DQ11長編+短編集
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時の渦に呑まれし者:前編
(───時を遡る場所を、間違えた⋯⋯? 僕、は⋯⋯失敗した⋯⋯?)
雨の降りしきる瓦礫の散乱した石畳の上に、ジュイネは身体中傷だらけで横たわっていた。
(何で、こんな⋯⋯身体中、痛むんだろう⋯⋯起き上がれない⋯⋯。まるで、鋭い刃物で身体中を裂かれたみたいだ⋯⋯)
(随分、空が暗い気がする⋯⋯夜、なのかな。ここは、どこなんだろう⋯⋯。遠いような、近いような⋯⋯雨音に混じって魔物の咆哮か、人の叫び声も聞こえる⋯⋯。何かが、焦げてるような臭いと⋯⋯血なまぐさい感じがする。何が、起きてるんだろう)
(誰かが魔物に襲われてるなら、助けたいけど⋯⋯身体が、動かせない⋯⋯視界が、霞む。声も、出せないから自分で回復呪文も唱えられない⋯⋯)
(時の、番人は⋯⋯時の渦に呑まれてしまったら、永遠に時の狭間を彷徨うことになるって、言っていたけど⋯⋯まさかここが、そうなのかな⋯⋯。僕は結局、過去の魔王誕生も⋯⋯世界崩壊も阻止出来ずに、元居た世界からも切り離されて⋯⋯このまま知らない場所に永遠と存在し続けなきゃ、ならないのか───)
「おい⋯⋯おい、お前! 生きているのかッ?」
(え⋯⋯? この声は、グレイグ⋯⋯!? 時を遡ったのは、失敗じゃなかった⋯⋯?)
「随分傷だらけだが、まだ息はあるな⋯⋯《ベホイミ》!」
(あ⋯⋯、ほんの少しだけど、全身の痛みが和らいだ気がする⋯⋯)
「む⋯⋯、やはり補助程度にしか使えない俺の呪文では回復しきれないな。とにかく、ここから安全な場所に運ばねば」
(名前を呼んでくれないから、僕のこと⋯⋯分からないの、かな。僕と知り合う前の、グレイグ⋯⋯? 目が霞んで顔がよく見えない⋯⋯)
「おいお前、しっかりしろ。まだ、死ぬなッ⋯⋯! ユグノア王国は滅んでしまったが、生きてさえいれば⋯⋯何度だって立ち直れる。希望を捨てるな⋯⋯!」
(ユグノア王国が、滅んだ⋯⋯? まさか、僕が遡った場所と時間軸って)
「⋯⋯生き残りは、もうその少年だけか?」
「あぁ、ホメロス⋯⋯。酷いものだ、老若男女問わずほぼ皆殺しだからな。俺とお前の到着が遅れてしまったのが悔やまれる⋯⋯」
グレイグらしき人物に力強く抱き上げられて背負われる際、身体中に痛みが走って思わず声が漏れる。
「ゔっ⋯⋯!」
「もう少し優しくしてやれ、お前はすぐ力が入り過ぎる」
「あぁ⋯⋯すまん、痛かったか? ⋯⋯もう少しの辛抱だ、持ち堪えてくれッ」
(グレイグの、大きな背中⋯⋯安心、する。このまま、眠ってしまいそうだ⋯⋯。今は、何も⋯⋯考えたくない)
──────────
───────
────
「⋯⋯⋯⋯、?」
ジュイネは朧気に目を覚ます。
「おぉ、やっと目を覚ましたか。三日も眠っていたから心配したぞ」
(やっぱり⋯⋯グレイグだ。僕の知ってるグレイグより少し若い気がするけど、そんなに変わってない⋯⋯?)
