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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第123話『夏祭り』

魔導祭が終わってから2週間が経った。

自分の力の真相を知り、入学式の日に見た不吉な夢のことを頭の片隅に置きながら日々を過ごしてきたが、あれから特に良からぬことは起こっていない。
毎日宿題をやって、宿題が終われば莉奈や大地たちと遊び、たまには結月とデートをする。晴登は至って普通な夏休みを送っていた。

──週末に風香の元に出向いて、特訓を受けていることを除けば。


「はぁ、はぁ……」

「今日もお疲れ、三浦君。先週に比べると、かなりスタミナもついてきたんじゃない?」

「そう、ですね……」


晴登は芝生の上に寝転がり、傍らに立つ風香の言葉にそう答える。

ここは隣町にある広場のような大きい公園。ここで晴登は風香に魔術……ではなく、体づくりを手伝ってもらっている。
いや、最初は魔術のことを教えてもらう気満々だったのだが、「もう教えることはない」と言われ、そこを何とかと粘った結果が、ランニングや筋トレといった彼女の普段の練習に付き合うことだった。強くなるには地道な努力が必要だということだろう。


「ハルトー! お疲れー!」

「あ、ありがと結月──冷たっ!?」

「ずっと冷やして待ってたよ〜」


寝っ転がる晴登に近寄り、やけに冷たいペットボトルを押し当ててくるのは、この夏の暑さの中でも涼しげに銀髪を揺らす結月だった。立っているだけでも汗を流してしまうほどの気温なのに、彼女はものともしていない。
しかし、実は結月は暑いのが苦手なのである。それなのに平気にしているのは、常に身体から冷気を出すことで外気と外光をシャットアウトしているかららしいのだ。人間クーラーとはまさにこのこと。


「……というか、何で結月がここにいるの?」

「朝から一緒だったじゃん。今さらすぎない?」

「まぁ今さら疑問に思った訳で……」

「そりゃハルトのいる所にボクはいるからね」

「答えになってない!」


確かに今朝から行動を共にしていたが、風香の弟子は晴登だけであり、結月がここにいる理由はない。
そう正論を唱えると、結月はムスッとする。


「……だって気になるんだもん」

「そんなに警戒しなくても三浦君を盗ったりしないよ」

「ホントですか〜??」

「本当だって」


どうやら結月がついてくる理由は、風香が晴登のことを奪うかもしれないという不安からだったようだ。
そこまで想われることは嫌ではないが、ちょっと度が過ぎていることも否めない。結月と風香の仲が悪くなるのはあまり嬉しくない事態だ。どうにかこの場を収めないと──。


「そういえば明後日、この公園で夏祭りがあるそうよ。2人で来たらどう?」

「夏祭り!!」


結月に疑惑の目を向けられた風香は、話をそらすべく夏祭りの話題を持ち出す。すると結月の目がキラリと光り、すっかり興味がそちらに向いた。

そういえば、この町では毎年それなりの規模の夏祭りが開催されている。晴登が幼い頃は遊びに行ったりもしたが、今やもう家から締めの花火を眺めるくらいしかしていない。


「やけにテンション高いね、結月」

「ボク、この世界のお祭りをずっと楽しみにしてたんだよ!」

「あ〜そういえば……」


結月にとって、異世界ならまだしもこの世界のお祭りに参加する機会はまだなかった。強いて言えば『魔導祭』はお祭りだが、そんな屁理屈は置いておこう。


「楽しみだね、ハルト!」

「そうだね」


いつもは家から花火を眺めるだけだったが、結月のために今年は行ってみることにしよう。






そうやって結月と夏祭りに行く約束を交わし、いざ当日。夏祭りデートとか定番だし、てっきり2人で行く……と思っていたのだが。


「私がいて残念って顔してる。後で大地も来るし、いつメンだよ晴登」


心の中を読んだかのようにそう言ってくるのは、晴登の部屋で漫画を読みながら寝そべっている莉奈である。相変わらず我が物顔で部屋に居座る癖はいつ治るのか。幼なじみだけどさ。


