TALES OF ULTRAMAN ティガ&トリガー ウルトラの星202X
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TALES OF ULTRAMAN ティガ&トリガー ウルトラの星202X
前書き
「TALES OF ULTRAMAN」というプロジェクトの第三弾となります。今回は「NEW GENERATION TIGA」として描かれたウルトラマントリガーがウルトラマンティガの世界へと迷い込み、ついには我らがヒーロー「マドカダイゴ」と奇蹟の出会いを果たす、という物語となっています。
全体的に「ウルトラマンティガ」の名作エピソードである第49話「ウルトラの星」をオマージュしたものになっています。作者自身、こんなウルトラマンが見たかった!という思いがこめられた作品なので、同じくティガやトリガーを愛した皆さんに読んで、気に入ってもらえたらこの上なく嬉しいです。
町は、いつもと変わらず平和だった。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
少女が振り向くと、男がうやうやしく身をかがめながら花を差し出した。ビロードのスーツを着て今時にはあまり見られない山高帽を被った上に顔を白塗りにしている。おまけに大きすぎるトランクと雨も降っていないのに傘をもう片方の手にまとめて手にしていた。男の姿はどうしたって昼日中の公園で目立っていた。彼は子供たちが遊んでいるところへ忽然とやってきて、不意に少女に話しかけてきたのである。これにはそばで遊んでいた他の子供たちも目をとられていた。一方で、小さな子供たちを連れてきている母親たちはいくらか離れたところにいるのだが、母親同士の井戸端会議に少しばかり気をとられすぎていた。。
「お嬢ちゃんかわいいからこれあげる。だから、おじさんに教えて欲しいんだ」
なあに?と少女が訊くと、男はカールさせた髭をいじりながらにんまりと笑った。
「怪獣の居場所。この世界にも怪獣、一杯出てきたでしょ?どこ行ったら怪獣に会えるのか教えて欲しいんだ」
すると、少女の近くにいた男の子が口を開く。
「怪獣なら、ウルトラマントリガーがやっつけちゃったよ」
男は「ウルトラマン」と聴いて苦々しげな顔を浮かべた。
「この世界にもウルトラマンがいるのかい」
男が尋ねると、興味本位で何人か近寄ってきた子供たちの中から声が上がった。
「トリガーだけじゃないよ。ウルトラマンゼットとか、ウルトラマンリブットとか、トリガーダークとか」
男の子が半ばはしゃいで列挙すると女の子たちの中から
「トリガーダーク、私は怖いから嫌」
という声も上がった。すると、それに対して
「そんなことないよ、この前だって黒くて悪いトリガーやっつけてくれたもん」
という声が上がり、子供たちが騒ぎ出す。いかん、これは収集がつかなくなってきた。その時、また別の子供が男に話しかけてきた。
「それだけじゃないよ。二年位前にキリエロイドって怖い宇宙人が来た時に、トリガーと一緒に戦っているウルトラマンを見たよ」
僕も見た、という声が上がり、その子はこう口にした。
「なんかね、ティガっていう名前のウルトラマンらしいよ」
男の顔色はすぐさま真っ白になった。というより、白塗りの顔が青みを帯びた、とうべきか。ウルトラマンティガがこの世界にもいる?いかんいかん、早くこんな世界は抜け出さなければ。
子供たちが男の存在を忘れてどのウルトラマンが一番強いだの格好いいだのとざわめいているのをいいことに、男はそろそろとその場をあとにした。が、異変に気が付いてかけてきた子供たちの母親の一人が腕を捕まえて男に詰め寄った。
「ちょっと、あなたなんなんですか?うちの子に何かしてませんよね?」
男は崩れそうな愛想笑いを浮かべて不意を突いたあと、母親の手を振り切ってその場から逃げだした。
マナカ・ケンゴが市街地をパトロールしていたところ、公園から息を切らして通りに出てきた子供たちの母親が二人、こちらへ駆け寄ってくる。
「ちょっと、あなたGUTSーSELECTの隊員さんでしょ?」
GUTSーSELECT。シズマ財団によって設営された地球平和同盟TPUの中の精鋭チーム。ケンゴがまとう白地に赤と黒のストライプがあしらわれた隊員服がチームに属する証だった。
「あ、はい」
ケンゴのあまりの屈託のない返事と見た目の若さで母親たちは顔を見合わせた。本当にこの男だGUTSーSELECTの隊員?この男で本当に大丈夫か?が、すぐに一人が彼の腕を掴んで言った。
「ちょっと来て、公園に変な男がいるの」
彼女たちは勢いよくケンゴを公園まで引っ張り込む。
「ちょっと待って、わかりましたから」
そんなに引っ張らないで、という声も無我夢中の母親たちには届いていない様子だった。広々とした公園では滑り台のすぐ側で子供たちが何人か集まって人だかりが出来ていた。その中に他の母親たちも混じっていて、ケンゴと二人の母親を目にすると、
「逃げてっちゃったわよ」
と声を上げた。一方、子供たちはケンゴの制服を目にするや、あっという間に彼を取り囲んでしまった。
「すごい、GUTSーSELECTだあ」
「本物?お兄ちゃん、本物?」
「すごい、銃持ってる。かっこいい」
子供たちは興奮して装備に手を触れようとするので、ケンゴは慌てて身をかわした。
「待って、待って。ごめんね。これには触っちゃいけないんだ」
なんだ、つまんないの、と子供たちが口々に言うのでケンゴはばつが悪くなった。
それから、気を取り直して子供たちと母親を順に見て尋ねた。
「あの怪しい男っていうのは――?」
「さっきまでここにいたんだけどね、どっかいっちゃったのよ」
母親の一人がそう言って辺りを見回した。母親たちが怯えるような不審な姿をした男の姿は公園のどこにも見られない。ケンゴは男の様子について詳しく尋ねることにした。
「男の服装とか、何か特徴は覚えていないですか」
すると、ケンゴのすぐ近くの男の子がすぐさま口を開いた。
「映画に出てくる人みたいだった」
映画?と訊き返すと、男の子はうなずく。
「お祖父ちゃんが見てた昔の映画。帽子と杖の、髭の人」
思わずケンゴは首をかしげそうになった。映画と言えば、動物映画やアニメ―ションの家族向けばかりみているのでそこまで詳しくないし、この前だってアキトにお前の好みはおこちゃまかと笑われたくらいだ。ケンゴの困惑を見ていた、その子の母親とみられる女性がすぐさま横から説明してくれた。
「多分、チャップリンです。チャールズ・チャップリン」
チャップリン?と訊き返すと、え、知らないの?と母親が驚きを浮かべた。駄目だ、火星暮らしが長いとこういうことで困るんだよなあ。あとでPDI(通信端末)で検索しておこう、とケンゴは考えながら今度は子供たちに訊いた。
「その男の人はなんか言ってた?」
すると、花を手にした女の子が答えた。
「怪獣のいるところ教えてほしいって」
怪獣?とケンゴは驚いて訊き返した。他には何か言っていた?と訊くと、女の子は思い出そうとして口をつぐんでいた。すると、少し年上とみられる女の子が代わりに答えた。
「なんかね、ウルトラマンのこと嫌いそうだったよ」
あ、そうなんだ、と少し悲し気な声を漏らすケンゴを見てその子は少し首をかしげた。
「それにしてもその花、綺麗だね」
ケンゴは思わず、先ほどの女の子の持っていた花に目を止めた。これでもGUTSーSELECTの隊員でありながら植物学者なのだ。
「あのおじさんがくれたの」
へえ、と声を漏らしながらケンゴは「そこまで怪しいではないのかもしれない」などと思い始めていた。ところが、その表情を見てとったのか母親の一人が眉をしかめた。
「ちょっとあんた、真剣にやってよ。町の安全を守るのがあんたたちの仕事でしょ」
「それはそうですけど」とこぼしながら、やっぱりこれは警察の仕事じゃないでしょうか、とケンゴは言いかけた。が、母親たちの不審と憤怒の入り混じった一瞥を受けて言葉を飲み込むことにした。
「お前、それは警察の仕事だろ」
端末の画面に映し出されるアキトの顔が予想通りの呆れ顔だったので、ケンゴは精一杯笑顔でごまかしながら返した。
「でもほら、みんな困ってたし。それに、どうせパトロールするんだからさ」
そう言って、町内をしばらく巡回してみたものの、怪しく見えるような男の姿は見受けられらなかった。
「それ、お前があんまり人を怪しんでないだけだろ」
話を聞いたアキトがさらに溜息をつく。
「なんかね、チャップリンとかいう映画に出ている人によく似た格好してるって言われたんだけどよくわかんなくて。アキト、知っている?」
はあ?とアキトはさらに呆れた声を上げた。
「お前、チャップリンの名前ぐらいは知ってるだろ。教科書にも載ってたぞ」
「いやあ、僕歴史苦手なんだよね」
と言うと、アキトは通信画面からとうとうそっぽを向いてしまった。
「だからアキト、悪いんだけどチャップリンのデータとかあったら送って欲しいんだ」
ケンゴが画面の前で手を合わせてお願い、と懇願すると
「そのくらい自分で調べろ」
と言って通信は切れてしまった。
なんだよお、とこぼしながらケンゴは途方に暮れて辺りを見回した。いくらケンゴに警戒心が薄い傾向があるとはいっても実際昼日中でさえ目立つような格好をしている人もいない。外で遊びまわる子供たち、忙しそうに働くサラリーマンに買い物途中の主婦。それからジョギング中のおじさん。なんだったら町は平和と言ってもいいくらいだ。裏通りをとぼとぼと歩いていると、PDIの通知音が鳴ったのでケンゴは端末の画面を見た。アキトからでチャップリンの画像や動画をまとめたものを添付したメールだった。
「なんだ、アキト。やっぱり優しいじゃん」
ファイルを開くと、チャップリンの格好を確認した。黒いスーツにステッキ、それから山高帽にもじゃもじゃの髪と髭。なるほど、実際にこんな格好をしていたら目立つよなあ、と考えながらケンゴが辺りを見渡すと、彼の視線は一点にくぎ付けになった。いた。山高帽にツイードの紳士服。ステッキとはいかなくても手にはそれに似たような傘とトランクケース。口元にはカールした髭。画像に出ている小柄な紳士と比べると、随分と恰幅がよく見えた。しかし、
「確かに、『チャップリン』だ」
男はケンゴの前方をがに股ではねるように歩いていた。男が通りを横道に曲がろうとする時にケンゴは声をかけた。
「あの、ちょっといいですか?」
男は振り向くや目を向いて声を上げた。
「げっ、GUTS」
男は即座に走り出す。この世界にはGUTSまでいるのか。
急に走り出した男の様子に、ケンゴは戸惑いながらも後を追った。
「待ってください」
ケンゴの手が男の肩に届いて振り向かせると、白塗りの小太りの紳士の姿はそこにはなかった。代わりに忽然と姿を現したのは、粘土細工の解けたような体を身にまとった、異形の怪人だった。
「お前は一体――?」
すると、怪人はことのほかよく響く声でケンゴに自分の名を告げた。
「私の名はチャリジャ。数ある並行宇宙を股にかけ、怪獣を使役する怪獣バイヤー」
そう言うと、怪人はうやうやしくお辞儀をしてみせた。怪獣バイヤー?と声に出してケンゴが困惑して立ち止まっていると、怪人はケンゴの眼前で手を叩いてからまた走り出した。今時、それも怪人が猫だまし?
