俺様勇者と武闘家日記
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第2部
ランシール
史上初の到達者
地球のへそから帰ってきたユウリに説明を求められたエドガンさんは、一つ一つ記憶をたどるように、サイモンさんのこと、そして地球のへその最奥部に眠っていたブルーオーブのことを話し始めた。
「あれはたしか……、そうそう、十五年以上前ですね。地球のへそが修行場として活気づいていたころでした。当時お仲間と共に魔王城へと向かっていたとされるサイモン様が、そのブルーオーブを持ってここランシールにいらっしゃったんです。自分は魔王軍に追われて身動きが取れないから、こちらでそのオーブを預かってくれないかと、私におっしゃったのです」
ということは、魔王軍に襲われ、イグノーさんたちと別れた後にここにやってきたということになる。
「それと、『ただ預かるだけでは困る。このオーブはいずれ勇者となるべきものが手にしなくてはならない。あなたたちの手でどうか、この先現れる勇者となるべき者にこのオーブを渡してほしい』と言われました。最初は一体どうしたらよいかと首を傾げてたんですが、仲間の神官とともに考えぬいた末、この地にある地球のへその最深部にこのオーブを置けばいいのではないかとサイモン様に提案しました。当時地球のへそは、我ら神官の修行場でもあったんですが、あまりの過酷さ故最深部まで到達した者は文献の中でも誰一人いないと言われておりました。それを聞いたサイモン様は快くその提案を受け入れ、自分がオーブを置くために地球のへそへと向かわれたのです」
「? なら前にお前が言った誰も最深部に到達した奴はいないというのは……」
「ええ、嘘です。オーブの存在は気軽に教えてはならないとのサイモン様のお達しだったので、地球のへその最深部にオーブがあるということを伝えてしまえば、じゃあ誰がそのオーブを置いたのか、という疑問が生まれてしまいます。なので、そこはあえて伏せさせていただきました」
「そういうことか。なら、オーブを手に入れた俺がこれを持ち帰るのはサイモンの意志というわけだな」
「はい。ですので、気にせずお持ちになってください。我々も、ようやくサイモン様の願いをかなえることができて、肩の荷が下りた気分です」
「なら、遠慮なくもらっていく」
そういうとユウリは、鞄の中にブルーオーブを入れた。まさかこんなところでオーブが手に入るとは思わなかったが、結果オーライという奴だ。
「お二人とも。今夜はもう遅いですし、ここで泊まっていってください。冒険者用の寝室がありますので、そこでお休みになられてはいかがでしょう」
「それはありがたい。お言葉に甘えて休ませてもらう」
エドガンさんのご厚意に甘え、私たちは神殿で寝泊まりすることになった。案内された部屋は、もともと冒険者が度々訪れていたからか、宿泊施設としても十分設備が整っている。
そして私とユウリは近くにあるベッドに体を預けると、いくらも経たないうちに眠り込んでしまった。
それから私は翌朝まで、目を開けることはなかった。目が覚めたときにはすでにユウリの姿はなく、窓の外を見てみると、早速剣の稽古をしている彼の姿が目に入った。
「すごいなあ。もうあんなに動けるなんて」
私はといえば、昨日受けた傷は治っているものの、体を酷使したからか未だ全身が思うように動かない。体も泥だらけのまま寝てしまったので、出来ることなら先に体を洗いたかった。
後でこっそり水浴びでもしようかと思いつき、エドガンさんに川のある場所を聞こうかと寝室を出ようとしたときだ。
「あっ、ミオさん。おはようございます」
すると、ちょうど扉の前を通りかかったへそにゃんと鉢合わせした。と言うか、こんな早朝でも着ぐるみを着ていることに驚いた。
「お、おはようございます。もうお仕事ですか?」
「はは……。そんなもんです」
私がそう言うと、へそにゃんは苦笑いをした。明らかに男性の声なので、一晩経っても未だに聞き慣れない。
「ちょうど良かった。今お風呂を沸かしたんですが、入っていきます?」
「えっ!? お風呂があるんですか!?」
「ええ。以前は沢山の冒険者さんが訪れたそうですからね。長期間滞在できるように昔エドガンさんが神殿を一部改修したみたいですよ」
「本当ですか!? じゃあ、お言葉に甘えて頂いてもいいですか?」
冒険者のために神殿にお風呂まで作るなんて、随分思いきったことをするものだ。今の私にとっては願ったり叶ったりだが。
「もちろん。浴場はここを突き当たって左に曲がった奥にあります。今タオルと着替えをお持ちしましたので、良ければ使ってください」
「うわあ、ありがとうございます!!」
至れり尽くせりのご厚意に、私は何度も頭を下げた。早速寝室に戻り、着替えを取りに行く。
「ユウリさんにも声をかけようと思ってるんですが、まだ寝てます?」
「ユウリなら外で剣の稽古をしてますよ。教えときましょうか?」
「いえ、他に尋ねたいこともあるので大丈夫ですよ。では、失礼します」
そう言って大きな猫の頭が大袈裟に傾く。お辞儀をしているのだろうが、猫の着ぐるみがやるとなんだかほほえましく見える。
それにしても、ユウリに尋ねたいことってなんだろう?