「楽しみだねリナ!」

「ねー!」


実は今日の夏祭りでは、莉奈と大地も同行することになったのだ。
というのも、結月にとって夏祭りはデートしたいというより、純粋に楽しみたいという側面が強かったらしい。だから自分から莉奈や大地を誘っていたのだ。別にそれでも良いのだが……うん、良いのだが。

加えて、今1階には智乃の友達が2人やって来ている。
これは晴登が智乃に夏祭りの話をしたところ、彼女も行きたいと駄々をこねたので、ついでに彼女の友達も含めて晴登が引率役として連れて行くことになったのだ。手がかかる妹である。


「まぁ、人数が多い方が楽しいか」


望んでいない事態だとしても、前向きに捉えることで自然と気分が良くなるというもの。切り替えていこう。


──その時、家のチャイムが鳴る。タイミング的に、大地がやって来たんだろう。


「お兄ちゃん、大地君と優菜ちゃんが来たよ」

「「──っ!!」」


その名前を聞いて、晴登と結月の動きがピタリと止まる。てっきり大地だけかと思っていたが、2人にとって因縁の相手が一緒だという。


「あ、優菜ちゃんも来たんだ!」

「お、俺出てくる。莉奈は部屋にいて」

「ボクも行くよ」

「ん? りょ〜かい〜」


この状況の深刻さを理解していない莉奈はとりあえず部屋に残し、晴登と結月が迎えることにする。できれば、大地も引き剥がしたいところだが……。



1階に降りると、智乃が言った通り大地と優菜が玄関で待っていた。


「戸部さ……いや、優菜ちゃん」

「まだそう呼んでくれるんですか。優しいですね、晴登君は」


前に見た時よりも明らかに表情が暗い。それに少しやつれただろうか。健康そうだった肌に翳りが見える。その原因に心当たりがあるために、少し申し訳ない気持ちになる。そして同時に、彼女がここに来た理由が『晴登たちと夏祭りに一緒に行くため』だけではないことはわかっていた。

予想通り、彼女は深呼吸をすると、晴登と結月の目を交互に見てから口を開いた。


「今日ここに来たのは他でもなく、この前のことを謝りに来ました。晴登君にも結月ちゃんにも、私は酷いことをしてしまいました。ごめんなさい」


優菜は深々と頭を下げる。まさか家に来て最初にやることが謝罪だとは、さすがに予想していなかった。
だが彼女がやったことを考えればそれは必然だろう。喧嘩して別れた手前、いずれはこうして話せる機会が欲しいと思っていたところだ。ちょうどいい。そう思っていると、


「俺からも謝りたい。あの計画は俺も一緒になって考えたんだ。晴登のことも結月ちゃんのことも大事だけど、俺は自分の気持ちを優先したんだ。俺にも責任はある。ごめんな」

「え、大地も?! そうだったんだ……」


なんと優菜だけではなく、続けて大地までも謝罪してきた。まさか、この騒動に大地が一枚噛んでいたというのにはさすがに驚いたが、そう考えると大地がやけに優菜をグループに引き込もうとしていた理由も納得がいく。全ては晴登と優菜をくっつけるために仕組まれていたのだ。

そういうことだったら先に教えて欲しかった……と言いたいところだが、今回の場合はそういう訳にもいかなかったのだろう。やり方は間違えたかもしれないが、彼女らにも事情があり、一概に非難することはできないのだ。

2人は友達で、これからも仲良くしていきたい。だから、


「うん、わかった。謝ってくれたし、俺は許すよ。結月は?」


晴登は優菜と大地の謝罪を受け入れた。

しかし、優菜が傷つけてしまったのは晴登だけでなく、結月もである。彼女からの許しがなければ、本当に許されたとは言い難い。


「……ボクもいいよ。ユウナとはこれからも友達でいたいもん。こんなことで離れたくない」

「……っ!」


そして結月の答えも聞き、優菜は張っていた緊張が解けて、目からボロボロと涙を零した。


「ありがとうございます……! ありがとう、ございます……!」


嗚咽しながら、そう何度も繰り返す。

彼女がやったことは褒められたことではないし、関係を切られても文句は言えない立場だっただろう。それでも意を決して謝ってくれた。その勇気に免じて、今回は許してあげようと思えたのだ。