「なんか調子狂うなあ」
そんなことを頭の隅で考えながら、ケンゴは怪人を追跡した。先を進むほどに道は細かく入り組んでいく。そのうちにケンゴは怪人をぱたりと見失った。ガッツスパークレンスを銃の形態のまま構え、慎重な足どりで辺りを伺う。古いビルの裏手を回った辺りで、少し先の方で何やらぶつくさと呟く声がする。
「こんなところまでGUTSがいるなんて――しかもウルトラマンまで」
随分遠いところまで来たってのに、と一人で愚痴をこぼしているのは確かにチャリジャの声だった。ビルの陰に隠れて曲がり角の向こうを覗き込むと、怪人は今まで手に持っていたトランクケースを開いて中に仕込まれた機械をいじっている。
「よし、一旦退散しましょう、そうしましょう」
怪人がそう言って一人でうなずきながらボタンを押すとともに、トランクケースの少し上の辺り、何もないはずの場所で虚空が歪んで波紋のようになった。
「行ってまいります」
怪人がそう言って波紋の中に身を傾けると、ケンゴは即座に悟った。
「まずい、逃げられる」
待て、と声を上げて怪人の体につかみかかり、何とか引っ張り戻そうとするも逆にケンゴは怪人と共に波紋の中へと引っ張り込まれていく。
「あ、こら。よしなさい、よせって」
怪人はケンゴを振りほどこうとするも、すでに遅かった。怪人とケンゴは虚空に吞まれたまま、波紋はすうっと消えてしまい、あとにはトランクケースが残されていた。が、それもやがてポン、と音を立てて消えてしまった。
固いアスファルトの上に放り出されて、ケンゴは咄嗟に受け身の姿勢を取りながらなんとか体を打ち付ける衝撃を緩和した。体術訓練のおかげかもしれない。この時ばかりは
日頃テッシンさんにしごかれながら真面目にやっていてよかったと思えた。
ケンゴは辺りを見回すと、先ほどまでいた町に街並みが似ていた。それでもさっきまでいた場所とはビルの並びが少しばかり違っていたし、何よりケンゴは空気の違いに驚いていた。初夏の陽気を受けたアスファルトの匂いが、先ほどより澄んでいるような気がしていた。ここは一体、どこなのだろう?
少し離れた場所でチャリジャが「いてて」とこぼしながらゆっくりと起き上がろうとしていた。ケンゴは手に持っていたガッツスパークレンスをすかさず構えた。
「動くな」
チャリジャにはあまりケンゴの命令が聞こえている様子ではなかった。唸るようなエンジンの音が近づいてきたと思うと、黄色いスポーツカーのような車両が両者のすぐそばまでやってきて停止した。
車のドアが開いて中から出てきたのはまずケンゴと同い年くらいの青年だった。白いレザーで出来たつなぎのような服を身に着けている。一目見た時にケンゴはそれがGUTSーSELECTの隊員服とあまりに似ているので目を見張った。続いて車から出てきたのは青年と同じくらいの年の若い女性でこちらも同じ服を着ている。彼らの胸元のエンブレムがやはりGUTSーSELECTと同じ形をしていることにケンゴはすぐに気が付いた。けれども、そこにあるのはGUTSーSELECTの名前ではなかった。
「――GUTS?」
青年は腰元のホルスターから銃を抜くと、すぐさまチャリジャに向けた。 すぐ傍にいた若い女性も同じように銃を構える。よくみると、これもガッツスパークレンスのガンモードによく似ていた。
青年はチャリジャを見ると、驚きに目を見張りながらつぶやいた。
「お前は確か――チャリジャ」
青年の顔をよく見ると、チャリジャの方も青年に見覚えがあった様子で、「げっ」と声を漏らしてのけぞった。
「お前はいつかの――GUTS隊員」
なんてことだ、とチャリジャは一人で膝をつきながら落胆していた。
「まさかティガの世界に逆戻りしてしまうとは」
「え、ティガの世界?」
ケンゴが思わず反応すると、チャリジャはふとケンゴの方に顔を向けて勢いよく歩み寄ろうとした。
「そうだ、お前のせいだ。よくも――」
しかし、あと少しでケンゴに手が届くというところで、チャリジャの足元を青年が銃弾で牽制した。銃の扱いがうまいアキトやユナでもあの素早さと正確さには敵うまい。チャリジャは思い直した様子で一歩引くと、その場にいる者たちに芝居がかった口調で言った。
「まあいい。GUTS諸君、また近いうちにお目にかかりましょうぞ。――では」
そう言って両手をまた猫だましのように叩くとその姿はぽん、という音を立てて消えてしまった。
ケンゴも青年たちも辺りを見ましたものの、影も形もない。
そのうちに青年がケンゴに声をかけてきた。
「いやあ、危ないところでしたね」
先ほどまでの張りつめた表情から打って変わって飄々とした笑顔で声をかけてくるので、ケンゴはふっと肩の力が抜けた気がした。
「あれ?もしかしてあなたもTPCの隊員さんでしたか。あんまり見ないタイプの制服だからわかんなくって」
すると、若い女性の方がケンゴの隊員服の胸元を見て目を見張った。
「ダイゴ、これ見て」
ダイゴと呼ばれた青年は女性の指さしたエンブレムを見てそのロゴを声に出した。
「――GUTS、いや、GUTSーSELECT?」
若い女性はひどく驚いた様子でケンゴに訊いた。
「私たちの他に、TPCにGUTS隊があるってこと?」
そう尋ねる若い女性の詰め寄るような勢いに、ケンゴは思わずあとずさりした。
「あの、僕TPUのGUTSーSELECTに所属するマナカ・ケンゴって言います」
ケンゴがそう言うと、青年と女性は二人して顔を見合わせた。
「TPU?」
「もともと僕もあのチャリジャとかいう奴を追っていて、それで、あいつのトランクケースの変な機械で逃げようとしているのを捕まえようとしたらいつの間にかここにいて」
「トランクケース?」
女性の方はますます戸惑いが深まったような表情を浮かべているものの、ダイゴの方はケンゴの話を聞いていて、すぐに合点が言った様子だった。
「それなら君は違う時間から来たのかもしれない」
すると、若い女性の方もピンときた様子だった。
「もしかして、ダイゴがこの前話していた奴?」
ダイゴはうなずいてみせると、ケンゴの方に向き直った。
「あいつのトランクケースはどうやら時間を越えるためのものみたいなんだ。だから、君もそれで過去か、いや、その感じだと多分未来から僕らの今いる場所から来たのかもしれない」
「時間を、ですか?」
だとすると、自分は今どの時代にいるのか?町の様子から見て元いた場所より未来だとは考え難い。というと、この町に住む人々に失礼極まりないのでそれを口に出すのは控えた。
「君が元いた場所は西暦何年だった?」
いや、西暦で通じるのかな?とダイゴが苦笑いしながら聞いてくるのを見て、ケンゴは少し肩の力を落とした。何だか、少し自分に似ているような気がした。
「西暦、202―」
ケンゴがそう口走ると、女性の方は驚いたように息を呑んだ。
「君、本当に未来からやってきたの?」
「いや、その、どうなんでしょう?」
ケンゴは自分を探るように見つめる二人の隊員の顔を交互に見た。
「とにかく、一緒に来てくれるかな」
ダイゴに促すように言われて、ケンゴはおずおずとうなずく他なかった。
「あの青年から預かった持ち物、一通り調べては見たんですがね」
ホリイ隊員が司令室の中をせかせかと歩き回りながら、先ほどダイゴとレナが保護した青年の持ち物について分析の結果を隊員たちに説明しているところだった。恰幅がいい割にはいつもきびきびと動き回って忙し気にしているのが彼だった。彼は発明・解析においてGUTSの脳ともいうべき存在であるから仕方がない。
動き回っているのに本人はスーツがまたきつくなったとこぼしているが、毎日昼食に特大のお好み焼きをたいらげているのだから無理もない。そんなことを思いながらダイゴはホリイが慌ただしく動く様子を眺めていた。
「なんといいますか、ダイゴやレナの話した通り未来からやってきたとするにはおかしな点があるんですわ」
「どういうこと?」
すぐさま訊き返したのは司令室のテーブルについてホリイの説明に耳を傾けていた女性、彼女こそがGUTS隊長イルマ・メグミだった。
「彼の持ち物の機械――通信器具や銃の装備。ある部分は確かにこの時代から考えるとオーバーテクノロジーなのに、ある部分はローテクノロジー、つまり古い。それが一つの機械をとってもちぐはぐなんです」
「そりゃ未来人の趣味なんじゃねえか」