「何をそんなに、俺の顔を見つめるのだ?」
「あ、ご⋯⋯ごめんなさい」
「謝る必要は無いが⋯⋯お前は、あの場に倒れていたからにはやはりユグノア王国の民なのだろう? それとも、装備は軽装だが兵士の方だったか?」
(⋯⋯⋯何て、答えるべきなんだろう。ここはきっと16年前のユグノア王国が滅ぼされた直後の世界⋯⋯。赤ん坊の頃の僕はもうイシの村のテオおじいちゃんに拾われてるかな)
「黙っていては、判らないのだがな」
若干凄みをきかせてくるグレイグ。
「⋯⋯まぁ待て、グレイグ。本人も混乱しているのかもしれない。お前も、祖国を滅ぼされて生き残った身なのだから心中くらい察せられるだろう」
(ホメロス⋯⋯。この頃はまだ、ウルノーガの闇に染められてないんだな。普通に知的な軍人に見えるけど。そういえばウルノーガは、この時既にデルカダール王に成り代わって───)
「確かに⋯⋯俺は祖国バンデルフォンを魔物共に滅ぼされ、デルカダール王に拾われた直後は暫く喋る事が出来ないほどショックを受けたが⋯⋯」
「お前はその頃たったの六歳⋯⋯、城の兵舎で育つ事になった折、既にオレもそこに居た訳だが、いくら話し掛けても中々喋らなかったからな」
「⋯⋯ホメロス、お前が根気よく話し掛けてくれたお陰で、暫く経ってようやく話せるようになり打ち解けられたのだったな⋯⋯」
(話を聴いてるだけでも、この二人は僕には介入出来ない友としての絆を持ってるんだな⋯⋯)
「お前⋯⋯せめて名前くらいは教えてくれないか?」
(ここで本名を名乗ったら、まずい。滅ぼされる前のユグノア王国に生まれた王子の名がジュイネだっていうことぐらい、この二人は知っているはずだ。そもそも一般的な名前じゃないだろうし⋯⋯絶対に怪しまれる)
「⋯⋯どうした? 頭でも打って記憶を失っているのか?」
注意深く顔色を窺ってくるホメロス。
「エ、ル⋯⋯」
「エル⋯⋯?」
「───エルジュ、です」
「ほう、エルジュと言うのか」
グレイグは何の疑いもなくその名を受け入れる。
(咄嗟に思いついて言ってしまったけど⋯⋯それなりに名前に聞こえるかな)
「ではエルジュ、お前は本当にユグノア王国出身の兵士か?」
ホメロスはやはりグレイグほど早計ではないようだった。
「はい⋯⋯ユグノア城に配属されたばかりの、新人です」
「なる程、新米か⋯⋯あの死屍累々の中、運良く生き残れたのだろうな」
「四大国会議で集まっておられたクレイモラン王やサマディー王は自国の兵士に守られ無事だが、ユグノアのアーウィン王は我等がデルカダール王に刃を向けた為にやむを得ず倒され、エレノア王妃はマルティナ姫を人質に悪魔の子と逃れ今の所行方不明⋯⋯前ユグノア王も行方知れずときたものだ。ユグノア王国の生き残りも殆ど居らず⋯⋯新米兵士にはとんだ災難だったな」
グレイグは気遣わしげにジュイネを見やり、ホメロスは大して同情せず状況を説明した。
(⋯⋯⋯っ。父上、母上、マルティナ、ロウじいちゃん⋯⋯。せめて、ユグノア王国が滅ぼされる前に時を遡れていたらまだ僕に何か、出来たんじゃ───? 左手の甲の紋章が、いつの間にか消えてる⋯⋯どうして)
「エルジュ、自分の左手の甲を見つめてどうしたというのだ?」
怪訝そうに聞いてくるグレイグに、ジュイネは顔を上げ首を短く振る。
「いえ、何でも⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
