Fate/WizarDragonknight
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ジグソーパズル
反対車線は、逃げる人々でごった返している。本来は逆走となる車線にも、逃げようとする車で渋滞になっていた。
車の間を縫いながらマシンウィンガーを駆るハルトは、イリスの姿を見上げていた。
ムーンキャンサーのサーヴァント、イリス。その巨体が着地場所として選んだ見滝原中央駅周辺までは、まだ距離がある。それなのに、もうその姿が見えている。
「さっきと比べて、明らかに巨大化してる……!」
その危険性を肌で感じ、ハルトはアクセルをさらに強くする。
イリスは、上空で何か小さな光と戦っているようにも見える。紅、黄、桃、黒。それぞれ、心当たりがある色。
ハルトはさらに、アクセルを強める。やがて反対車線も渋滞が無くなり、逃げ去ろうとする人々だけになっていく。
その時。
ハルトの目は、反対車線側の歩道で、人々とは逆に見滝原中央駅側へ走っている人の姿を捉えた。
薄紫のシャツに、黒紫の上着を羽織った少女。彼女は、ハルトの前を走り、すぐに追い抜かされている。
「君!」
ハルトはバイクを浮かせ、反対車線に飛び移る。免許がどれだけ減点されるのだろうか気になるが、構わずその人物___眼鏡をした少女へ向かった。
「ちょっと待って!」
ハルトはマシンウィンガーを停車させ、少女の前に立ちふさがる。
「あっちは危ないよ! 速く逃げて!」
「……っ!」
だが、少女は舌打ちをして、ハルトを睨む。ハルトを無視して見滝原中央駅への足を止めない少女の手を、ハルトは捕まえた。
「どこ行くの!? あっちは危ないよ!」
「アンタには関係ないでしょ! 邪魔しないでよ!」
少女はハルトの手を振りほどこうと抵抗する。
だが、虚弱な腕の彼女は、ハルトを振りほどくことなどできず、数回暴れるがやがて諦めたように抵抗を辞めた。
唇をきっと噛みながら、彼女はハルトを睨みつける。
「いいから。ほら、逃げるよ……」
「うっざい!」
ハルトが掴んでいるのは、彼女の左腕。殴りかかろうとうする彼女の右腕だが、ハルトは難なくその手首を受け止めた。
そして、それは嫌でも気づいてしまう。
雨でぬれた衣服によって張り付いた肌。少しのずれで、その下にある刺青のようなものが見えてしまった。
それは、ハルトの右手にもあるものと同様の、紋様が、
「令呪……!? 嘘、君が……!?」
思わずハルトの力が抜けた。
その隙を少女は見逃さず、ハルトの腕を振りほどく。
そのまま彼女は、見滝原中央駅の方角へ走っていった。
見慣れた道を追いかけるものの、人混みを器用に掻い潜っている彼女はどんどん離れていく。
「待って!」
だが、追いかけたいハルトの心情とは裏腹に、見滝原中央駅から逃げようとする人々の波により、ハルトは進めなくなる。
その時。
「うわああああああああああああっ!」
「っ!」
降って来る、巨大な瓦礫。
ハルトは人々の前に割り込み、ウィザーソードガンを取り出す。
『ハリケーン シューティングストライク』
雨粒を吹き飛ばしながら、緑の魔力の弾が瓦礫を砕く。
『ディフェンド プリーズ』
さらに、細かく落ちてくる破片を防御の魔法で防ぎながら、ハルトは人々に呼びかける。
「みんな、逃げて!」
誰もが、自ら足を止めていたことを忘れていたのだろう。
人々は一瞬の茫然の後、即座に逃走を再開する。
ハルトは彼らを見送りながら、少女を___見滝原中央駅への道を急ぐ。
だが。
「っ!」
暗い暗雲の中から、闇の雷が現れる。
ハルトは指輪に付けたままの防御の魔法でそれを防ぎ、そのまま吹き飛ばされた。
「これは……トレギア……!」
「やあ。ハルト君」
白と黒のツートンカラー。
すぐ隣の車道___渋滞により、ほとんどの人が車を乗り捨てたその道の中に、彼の姿があった。
霧崎。
トレギアが人間として活動する姿のそれが、ハルトの動きを完全に静止させた。
「この姿の時は、霧崎と呼んでくれ。そう言ったじゃないか、ハルト君」
白と黒のツートンカラーが特徴的な霧崎は、ただ茫然と見滝原駅を見上げている。
傘を持たず、どんどん濡れていくハルトとは真逆に、霧崎の傘は雨を弾いていく。その代わり、彼は月の光を浴びることなく、暗いままの体を見せていた。
「お前がいるってことは……あれは、お前の息がかかってるのか!?」
ハルトはイリスと霧崎を見比べながら怒鳴った。
だが、霧崎は首を振った。
「いやいや。まさか、ここまで強くなるとは思わなかったよ」
霧崎は自らの頭を小突いた。
「色々活動するにあたって面白そうだったから、マスターに令呪を与えて召喚させたが……まさか、ムーンキャンサーの力が私の計算を越えるほどだとは思わなかったね」
「ムーンキャンサー……? あれが……?」
その名は、ハルトも以前聞いたことがあった。
見滝原南にて出会った、アンチという名の少年。彼が血眼になって探していたものの名前もまた、ムーンキャンサーだった。
「アンチ君、なんであんなものを……?」
「監督役には言ったが……ハルト君、君はジグソーパズルをやったことはあるかい?」
「……?」
「どうやらないようだね。是非、あれをやってみることをお勧めするよ」
霧崎は傘を傾けた。
彼の特徴的な青いメッシュが見えてくると、否が応でもハルトは警戒してしまう。
霧崎は続けた。