からかうような声を上げたのは通信デスクで当直をしながら話を聞いていたGUTSのエースパイロット、シンジョウ隊員だった。それから、その隣でGUTS最年少の隊員であるヤズミが若者らしくおどけてホリイに言った。
「僕の友達にもいますよ。前世紀のレコードとか集め出す奴」
あほ、とホリイは二人の言葉を一蹴した。
「そういうこととちゃうねん」
そう言うと、ホリイはイルマに向き直った。
「まだ確実な結果として言えることではありませんが、ワイにはどうしてもあの青年が我々が生きているこの時代とつながった場所からやってきたとは思われへん」
「すると、あの青年はどこから来たのか」
ムナカタ副隊長が低くつぶやく声が響いた。少し間をおいてホリイはためらいがちに続けた。
「まだ、仮説ですが、ひょっとすると彼は我々とはまったく別の歴史から来たのかもしれません」
「それって――」
レナが口を開きかけたところでホリイはすぐさまそのあとを継いだ。
「マルチバース。パラレルワールドと言った方がわかりいいかもしれん。ダイゴ、レナ、あの青年がなんか言うのをきいとらんか」
ホリイに言われてダイゴは先ほど、午後の通りでの記憶をたぐってみた。しかし、ダイゴが何か言う前にレナが口を開いた。
「青年とあいつ――チャリジャとかいう奴が『ティガの世界』とか口走っていたような」
ダイゴはレナから出た『ティガ』という言葉に身を固くした。隊員たちの口から『ティガ』という言葉が出る度に一種の緊張が体に走る。自分の性格から何か余計な一言を言ってボロをださないかが心配だったのだ。本来、秘密を抱えての暮らしは彼の性には合わないのだ、とその度に痛感する。
レナの言葉にホリイは考えを巡らせている様子で、通信デスクの傍を小さく歩き回った。
「『ティガの世界』か」
ホリイは腕を組みながら呟いた。
「まるで、他のウルトラマンがいる世界から来たような言い草やな」
元より古代にはティガより他にたくさんの巨人が存在していたのだということはティガの地での複数隊の巨人像、それからサイテック・コーポレーションのCEOマサキ・ケイゴが引き起こした事件により隊員たちの知るところとなっていた。ホリイの仮説は本当であれば、青年の元居た場所で別の光の巨人が復活していても不思議なことではない。
「でも、そんなのありえるか?まったく別の世界でしかもティガの他にウルトラマンがいる世界なんて」
シンジョウがそう言うと、ホリイは「それがそうありえないと片付けられるもんでもないんや」と言って、手に持っていたアタッシュケースを掲げて見せた。
「あの若い兄ちゃんの持っていたもんや」
ホリイは青年の持ち物をアタッシュケースの中から慎重に取り出し、作戦デスクに並べて皆に見せた。
「なんだよ、これ」
青年の持っていた銃を見たシンジョウ隊員は驚いて声をあげた。
「ガッツハイパーじゃないかよ」
「それにこれ、見てくださいよ」
ヤズミははしゃぐよう青年の持ち物の角ばったカプセルのようなものを手に取った。
「怪獣の絵ですよ」
確かにカプセルの側面には見るも不気味な怪獣の絵柄が入ったものがいくつかあった。
「異次元人の趣味にしてはひでえもんだな」
シンジョウがそう言うと、ホリイは首を降った。
「ただの趣味じゃあらへん。解析したらこの中のエネルギーは怪獣の光線に限りなく近いものが入っとる。それに驚くのはまだ早いで」
そう言うと、ホリイはケースの中からもったいぶるように最後に三つのカプセルを取り出して皆に見せた。
「これは――ティガ?」
カプセルに描かれた絵を見ると、イルマ隊長は思わず呟いた。しかし、すぐにダイゴが首を振った。
「いいや、違います。これは多分――」
また別の巨人、と言いかけてダイゴは言葉を飲み込んだ。カプセルに描かれた超人の姿は確かにティガに似ていたものだった。三つのカプセルがあるのもそれぞれがティガの形態に酷似している。赤と紫のストライプはおそらくマルチタイプに近いものなのだろう。それから赤い姿はパワータイプ、紫の形態はスカイタイプといったところだろうか。しかし、これはティガとは違う存在だとダイゴは直感した。
「おそらくはこれらを銃に装填して使うんやろ。確かにガッツハイパーみたいなもんや」
ホリイは一旦言葉を切ると手に取った銃の銃身に手をかけた。銃身はかちゃりと開いて、小さな扇のような形になった。
「これがどういうための機能なのかがいまいちわからん、いや、もしかすると、と思うこともないわけやない。でも、あまりに突飛すぎて確証がない限りは口にも出せん」
そう話すホリイの言葉がダイゴには途中から届かなくなっていた。ホリイが変形させた銃にダイゴの目は釘付けになった。それからすぐに仲間たちに自分の挙動に気付かれてはいけないと思い、顔をうつむかせる。青年の持っていた銃の変形した形はまさしくスパークレンスだ。それを目にした時、ダイゴはホリイの言わんとしていることを察した。つまりこの銃はダイゴの持つスパークレンスと同じ役割を果たすデバイスなのかもしれない。だとするとあの青年は――。
ダイゴは青年を初めて見た時のことを思い出した。年はダイゴと同じかそれよりも少し若く見えたのだが、その時にまず感じていたのは、青年の持つ何かしらの『気配』だった。それは最初自分にも通ずるものに感じられたのだが、しばらく様子を見るうちに少し違って見えた。青年の持つ気配は今もダイゴの隊員服の懐にしまわれたスパークレンスが放つ光そのものに似ていたのだ。
「隊長」
ダイゴはイルマに向き直った。
「あの青年のこと、僕に任せていただけないでしょうか。彼自身もきっともといた場所に戻れなくて辛いはずです。彼の助けになってやりたいんです」
ダイゴがそう言うと、イルマはそれまで鋭さをたたえていた思考の表情から顔をいくらかほころばせた。
「いいでしょう。ダイゴ隊員。あの青年の保護をあなたに任せます」
「ありがとうございます」
そう言って司令室をあとにしようとしたところで、ダイゴは一度立ち止まってホリイに声をかけた。
「この持ち物、お借りしてもいいですか」
ダイゴがそう言うと、ホリイは慌てた様子だった。
「いや、まだ色々調べたいことがあるし――」
「いいじゃないのよ。あの青年が元の世界に戻るのに必要かもしれないでしょ」
レナが横からそう言うと、ホリイは不本意そうな顔で「しゃあない、データはもう取ってあるし」と言ってうなずいた。
「ホリイさん、ありがとうございます」
ダイゴが満面の笑みでそう言って青年の持ち物をアタッシュケースにつめて司令室をあとにした。その後ろ姿を眺めながら、レナは先ほど発見した青年のことを考えていた。レナには青年がどこかダイゴに似ているような気がして不思議だったのだ。それに加えて、先ほどホリイの話を聞いていた時のダイゴの表情も気がかりだった。思い詰めたような、それでいて誰にもその苦悩を打ち明けまいとする頑なな決心。戦いの日々の中で何度か目にしてきた表情だった。
「大丈夫かな、ダイゴ」
自分でも気が付かないうちに何気なくつぶやいていると、肩に手が添えられるのに気が付いた。見ると、イルマが言葉なくうなずいている。彼を信じると隊長も決めたのだ。そう考えると、いくらか心に巣食った不安が和らいだ。
青年は頑丈なセキュリティのもとで保護されていた。というよりも、言葉を選ばないのであれば監視されていたということになるのだが。ダイゴが事情聴取のための小さな部屋に入ると、青年は今一つ状況がわかっていないのか、座っていたパイプ椅子から立ち上がってにこやかにダイゴを迎えた。
「ああ、ダイゴさん、でしたっけ?今さっきTPU、じゃなかった、TPCの隊員さんとずっと話してたんですけど、僕お腹空いちゃって」
何一つ知らない世界に迷い込んだかもしれないというのに、ここまであっけからんとしていられるとは。大した度胸だとダイゴは内心驚いた。
「誰かに言ってくれればルームサービスを呼んだのに」
ダイゴがそう言うと、ケンゴはダイゴの後ろ、部屋の入り口近くで控える監視の隊員たちに聞こえないように声を潜めた。
「皆、怖い顔して色々聞いてくるから言い出せなくて」
これにはダイゴもとうとう思わず笑い出してしまった。
「そっか。何か食べたいものとか、ある?もちろんこの世界での食べ物だけど」
