔父がシトレとロボスを比して、統合作戦本部長向きだと評したのも頷ける。

「最終目標は四月一五日まで惑星カプチェランカに我が軍の完全勢力圏を形成・維持することにある」

 以降予算承認が下り次第、交代で第四・第一〇両艦隊が前線に出張ってくることになっている。こうなればイゼルローンから駐留艦隊全艦一万五〇〇〇隻が出動してきても、数的優位を確保することができる。

 必要となるのは電撃的な行動だ。エル=ファシル星域よりアスターテ星域に侵入する第四四高速機動集団は、星域内各星系を哨戒している小規模な哨戒隊と遭遇戦闘となる。それによって帝国軍の視点は一時的にアスターテ星域に拘束され、イゼルローンの駐留艦隊の一部もヴァンフリート星域へと進出すると思われる。

 彼らがダゴン星域に向かうには、アスターテ星域を動き回る第四四高速機動集団を燃料不足のまま追撃するか、一度イゼルローンから補給部隊を送ってもらってから行動するかの選択を迫られる。その選択に迷っている間に、一万五〇〇〇隻余の主力部隊がカプチェランカの制宙優位を確保し、地上部隊が地上を制圧する間、それを確保する。

「始まってしまえば忙しい話になるが、カプチェランカで苦闘する地上軍の為にも、諸君らの奮戦を期待したい。問題や懸念があるようなら言って欲しい。遠慮はいらない。なるべく早いうちに詰めておこう」

 シトレの締めの言葉に、会議前に作戦案を理解している各部隊の幕僚達からは息が漏れる。イゼルローン攻略が失敗に終わってからまだ一年が経過していない。帝国側もこの前の攻略戦でいくらか戦力を失ったのか、遠征のような積極的な行動は控えている。それにカプチェランカの制宙優位が確保されれば、今後の辺境星域前面における戦局は同盟優位に動く。だが……

「第四四の次席幕僚のボロディンであります。帝国軍に近々の出動計画等はあるか、司令部の方では確認されておりますでしょうか?」

 俺は手を上げ、マリネスク准将に指名されてから立ち上がって聞いた。モンティージャ中佐も相当慎重に調べているが、もし帝国側に大規模な出兵計画があれば、全てがおじゃんになる話だ。ここまでの説明でそれはないという前提で動いていることは分かっているが、本当にそれでいいのかという確認が必要だ。案の定、独立部隊の幕僚達からは苦笑が漏れる。その前提だから動くんだというのことも分からないで、コイツは次席幕僚をやっているのかという嘲笑だ。

「フェザーンの駐在武官部や情報部で確認している。帝国軍に作戦期間内における大規模出動計画の傾向は察知されていないし、今年の徴兵に関しても例年規模であると報告を受けている」

 二度ばかり咳払いをした後で、一度シトレに視線を送ったマリネスクはそう応えた。つまらない質問はするなと言いたいのだろうが、もし計算外の増援があれば、最初に一撃を喰らうのは間違いなく第四四高速機動集団なのだ。

「もう一点。目標達成時における第四艦隊と第一〇艦隊の追加出動は確実ということでよろしいのでしょうか?」

 これについても同じように嘲笑が漏れる。先程よりもそれは大きい。作戦が成功すれば戦果拡大の為に増援戦力が出るのは『当たり前』で、失敗すれば出ない。戦局によって流動的で、確実などとは言えないというのも理解できる。それは自明だからこそ作戦を立てているのだから、くだらない質問だと言われればそうだ。

「問題はない。統合作戦本部も、宇宙艦隊司令部も出動を約束している」

 溜息交じりで応えるマリネスクに、俺は「ありがとうございます」と最敬礼で応えた。視線を再び前に戻すと、珍しくヤンが俺の方を真剣に見ているのが視野に入った。同様にシトレの顔もそれほど優れていないところ見ると、『言質を取られた』ことに気が付いたようだった。

 以降、部隊の航路などの方法論へと討議は移っていく中で、俺がホッと溜息をつくと、横に座るモンシャルマン参謀長が、小声で「よくやった」と囁いた。振り向けば後ろに座るモンティージャ中佐とカステル中佐も、声には出さないが、小さく頷いて賛同している。

 先のエル=ファシル再奪取時、奪取自体で失われた戦力よりも、アスターテ星域まで足を延ばしてから失われた戦力の方が多かった。爺様の臨機応変な実戦の機微を頼りにするのは結構だが、第四四高速機動集団はまたしても『助攻』の立場にある以上、それで割を喰われるのは勘弁して欲しい。

 それから会議は一時間もかからず終わり解散となった。三々五々、旧知の相手に挨拶しに行く参加者の中で、俺はそそくさと用を済ませるフリで会議室から出ていくと、廊下に頼りになりすぎる後輩が待ち構えていた。

「まるで悪徳弁護士か総会屋みたいなことやってくれますね」

 戦艦ヘクトルはアキレウス級大型戦艦であり、しかも艦隊旗艦設備を有しているから、第八艦隊の参謀の一人であるヤンにも個室が与えられている。(ちなみに戦艦エル=トレメンドは標準型戦艦なので、俺にはない。モンティージャ中佐と相部屋だ)少しばかり荷物が散乱している個室で、何故かピート香が僅かに漂う紅茶を片手に、俺はヤンから苦言を呈された。

「作戦目標を達しても増援が来ない、と考える理由が先輩にはあるんです?」
「カプチェランカで勝ち過ぎた場合にはあり得ると考えている。通常ならばこれだけの艦隊を動かした場合、次の制式艦隊による前線哨戒(パトロール)がダゴン星域に到達するのは六月過ぎ。数も一個艦隊だ。イゼルローンの敗戦もある。十分すぎる戦果を見てわざわざ予算を組んで繰り上げる必要もない、と国防委員会が勝手に考える可能性は高い」
「帝国軍の増援を気にされていたのは、我が軍の増援より前に帝国軍が遠征規模の戦力を送り込んでくると考えたから、ですか」
「そうだ」

 地上戦であれば戦果の拡大の為、すかさず第二列が前面に出てくる。しかし宇宙艦隊はその規模から動員にはいたく金がかかる。その上、複数の艦隊が通常とは異なる動きをすれば、外部に察知されやすくなる。第四四高速機動集団がわざわざエル=ファシルの帰還船団護衛任務を請け負ったのも、情報漏洩を防ぐためだ。

「相変わらず先輩の視点の付け方は軍人とは思えませんね」
「軍人は向いてないと、どこかの誰かがしょっちゅう吹聴しているようだからな。ところでお願いしていた件、できたか?」
「出来てますよ」
 ヤンは肩を竦めて本が山積みになっているデスクの上から、折り畳まれた一枚の紙を差し出した。
「ちなみにこの秘密を知っている人は何人いるんですか?」
「三人だ。俺と陸戦士官のジャワフ少佐とお前」
「情報部顔負けですね。可哀そうに」

 溜息交じりにそう言うと、ヤンは中身がほとんどなくなった紙コップを掲げるのだった。


 
 

 
後書き
2022.09.25 更新
2022.09.25 誤字修正
2023.02.05 誤字修正 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