Fate/WizarDragonknight
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ぶっ壊したい
「あれ? 開いてる……?」
アパートのドアノブに鍵を差し込んでも、開錠音が鳴らない。そのまま開けると、アカネが眠る布団が敷かれる1Kの部屋が目に飛び込んできた。
「友奈ちゃん? いないのか?」
部屋に入った真司は、同居人の不在に眉を顰める。
換気が行き通った室内には、寝息を立てるアカネの姿しかいない。昨夜からずっと眠り通している彼女の傍に歩みながら、真司は友奈の姿を探し続ける。
「今日バイトじゃなかったよな……? アカネちゃんを置いて一体どこに行ったんだ?」
隠れられるような場所もないアパートの一室。真司はアカネの額に置いてあるタオルを回収し、水道の蛇口から水で冷め直す。
再びアカネの額にタオルを乗せる。すると、突然の冷たいものが頭に乗った影響か、驚いた表情でアカネが飛び起きた。
「うおっ!」
タオルを手に持ったまま、真司は尻餅をついた。宙を舞ったタオルはそのまま真司の頭に乗り、冷や水を被った感触に真司は二度怯む。
アカネは左右を見渡し、自分が見たこともない場所にいることを認識した。完全な警戒の表情を浮かべ、掛布団を握りながら真司を睨んでいる。
「……誰?」
裸眼だからか、それとも警戒によるものか。アカネは目を細めて、真司を凝視している。
「あ、驚かせてごめんな。俺は城戸真司。えっと……アカネちゃん、でいいんだよね?」
だが、アカネは微動だにしない。より一層掛布団を力強く握りしめながら、真司へ投げる目力を強めている。
真司はアカネの傍に置いてある眼鏡を拾い上げ、彼女に手渡した。
「ほら、眼鏡。これ無いと見えにくいだろ?」
「……」
アカネは恐る恐る、真司から眼鏡を受け取った。ゆっくりと眼鏡のフックを開き、着用する。
「……誰?」
「ああ、そっか。面と面では会ってなかったっけ」
真司はほほ笑みながら懐から龍騎のカードデッキを取り出す。
龍のエンブレムを見た途端、アカネは掛布団を放り捨て、壁に張り付く。
「サーヴァント……!」
「ああ、落ち着いて落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」
真司はカードデッキをしまって、両手を上げた。攻撃の意志はないことを訴えるが、それでアカネは警戒をやめるはずがない。
「トレギア! トレギアっ!」
アカネは叫ぶ。
だが、フェイカーのサーヴァントが姿を現すことはない。
反射的にカードデッキを掲げて、腰にVバックルを出現させた真司だったが、闇の仮面が出てくる気配がないことを確認すると、カードデッキを再びポケットにしまい直した。
だが。
「令呪!」
アカネは、右手を突き上げる。
三画全てが残る手首の令呪、その上の手の甲には、三分の一が欠けた仮面の形をした令呪が刻まれていた。
トレギアのものだと思われる令呪は、再び蒼い光を放ちだす。
「今すぐここに来て! サーヴァントが……うっ!」
だが蒼い光は、時間が経つごとにどんどん弱まっていく。やがて完全に光が消失し、ただの黒い刺青と化した令呪を見下ろし、アカネは悲鳴を上げた。
「トレギア! どうして!? 何で!? 令呪って、何よりも優先じゃないの……!?」
「だから大丈夫だって!」
真司はもう一度訴える。カードデッキを床に放り、足でアカネのもとへ蹴り流す。
「ほら! これで俺は何も出来ないから! な? だから、安心してって」
「……」
アカネは令呪がある手首を掴みながら真司へ警戒の視線を送り続ける。
真司は苦笑いを浮かべながら、コホンと咳払いをする。
「えっと、ほら。俺たち昨日はバチバチしてたから、自己紹介もしてなかっただろ? ほら、メシ食いながら話そうぜ」
真司は冷蔵庫の中から作り置きしてあった餃子を取り出す。中古で購入した電子レンジに入れて、あっという間に焼き上げる。
「出来たぜ。コイツでも食って、腹割って話そうじゃねえか」
だが、アカネの表情に変化はない。
困り果てた真司は頭を掻き、餃子を盛った皿を畳の上に置いた。
「俺は城戸真司。それとも、ライダーのサーヴァントって言った方がいいかな? 得意料理はこの通り餃子だ。ほら。うまいぜ?」
食器入れから箸を二膳取り出し、片方を皿に置く。もう片方で餃子を掴み、食べてみせる。
毒など入っていない。それを証明するように、真司は置かれている餃子を一つ、食して見せた。
アカネはそれでも、真司を睨み続けている。
やがて息を吐いたアカネは、「で」と言葉を発した。
「何が目的? そもそも、何で私の名前知ってんの?」
「そりゃ友奈ちゃん……あ……俺と一緒にいたあの女の子から聞いた」
「そもそも何でそっちは名前知って……アンチ君かぁ」
アカネは頭を抑えて項垂れた。
「あの子本当に邪魔だったなあ……作る必要なかったじゃん」
アカネはそう言って、観念したかのごとくしゃがみ込んだ。
「ちょ、ちょっとどうしたの?」
「何かもうどうでもいいって言うか……何もかも上手くいかなくて、もういいやってなった」
「もういいやって……」