「あれは本当にいい地球の発明品だよ。バラバラのピースを組み合わせて初めて画が完成する。ピースのままだと、どんな完成品ができるのか全く分からない」
「何が言いたい?」
「ハルト君。君も、ムーンキャンサーも。全て、私のピースだということだ」
霧崎はそう言って、傘を閉じた。
投げ捨てられたこうもり傘は、停車してあるマシンウィンガーにぶつかり、そのまま地面に投げ捨てられた。
「ムーンキャンサーの力は計算外だが、それでパズルがどのような画になるのか、なおさら楽しみになってくる」
やがて、見滝原中央駅の内部から発光が見られる。その内部から、轟音が離れたこの場所まで響いてくる。
「ムーンキャンサーがどれだけ暴れようが、結局私の目的には変わりないからね」
「お前の目的……願い……」
ハルトは、やがてその考えに至る。
マスター、サーヴァント。
全ての参加者が聖杯戦争に参加する行動原理。
霧崎は、口元を吊り上げた。
「この世には、光も闇も……善も悪もない。だからこそ、誰もが望む混沌の世界を……! 誰もが善悪のない世界にする……そんなところかな?」
「そんな世界にして、何になるっていうんだ……」
ハルトは首を振った。
「誰も幸せにならない世界じゃないか……っ!」
「別に。そうだね……」
霧崎は、目を細めながらイリスがいる見滝原中央駅を眺める。
いや、彼の目は、何も捉えてなどいない。駅の方角の虚空を見つめている。
そうとしか、ハルトには思えなかった。
「どうだっていいんだ。ただ私は、そうして世界を壊したいだけなんだから」
霧崎は空を見上げた。
見上げる月。雨雲の合間に見える、白く美しい衛星を見て、霧崎の目に光が宿ったように見えた。
「この世界なら、彼の目も届かないだろうしね」
「アンタの身勝手な破滅願望なんて、止めてみせる……! 今、ここで!」
ハルトはそう言いながら、ドライバーオンの指輪を使った。
銀色のベルトが、ハルトの腰に装着される。ベルトを操作し、変身待機状態にさせた途端、霧崎の手から再び黒い稲妻が放たれる。
「っ!」
変身を中断し、三度防御の魔法。
ダメージは防げたが、衝撃を全て殺しきれず、体に走った痛みに膝を折った。
「ぐっ……!」
「おやおや……もうどこかで戦ってきたのかい? ボロボロじゃないか。そんな体で、よくもまあ戦おうとするね」
そのまま、霧崎はアイマスクを取り出す。すでに解放済みのそれを見ながら、ハルトはベルトを起動させた。
雨が、どんどん強くなる。雨音によって、ウィザードライバーの詠唱が全く聞こえなくなっていた。
「変身」
霧崎がトレギアへ変貌するのと、魔法陣によってウィザードの姿が現れるのは同時だった。
宝石の体を輝かせながら、ウィザードはコネクトの指輪でウィザーソードガンを取り出す。
そして。
ウィザードとトレギアは、同時に地を蹴った。
ウィザーソードガンとトレギアの爪。それぞれが火花を散らしながら、互いへの殺意を高めていく。
『ビッグ プリーズ』
発動する巨大化の魔法。
ウィザードが足で踏みつけようとすると、巨大な足がトレギアを襲う。
だが、トレギアにそんな単純な攻撃は通用しない。軽やかな動きでそれを避け、さらにその爪から放たれる斬撃でウィザードの体から火花を散らす。
「ぐっ……!」
体を弾かれながらも、ウィザーソードガンをガンモードに切り替えたウィザードは、そのままトレギアへ発砲。
トレギアの腕を一瞬鈍らせたうちに、ウィザードはソードガンを再びソードモードに戻す。トレギアに接近し、ウィザーソードガンでトレギアの体に斬撃を加えていく。流れるように蹴り入れ、トレギアにもダメージが蓄積していく。
『フレイム スラッシュストライク』
発動したウィザーソードガンの魔法。ウィザードを濡らしていく雨を一瞬にして蒸発させるそれを、ウィザードは振るった。
炎の演舞は、そのまま雨のカーテンを切り開きながら、トレギアへ向かっていく。
だが、トレギアもそれ程度で倒せるはずがない。
トレギアはその体を闇に包み、姿を消す。
即座にウィザードの背後に回り込み、その爪で背中を切り裂こうとしてくる。
だが、これまで何度もトレギアと戦ってきたウィザードには、それは読めていた。ウィザーソードガンを背中に回し、彼の爪を防御する。
そのままトレギアを突き飛ばし、トレギアと向かい合う。
「へえ……私とやり合うのも慣れてきたのかな?」
「そりゃここまで何度も戦ったら慣れるよ……!」
「へえ……」
トレラアルティガイザーを準備し始めるトレギア。
ウィザードは雨を利用しようと、ルビーの指輪とサファイアの指輪を入れかえる。
ウィザードライバーに手をかけようとしたその時。
「トレギアアアアアアアアアアアアッ!」
雨音を突っ切り、それは二人の間に割り込んできた。
ウィザードの視界をそのシルエットで覆いつくすそれに、ウィザードは完全に動きが停止した。
割り込んできた影は、そのまま即座にトレギアを殴りつける。
突然の攻撃にトレギアは対応しきれず、大きく体を殴り飛ばされてしまった。
「君は……?」
ウィザードへ振り向いた、その巨大な影。
轟く雷鳴により、その姿をウィザードに露わにしたそれは。
「アンチ君!?」
アンチ。
見滝原南で出会い、闇医者である木野薫が保護したはずの怪獣少年。その、怪獣としての姿が、そこにはあった。
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