まあ、それはともかく、今すべきことは自分の体を綺麗にすることだ。ユウリのことはへそにゃんに任せ、私は急いで浴場へと向かったのだった。
「地球のへそ初到達者記念イベント?」
おそらく二度と聞くことがないであろうその催し物の名前に、私とユウリは揃って訝しげな顔をした。
お風呂に入って綺麗さっぱりになった私とユウリは、着ていた服をへそにゃんに預けて洗濯をしてもらい、今は彼に用意してもらった、代わりの服を借りて着ている。どうやら近所の人からの借り物らしい。
ユウリは白い麻のシャツに黒のベスト、下は茶色のズボンに揃いのブーツ。対する私はカーキ色のワンピースに茶色のブーツを身に付けている。こういう服は実家にいたとき以来なので、なんだか懐かしく感じる。
お風呂に入ったあと、エドガンさんお手製の手料理をご馳走になり、お腹いっぱい大満足の余韻に浸っていたところだった。
「ええ。昨日ユウリさんとこの町の今後について色々とアドバイスを受けて考えたんです。せっかくユウリさんが地球のへそを踏破されたのだから、記念にお祭りを開こうと思いまして」
そう嬉々とした声で話しているのはへそにゃんだ。その横では、エドガンさんもにこにこしながらこの話を聞いている。
「今朝ワーグナー……いや、へそにゃんに話を聞きましてな、私もその案には賛成しまして、今夜盛大に開こうと思っているのです。なので、早速今朝早くから準備をしていたところなんですよ」
なんかさらっとへそにゃんの本名が出てきた気がするが、口を出した方がいいのだろうか。
なんて考えてる間に、ユウリが話を進めた。
「準備をするにしても、随分と急だな。観光客を呼び込むなら、早めに近隣の町にも宣伝をした方がいいだろ」
「ええ。ですので、是非お二人にも手伝って頂きたいと思いまして……。もちろん報酬は払いますよ。ここの宿泊代と、食事代、入浴料でどうでしょう?」
「ジジイ……。抜け目ないな」
苦虫を噛み潰したような顔をするユウリ。道理でサービスがいいと思ったが、そういう考えがあったとは。
「実は今、急いでチラシを作ったんです。これを近隣の町に配って頂けませんか?」
へそにゃんが手にしていたのは、大量に羊皮紙に書かれた今回のイベントについての宣伝チラシだ。随分奮発したなあと思ったが、もともとこの神殿には書物を書いたり伝聞を書き起こしたりするために、沢山の紙が残っているそうだ。そんな大事な紙をチラシに使うのもどうかと思ったが、生活できなくなるくらいなら、紙くらい消費しても構わないという考えなのだろう。
「徒歩では時間がかかりますので、キメラの翼を使います。町については、へそにゃんが知っていますので、彼にも同行してもらいます」
ルーラの呪文と同じ効果を持つキメラの翼は、使用者が対象となる場所を把握していないと行けないので、地元に詳しいへそにゃんに使ってもらうようだ。それに私たちもついていって、皆でチラシを配る、という流れだ。
「それにこのイベントの立役者はユウリさんですからね。本人が触れ回った方が信憑性もあるし、皆食いつきますよ」
「客寄せスライムか、俺は」
憮然とした顔でユウリは口を挟むが、本人は満更でもない様子であった。ふとロマリアでの王様姿のユウリを思い出し、こういう形で目立つのは嫌いではないのだろうと察した。
「ユウリさんにはお祭りが始まってすぐに、地球のへそを到達した初の冒険者として、ステージ上でコメントを言って頂こうと思います」
その言葉に、愕然とするユウリ。
「なんだと!? それを早く言え! 今から内容を考えないと行けないだろ!!」
「す、すみません!!」
いや、きっとユウリならその場で聞かれてもすぐにコメントなんて出ると思うけどなあ。
「なら早速チラシを配るぞ!! 早く仕度しろ!!」
時間がないと焦ったのか、ユウリは突然その場に立ち上がり、私とへそにゃんに向かって急かすように叫んだ。
「はっ、はい!!」
へそにゃんもつい反射的に反応したのか、元気よく返事をすると、すぐにチラシを持って立ち上がった。
「何ボサッとしてるんだ、鈍足!! 早く行くぞ!!」
ユウリにぴしゃりと言われ、仕方なく私も腰を上げる。エドガンさんたちに貢献するのはいいのだが、ユウリに高圧的な態度を取られるのはやっぱり好きじゃない。
「皆さん、気をつけて行ってきてください」
「あ、はい!行ってきます」
エドガンさんに見送られたら、行かないわけには行かない。私は渋々ユウリたちのあとについて行った。
「では、行きますよ」
へそにゃんがキメラの翼を使用したとたん、あっという間に別の町へ到着したことに、私は改めて感動を覚える。
「やっぱり便利だね、キメラの翼って」
「何を今さら言ってるんだ」
「でも一般庶民にとっては、生活面でもすごく助かってますよね」