ホメロスは腕を組んだまま、ジュイネをじっと見下ろしている。
(時を遡るのを失敗したから、もう僕は勇者ですらないってことかな。時の番人に役立つだろうと言われた、元勇者の剣の魔王の剣すらどこに行ったか分からない。元の時間軸から完全に切り離された僕は、仲間で居てくれたみんなを置き去りにして来た上に本当に独りになってしまったんだ)
「お前、泣いて───」
「え⋯⋯ぁ、すみません⋯⋯勝手に、泣いて⋯⋯っ」
涙を拭うも、後から後から溢れてきてしまう。
「辛いのだな⋯⋯。故郷を失い自分だけが生き残るというのは、計り知れない悲しみがある事を俺も知っている」
「──────」
グレイグの静かな言葉に、ジュイネは俯いたままでいるしか出来ない。
「⋯⋯なぁエルジュ、デルカダール城の兵士となって共に国王をお護りしないか?」
「え⋯⋯?」
「何を言っているグレイグ、新米とはいえその者はユグノア王国の兵士。勇者という災いを呼ぶ悪魔の子のもたらす闇に染められ、錯乱した王や王妃が我等デルカダール王に刃向かうほどの暴挙に出たのだぞ。その者もいつ凶暴化するか判らん、そもそもわざわざ生かして城に連れて来たのは、悪魔の子の影響力を調べる為の実験体としてだろう」
「⋯⋯⋯!」
ホメロスの容赦ない物言いに、驚きを隠せないジュイネとグレイグ。
「そのようなつもりだったのか⋯⋯? 俺はそこまでは聞いておらんぞ」
「他でもないデルカダール王の命令だ。⋯⋯オレがお前より先にお聴きした」
(やっぱりもうホメロスは、デルカダール王に取り憑いているウルノーガがもたらす闇の力に魅入られ始めてる⋯⋯? それとも、本来なら居ないはずの僕がこの時間軸に存在することでどこかが狂い出してるんじゃ)
「⋯⋯悪魔の子の影響力が無いと証明出来れば、実験体としての意味を失うだろう。ならばこそエルジュ、お前は俺の元で修行を積んでもらう」
「⋯⋯⋯え?」
「グレイグ、またお前は勝手な事を⋯⋯デルカダール王がお許しになるとでも?」
「俺は⋯⋯、ユグノア王国の件で将軍の地位に就いた。遅れて到着したとはいえ、魔物共は殆ど一掃したからな。───デルカダール王に直接進言して来る、エルジュを俺に⋯⋯私に全面的にお任せしてほしいと。その上で悪魔の子の影響が出てしまったら、その責任は私にあり自害する覚悟だとお伝えして来よう」
(グレイ、グ⋯⋯⋯)
「何故そいつにそこまで⋯⋯。自分に似た境遇だからという同情か?」
「それも無論ある。⋯⋯放ってはおけない」
「フン⋯⋯勝手にしろ、オレは知らんぞ」
呆れた様子で部屋を出て行くホメロス。
「───エルジュ、俺と共に玉座の間まで来てくれ」
「え、でも⋯⋯」
「大丈夫だ、俺が付いている。⋯⋯決して、悪いようにはしない」
(何だろう⋯⋯とても心強い。まるで、魔物の巣窟と化したデルカダール城に二人だけで潜入した時みたいだ。今僕の目の前に居るグレイグは、二十歳くらいの時みたいだけど⋯⋯16年後のグレイグとほぼ気質は変わらない気がする。だけど⋯⋯やっぱり僕の知らないグレイグなんだ)
グレイグと共にジュイネは、デルカダール王の居る玉座の間へと向かう。
「⋯⋯魔物の手によって滅ぼされたユグノア王国の生き残りの者が意識を取り戻した為、連れて参りました。名を、エルジュと申します」
「ほう⋯⋯そなたがその生き残りか」
