DQ11長編+短編集
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
誓いの静寂の森
ミルレアンの森の近くの山小屋にて。
「───全く、世話のかかる勇者様だわね。魔女に氷漬けにされかけて高熱出して倒れちゃうなんて⋯⋯グレイグ将軍なんて全然平気そうに立ち去って行ったけど」
「将軍も平気ではなかったと思いますよ、ベロニカお姉様。後になってジュイネ様のように、高熱を出していなければいいのですが⋯⋯」
「敵を心配してどうするのよセーニャ、将軍なんだから鍛え方が違うでしょ」
「ううぅ⋯⋯っ」
「大分苦しそうね⋯⋯身体も震えっぱなしだし」
「こんな時、回復呪文が効かないのはもどかしいですわ⋯⋯」
「しょうがないわよ、回復呪文はあくまで外傷を治癒したりある程度の状態異常は治せても、本人から生じる身体の不調はそう簡単には治せないから、症状に合った飲み薬を調合しないとね」
「他の皆さんに必要な素材の採取をお願いしましたから、私達は皆さんが戻るまでジュイネ様を看病しつつ薬の調合の準備をして待ちましょう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「すぅ⋯⋯すぅ⋯⋯」
「ふぅ、良かったわ⋯⋯。他のみんなが採取してくれた素材を調合して作った飲み薬が効いたみたいね、症状が落ち着いてきたわ」
「後は私に任せて、他の皆さんのようにお休み下さいませお姉様」
「いいのよ、ジュイネはあたしが見とくから、セーニャの方が休んどきなさい」
「分かりました⋯⋯では、そうしますね。何かありましたら、すぐに起こして下さいませ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベロニカはベッドサイドでジュイネの様子を間近で見守り、時折額に手を宛てて熱を測っていた。
「⋯⋯⋯⋯すぅ」
「(それにしても⋯⋯ジュイネってばよく見ると、随分整った顔立ちしてるわね。最初目にした時は、グレイグ将軍の追撃を振り切ったばかりらしくて服は多少汚れてたとはいえ、気品のある顔してたし何より曇りのない温かな光を瞳に宿していたから、一目で勇者だと気づいたけどね⋯⋯)」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「(滅んでしまったとはいっても、元々はユグノア王国の王子だもんね⋯⋯。パッと見どこの世間知らずなお坊ちゃまよって感じもするけど)」
「んん⋯⋯⋯お母、さん⋯⋯」
「(⋯⋯! 育てのお母様の事かしら⋯⋯。本当のお母様のエレノア王妃は、赤ん坊のジュイネを守る為に魔物の囮になって亡くなったそうだけど⋯⋯。育った村も滅ぼされて、ジュイネは育てのお母様も亡くしたのよね⋯⋯)」
「⋯⋯⋯⋯っ」
「(あ⋯⋯涙が一筋。そうよね、つらいわよね⋯⋯。勇者なのに、急に悪魔の子の汚名を着せられ追われる身になって⋯⋯。もしかしなくても、勇者という立場そのものにジュイネ自身がまだ戸惑っているのかも───)」
「こわい、よ⋯⋯⋯」
「⋯⋯大丈夫よ、ジュイネ。あたし達が⋯⋯あたしが、あんたをちゃんと守ってあげるから⋯⋯安心してお休みなさい」
ジュイネの片手を小さな両の手で包み込むベロニカ。
「───⋯⋯」
「(そうよ⋯⋯勇者を守るという使命を帯びた双賢の姉妹として、あたしはジュイネを守りきってみせるわ。例え、この身を挺してでも───)」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「(⋯⋯ん⋯⋯、あら? あたしってばジュイネを看病してたはずなのに、いつの間にか寝てた⋯⋯?? おっかしいわねぇ⋯⋯どうして森の中に居るのかしら、あたし。木にもたれ掛かって寝てたみたい⋯⋯。確か、雪に覆われたミルレアンの森近くの山小屋に居たはずよね)」
ベロニカはいつもの感覚で立ち上がったが、目線がいつもより高い気がして一瞬ふらついた。
「(⋯⋯って、あぁ?! 立ってみて気づいたけど、あたし大人の姿に戻ってる!? どうなってるのよ⋯⋯若返って子供の姿になってたはずなのに。そういえば、ここの森の雰囲気⋯⋯ラムダの里の静寂の森じゃないかしら。小さい頃、セーニャとよく一緒に遊んだ⋯⋯。それならほぼ里内よね、とりあえず森を出て長老様に話を───)」