「謝って良かっただろ?」

「はい……!」


大地の言葉に、優菜は清々しい笑顔でそう答えた。目に溜まった涙を拭って、ようやく振り出しに戻る。
ずっと心に残っていたわだかまりも解消され、これでようやく気持ち良く夏祭りに向かえそうだ。


「とりあえず上がっていってよ」

「はい!」


晴登に誘導されて、大地と優菜は一度晴登の部屋へと集まるのだった。



──その一方で、その光景を陰から覗いていた者たちがいた。


「智乃ちゃんのお兄さんのお友達、美男美女ばっかだね……!」

「どうやって仲良くなったんだろ……」

「それは私も知りたいよ」


その正体は智乃とその友達2人だ。彼女たちは玄関が騒がしさに惹かれて、リビングの扉の隙間から覗き込んでいたのである。


「というか、あの人泣いてなかった?」

「修羅場?」


とはいえ、見た光景はあまり気持ちの良いものではなく、『晴登と結月が美少女に泣きながら謝られている』と表面上は解釈できる。
ここで仮に修羅場だとすると、その背景には『優菜が晴登を奪おうとした』という設定が一番しっくり来る。しかし、


「そんな話お兄ちゃんから聞いてない……隠してたんだ」


智乃は以前に結月との関係を根掘り葉掘り訊いたことがあったが、あの時にはまだ話してもらっていない内容があったようだ。
その事実がちょっぴり悔しくて智乃は頬を膨らませるのだった。






メンバーが揃ったので、ようやく夏祭りに出発した一行。当然、智乃グループも率いている。
ちなみに今回の夏祭りは急に予定が決まったせいで、浴衣の準備は間に合わず、全員が私服での参戦だ。結月の浴衣姿を見られなかったことは残念だが、それは来年のお楽しみということにしておこう。


「わぁ……王都のお祭りとは雰囲気が違っていいね!」

「オート? そりゃ地名か?」

「あ、えっと、結月が元々いた所だよ! ね?」

「う、うん、そうそう!」


うっかり口を滑らせたが結月のフォローをしつつ、晴登は辺りを見回してみる。
場所は風香が言ったように隣町の公園。特訓していた時の静かな風景とは打って変わって、屋台などが立ち並び、日が沈みかけた空の暗さに負けない明るさがそこら中を席巻していた。人もそれなりに多いが、公園が大きいのでいい感じの密度である。迷子になることはないだろう。


「それじゃあ仕切り直して、夏祭り楽しむぞ〜!」

「「おー!!」」


大地の掛け声にみんなが乗っかる。

夏祭りの最後には花火が打ち上がるので、それまではグループに分かれて自由行動、時間になったら決めておいた集合場所に集まることになった。







「うわ〜あっちもこっちも食べたことない物ばっかりだ! ハルト、買っていい?!」

「いいけど、食べすぎないようにね」

「わかってる! おじさん、これください!」

「はいよ! お嬢ちゃん日本語上手だね! もう1つサービスだ!」

「わーい、ありがとう!」

「大丈夫かなこれ……」


図らずもデートをできるようになった晴登と結月だが、初めての夏祭りに結月の興奮が止まらなくてそれどころではない。
今は気になった食べ物を片っ端から買っているのだが、ここに来て外国人顔負けの容姿が災いして、屋台の男性たちに大人気なのだ。食べすぎないように忠告はしたが、サービスは不可抗力だからどうしようもできない。