すると、青年はまた満面の笑みで答えた。
「この世界で一番おいしいラーメン屋とかってありますか?」
「この世界で一番おいしいラーメン屋?」
異世界から来た人間にしては随分と庶民的なことを言うものだから、ダイゴは拍子抜けしそうになった。
「そうだな、醤油ラーメンならメトロポリスの裏通りにある『バラサバラサ』とかがいいかも。あ、あと豚骨なら『ブラックスターラーメン』かなあ。でもあそこあちこちに移転しているし。それから――」
そこまで話したあとで「あ、いけない」と声を漏らしてダイゴは青年を見た。食べ物の話になるとつい話が長くなる。この間もレナに呆れられたばかりだ。それに、だ。
「連れていってあげたいのは山々なんだけどね。今の状況だと難しいかなあ」
ダイゴがそう言うと、青年はきまずそうな笑みを浮かべながら
「やっぱり、そうですよね」
と答えた。
「あ、でもここのフードコートのラーメンも絶品だから。今なら限定メニューで『冷やしラーメン』もあるし」
「え、『冷やしラーメン』?」
冷やし中華じゃなくて?虚を突かれたように訊いてきた青年の表情に、やはりダイゴはどこか自分にも似ている、と感じ始めた。
「おのれ、GUTSめ」
町中を離れ、いつの間にか郊外の山の中までくると、チャリジャの足取りはもはや千鳥足になっていた。とうとう町を外れてこんな山の中まで来てしまった。チャリジャは途方に暮れて溜息をついた。
この格好が目立つせいか、町中ではどこへいっても市民に怪しまれた。おそらく、TPCには今頃何件もの通報が寄せられていることだろう。それを考えると、自分の運の悪さというか、間の悪さというべきか、とにかく手にしているトランクケースの重さにまで腹が立ってくる。まだ日の高い時間だというのに、山の中は薄暗くておまけにあちこちでがさがさという物音がした。近くでがさがさと音がする度にチャリジャは情けない声をだしながら身じろぎをした。怪獣バイヤーでありながらも、彼は動物が実のところ苦手であった。彼らは私の持っている悪意にいち早く気づき攻撃をしかけてくるのだ。
そうしてひたすら歩いていると、いつの間にか林を抜けて山々の間の開けた場所に出た。見渡す先は田舎道ではあるが道路が走っており、チャリジャは皮肉にも人間社会の片りんが見えたことで一安心しつつ、これまで森の中で我慢していた分悪態を吐き散らした。道路は平野を抜けてまた山へと登っていく。しかし、車はなかなか通らない。仕方がない。街はずれの山の向こうの田舎道だ。人間たちのいうところの「レジャー」に行くにしたって、それほど魅力的な風景が近くにあるとは思えなかった、が、それを別にしても辺りは異様なまでに静かだった。最初は気を抜いていたチャリジャもその異様差に気が付いていた。
その時、にわかに地面が揺れてチャリジャは不意を突かれたせいか、その場に尻もちをついた。地面を強くうつ振動と共に、少し先に見える山の影からそれが姿を現した。銀色の固い表皮に覆われた体のそこかしこを禍々しい赤い血潮のようなラインが流れ、頭部には羊のような巻かれた角が見える。それだけでも怖ろしい姿であるというのに、極めつけは瞳のない目だ。光輝く黄色い目は狂気以外の一切を取り払ったように見えた。
「おお、おお――」
チャリジャは姿を現した怪獣の姿におののきながらも同時に歓喜していた。これぞ、自分の探し求めていた「怪獣」。相棒ヤナカーギーを失った喪失感を埋めるにふさわしい、最強の怪獣だ。しかし、そこからさらに別の何かがやってきて、地面を揺るがした。
銀色の怪獣に連なるようにやってきたのは、金色の体を持つ怪獣だった。こちらは銀色の怪獣とは違って目の中に瞳が見えているものの、決してそれは可愛いものではなく藪睨みの目はかえって凶暴さを宿していた。こいつは手なずけるには苦労しそうだ、とチャリジャは見て取ったが、これは大きな問題ではなかったようだ。すぐに喜びに体を振るわせると、踊りださんばかりの足どりを弾ませて怪獣たちに駆け寄った。
「――シルバゴン」
チャリジャは銀色の怪獣に呼びかけた。それから、
「――ゴルドラス」
今度は金色の怪獣の方へと呼び掛けた。このまますぐにでも手なずけて地球侵略を狙う宇宙人や宇宙戦争中の星々にこいつらを売りつけてやろう。いや確か、どこかの世界でウルトラマン相手に暴れまわっているアブソリューティアンとかいう金ぴかの奴らもいた。そいつら相手に商売をしてもいいかもしれない。いや、まずはデモストレーションだ。各地で暴れまわってこいつらのすごさを商売相手に知ってもらわねばならない。
いや、それよりもさらに大きなアイディアがチャリジャの頭の中で電撃が走るように閃いた。今、目の前にいる二体の怪獣。こいつらは次元に作用する力を持っている。こいつらをもってすれば、一つの世界の歴史ですらも変えうることが出来るかもしれない。頭の中には憎きウルトラマンどもの姿が浮かび、そしてついこの間大敗を喫したあの場所、竜が森湖が思い返された。
「ようし、大いに暴れまわろうぞ」
チャリジャの言葉のすぐあとに二体の怪獣が咆哮を上げた。それが自分の言葉に呼応したように思えて、チャリジャは怪人の姿に戻りながら気をよくして高笑いをした。
「うわあ、すごいなあ」
ダイブハンガーのテラスで、欄干を握りしめながら視界一杯に広がる海を眺めてケンゴは楽しそうに声を漏らした。そこへテラスの屋台でジュースを買ってきたダイゴがトレーにを持ってやってきた。
「はいこれ、喉乾いたかな、と思って」
ありがとうございます、と子供のようにはしゃいでジュースを手に取るケンゴに、ダイゴは訊いてみた。
「君のいるGUTSはどんな場所なのかな」
すると、ケンゴはナースデッセイ号っていう基地があって、と話し始めた。
「いつも空に浮かんでいるんですけどね、いざとなるとバトルモードって言って基地が変形して何だろう、蛇?ドラゴンみたいな形で空を飛んで」
そこまで話すとケンゴはしまった、とばかりに口に手を当てた。
「あんまり基地の秘密を人に喋るなって念を押されてるんだった」
アキトに怒られる、とこぼすケンゴをよそに、ダイゴは空飛ぶ基地の話のあたりから目が回りそうな心地がしていた。
「空飛ぶ基地か、すごいなあ。もしかして君のいる世界では人間は宇宙まで行っていたりするのかな」
ダイゴがふとこぼすと、ケンゴが思い出したように答えた。
「僕、火星育ちですよ」
本当に?ダイゴが思わず大きな声を上げたので、テラスにいた他の職員の何人かがこちらを向いた。ダイゴは苦笑いして周りに頭を下げながら再びケンゴの方へ向き直った。
「じゃあ、君の世界では人間はものすごい進歩を遂げているんだね」
ダイゴの言葉にうなずきながら、ケンゴは今度は自分がGUTS―SELECTに入るまでの話を始めた。
「元々、僕は植物学者だったんです。火星生まれの花を育てようとしてたんですけど、ある日、火星に怪獣が現れてそれがきっかけでGUTS―SELECTに」
話しながらもケンゴの頭の中にダイゴには語らなかった部分の記憶も浮かんでいた。火星の地中深くに眠る古代の遺跡、そこに眠る巨人の像――。そして、自分はそこで初めてウルトラマンになったこと。そこまで思い返した時に、ケンゴは心配になって思わず口にした。
「あの、そう言えば僕の持ち物は?」
「ああ、心配ないよ」
ダイゴは先ほどから手に持っていたアタッシュケースを開いてケンゴに差し出した。その中に銃の形のまま治められたガッツスパークレンスとハイパーキーがあった。ケンゴがケースを手に取って安堵の声を漏らしていると、横からダイゴがためらいがちに声をかけてきた。
「君の、その銃とカプセル、もしかして――」
そう言うと、ダイゴは隊員服のジッパーを開いて懐から何かを取り出した。それを目にした時、ケンゴはこれまでの柔和な顔つきを一転させて目を見張った。
「――スパークレンス」
ケンゴが声を漏らすと、ダイゴはやっぱり、と何か納得した様子で呟いた。
「それじゃあ、君もウルトラマンなんだね?」
ダイゴの問いにケンゴはうなずいた。
「はい、僕はトリガー、ウルトラマントリガーやってます」
これまでになく固い面持ちでケンゴは言うと、ふと今更気が付いたように間の抜けた表情でダイゴに尋ねた。
「え、もしかしてあなたも?」
ダイゴは辺りを見回して様子を伺ったあとに小さくうなすいた。