(何だか怖くて、顔を上げられない。情けないな⋯⋯仲間のみんなと居た時は恐怖なんてそんなに感じたことなかったはずなのに。どれだけ仲間の存在が心強かったか⋯⋯失ってみて身に染みて分かるなんて。仲間とはぐれた時も、ベロニカが死んでしまったと分かった時も、そうだった)
跪き俯いたままジュイネはデルカダール王に成りすましているウルノーガに顔を向ける事が出来ない。
「どうしたのだ、よく顔を見せてみよ」
「王よ、彼は未だ祖国を失ったショックから立ち直れておりません。⋯⋯ホメロスから聞きましたが、彼を悪魔の子の影響力を調べる実験体とするそうですがそれは真にございますか」
「わしはアーウィン王の変貌を目の当たりにしたからな⋯⋯。ユグノア王国の者ならば、誰しも少なからず悪魔の子の影響を受けていると踏んでおる」
(何だよそれ⋯⋯まるで伝染病扱いじゃないか)
「王よ⋯⋯彼の処遇を全て私にお任せして下さらないでしょうか」
「⋯⋯何故だ?」
「悪魔の子の影響が出て変貌したならば、すぐに対処致します。万一、デルカダール王国に危害が加わるような事になれば⋯⋯私は責任を取り自害する覚悟にございます」
(本当に、そんな進言を)
「お前がそこまで入れ込むのは⋯⋯やはり自らと同じような境遇だからか?」
「⋯⋯はい」
「ふむ⋯⋯まぁ良いだろう。悪魔の子の影響が無いと最終的に判断するのはわしだが、それまで責任を持って監視対象とするが良い」
「御意」
(悪魔の子の影響って⋯⋯、要するに逆らわなければいいってことかな。逆に凶暴化した振りをすれば、グレイグに殺してもらえるってこと⋯⋯? 時を遡るのを失敗して、もう勇者としての力も失った僕がここに居る意味なんて───)
玉座の間を後にするグレイグとジュイネ。
「さて⋯⋯まずは俺の部屋に来てもらおうか」
(とりあえず⋯⋯今は大人しく付いて行くしか)
「む⋯⋯?」
グレイグは立ち止まり城の広い通路をキョロキョロと見回している。
「どうし⋯⋯たんですか?」
「将軍になって新しい部屋を宛てがわれたのだが⋯⋯何分まだ慣れていないものだから、部屋の場所を忘れてしまった⋯⋯」
「ぷっ、ふふ⋯⋯っ」
悪気はないが、つい笑いがこみ上げてくるジュイネ。
「わッ、笑うな⋯⋯!」
「す、すみません⋯⋯っ(真面目だけど、どこか抜けてるのがグレイグらしいな⋯⋯)」
グレイグは近くに居た使用人に声を掛け、将軍となった自分の部屋がどこか教えてもらい、何とか見つけ出してエルジュと共に部屋に入る。
「むう⋯⋯、やはり一人で使用するには広過ぎるくらいだな」
「将軍の地位なんだし、これくらいは普通なんじゃ⋯⋯」
「まぁ、これからお前と寝起きするには丁度良いか」
「え?」
「本来ならお前のような新米兵士は兵舎で寝起きするものだが、お前は俺にとって監視対象に他ならない。傍に置いておくのは普通だろう」
「そう、ですね⋯⋯」
「お前は病み上がりでもあるし、修行は明日以降にしておくか」
「いえ⋯⋯今日からでも、大丈夫です」
「本当か? 故郷を失ったショックからまだ立ち直れていないだろう」
「修行をしていた方が⋯⋯多分気が紛れます」
「そうか⋯⋯ならば軽めのメニューをこなしてもらうか。エルジュ、お前の得意な武器は何だ?」
「剣全般は、大体⋯⋯」
「大剣も扱えるのか?」
「⋯⋯はい」
「ほう、その痩躯でよく扱えるものだな」
「⋯⋯⋯⋯」
「いや、すまん。人は見かけによらぬものだ」
グレイグは自室にある武器庫から兵士の剣を取り出した。