「⋯⋯⋯⋯」
「(って、近くに小さい子供がうつ伏せで倒れてる⋯⋯!? 大変だわっ)ちょっとあんた⋯⋯大丈夫?!」
すぐに駆け寄り仰向けに抱き起こす。
「うー、ん⋯⋯」
「(えっ、ちょっと待って⋯⋯まるでこの子、ジュイネが幼くなったみたいな───)」
「んー? ⋯⋯赤い帽子のお姉ちゃん、だぁれ??」
まだ眠たげに目をこする、素朴な村人の服装の小さな子供。
「あっ、あたしはベロニカよ? あんた⋯⋯名前はっ?」
「ぼく、ジュイネっていうんだよ」
「やっ、やっぱり⋯⋯! どういう事よジュイネ、あたしが大人に戻っててあんたが子供になってるなんて⋯⋯!」
「お姉ちゃん、なに言ってるの?? ここ、どこ?」
「こ、ここは⋯⋯聖地ラムダの、静寂の森のはずなんだけど⋯⋯」
「せーじゃくのもり⋯⋯? 知らないとこだけど、お姉ちゃんあそぼーよ!」
「へっ?」
「───えいっ」
「あ、こら! あたしの帽子⋯⋯!」
抱き起こされていた姿勢から素早くベロニカの帽子を取り去り、駆け離れる幼少期らしきジュイネ。
「へへーん、くやしかったら取り返してみせなよベロニカお姉ちゃーん!」
赤帽子をぶんぶん振り回し挑発してくる。
「このぉ⋯⋯、大人しそうな顔して随分イタズラっ子じゃないのよ。待ちなさいこらーっ!!」
追いかけ回すベロニカだが、幼少のジュイネはすばしっこく逃げ回る。
「あははっ、お姉ちゃんこわーい! そんなんじゃおヨメさんになれないぞー!」
「余計なお世話よっ!? ───いいわ、もっと怖がらせてあげようかしら⋯⋯《メラ》!!」
ジュイネには直接当てないように、脅かす程度に炎系呪文を放つベロニカ。
「うわぁっ?! ⋯⋯なになに今の、ベロニカお姉ちゃんすごいね!」
逃げるのをやめ、駆け寄って来る。
「わざわざ返しに来てくれたのね~ありがとっ」
ベロニカはジュイネの手元から赤帽子を取り返して頭に被り直す。
「ねぇねぇ、それどうやるのーっ?」
目をキラキラさせ見上げてくる様子が、ベロニカには可愛らしく思えた。
「どうやるって⋯⋯元々あんたも使えるでしょ?」
「ぼくにも使えるの!? よーし、えっと⋯⋯メラメラ!!」
両手を突き出し唱えてみるものの、何も起こらない。
「うーん、あんたもあたしと同じように魔力を奪われて子供の姿になっちゃったのかしらね⋯⋯。それにしては、あたしの事覚えてないみたいだけど。不覚だわ⋯⋯ジュイネを守るのがあたしの使命なのに、いつの間に悪い奴に子供の姿にされたのかしら。何されたか覚えてない?」
「わかんないよ⋯⋯ぼく、テオおじいちゃんとエマと遊んでたんだけど、急に眠くなっちゃって⋯⋯気がついたら、赤い帽子のお姉ちゃんが目の前にいたんだよ」
「テオおじいちゃんって、ジュイネの育てのおじいちゃんね⋯⋯。エマって子は、幼なじみの女の子⋯⋯。あんた、子供に戻ったんじゃなくて元々子供のジュイネなのかしら?」
「⋯⋯? ベロニカお姉ちゃんの言ってること、よくわかんないよっ」
「あたしにもよく分かんないんだけどね、この状況⋯⋯。夢でも見てるのかしら」
「───それぇっ!」
「ひゃっ!? ⋯⋯いけない子ねぇ、年頃の女の子のスカートを捲るなんて。けど残念でしたー、中は短めのスパッツはいてるからしっかりガードしてるのよっ!」
ジュイネの両側のほっぺをむにゅっとつまむベロニカ。
「いひゃい、いひゃい⋯⋯! ごえんやひゃーいっ」
「(ふふっ、子供の頃のジュイネってイタズラっ子みたいだけど、可愛いもんだわね。いつも見上げてたのに、あたしが子供の頃のジュイネを見下ろすなんてね。こういうのも悪くないわ)」
両側のほっぺをつまむのをやめ、今度は片手の人差し指でつんつんし出す。
「⋯⋯あんたのほっぺ、ぷにぷにしてて可愛いわねぇ」
「むー、やめてよベロニカお姉ちゃんっ」
「ふくれっ面になると余計つんつんしたくなるわね⋯⋯ていうか、あんたも子供姿のあたしのほっぺをつんつんした事あるじゃないの。ついそうしたくなるとか言って⋯⋯そのお返しよっ」
「そんなの、しらないよぉ」
「⋯⋯そうだ、つんつんさせてもらったお礼にお姉さんが抱っこしてあげようか?」
「え、いいの⋯⋯?」
「ほーら、よいしょー! ⋯⋯小さくなったっていっても子供って意外と重いわねー」