ダイゴがウルトラマンティガ、という名前を口にした時、ケンゴが急にあの時はお世話になりました、と頭を下げるので驚いた。話をよくよく聞いてみると、別の世界での戦いの最中に、突然ケンゴ、いや、ウルトラマントリガーの前にもウルトラマンティガが現れて窮地を救ってくれたのだとか。もしかすると、ウルトラマンティガも色々な世界にそれぞれのティガがいて、それぞれの世界でそれぞれの役目をはたしているのかもしれない。人間だって自分と同じ人間が三人はいるというのだから。ともかく彼が以前出会ったティガが自分でないことを伝えると、ケンゴは
「そっかあ、ティガ違いかあ」
と漏らした。時々周りに声が聞こえやしないかと辺りを警戒しながら、ダイゴは自分と違うウルトラマンに少しずつ興味が湧いてケンゴに訊いた。
「君はもしかして他のウルトラマンにも会ったことがあるのかな」
「はい、この間もゼットさんっていう先輩ウルトラマンに助けてもらって、それからリブットさんにも稽古をつけてもらったりして。あ、二人とも別の宇宙から来た違う星のウルトラマンなんですけど」
ちょっと情報量が多いかな、と苦笑いするダイゴに今度はケンゴが訊き返した。
「ダイゴさんは他のウルトラマンに会ったことがないんですか?」
そう訊かれると、ダイゴはついこの間チャリジャを追ってタイムスリップした時のことを思い出した。竜が森湖でチャリジャの使役する怪獣と戦って窮地に陥った時、颯爽と現れたあの銀色の巨人――。
「一度だけね、この間僕も助けてもらったことがあるんだ。チャリジャを追って過去の世界に飛ばされた時」
確か、あの時チャリジャは彼を「ウルトラマン」とだけ呼んでいた。
「ウルトラマン?」
それを聞いてケンゴが呟いた。ダイゴがうなずく。
「赤い球が現れてね、それが強く光ったと思うと、銀色の巨人が出てきたんだよ」
それを聞いてケンゴはへえ、すごいなあ、と声を漏らした。
「ウルトラマンかあ。会ってみたいなあ」
不意にダイゴの腰元のPDI(小型端末)が鳴った。ケンゴは横からその様子を眺めていた。端末を開くと、随分と画面がちっちゃいんだなあ、などと思ったりもしたが何も言わずに置いた。ディスプレイを開くと、ビデオ通信でイルマ隊長からの連絡が来たところだった。
「メトロポリス郊外の山林地帯で怪獣の目撃情報。おそらく、以前確認されたシルバゴンとゴルドラスが出現した模様。今、リーダーとホリイ隊員がウィング2号で偵察に向かっているわ。それから付近でチャリジャとみられる怪人も目撃されたから、こちらはレナ隊員とシンジョウ隊員が追っているわ」
「わかりました、僕も1号で出ます」
「いいえ、あなたは引続き、先ほどの若者から話を聞いていて頂戴。現場で何かあったら伝えるわ」
通信はそこで終わった。
「怪獣が、チャリジャが出たんですね」
ケンゴがそう訊くと、ダイゴはうん、と答えた。
「行きましょう、ダイゴさん。奴らはきっと何かをたくらんでいる」
ケンゴに言われて、ダイゴもうなずいた。
「こっちに」
そう言ってダイゴはケンゴをテラスから離れて建物の陰になっている一画まで先導した。ここまで来れば大丈夫だろう。二人は互いに顔を見合わせてうなずきあった。
ケンゴがカプセルのスイッチを押すと共に、ダイゴは懐からスパークレンスを取りだし、突き出す。横でケンゴがカプセルを持っていた銃に装填し、銃身を展開させる音と共にケンゴが力強い声で口にするのが聞こえた。
「未来をつなぐ、希望の光」
ケンゴがスパークレンスを持っていた手を十字に構えたところで、ダイゴも同じく両の手を十字に構える。そして二人は同時にスパークレンスを掲げた。
「――ウルトラマントリガー」
「――ウルトラマンティガ」
テラスにいた人々が気が付かぬ間に、二つの光がダイブハンガーから飛び立っていった。
「よりにもよって団体さんでお揃いとはなあ」
コクピットの後方席でホリイがカメラが映し出すシルバゴンとゴルドラスを目にすると思わずこぼした。しかし前方席のムナカタは平静さを崩さずホリイに指示を出す。
「都市部に近付ける訳にはいかない。怪獣たちを威嚇して後退させる」
了解、とホリイが答えると同時にガッツウィングの機体はゴルドラスに接近しようとした。その時、ムナカタがまずい、と口走り機体を逸らせた。すぐそばにシルバゴンの爪がせまっており、機体は間一髪でその攻撃を避けた。
「そうや、こいつは動いているものに反応するんやった」
「かといって機体を動かさなければ今度はゴルドラスが来るぞ」
その時、並び立つ怪獣のあたりに何かが浮かんでいるのをホリイは見つけた。
「リーダー、前方です。怪獣の間に何かがいます」
何?とムナカタが前方に目を向けると同時に怪獣たちの間を浮遊するその何かが声を発した。物理的にガッツウィングのコクピットまで声が届くとは到底思えない。ホリイはすぐにそれがテレパシーの一種だと踏んだ。
「GUTSの諸君、お目にかかれて嬉しい。私のことはきっとダイゴ隊員から聞いていることお見受けした」
怪人がそう言うと、ムナカタはすぐに合点が言った。
「あいつがチャリジャか」
「もう少し相手をしたいとこだが、私も忙しい。というわけでこれにて」
怪人はそう言うと、持っていた奇怪な形のステッキをガッツウィングの方へと向けて怪獣たちに命令を発した。
「やれ、ゴルドラス、シルバゴン」
二体の怪獣が一斉に身構えた。ゴルドラスの角が稲光を帯び、シルバゴンは尻尾を鞭
のようにたゆたせて今にも攻撃をしかけようとしている。両者からの攻撃ではよけきれない、とムナカタとホリイが諦めかけた時に、前方を眩い光が包んだ。その光が見慣れたものだったので、ホリイはほっとした様子でその名を口にした。
「ティガ」
しかし、光がすこしずつ弱まって実体が見えてくると、ムナカタが驚愕の声色でつぶやいた。
「――ティガが二人?」
怪獣たちの前に立ちはだかる二体の巨人は確かに似た姿をしていた。銀色の体に赤と紫のストライプ、それに金と銀のプロテクター。しかし顔立ちや模様に微妙な差異がある。ガッツウィングが回り込んで二人の巨人を横からカメラでとらえた。通信を通じてその姿目にした司令室のイルマは呟いた。
「――もう一人の光の巨人?」
ホリイはティガともう一人の巨人を目にすると思わず声を上げた。
「リーダー、あの青年のカプセルに描かれていた巨人ですよ」
立ちはだかる二体の巨人を目にして、チャリジャは空中で地団太を踏むような仕草をした。
「またお前か、ウルトラマンティガ。――それにはお前は察するにウルトラマントリガーだな」
チャリジャが吐き捨てる言葉はガッツウィングの中まで届いていた。ムナカタはチャリジャの言葉を耳にすると、ティガの隣に並びたつ未知の巨人を見つめて呟いた。
「そうか、トリガーというのか。――別の世界の、ウルトラマンか」
付近で待機していたデラム(陸上マシン)の中で通信映像を見ていたレナとシンジョウは思わず呆気にとられていた。
「おい、マジかよ」
シンジョウは開いた口がふさがらないという様子だった。
「異次元のウルトラマンが、助けに来てくれたね」
レナも驚き半分、どこか嬉しそうに答えた。
「にしてもあれだな」
シンジョウは画面を食い入るように見つめてティガと未知のウルトラマンを見比べた。
「まるで親戚みたいな似方してんな、おい」
「私たちも地上から援護しないと」
レナがそう言うと、シンジョウは我に帰った様子で答えた。
「お、おう。もちろんよ」
デラムのエンジンがうなり、そのまま車は怪獣達の元へと向かった。
二体の巨人と怪獣が激しく組み合う中で、その様子に半ば呆然としているホリイにムナカタの指示が飛んだ。
「ホリイ、ビームでティガともう一人の巨人を援護」
我に返ったホリイが了解、と口するとすぐにビームが飛んでシルバゴンを捉えたものの、固い表皮はビクともしない様子だった。ティガともう一人の巨人も怪獣たちの猛攻にあっていた。ティガはゴルドラスの角から放たれるビームを体に食らい、もう一人の巨人はシルバゴンのカギ爪を食らって倒れかかっていた。
「あかん、あの巨人はシルバゴンとの戦い方を知らんのや」
何とか伝える方法は、とウイングに搭載されたスピーカーを起動しようとするとムナカタが肩越しに声をかけた。
「いや、ちょうどいいサポートが回ってきたぞ」
