海賊と酒神
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第三章
「襲われる方も備えていたり征伐に軍隊が来たり」
「アテネなんかは強いね」
「はい、アテネの船なんて襲ったら」
それこそというのだ。
「後で軍船に乗った兵隊が大勢来るとか」
「あるね」
「嵐はあるし化けものは出るしね」
そうした危険もあってというのだ。
「もう他に仕事があるなら」
「海賊はしないね」
「まっぴらでさ」
こうディオニュソスに答えた。
「本当に」
「わかったよ、では君達の村に案内してくれるかな」
ディオニュソスはここまで聞いて海賊達に言った。
「そうしてくれるかな」
「あっし等の村にですか」
「うん、僕が助けてあげるよ」
「神様がそう言われるなら」
海賊としては一も二もなかった、そうしてだった。
彼等は酒の神を自分達の村に連れて行った、すると実際に村は貧しく何とか生きている様であった。それでだった。
ディオニュソスは村の北の何もない平原のところにだった。
手をかざした、するとだった。
そこは忽ちのうちに葡萄の木で覆われた、海賊達にそれを見せて話した。
「これからはここで葡萄を作ってね」
「あっ、葡萄を食って」
「そしてワインを造って売る」
「そうして暮らせばいいですね」
「そうすればもう海賊をする必要はないね」
彼等に微笑んで話した。
「そうだね」
「ええ、葡萄を作れればです」
「危険を冒して海賊をすることもないです」
「もう海賊なんてしません」
「それで暮らせるなら」
「そうだね、ではね」
ディオニュソスはにこりと笑って述べた。
「これからは葡萄とワインで暮らすんだ」
「有り難うございます」
「攫ったわし等にここまでして頂いて」
「何とお礼を言っていいか」
「まことに感謝します」
「お礼には及ばないよ、人を助けることも神の務めだしね」
それぞれが司るものの調和を維持し世界を保つことと共にというのだ。
「何でもないよ、それで君達の前途を祝して」
「そうしてですか」
「それで、ですか」
「宴を開こうか、ワインは出したしね」
船の空の樽に出したものだけではなかった、ディオニュソスは。
樽にワインを出した、そして海賊達だけでなく彼等の家族である村人達にも振舞った。そうして彼等と共に宴を楽しむと意気揚々と彼等に手を振って別れた。
以後この村は葡萄とワインで楽に暮らせる様になった、全ては酒の神の計らいであった。ギリシアに古くから伝わる話である。
海賊と酒神 完
2022・2・14
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