「大剣に関してはまた今度にするとして、まずは基本の兵士の剣を使ってくれ」
「分かりました⋯⋯」
手渡された剣を受け取り背に装備するジュイネ。
「俺は大剣や斧も得意としているが⋯⋯病み上がりのお前とは同等の兵士の剣にしておくか」
「グレイグ、将軍は⋯⋯大剣を使って僕に修行をつけて下さい。病み上がりだからと気を遣う必要はないですから」
「む、そうか⋯⋯ならばそうするか。───城のバルコニーに出よう。そこはかなり広くて、二人だけの修行にはもってこいだからな。友のホメロスとよく手合わせしていた場所でもある。⋯⋯最近は、何故だか断られる事が増えたがな」
グレイグとジュイネは先に食堂に行って腹に軽く食べ物を入れてから、共にデルカダール城のバルコニーへ向かった。
「ぬ⋯⋯? いつの間にか外は雨になっていたか。まぁ、弱い雨くらい大した事はないな」
(雨⋯⋯か。そういえば、ユグノア城跡でグレイグに追い詰められた時も雨が降ってたっけ)
「───では、始めるとしよう。どこからでも掛かって来い、エルジュ」
「⋯⋯⋯⋯!」
ジュイネは剣で果敢に攻め、大剣で受け止めるグレイグを何度も下がらせるほどだった。
「⋯⋯新米兵士とは思えぬほどの剣さばきだな、誰に教わった?」
「ほとんど我流だけど⋯⋯始めは育てのおじいさんに遊び程度に習ってました」
「お前は⋯⋯ユグノア王国の出身ではあるが、元々孤児だったのか?」
「そう、なりますね」
「なる程⋯⋯。とにかくそこまでの腕前なら、俺も少しは本気を出すとするかッ⋯⋯!」
「⋯⋯⋯!」
受け身を取っていた先程までと違い、気迫の込もった重い一撃一撃をジュイネに打ち込むグレイグ。
「くっ⋯⋯!」
「ぬんッ!」
「あ───」
ジュイネの剣が勢いよく弾け飛び、その反動で後方に倒れ込んだジュイネへ向けグレイグは大剣を構えたまま更に踏み込もうとする。
「───⋯⋯」
その動きが、ピタリと止まる。
「⋯⋯⋯⋯?」
「俺と、お前は⋯⋯前に、どこかで───」
(え⋯⋯)
「ふぅ⋯⋯ここまでにしておこう、雨も強くなって来たしな。部屋に戻るぞ、エルジュ」
グレイグは大剣を納め、ジュイネに手を差し伸べ立たせてから先にバルコニーから出て行った。
(僕が居た元の世界のグレイグの、記憶が⋯⋯いや、そんなはず───)
「⋯⋯ほら、タオルだ。これで頭や身体を拭くといい」
「ありがとう、ございます⋯⋯」
「お前⋯⋯大分疲れた顔をしているな。病み上がりで雨の中修行させたせいだろうか」
「そんなことは⋯⋯」
「もう休んだ方がいい、俺のベッドを使っても構わん」
「それは、さすがに⋯⋯床に毛布を敷いて、寝ますから」
「床だと冷えるだろう。⋯⋯ベッドをもう一つ部屋に入れてもらうか。少し待っていろ」
グレイグ将軍の部屋に、使用人数人によってもう一つベッドが運び込まれた。
(監視対象のはずなのに⋯⋯こんなに優遇されていいのかな)
「俺は報告書など書かねばならんからまだ休まないが、俺に構わず先にベッドで休むといいぞ」
「あの⋯⋯」
「何だ?」
「悪魔の子がもたらすっていう、変貌とか凶暴化とか⋯⋯僕にその兆候が見られたら、グレイグ⋯⋯将軍は、僕をすぐに斬り捨てますか?」
「⋯⋯場合によっては、な」
「⋯⋯⋯⋯。じゃあ、その⋯⋯先に休ませてもらいます」
「あぁ⋯⋯お休み」
──────────
───────
「すぅ⋯⋯すぅ⋯⋯」
「(よく、眠っているな。やはり病み上がりに修行はキツかったか。⋯⋯俺も、そろそろ寝るとしよう)」