ムナカタが顎でしゃくった方を見るとカメラの映像で地上が写しだされており、停車したデラムとすぐ側に立っているレナが映りこんでいた。
「あいつ、あんな近くまで行って。無茶しよるなあ」
ホリイはそう言いながらも顔をほころばせていた。
一方、地上ではデラムを降りたレナにシンジョウが運転席のドアを開けて声をかけた。
「おいレナ、危険だ。近付きすぎるなよ」
しかしレナはそんな言葉も聞こえていないかの様子で無我夢中で巨人と怪獣が交戦している付近まで走り寄っていった。
「ウルトラマン、その怪獣は動いているものに反応するの。動かずに怪獣がよそ見をした隙を狙って」
シルバゴンに組み伏せられかけていたもう一人のウルトラマンは、レナのいる方へうなずいてみせると、すぐさまシルバゴンから離れて体の動きをピタリと止めて様子を伺った。が、シルバゴンはそんなウルトラマンを尻尾で的確に狙い、打ち付けた。
「どうして?」
レナが思わず声をあげると、チャリジャの高笑いが上空から響いた。
「お嬢さん、このチャリジャをあなどってはいけない。シルバゴンの弱点である目は君たちが来るまでにもう改良済みなのだよ」
いやあ、大変だった、とチャリジャが小声でこぼすのには誰も気が付かなかった様子だった。
デラムから降りたシンジョウがこの野郎、と罵りながら手に持ったDUNKショットで浮遊するチャリジャを狙った。銃撃は命中したかと思いきや、チャリジャは手に持っていた奇怪なステッキでなんてことはないかのように攻撃を弾き飛ばした。
「さあ、お遊びはここまでだ。シルバゴン、ゴルドラス。出発の時だ」
そう言って、チャリジャがステッキで宙を着くと、ケンゴがこの世界にやってくる時に目にしたのと同じような空間の歪みが現れた。それからゴルドラスとシルバゴン、それぞれの角が稲光を帯びると、怪獣たちはそのまま角から光線を放った。光線を受けた歪みは広がり、怪獣たちがゆうゆうと通り抜けられるまでに大きくなっていた。
「では、ウルトラマン諸君、GUTS隊員諸君、さらばだ」
チャリジャは演技がかったお辞儀をしてみせると、彼はくるりと背を向けて空間の歪みの中へと姿を消していった。怪獣たちもそれに続いていこうとするのを目にして、ムナカタは声をあげた。
「まずい、逃げられる」
ティガとトリガーが顔を見合わせ、小さくうなずきあった。二人の巨人はゴルドラスとシルバゴンの尾をそれぞれ掴み、何とか空間の歪みから引き戻そうとする。しかし、この怪獣たちは揃って剛力であったためにむしろ、巨人たちは怪獣たちに引きずられていく。
「ホリイ、怪獣をミサイルで打て。レナ、シンジョウ、お前たちも地上からウルトラマンを援護しろ」
了解、と口々に応答すると、ガッツウィングはビームを放ちゴルドラスの角を狙った。同時にデラムの上部に設置されたデグナー砲がシルバゴンの角を狙う。
「やったか?」
ムナカタの目には攻撃は確かに命中して見えた。が、怪獣たちの進行は止まる気配がない。
巨人たちは一瞬のうちに姿を変え、両者とも赤い姿に変わった。
「やっぱりな、あのウルトラマンも姿を変えられるんや」
ホリイが声を漏らした。
しかし、すでに怪獣たちの体はほとんどが空間の歪みの中に入り込んでおり、二人のウルトラマンもとうとう引きずり込まれかけていた。
「あのままじゃ、ウルトラマンが引きづりこまれちゃう」
助手席で半ば悲鳴のような声をあげるレナに、運転席からシンジョウがわかってる、と歯を食いしばりながら返す。
「デグナー砲、発射」
すぐさまデラムの上部からビームが連射されるも怪獣は意にも介さない様子だった。そしてとうとう、ウルトラマンティガとウルトラマントリガーを飲む込むと同時に、空間の歪みはふっと消えてしまった。
「ウルトラマンが消えちゃった」
隊員たちの耳に、通信を介して聞こえたレナの言葉が重く響いた。
空間の歪みを越えた先は山々に囲まれた夜の森だった。先ほどまで戦っていた場所とは
まったく別の場所のようだ。空間の歪みを越える時に強い光に視界を奪われ、気がつくとこの場所に立ち尽くしていた。
「――ここは一体?」
トリガーが辺りを見回していると、すぐ横に立ち尽くすティガの目が鬱蒼とした森の向こう、少し離れたところにある湖をとらえた。それから、彼はトリガーにテレパシーを通して言った。
「――そうか、ここはいつか来た竜が森湖の近くだ」
その通りだ、という声が前方から聞こえたので二人のウルトラマンは身構えた。二人に立ちはだかるようにしてチャリジャが浮遊し、その後ろに控えるようにシルバゴンとごルドラスが身構えている。
「ここは『ウルトラマンの世界』における竜が森湖だ」
『ウルトラマンの世界』?とトリガーが訊き返すと、チャリジャは大げさに両腕をかかげながら、高らかな声で語った。
「そう、もうすぐウルトラマンと科学特捜隊のハヤタ隊員という青年があの湖で遭遇し一心同体となる。そして、それをきっかけにこの世界では何十年、何百年と続く人類とウルトラマンの絆が生まれ、その後の怪獣頻出期においても人類はウルトラマンの助けを得ながら怪獣たちを倒していくことになる」
そこまで語ったところでしかし、とチャリジャはさらに声を張り上げた。
「もしも、今夜ウルトラマンとハヤタ隊員との出会いがなければその後の人類とウルトラマンの歴史は生まれない。地球はウルトラマンなしで怪獣頻出期を迎えることになる。つまりは私にとってこれ以上ない鉱脈となるのだよ、この星は」
そして、チャリジャは遠くの星空を見上げていくらか恍惚とした様子をしてみせる。
「もうすぐだ。ベムラーを追ってウルトラマンが、そしてビートルに載ったハヤタ隊員がやってくる。ビートルをウルトラマンが遭遇するよりも前に撃墜し、ウルトラマンをこの二大怪獣の手で抹殺してくれる。当然、その前にお前たちにも消えてもらうこととしよう」
「そんなことはさせない」
ティガの声が断固として告げると、二人のウルトラマンは戦闘の体制に入った。申し合わせたように突進してくる怪獣たちをかわし、それぞれ赤い姿から瞬時に紫色の姿へタイプチェンジを遂げる。
「そんなひょろひょろの姿で勝てるかな?」
チャリジャは煽るが、姿を変えたウルトラマンはすぐさま地上から飛び立ち、怪獣たちの上空を素早く飛び回る。二体の怪獣たちは光線技で二人を狙うもあえなくかわされ、その隙をついたウルトラマンたちは光線技を打ち返した。さらにはすぐさま降下したと思うと、怪獣たちの合間を飛び交い、代わる代わる攻撃をしかけていく。
「ええい、ちょこまかと」
空中でまたチャリジャは地団太を踏む。その間にティガとトリガー、両者の放った光弾がゴルドラスとシルバゴンの角に命中し打ち砕いた。
地面に再び降り立った二人のウルトラマンはそのまま元の紫と赤の姿に戻ると、怪獣たちの前に立ちはだかった。
「――いこう」
意識に流れ込んできたダイゴの声に、ケンゴは力強く答えた。
「はい」
二人のウルトラマンは鏡合わせのように同時に腕をクロスさせて、やがてゆっくりと広げた。その構えを見たチャリジャはあたふたとしながら呟いた。
「これはまずい、ああ、これはまずいやつだ」
そう言うと、チャリジャは両手をまたポン、と叩いて姿を消した。
二人のウルトラマンが両手をL字に組むと、放たれた光線は怪獣たちに命中し、間もなく二体の怪獣の体は爆散した。あとには再び夜の静けさが戻り、ティガとトリガーは並んで夜の帳を見つめた。その時、一つの星が瞬いた気がして、ひょっとするとあれが今まさに地球にやってくるウルトラマンなのかもしれない、とケンゴは心の中で思った。
「さあ、戻ろう」
ダイゴの声が再び意識の中に流れてきた。
「なんとか君の世界まで連れて行ってあげられそうだ。それに」
ティガは竜が森湖の方を向いた。
「この世界でもまた一つの歴史が始まろうとしている。いつまでも干渉してはいけない」
ティガの言葉にトリガーはうなずき、両者は向き合って静かに握手をした。
あたたかな光に包まれた後に視界が徐々に戻ると、ケンゴは人間の姿のまま元いた公園近くの通りに立っている事に気が付いた。PDIがけたたましく鳴っているので、応答すると怪訝そうな声のアキトの声がした。
「お前、通信にも出ないで何やってたんだ」
それからすぐに隊長の声が割って入った。
「マナカ隊員、報告は基本だぞ」