ベロニカは高い高いしてあやすように幼少のジュイネを抱き上げる。
「⋯⋯⋯⋯。ベロニカお姉ちゃん、ムネちっちゃいね」
「あはは~、どこ見て言ってるのかな~この悪ガキっ」
首を軽く片腕で締め、もう一方の手でゲンコツを作りジュイネの頭部をグリグリするベロニカ。
「い、いたいってばぁ⋯⋯!?」
「余計な事を言うガキんちょには、痛い目を見てもらわないとね!」
「うー⋯⋯お姉ちゃんこわいけど、いいにおいする」
「はいはい、そういうのはもっと大人になってからねっ」
言いながらジュイネを地面に下ろす。
「ぼくの幼なじみのエマもベロニカお姉ちゃんみたいにキレイになるのかなぁ。髪の色そっくりだし」
「⋯⋯あたしより綺麗になるかどうかは、保証できないわよっ?」
「しょーらい、ベロニカお姉ちゃんをぼくのおヨメさんにしてあげてもいいよ?」
「どこから目線よ、あんた。幼なじみちゃんを見放しちゃっていいのかなぁ?」
「うーん⋯⋯わかんない」
「あんまり滅多な事言うもんじゃないわよ。まぁとりあえず、立派な大人にならないとね? 幼なじみちゃんやあたしを振り向かせられるような⋯⋯。そしたらお婿さんにしてあげてもいいかもね」
「オトナ⋯⋯オトナに、なりたくないなぁ」
表情を曇らせ、そっぽを向く幼少のジュイネ。
「⋯⋯どうして?」
「なんか、こわいんだもん⋯⋯。おヨメさんとか、おムコさんとかもいいや。ぼく、このままがいい」
「そう⋯⋯勇者に、なりたくないのね」
「そんなんじゃないもん。ぼくは、ぼくだもん」
「そう、ね⋯⋯。ジュイネはジュイネよね」
「お姉ちゃんも、子供に戻ろうよ。ずっと、いっしょにいよう?」
「⋯⋯それは無理よ。あたしは身体だけ子供に戻っても、心はもう大人だもの。自分の使命を、全うするだけよ」
「シメイ⋯⋯シメイって、なに?」
「あんたを⋯⋯勇者を守り、導く事よ」
「⋯⋯ぼくはユーシャなんかじゃないよ」
「そうね、望んで得た称号じゃないわね。あんたがどうしても嫌なら、そのままで居るといいわ。そんなあんたも、あたしは守るから」
「ぼくが、お姉ちゃんをまもっちゃダメなの?」
「あんたがあたしを守る前にまず、守られる努力をしてほしいわね。その上で強くなって、守ってくれるって言うんならそうしてくれてもいいけど」
「⋯⋯まもられてばかりだったら、つよくなれないよ」
「そうかしらね、守られてこそ強くなれるかもしれないわよ。物は考えようね」
「やっぱりお姉ちゃんの言ってること、よくわかんない」
「子供のまんまじゃ、分かるわけないわね」
「⋯⋯⋯⋯。ぼくが、ほんとうに大人になったら」
「⋯⋯!?(光に包まれたジュイネの姿が、成人に───)」
「守られて、ばかりは嫌だから、僕もみんなを⋯⋯ベロニカをちゃんと守れるように、強くなりたい⋯⋯強く、なるよ」
「そう⋯⋯期待してるわ、ジュイネ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「(───⋯⋯ん、何かしら⋯⋯何だかほっぺをつんつんされてるような⋯⋯⋯??)」
「ぁ⋯⋯おはよう、ベロニカ。起こしちゃったかな」
いつの間にかうつ伏せに頭部を横にして眠っていたベッドサイドで目を覚ますと、微笑するジュイネの顔が間近にあり、身体を少し起こした状態でベロニカのほっぺを優しめに人差し指でぷにぷにしていたらしかった。
「ちょっとぉ⋯⋯寝てるあたしの頬を許可なくつんつんするんじゃないわよ、全く⋯⋯」
と言いつつも、悪い気はしていないベロニカ。
「ごめん⋯⋯僕の顔の間近で寝てたベロニカのほっぺがかわいかったから、つい」
「意識を失くして高熱まで出して、あんなに凍えて震えてたとは思えない所業ねっ。⋯⋯まぁいいわ、それだけあんたは回復したって事かしら」
「うん⋯⋯心配掛けちゃったね」
「いいのよ別に、世話の掛かる勇者様の方が守り甲斐あるってものよ。それに⋯⋯あんたの可愛いとこも見せてもらったし?」
「え、僕の⋯⋯なに??」
「覚えてないならいいのよ。あたしがあんたの決意、覚えといてあげるから⋯⋯ねっ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、ベロニカはウインクしてみせた。
end
ページ上へ戻る