にべもなくいい放つユウリに対し、必死にフォローするへそにゃん。どうやらいち早く空気を読むタイプらしい。
とにもかくにも、私たちは早速チラシ配りを行うことになった。
町の人は皆ランシールでお祭りが行われることに最初疑問を抱いていたが、私がユウリを紹介すると、皆物珍しそうな顔で興味を持ってくれた。
「へえ、君が冒険者かい? 人は見かけによらないね」
ある中年男性は、ユウリを一目見てそう答えた。するとそれが癇に触ったのか、ユウリは急に眦を上げる。
「おい貴様。勇者である俺に対して、随分な物言いだな」
端から見れば言いがかりもいいところである。そもそも今は鎧も剣も持っておらず、へそにゃんから借りた普通の町の青年の格好をしている。だから男性がそう言うのは尤もなのだが、ユウリは今にも呪文を唱えようとしていた。
「待ってユウリ、落ち着いて!! 今は剣を持ってないんだから、誤解されても当然だよ!!」
私の言葉に、ぴたりと動きを止めるユウリ。
「……そう言えばそうだったな」
対する男性と言えば、今しがたまで殺気を放っていたユウリに少なからず恐怖を覚えたようで、すっかり声を発しなくなってしまった。
「ダメですよユウリさん! お祭りに行きたくなるようにしていただかないと、今度失敗したら宿代と食事代払ってもらいますからね」
「……ぐっ」
へそにゃんの宿代請求宣言に、流石のユウリも言葉をつまらせる。
それからしばらくチラシを配っていくうちに、噂を聞きつけたのか、徐々に私たちのところに人が集まってきた。
「ねえねえ、お祭りあるの? うわあ、面白そう! 行ってみたい!」
「お兄さんいくつ? やだぁ、超タイプ~!」
「ねえねえ、なんでこの人猫のぬいぐるみ着てるのー?」
色んな人の声を聞くうちに、気づけば私たちの周りには人だかりが出来ていた。中にはたまたま通りかかった行商人らしき姿もあり、興味津々でチラシをもらっていた。
……あ、そういえば、ルカに頼まれてたことがあったんだ。
私は行商人や明らかに冒険者だとわかる人には、チラシを配るついでにルカの町のことを話した。大抵は話し半分で聞いている人が大半だったが、中には未開拓の土地で町を作ると言う発想に同調する人もいた。実際に行くかどうかはわからないが、ある程度知名度を上げることには成功したようだ。
そんなこんなでたくさんの町の人に宣伝をした結果、いつの間にかこの町で配る分のチラシはなくなっていた。
「あー、楽しかった! もう次の町に行く?」
「お前……。俺がおとなしくしているからって、調子のいいことばっかりベラベラ喋りやがって……。後で覚えとけよ」
何のことだろう、と私は思い返してみる。
「実は『アリアハンの勇者です』とか、『盗賊退治や町を襲った魔物を退治しました』とか町の人に言ってたこと?」
「違う。そういうのはむしろどんどん広めて構わん」
あ、うん。ユウリならきっとそう言うよね。じゃあ何だろう?
「俺が地球のへそからなかなか戻ってこなかったと言ったことだ」
「えー? でも事実じゃない」
地球のへそに到達したのだから、当然周囲の人々には必ずと言っていいほど尋ねられた。嘘を言っていると思われたくないので、なるべく事細かに伝えていたのだが、それが却って裏目に出てしまったようだ。
「それだとまるで苦戦してたみたいじゃないか! あの小うるさい仮面どもが邪魔してたから時間がかかっただけで! 地球のへそをクリアすることくらい、俺は全然余裕だったんだ!」
「いや、それも含めて試練だから……」
「それにあの仮面を壊したあと、壁がひび割れ始めたんだぞ。なんとか脱出できたから良かったものの、もう少しで生き埋めになるところだったんだからな!?」
「それって完全にユウリの自己責任じゃ……」
私は本人に聞こえないよう小さく呟いた。
「ちょっと待ってください! 生き埋めになるところだったって、地球のへそはどうなったんです?」
愛くるしい顔のままのへそにゃんが、切羽詰まった声でユウリに問い詰める。どうやら今の話を聞いていたようだ。
「俺が地球のへそを離れてすぐに、奥の方から何かが崩れる音が聞こえたな」
「えぇ……」
へそにゃんの弱々しい声が聞こえる。
「それじゃあもう人が入れなくなっちゃったんじゃない?」
「さあな。とりあえず入口のほうは何ともなかったみたいだが」
「……とりあえず、聞かなかったことにします」
想定外の事実に、現実逃避するへそにゃん。
「さあ、二人とも。時間もないのでそろそろ次の町に行きましょう」
へそにゃんは何かを振り払うかのように、すぐにキメラの翼を出すと、私とユウリの手を取り、次の町へと向かったのだった。あとでエドガンさんに言われないといいんだけど。
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