「あ、大地たちは金魚すくいやってるな」

「金魚すくい! ボクもやりたい!」

「じゃあちょっと合流しようか」


ちらっと視界の端に映った大地と莉奈と優菜のグループが金魚すくいをやっており、そのことを口に出すと結月が食いついてきた。2人きりではなくなってしまうが、彼女の望みが優先である。せっかくだし色々遊ぼう。


「おーい」

「お、晴登。見てみろ、こんなに金魚が取れたぜ」

「1、2、3……10匹!? こんなに取れるものなの?!」

「まぁ俺にかかれば楽勝だな」


ふふんとドヤ顔な大地。運動神経が良いだけに飽き足らず、ゲームセンスもあるとは羨ましい。


「大地君のポイ捌き、凄かったですよ。あんなに取ってるのに全然破れないんです」

「ずーるーいー! 私も金魚いっぱい取りたいー!」


金魚を3匹取った優菜と0匹の莉奈が口々にそう言った。2人も楽しんでいるようで何よりだ。
莉奈に関しては、たぶん泳いで魚を取る方が得意だろう。


「そうだ。なぁ晴登、勝負しないか?」

「俺? 金魚すくいってあんまりやったことないんだよな……」

「じゃああそこにある射的でどうだ?」

「それなら、まぁ……」


金魚すくいは技術が問われるが、射的であれば素人でもどうにかなりそう感があるので、そっちで勝負を受けることにする。

金魚すくいを継続する結月と莉奈を置いて、射的の屋台に移動した。


「ルールは簡単。この3発の弾でどれだけ景品を落とせるかだ。大きい景品は得点が高いことにしよう」

「つまり、あの真ん中のぬいぐるみを落とせたらほぼ勝ちってこと?」

「そういうことだな」


そう言ってニヤリと笑った大地。負けず嫌いの彼の狙いがそのぬいぐるみであることは考えるまでもなくわかる。しかし、腕で抱えるようなサイズのぬいぐるみが射的の小さな弾で落ちるとは思えないが。


「悪いが俺が先攻でいいか?」

「いいよ」


あのぬいぐるみを先に落とした方が有利なので、先攻を取られることは本来痛手なのだが、今回は"ハンデ"として譲ってあげた。

ちなみになぜハンデをあげたかというと、晴登が"晴読"の力を使うからである。


実はこのところ、晴登は毎日"晴読"の訓練を行なっていた。その中で『"晴読"の力を使う時は30秒のクールタイムを設けて5秒のみ』という縛りを己に課しているのだが、この5秒間はペナルティなしで自由に未来を視ることができるくらいには力に慣れてきている。
そんな訳で、大地がぬいぐるみを落とせない未来もとっくに知っていた。だから余裕綽々で先攻を許したのである。


その予知通り、ぬいぐるみを落とすことができなかった大地ががっくりと肩を落として、晴登と順番を替わる。


「狙いは良かったはずなんだけどなぁ……」

「まぁ全発命中してたしね。単純に威力が足りないからでしょ」

「ちぇ、かっこいいところ見せたかったんだけどなぁ」

「はは。じゃあ次は俺の番ね」


拗ねる大地の隣で銃を構え、晴登はまたも"晴読"を発動。すると銃口から景品が陳列されている棚に向かって一筋の風が伸びていった。もちろん、これは晴登にしか見えない。


ここで説明を挟むと、"晴読"は今のところ2つの力に分けられる。名前を付けるならば、それぞれ"風見"と"風の導き"だ。
前提として、物の動きや人の行動には"風の流れ"が伴う。これを視覚化することができるのが"風見"であり、この流れを見ることで直感的な予知を行なうことができるのだ。
一方、"風の導き"は"風見"の延長線上のようなもので、風の流れに乗った場合に起こり得る未来を脳内に映し出すことができる。この未来を選別することによって、自分が行なうべき最適解な行動が自然と導き出される訳だ。これは自分以外の風の流れにも当てはまり、大地の未来も"風の導き"で視たことになる。


