マンションの住人
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第二章
「いいわよね」
「ヤクザ屋さんとか殺人鬼でもないしな」
力道もそれならと述べた。
「別にいいよな」
「そうよね」
「そんな人じゃないことは間違いないよ」
丘はそれは確かだと答えた。
「だから安心してくれよ、じゃあな」
「ああ、トイレだな」
「悪いけれど借りるぜ」
「何でもないさ」
トイレについてはこう話してだった。
丘はトイレに行ってそれが終わってからまた飲んで食べた、今度はこのマンションの詳しい話を行った。
そうしてだ、後日だった。
夫婦で出勤する時にだった。
後ろからすっと前に出て進んでいく白いコートに黒髪のすらりとした青スーツの青年を見てだった。
麻里子は力道に囁いた。
「あの人多分ね」
「ああ、五〇四号室の人だな」
「そうよね」
「横顔見たけれどな」
夫は妻に答えた、二人共スーツだ。麻里子はスカートでなくズボンである。
「かなりのな」
「イケメンなのね」
「そうだったよ、ただ何処かで見たな」
「有名な人なの」
「ああ、誰だったかな」
力道はこの時はわからなかった、だが。
家に帰ってだ、彼はある漫画雑誌を読んでいて占いコーナーの占い師の顔写真を見てあっとなって麻里子に言った。
「この人だよ、五〇四号室の人」
「あっ、そんな感じだったわね」
麻里子も占い師の顔写真を見て頷いた。
「言われてみたら」
「横顔だったけれど間違いないよ」
「まさかその人なんてね」
「ああ、誰が何処にいるかわからないな」
「そうよね」
夫婦でこんなことを話した、渋谷のタロット占い師速水丈太郎の逸話の一つである。だが彼自身はこの話を知ることはなかった。人は自分にまつわる話を全て知っている訳ではないがそれは彼も同じであった。
マンションの住人 完
22022・8・21
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