──────────
────────
──────
「⋯⋯起きて、下さいよ。グレイグ将軍」
「⋯⋯⋯⋯」
頭上近くから聴こえる、微かに震えた声に目を開けるグレイグ。⋯⋯いつの間にかエルジュがグレイグの上に馬乗りの状態にあり、その両手には剣の柄を逆手に刃の切っ先をグレイグの喉元に突き立てている。
「とっくに、この状況に気づいてたはずですよね⋯⋯将軍ともあろう貴方なら」
「⋯⋯そうでもないな。全くと言っていいほど、殺気は感じなかったぞ」
動じる様子ひとつ見せないグレイグ。
「嘘だ、僕は⋯⋯貴方を、殺すつもりで───」
「ならばお前は⋯⋯、こうして欲しかったのか?」
「⋯⋯⋯っ!?」
力任せにジュイネから剣を引き離して放り投げ、次の瞬間には素早く身体を起こしてジュイネを逆にベッドに押し倒し馬乗りする形で両手首をも掴みとり身動きを取れなくする。
「───悪魔の子の影響を受けた振りをして、俺に返り討ちにされ殺されたかったとでも言うつもりかッ?」
「そう、だよ⋯⋯。僕は貴方に、殺してほしかったんだ。なのに、どうして馬乗りになって剣を向けたことを気づかない振りなんか」
「さっきも言ったろう、全くと言っていいほど殺気を感じなかったと。⋯⋯俺を殺すつもりは毛頭なく、逆にお前が殺される気であったなら俺は反撃する必要すら無いという訳だ」
「──────」
「故郷を失い、自暴自棄になるのも判らなくもないが⋯⋯性急過ぎやしないか。故郷を滅ぼされて尚生き残ったのなら、お前には生きる意味があるはずだエルジュ」
「違う⋯⋯」
「⋯⋯⋯?」
「僕はジュイネだ、エルジュじゃない」
「ジュイ、ネ⋯⋯? ジュイネだとッ? その名は⋯⋯ユグノア王国に勇者として生まれ、今や悪魔の子として行方不明となっている赤子の王子の名ではないのか。まさか⋯⋯その名と偶々同じだとでも?」
「本人だよ⋯⋯未来から、来た」
「何を、馬鹿な事を」
「あぁ、馬鹿だよ。遡るべき時を間違えて、失敗して⋯⋯未来から完全に切り離されて戻る術すらない。勇者の紋章すら消えた⋯⋯役立たずの勇者だ」
不敵な笑みすら浮かべるジュイネ。
「遡るべき時を間違えた、だと⋯⋯?」
「本当なら⋯⋯今より16年後の過去に戻るべきだったんだけどね⋯⋯何でか失敗しちゃってさ。意図せず二十歳くらいのグレイグに会いに来ちゃったよね」
「お前は、16年後の俺を知っていると⋯⋯?」
「知ってるよ。今と大して見た目は変わらないけど⋯⋯勇者の盾にはなってくれたよね」
「勇者の、盾⋯⋯」
「取り戻したいものがさ、いっぱいあったのに⋯⋯それが出来なくなっちゃって。だから、若い頃のグレイグに殺されるのも悪くないかなってさ」
「⋯⋯今この時代では、無理なのか? その、お前が取り戻したいものというのは」
「無理だよ⋯⋯だって僕はもう勇者じゃない。左手の甲の紋章が消えたのは、この世界の今赤ん坊のもう一人の僕が本当の勇者なわけだから⋯⋯未来から来た僕は用済みというか居る意味が無いんだ」
「赤ん坊が、大人になるのを待って真実を話せば───」
「その頃には僕自身消えてる。⋯⋯分かるんだ、もうここに居られる時間が少ないって。根本的に同じ存在は同時に存在し続けることは出来ないんだ。───それとも、16年後にグレイグが“僕”に真実を伝えてくれるの?」
「それは⋯⋯」
「デルカダール王に盲目に従ってるくせに、未来から来た悪魔の子を殺さなくていいのかな」