ちなみに、"晴読"という名前なのに、なぜか"風"にちなんだ力になっているのは、恐らく"小風"と混ざったからだろうと父さんは言っていた。不思議だが、これに関しては深く考えない方がいいだろう。


「ふぅ……」


晴登は引き金に指をかけた。その目は照準を見ていない。見ているのは"風見"によって視覚化した、銃口のコルク弾から流れる風である。その風の行き着く先を景品に合わせることで、照準よりも遥かに信頼度が高く、確実に命中し、そして景品を落とす未来に繋がるのだ。

これがズルの正体。卑怯だという自覚はあるが、この対決はあくまで遊び。"晴読"の練習も兼ねているから、これくらいは許して欲しい。


「ここ!」

「当たった!」

「ここ!」

「え、また!」

「ここっ!」

「全部当たってる!」


そして時間をかけて晴登が打った3発の弾は、3種類のお菓子の箱をそれぞれ落とすことに成功した。優菜の反応に小気味良いものを感じる。
大地はぬいぐるみ狙いで爆死したので、これだけでも晴登の勝利は確定だ。


「くぅ〜お前の勝ちだ、晴登。あんなに小さい的に3発とも当てるなんてよ。射的得意だったのか?」

「あ〜たまたまだよ」

「たまたまって……。林間学校の時といい、お前は何かと運が良いな」

「う……そ、そうかも」

「ふ、不思議ですね〜」


どれもこれも全部魔術のせいである、とは言えないまま言葉を濁す。しかし優菜は真相を知っているので、晴登と一緒に誤魔化してくれた。


「じゃあ、このお菓子は智乃たちにあげるかな。ちょうど3つあるし」

「智乃ちゃんたちなら、この通りの先にいたぞ」

「サンキュ。結月、もう行くよ……ってあれ、どうしたの?」


金魚すくいの屋台に戻ると、しょんぼりと項垂れた結月がいた。まさか運動神経も動体視力も良い結月が失敗したとは考えにくいが……。


「なんかね、結月ちゃんの所には金魚が寄ってこなかったのよ。移動してもそこから逃げるし、明確に結月ちゃんを避けてたの。そんなことある?」

「まぁ……実際にあったんならあるんじゃない?」

「でもでも! こーんなに結月ちゃんは可愛いのに、金魚からしたら怖いのかな?」

「金魚からしたら可愛いは関係ないと思うけど──」


莉奈の謎理論にツッコんでいると、晴登の脳裏にある一つの可能性がよぎる。
「金魚からしたら怖い」ってまさか。でもこの説はさすがに……いや、弱い生き物であるからこそ、より本能に従いやすいだろう。『食物連鎖の上位の生物から逃げたい』と。


「ハルト〜どうしよ〜」

「……結月、諦めよう。これはたぶん、そういう体質なんだよ」

「そんなぁ〜」


はぐらかしたが、大体同じことだ。結月の中の『鬼』に金魚が反応して逃げたとしか考えられなかった。それならば対策はもう存在しない。

結局、大地が取った分が結月に渡ったのだった。








あの後無事に智乃たちにお菓子を渡し(なぜか智乃には拒否された)、買い物も遊びも程々に終えた一行は、花火の時間になると見晴らしの良い絶好のポイントへと移動していた。
ちなみに、この場所はあらかじめ風香に聞いていたものである。ナイス師匠。


「花火だ!」

「綺麗……!」


夜空に光の軌跡を描く花火が次々と打ち上げられる。
林間学校で見たばかりだが、夏祭りで見る花火というのは雰囲気からしてまた違う美しさがあった。右隣で結月が感嘆の声を上げるのもわかる。

──そして、花火の彩光に照らされるその横顔が、たまらなく愛おしく思えた。


「結月」

「うん?」

「あっいや」


思わず口をついて出てきてしまった彼女の名前。それはもはや口の中だけで呟いたようなもので、さらにこの花火の轟音の中では声はほとんど届かないはず。それなのに、結月は聞き逃してくれなかった。