「ええと」
ケンゴは何とか一部始終を語ろうとするも、自分でも頭が混乱しているせいで言葉がすっと出てこなかった。そもそもあれは現実の出来事だったのだろうか?今の今まで夢を見ていたような心地にさえなっていた。
「まったく、心配かけやがって」
そう言いながらつい顔をほこらばせるアキトの様子を見て、傍らにいたユナは自分もつい笑顔になっているのがわかった。
「本当にもう、子犬じゃないんだから」
そう言いながら肩の力が抜けて椅子に座り込むと、視界の端で一瞬何か煌めいた気がした。右手にはめた指輪が一瞬光を放ったように見えたのだ。彼女の祖先であり、古代の光の巫女、ユザレから受け継いだその指輪が光る時には、何かを暗示している。
張りつめた表情で指輪を見つめるユナに気付くと、アキトが横から声をかけた。
「ユナ、どうした?」
一瞬煌めいたのち、指輪に異変がないことを確かめたユナは表情を和らげてアキトの方を向いた。
「ううん、なんでも――」
ユナが言いかけたところで司令室にアラートが鳴り響いた。
「何だ?」
タツミ隊長がすぐさま立ち上がる。アキトがコンピューターを操り、状況を確認した。 「都市部郊外D地区に巨大生物の反応」
ふと、通信の向こうでアラート音がなってケンゴは我に返った。怪獣出現を知らせるアラートだ。通信を介して基地の司令室がバタつきはじめるのが聞こえた。
「都市部郊外D地区に巨大生物の反応」
アキトが読みあげた場所はケンゴがいる場所からそれほど遠くはなかった。
「わかりました、僕が先に行きます」
「待て、マナカ隊員。応援が行くまでは無茶をするな」
しかしケンゴはすでに近くに停めておいたパトロール用車両の場所まで駆け戻り、そのまま発車させていた。
通信の返事がないことに溜息をつきながら、タツミ隊長はアキトに指示した。
「仕方がない。我々もナースデッセイ号で応援に向かう」
それを耳にした操縦席のサクマが待ってました、と威勢のいい声をあげると、コントロールパネルの前で両手をかざした。
「ナースデッセイ号、発進」
次元を越えてなんとか逃げ延びたチャリジャは自分が再び、トリガーの世界に戻っている事に気が付いた。薄暗いビルの影がさす裏通りに派手に転げ落ちると、チャリジャは怪人体のままぶつぶつと文句を言いながら、起き上がり、周りを見回す。
「なんだ、またここに戻ってきたのか」
――ウルトラマンめ、またも邪魔をしてくれたな。
本当であれば地団駄を踏んで悔しがるところだったが、チャリジャはそれどころか抑えきれない、という調子で笑い出した。
ちょうど次元を越える時にその狭間で思わぬ拾いものをしたのだ。チャリジャは手の中にあるその拾いものをうっとりとした手つきで撫でながら眺めた。
「おのれ、ウルトラマンめ。目にもの見せてくれる」
そう言ってメダルを空高くまで投げると、チャリジャはステッキを向けた。
「いでよ、デザストロ」
チャリジャが吠えるように声を上げると共にステッキの先から紫色の光がほとばしり、メダルをとらえた。強い閃光で目がくらみそうになったあと、巨大な影が辺りを覆った。
アキトの話していた場所にたどり着くと、そこは山間の場所で、ちょうど先ほどティガと一緒に怪獣たちと戦った場所にもすこし似た風景をしていた。TPUの隊員たちと、その指示に従って逃げる近隣の住民の姿が見えると、ケンゴは車の窓から顔を出して隊員の一人に声をかけた。
「お疲れ様です、住民の避難はどれくらいで済みそうですか」
すると辺りの喧騒に負けじとケンゴに声をかけられた隊員は声を張り上げた。
「もう、この方々さえ逃げられれば完了です」
ありがとうございます、とケンゴが答えると、隊員はキャップに手をかけて頭を下げた。
「怪獣はあの先です。私はこれからあの方々の誘導がありますので、これで」
「よろしくお願いします。ええと、お名前は?」
すると、メガネをかけたその隊員は佇まいを直して答えた。
「ムラホシです、ムラホシタイジと申します」
「ムラホシさん、住民の皆をお願いします」
そう言うと、ケンゴは車のエンジンをかけてムラホシの言っていた方角へと向かった。いくらか進んで林の間を突っ切ったところで、怪獣の姿を確認することが出来た。扇にょうな翼を広げて威嚇しながら、蛇の首で辺りを睨み、咆哮をあげている。初めて見る怪獣だった。
怪獣は山々の間をゆっくりと進行しているところだった。このまま止めなければすぐにでも都市部へたどり着いてしまうだろう。ケンゴが車両を降りたところで、上空から聞きなれた轟音が近付いてきた。ナースデッセイ号だ。ナースデッセイ号が怪獣に向かって進行していくとともに、自分もガッツスパークレンスを取りだして再びウルトラマンに変身しようとした。その時、頭上の方からまたこれも聞きなれた声が響いた。
「どうだね」
見上げると、ケンゴのいる場所から少し離れた上空をチャリジャが人間の姿で浮遊していた。
「私の隠し玉、デザストロだ。私の計画を邪魔してくれたお返しはきっちりとさせていただく」
「チャリジャ、もう悪いことはやめてこの世界から出ていくんだ」
ケンゴが声を張り上げると、チャリジャは怒りに顔を歪めた。
「なに、このまま引き下がれだと?怪獣バイヤーとして名を馳せたこの私が二度もウルトラマンに敗れたままおめおめと引き下がれと?」
ふん、と鼻を鳴らすとチャリジャは一瞬のうちに怪人体に姿を変えた。
「ウルトラマントリガー、であれば力づくで奴を止めてみせよ。もっとも、奴は宇宙怪獣の中でも厄介な手合いだがな」
そう言ってチャリジャは高笑いをした。
――ともかく今は怪獣を止めないといけない。ケンゴはハイパーキーを起動した。
「Boot up,Zepelion」
そのままハイパーキーをガッツスパークレンスに差し込むと、銃身を開き、再び腕を十字に組み、素早く掲げる。
「――ウルトラマン、トリガー」
高らかに叫ぶと、体は光に包まれみるみるうちにまた超人の姿に変わった。ウルトラマンになったケンゴはデザストロと組合い、何とか押し返そうとするが、怪獣は後退しない。ナースデッセイ号からも援護射撃が放たれるが、怪獣の表皮は見て取れる以上に硬いらしく傷一つつかなかった。
それならば、とトリガーは怪獣と組み合いながら、そのままタイプチェンジを遂げた。
「――勝利を掴む、剛力の光」
ケンゴが高らかに叫んで変身した剛力の赤い戦士は、徐々に怪獣を押し返し始めた。すると、怪獣は扇状の羽根をさらに広げて、一瞬の隙をついて空高く飛び立った。
「――天空を翔ける、高速の光」
紫色の姿に変わったトリガーが怪獣を追って飛び立つと、はるか上空でデザストロはまるでトリガーを待ち構えていたように制止していた。トリガーを浮遊したまま制止し、相手の様子を伺おうとすると、今まで広げていた扇状の羽根ばらけてが矢のように放たれ、トリガーに命中した。地面に落下したトリガーは何とか立ち上がってマルチタイプへチェンジをすると、上空から再び迫ってくるデザストロを迎え撃とうと構えた。が、胸のカラータイマーが甲高い音で警告を発し赤く点滅を始める。
カラータイマーが点滅するとともに動きが鈍重になっていくトリガーを、どこからかせせら笑う声が響いた。
「別の世界であれほどの戦いを終えたばかりだ。もはやお前にエネルギーは残っていまい」
チャリジャの邪悪な声が非情にもデザストロに最後の命令を下す。
「やれ、とどめだ」
「このままじゃ、ケンゴが」
司令室のモニターで戦いを見守っていたユナが祈るように手を組んだ。その時、太古から受け継がれてきた地球星警備団隊長ユザレの残した指輪が輝きを帯び始めたことに気が付き、隊員たちは息を呑んだ。
「一体、何が――」
タツミ隊長が声を漏らした。ユナは戸惑いながら、アキトの顔を伺う、すると、アキトもはじめ驚きで呆気にとられていたものの、固い表情でユナにうなずいてみせた。
「お願い、ケンゴを、トリガーを救って」
その時、指輪から光が放たれた。ナースデッセイ号から伸びて空の一点を指したその光は時空を越え、その時遥か彼方の宇宙とその世界をつなぎ始めたのだった。
デザストロの口が禍々しく発光すると、トリガーは何とか来る攻撃を回避しようとした。が、エネルギーを消耗しすぎて体が動かない。あの攻撃をまともに受けた時、自分の体は持ちこたえられるだろうか?