「お前は⋯⋯どう見ても悪魔の子などには見えん。何か、デルカダール王は勘違いなされているのでは───」
「あはは、おめでたい頭だね。そんなだから空回りしてばかりで大切なことに気づくのが大幅に遅れるんだよ」
「なん、だとッ⋯⋯?」
「痛い痛い⋯⋯手首に力入れ過ぎ。まぁ、別に僕はこのまま殺されたって構わないんだけどね。手首じゃなくて⋯⋯首元を絞めてよ。そうすれば、終われるからさ」
「断る。⋯⋯お前が諦めようと、俺は諦めん」
「諦めないって、何を」
「未来の俺⋯⋯勇者の盾である事を、だ」
「⋯⋯僕の言ったこと信じてるの?」
「嘘を言っているようには思えない」
「ふーん⋯⋯じゃあ、デルカダール王がバンデルフォン王国やユグノア王国を滅ぼした元凶、魔道士ウルノーガに取り憑かれてるって言っても信じてくれる?」
「なッ⋯⋯? それは本当かッ?」
「嘘を言っているようには思えないって、思ってくれないの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「更に言えば16年後、命の大樹の魂がウルノーガに奪われて魔王が誕生し、世界崩壊が起きるんだ。その一旦を⋯⋯グレイグの友達が担ってるって言ったら───」
「ふざけるなッ!!」
「ふふ⋯⋯、それは断じて否定するんだね」
「⋯⋯⋯⋯救う方法はないのか、我が友を」
「あれ、やっぱり信じてくれるんだ」
「嘘を⋯⋯言っているようには思えないからだ」
「───今すぐに、デルカダール王に取り憑いてるウルノーガを僕とグレイグで倒せないかな」
「何⋯⋯?」
「あぁ、でも無理か。仲間が⋯⋯居なさすぎる。僕も勇者の力を失ってるし」
「お前の仲間は、何人居るのだ」
「⋯⋯一人死なせてしまって、グレイグが仲間になったことで最終的には六人、かな。今のグレイグが聴いたら驚くくらいのメンバーだよ。勇者の僕なんか必要ないほどに、みんなとても強いんだ。───僕の知ってるみんなにはもう二度と、会えないけどね」
「今目の前に一人、居るんじゃないのか?」
「確かにグレイグだけど⋯⋯やっぱり僕の知ってるグレイグとは違うんだよ。僕と歳が近くなっただけ、かな」
「───⋯⋯ホメロスに話せば、協力してくれるかもしれん」
「あぁ⋯⋯多分そう言うと思ってた。ウルノーガの闇の力に完全に魅入られる前のホメロスなら、もしかするかもしれないけど」
「私が⋯⋯どうしたと?」
「!? ホメロス⋯⋯」
「全く⋯⋯相変わらず不用心だなグレイグ。寝る時は部屋の鍵くらい掛けろと、あれ程言っているというのに。取り込み中の所を見せられる側にもなってもらいたいものだ」
「いッ、いや、これは違うのだホメロス⋯⋯!」
「何の言いわけしてるのさ。⋯⋯僕はグレイグ将軍の寝込みを襲った、けど失敗して逆に馬乗りされてるだけだよ」
「ほう⋯⋯? これで悪魔の子の影響が出た証明になったな、グレイグ。早速デルカダール王に報告するとしよう。⋯⋯そいつは、今ここで斬り捨てたらどうだ? 生かしておくだけ、この王国に悪影響が及ぶぞ」
「待ってくれ、ホメロス。⋯⋯お前、さっきまでしていた俺達の話を、扉を開ける前から聴いていたんじゃないのか?」
「何の話だ?」
「ほら、もう無意味だよグレイグ将軍。⋯⋯早く、僕を殺してよ」
「断ると言っている。⋯⋯ホメロス、察しの良いお前なら気付いているはずだ。エルジュは⋯⋯いや、ジュイネは」