「トレギアは私の令呪に反応してくれないし、肝心のムーンキャンサーは私の手に入らないし、結局私自身は敵のサーヴァントに掴まっちゃって……もうどうでもいいやって
首を傾けたアカネは、光のない目で真司を見上げる。
「もう煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃん。綺麗ごと言ってさ……どうせ私を殺すことが目的なんでしょ?」
「そんなことしないよ。第一、それが目的だったら君をここまで連れてきたりしないし」
真司はカードデッキを回収しながら苦笑した。
「俺の目的はただ一つ。こんな、聖杯戦争だなんてバカみたいな戦いを止めること。それだけだよ」
「はあ? 何それ」
真司の言葉に、アカネは嫌悪感を露わにした。
「せっかく何でも願いが叶うのに、それを辞めさせようだなんて馬鹿みたいじゃん」
「……じゃあ、君の願いは何なのさ」
むっとなった真司は、アカネに問いただした。
アカネは静かに立ち上がり、窓際へ移動する。窓から見える見滝原の景色を眺める彼女は、静かに告げた。
「……い」
「へ?」
ほとんど聞き取れない、
だが、真司が耳を傾けたタイミングで、アカネは怒鳴り散らした。
「ぶっ壊したいの! この世界を……全部!」
アカネは思い切りアパートの壁を叩く。
だが、白くひ弱な彼女の拳では、たとえ老朽化したアパートであっても傷一つ付けることはできない。
だが、アカネは続ける。
「何もかも……私の想い通りにならないこの世界を全部」
「思い通りにならないって……!」
「外は怖いし、中は狭いし、願い叶えるのは面倒だし、トレギアは勝手にどこかに行くし!」
だんだんとアカネの声が大きくなっていく。
「おばちゃんは気安く話しかけてくるし、犬は怖いし管理人は睨んでくるし! こんなの嫌だから、壊すんだよ!」
一度叫びきったアカネは、ぐったりと肩から力を抜いた。
「トレギアが現れた時は嬉しかった……! これで、私の怪獣たちに世界を壊してもらえる……!」
「何だよそれ……ただの我儘じゃないか」
真司は頭が痛くなった。
同時に、脳裏には別の___見滝原ではないデスゲームが思い出された。
同じく、思い通りにならない世界を何度も壊し続けたデスゲーム。
「いくら自分にとって都合が悪いからって……それじゃ、本当にゲームと同じじゃないか! この世界は、お前のものじゃないんだぞ!」
「うっさい!」
アカネは真司を突き飛ばし、そのまま駆けだしていく。
「あ、待って!」
真司は慌てて、その後を追いかけていった。
アパートを出て、陽が沈んだ夜の街を走っていく。
だが、アパートを出てすぐに真司を迎えたのは。
「おい、何だアレ!?」
突然聞こえてきた、誰かの一声。
夜空の遥か上空。真司とアカネがつられて空を見上げれば、静かな夜空にオレンジの光が見えた。
「何だ……? あれ」
真司が目を凝らす。
星々を隠す、強烈な光。それは、だんだん大きくなっていく。
それは、発光体が近づいていることであって……
「あ、危ない!」
真司は慌ててアカネを抱きしめ、しゃがませる。
すると、降下してきた発光体が、地面すれすれを滑空し、再び上昇していった。突風により、瓦礫が少し動き、真司たちも踏ん張り、髪が乱れる。
「な、何だあれ……あっ!」
さらに、上空に浮遊する巨大なオレンジを追いかける、三つの光があった。
真司の頭上を通過した三つの光。それはよく見れば、人の形をしており、さらに目を凝らして見ると、その顔が真司にとってなじみ深い顔だと判明した。
「友奈ちゃん! 可奈美ちゃんに響ちゃん! ってことは、アイツは……」
参加者。
そして、良く目を凝らしてあの謎の参加者を睨めば、そのディティールには真司も見覚えがあった。
それは同時に、アカネにもまた同じ感覚を覚えさせた。
「ムーンキャンサー……!」
見滝原山で戦った、ムーンキャンサー。
真名、邪神イリス。
やがて、イリスを始め友奈たちが雲の上へ昇っていく。見えなくなった雲の上では、それぞれの戦いが続いているのだろう。時折、自然の空にはあり得ない光の色が雲の裏で瞬いている。
真司はアカネと雨雲を見比べる。
だが、アカネはすぐさま真司の元から離れ、そのまま走り去っていく。
「待ってアカネちゃん!」
追いかけようとするが、あの細身のどこにそんな力があるのだろうか。
あっという間に真司は、アカネを見失った。
そのタイミングで、またしてもイリスが戦闘を行っている音が上空から轟く。
「ああもうっ!」
真司は近くのカーブミラーに向けて、龍騎のカードデッキを向ける。
すると、鏡の中の真司の姿に、銀のベルトが装着された。Vバックルの名を持つそれ。
さらに、真司は右手を斜めに掲げ、宣言した。
「変身!」
無数の鏡像が真司に重なり、龍騎となる。「っしゃあ!」と意気込んだ龍騎は、一歩踏み込んだところで動きを止めた。
カーブミラーに飛び込むことで、鏡の中の異世界、ミラーワールドに転移する。
ミラーワールドに置かれている龍騎のバイク、ライドシューター。巨大なマシンに乗りこんだ龍騎は、現実世界のムーンキャンサーの位置に合わせて、ミラーワールドを移動していった。
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