ついにデザストロの口から光線が放たれたその時、光線を阻む何かがトリガーの眼前に現れた。
「――赤い球?」
宙に浮いたその赤い浮遊物は怪獣やウルトラマンをすっぽりと包み込むほどの大きさだった。しばらく制止していたと思うと、浮遊物は軽々と飛び立ち、素早くデザストロに向かっていく。何度かの激突を受けてデザストロは少しばかり後退した。
「まさか、あれは」
このパターンは駄目だ、とチャリジャが情けない声を上げるのが聞こえるのと同時に、赤い浮遊物はトリガーとデザストロの前に再び立ちはだかり、一際強い光を放った。
司令室でモニターを見ていたアキトは、浮遊物が放った光が徐々に実体をとるのを確認すると、声を吸うように息を呑み、それからつぶやいた。
「――新しいウルトラマン?」
姿を現したその背中は銀色の体に赤いラインが走り、腰に手をあてて仁王立ちをしていた。その姿に、ケンゴはダイゴが話していた過去の世界で出会ったもう一人の光の超人の話を思い出していた。そしてケンゴがその名を口にする前にチャリジャの憤怒の声が響いた。
「また会ったな、ウルトラマン。ここであったが百年目」
そう言うと、ステッキをデザストロに向けながら命令した。
「やれ、デザストロ」
再びデザストロが口から怪光線を放つ。危ない、とトリガーは思わずウルトラマンの方へ手を伸ばしかけたが、当のウルトラマンは光線を避けようともせず、むしろ胸部で光線を受け止めた。デザストロの方でも光線を撃ち続けるものの、やがては根負けした様子だった。光線の勢いが弱まったところで、ウルトラマンは光線を手で払うように弾き飛ばしてしまう。これにはトリガーもチャリジャも驚きを禁じ得なかった。
「何?」
チャリジャが悔し気に声を漏らす。その時、ウルトラマンが背後のトリガーを肩越しに振り向いて小さくうなずいてみせた。今だ、という合図だろう。すかさずトリガーはウルトラマンの傍らに進み出ると、ゼペリオン光線の構えをとった。トリガーが光線を放つ横でウルトラマンも腕を十字に組み、鋭い刃のような光線を放つ。
二つの光線は狂いなくデザストロをとらえた。光線が命中すると、デザストロは爆発を起こし、そのあとでその体は光の粒子となって散っていくのが見えた。その粒子が散っていくさまを切なげに眺めながらチャリジャは悲痛な声を漏らす。
「ああ、私のかわいいデザストロ」
そして、並び立つトリガーとウルトラマンに向き直ると、威嚇するようにステッキを向けながらこう告げた。
「ウルトラマン、私はこれではあきらめない。またいつの日か相まみえようぞ。それから」
チャリジャは今度、トリガーにステッキを向ける。
「ウルトラマントリガー、貴様の名前も覚えておくことにしよう」
ではまた会おうぞ、と言って、またポンッと音のあとでチャリジャは姿を消した。
そのあとにはまた静寂が戻った。空は少しばかり赤みがかって日が傾いている。遠くの方では空が群青の帳を広げようとしていた。
ウルトラマンはトリガーの方へ向き直ると、静かにうなずいてみせた。その顔はやはりウルトラマン特有の硬質な顔をしていて決して表情が見えるわけではない。けれどもケンゴはその顔に深い優しさと誇りを感じていた。
もっと色々なことを聞いてみたい。ウルトラマンとして、どのように皆を守ってきたのか。その深い優しさをどのようにして戦いの中で保ってきたのか。
しかし、ウルトラマンの体はみるみる内に再び赤い球の姿へと変わり、また空へと飛び立ってしまった。きっと飛び立ったその先で、また別の宇宙を、星を、命を、ひょっとしたら別のウルトラマンを救いにいくのかもしれない。
「ありがとう、ウルトラマン」
ケンゴは意識の中でつぶやいた。夕暮れの空の一点、瞬く星が見えた気がした。それはまるでケンゴの言葉に答えるかのようにも見えた。
「しかし、あの別次元のウルトラマン、何ていたっけ。トラジロー?あ、トリガーか。トリガーがいなくなったばかりかあの青年までいなくなるとはなあ」
ホリイは司令室のデスクで先日のシルバゴンやゴルドラスとの戦いのデータとにらめっこしながら、ぶつくさと漏らしていた。
「ゴルドラスやシルバゴンが次元をかき乱したせいか、もしくは」
ホリイはそこで言葉を切ってデータから目をそらした。少し重々しい顔つきをしはじめたホリイにダイゴはなるべく気楽な口調で声をかけた。
「ひょっとしたら、何かのきっかけで元いた場所に戻れたのかもしれないですよ。ほら、一緒に消えたはずのティガだって昨日また出てきた訳ですから」
すると、ホリイはダイゴの方へ急に向き直って言った。
「なあ、ダイゴ。急にこんなこと訊くのもあれやけど、お前、何か悩みとかないか?」
ダイゴがえ?と訊き返すとホリイはいつになく神妙な顔つきでダイゴに返事を促した。
「どうや、ダイゴ。例えばその――誰にも言えないこととか」
ホリイの真剣な表情に体に緊張が強張る。それでもダイゴはそれを悟られないように平常の笑顔で答えた。
「何言ってるんですか、ホリイさん。急にどうしちゃったんですか」
ダイゴがそう答えると、ホリイも我に帰ったように表情を和らげた。
「そうやな、お前、そういうタイプやないもんな」
そう言うと、ホリイは伸びをしながら席を立つと、
「ああ、腹ペコや。そう言えば、まだ昼食うとらんかった」
と言って司令室をあとにした。すると今度はすれ違いで二人分のコーヒーを手にしたレナが司令室に入ってきた。
「コーヒー、いるでしょ?」
「お、サンキュー」
ダイゴがコーヒーを受けとると、レナはすぐ隣に座りながらダイゴが見ていたディスプレイを一緒に覗き込んだ。
「この間の別の世界のウルトラマン君?」
ディスプレイに映し出されたトリガーの姿を見てレナが言った。レナが彼をウルトラマン君、と呼ぶのでダイゴは思わず笑い出した。
「なんでティガは呼び捨てなのに彼は『ウルトラマン君』なんだよ」
「なんかね、少し若く見えたから」
それじゃあ、ティガが年寄りみたいじゃんか、とダイゴが漏らすもレナはあまり気にしない様子でダイゴに言った。
「ねえ、あのウルトラマン君、何だかこの間の青年に似てない?ええと、確か名まえは」
ケンゴ君だよ、とダイゴが答えるとレナがあ、そうそうと笑う。
「ひょっとしたら彼がこのウルトラマンだったりして」
それはないだろお、と笑って答えながらダイゴは平静を保つのに苦労した。なんだって皆、今日は変なことばかり言うんだろう?
「ねえ、もしこの世界でも誰かがティガになって戦ってくれる人がいるとしたらさ」
レナのその言葉を聞いてダイゴは身を強張らせた。レナの言葉を待っていると、突然でアラートが鳴り、音声通信が入ってきた。
「ニュージーランド沖合で通常と異なる海底地震を感知。今のところ、怪獣に関連した現象かは不明。TPC調査隊が向かっています」
「了解。何かあればすぐに知らせてください」
ダイゴがすぐさま返答すると、了解、と相手が答えて通信は終了した。
「怪獣の影響かな?」
横で通信を聞いていたレナが心配そうに呟く。ダイゴはなるべく表情を和らげながらレナを安心させようとした。
「まだ単なる自然現象かもしれない。調査隊の返事を待とう」
そう答えた時、ダイゴの頭になだれ込むようなイメージが映し出された。
古代に栄えた荘厳な都市群、それらを焼きつくす炎、数か月前に目撃した超古代植物ギジェラの姿もあった。いくつものギジェラが巨大に成長し、都市を、人の心を食いつくす。それから、海底で息づく大いなる闇。その赤い目が開かれた時、甲高い咆哮が響き、世界はまた滅びの運命を辿る――。
「ダイゴ?」
レナに声をかけられてダイゴは我に帰った。大丈夫?と声をかけられてダイゴは笑顔を繕いながらうなずいて見せた。
「大丈夫、ちょっと疲れてるだけ」
ダイゴはそう言ってディスプレイに映し出された別の世界のウルトラマンの姿に目を戻した。今彼もまだ、どこかで戦っているのかもしれない。ひょっとするといつ終わるかもしれぬ戦いを、途方もない巨大な闇との戦いを。ならば僕も――。
「今、僕にできることを」
ダイゴは声に出さずとも強く思った。今、出来ること、人として出来ることを。何故なら僕は、人であり、光なのだから。
完
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