「⋯⋯⋯⋯」
グレイグの部屋の扉を閉め、ホメロスは内側から鍵を掛ける。
「ホメロス?」
「───16年後に、私が⋯⋯オレが魔王誕生と世界崩壊の一旦を担うとは、本当かエルジュ⋯⋯いや、ジュイネ」
「何だ⋯⋯、しっかり立ち聞きしてたんじゃないかホメロス。⋯⋯嘘だって言ったら、どうしてくれる?」
「お前の望む通り、殺してやるだけだ」
スラリと剣を引き抜く。
「ホメロス⋯⋯! ジュイネの言っている事は、嘘では───」
「グレイグ、何故お前はそう盲目的に信じられる? この先オレが闇の力に魅入られる事を確定事項とし、それを救いたいと宣うのか?」
「それは⋯⋯ッ」
「───ゔっ、ごほ、ごほ⋯⋯っ!」
苦悶の表情を浮かべ、突如血を吐くジュイネ。
「なッ⋯⋯どうしたジュイネ、重い俺がずっと上に乗っていたせいか⋯⋯!?」
ハッとして馬乗りをやめるグレイグ。
「はは⋯⋯何言ってるのさ。確かに重いけど、グレイグのせいじゃ⋯⋯ないよ」
ジュイネは血に濡れた口元を片手で拭い、ホメロスは状況を察する。
「⋯⋯お前が存在出来る時間はもう少ないと、言っていたな。そういう事か」
「そうだね⋯⋯時を遡るのを失敗したから、反動が酷いんだと思う。身体中傷だらけでユグノア城に倒れてたのも、魔物にやられたんじゃなくて特定の過去に戻るのを失敗したからなんだ、きっと⋯⋯」
息も絶え絶えに話すジュイネ。
「ならば、殺す必要は無いか。お前は自ずと死ぬ。いや⋯⋯存在自体が消える、と言った方が正解か」
抜いた剣を腰の鞘に納めるホメロス。
「このまま消えるの、嫌なんだけどな⋯⋯誰かに殺された方が、まだ意味を持てる気がするのに⋯⋯」
「お前自体の命を、グレイグに背負わせたいと言うつもりか?」
「僕の居た元の世界で、グレイグの命を預かっていたのは、僕なんだけどね⋯⋯その上で、グレイグに盾になってもらってたんだけどさ⋯⋯ごほっごほっ」
「もう喋らなくていい⋯⋯苦しいのだろう」
グレイグはジュイネの背中を気遣わしげにさする。
「グレイグの故郷バンデルフォンや、お前の故郷ユグノアが魔道士ウルノーガに滅ぼされ、その魔道士は今度はデルカダール王に取り憑き探している勇者の力を介して命の大樹の魂の力を奪おうとしているというのか?」
「さすが、ホメロス⋯⋯話が早くて、助かるな⋯⋯。グレイグのことを、思うなら⋯⋯二人で協力して、ウルノーガを討つ手立てを考えてくれない、かな⋯⋯。僕はもう、この世界には存在出来ないから⋯⋯」
ジュイネの身体が、不意に薄まってゆく。
「⋯⋯───」
「お、おいジュイネ、消えるな⋯⋯!?」
「いいんだよ、これで⋯⋯。ねぇホメロス、ウルノーガの闇の力なんかに負けないでよ。グレイグと⋯⋯もっとちゃんと腹を割って話して。ずっと友として⋯⋯双頭の鷲として、デルカダール王国を守って行ってよ⋯⋯。そこにはきっと、生きているマルティナ姫も居てくれるから⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯! お前、は───」
「グレイグの、こと⋯⋯頼むね、ホメロス⋯⋯」
「⋯⋯言われる、までもない」
「ジュイネ⋯⋯ッ」
「そんな、悲しそうな顔しないでグレイグ⋯⋯。大丈夫、僕らはきっと、別の形で逢えるから⋯⋯だから、またいつか─────」
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