夜空の中でも青空を見ているかのような、その蒼い瞳に吸い込まれるように彼女と視線が合った。雪のように白い肌は、暑さで火照って頬が紅潮しているのがよく映える。

──頬が紅いのは、自分も同じかもしれない。きっとこれは暑さのせいだけではないだろう。


「?」


結月はきょとんとした顔でこちらをなおも見つめてくる。
そういえば、林間学校で彼女と花火を見た時、約束というかお願いを1つされていたのだった。


『次は、ハルトからしてくれると嬉しいな』


この目的語に当たる行為を行なうには、今がまさに絶好のチャンスではなかろうか。前回と同じタイミングではあるが、シチュエーションが違うのでたぶん大丈夫。拒否されることは……ないはず。


「え……あ」


晴登はこちらを向いている結月の左肩に右手を置いた。結月は一瞬驚いた声を上げたが、その行為の目的をすぐに理解して、晴登の方を向いてから瞳を閉じる。そこまで準備万端だと逆にやりにくいのだが。

喉を鳴らし、一度呼吸を挟んでから徐々に顔を近づける。顔と顔との距離が近づくほど心臓の拍動が速くなり、緊張で頭が真っ白になった。

いつもは結月からだったから知らなかったが、キスするためにはこんなに顔を近づけなければいけないのか。囁き声が聴こえる距離よりも、息がかかる距離よりもさらに近い。すなわちゼロ距離である。

彼女の白くてきめ細やかな肌を観察できるくらいには近づいたが、まだ足りない。もう少し、もう少し近づいて──


「「いてっ」」


いざ唇が触れ合うその瞬間、2人の呻き声が重なる。正面から近づいていたせいで、唇よりも先に鼻をぶつけてしまったのだ。

何という結末。最後まで締まらない。


「そんな……」

「ふふ、残念」


失敗したというのに、彼女はどこか嬉しそうである。
すると何の躊躇いもなく、お手本だと言わんばかりに晴登の唇を奪った。そのあまりに慣れた所作に呆気に取られる。


「次は期待してるよ」


そう言って、結月は小悪魔のような笑みを浮かべる。
結局は軽く触れただけのキスだったが、さっきの失敗を含めて、晴登にとっては何十秒もの濃密な時間に感じられた。


──やっぱり、彼女には敵わない。



「──もう、私の入り込む余地はありませんね」


隣で一部始終を見ていた優菜はそう静かに零して、悲しむのではなく、どこか安堵したような表情を見せるのだった。


こうして、夏は終わりを迎えたのだった。

 
 

 
後書き
夏と言ったら夏祭り。皆さんは夏祭り行きましたか。僕は行ってません。どうも波羅月です。

最初に、更新遅くなってすいませんでした。別にインクを塗って陣地を取り合うゲームをしてたとかじゃないんですよ? ただちょっと先の章とか別の小説のこととか考えてたら、いつの間にか時間が過ぎてしまっていて……。これじゃリアル夏休み明けに6章を始められないかもしれない……!

ということで皆さんにはお詫びとして、先の章で考えていたことをお話したいと思います。まずこれは予告なんですが、この物語、6章を含めてあと3章で終わります。しかも最終章は消化試合みたいなものなので、実質あと2章で終わりです。びっくりしましたか? 僕もびっくりです。
何でこんな大事なことをいきなり言ったのかって? それは自分が腹を括るためです。ここで言ってしまった手前、もう取り消すことはできませんし、するつもりはありません。読者の皆さんが見張っていると思えば、きっと未来の自分も頑張ってくれることでしょう。それだけ、この物語を完結させることに今は重きを置いています。あと数年はかかる見通しですが、絶対に完結させて一人前の小説家を名乗りたいです。
……と、熱く語りましたが如何でしたか? これで遅れた分はチャラにしてください! 今回はサービス回ですし! ね!

ということで、6章は次の次の次くらいに始まります。
皆さんに最後まで付き合って頂くためにも、頑張って執筆を続けていくのでよろしくお願いします!
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 
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