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魔法使い×あさき☆彡

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第二十八章 わたしの名は、ヴァイス


     1
 (はる)()は一瞬にして紫色の魔道着姿へと変わると、自分を襲う右手を槍の柄で受け止めていた。
 身体ごと突っ込んできた黒衣装の少女、その白く輝く右手を。
 だが突進の重みを支え切れずに、身体が後退する。

「おらああっ!」

 青い魔道着の魔法使い、カズミの握る二本のナイフが唸りを上げる。
 身を低く走りながら、雄叫び張り上げながら、黒衣装の少女へと切り付ける。

 黒衣装の少女は冷静だった。
 左手でナイフの一撃を弾き、右手を槍の柄から離して治奈の髪の毛を掴む。
 ナイフの二撃目をかわしながら、掴んだ治奈の頭部をカズミの頭部へと叩き付けていた。
 ごち、薄皮に包まれた骨が衝突して、なんとも重たく痛々しい音が響いた。

「いたっ! カズミちゃんの石頭!」
「こっちの台詞だ!」

 などと不毛なやりとりをしている二人の前に、もう黒衣装の少女はいない。
 赤い魔道着の魔法使い、アサキへと飛び込んでいたのである。
 飛び込み迫りながら、白く輝く右手を突き出した。
 その輝きは込められた魔力か、それとも別の力なのか、音もなくアサキの顔面を襲う。

 顔を傾けてぎりぎり避けるアサキであるが、既に次の一撃が放たれていた。
 アサキは一歩引くが、引いた分だけ詰められる。
 引いた分だけ詰められる。

「アサキ! 相手が丸腰だからって、手を抜いてっと死ぬぞ!」

 カズミがもどかしそうに叫ぶ。

「違う。まったく隙がなくて!」

 強いのだ。この、ふわふわ黒い服を着た黒髪の女の子が。
 取り押さえて色々と聞きたいところであるが、そんな余裕はアサキにはなかった。
 打ち込む隙がないどころか、かわすだけで精一杯だ。
 避けたところ避けたところ、先回りするように光る右手による攻撃がくるのだから。

 戦闘用の服でないどころか、まるで羽衣といったふわふわ動きにくそうなものを着ているというのに。
 幼い顔で、身体だって小柄で触れれば折れそうなほどに華奢に見えるというのに、そんな少女にアサキは完全に押されていた。

「たった一人じゃと、いうのに……」
「さっきの白い服の女も、あたしら三人でも勝てなかった至垂を一瞬でぶっ飛ばしてたからな。そいつと双子みたいに瓜二つの顔をしてりゃあ、不思議じゃねえのかも知れねえけど……」

 呆然とした表情で呟く治奈とカズミ。
 あのアサキが防戦一方となれば、容易に加勢出来ないのも無理ないことだろう。
 とはいえこうしてばかりもいられない。カズミは首をぶるぶるっと激しく振ると、

「調子こいてんじゃねえぞお!」

 ナイフ振り上げ戦線参加だ。

「売られた喧嘩じゃけえ。三人を卑怯とは思わん!」

 紫の魔道着、治奈もまた槍を持ってカズミに並ぶ。

 こうして、三人対一人の戦いが始まったのであるが、それでも黒衣装の少女は強かった。
 人数差にも関わらず基本防戦一方なのはアサキたちの方。
 たまに攻撃を仕掛けても、楽々とかわさてしまう。バラバラに攻めれば各個かわされて、同時に攻めても結局はのらりくらりとかわされて。

 アサキたちは連係、チームワークというよりも、個人個人でなんとか庇い合って、最悪の状態を回避しているといえようか。
 圧倒的に部の悪い状況であった。

 この状況、長くは続かなかったが。

 光が差したわけではない。
 反対にもっと、絶望的なまでに部が悪くなったのである。

     2
 上からなにやら気配の片鱗を感じた瞬間、アサキは自ら倒れ横へ転がっていた。

 一瞬前まで立っていたところに、なにかが突き刺さっていた。
 それは、光。剣にも似た、真っ白な光のエネルギーであった。

 ごろり転がった先のその顔へも、光の剣というべきエネルギーが音もなく突き出される。
 アサキは転がりながらも器用に、手にしていた自分の洋剣で弾いた。
 運もあっての紙一重、ではあったが。
 弾いた勢いによる反発を利用して、その攻撃から距離を取りつつ立ち上がった。

 カズミが、「くそ!」と怒鳴りながら背後へと跳ねて、アサキの横に着地すると、素早く視線を左右に走らせながら、二本のナイフを構え直した。

「状況が、理解出来んのじゃけど」

 治奈も、アサキの反対側の隣に立ち、槍を構えながら目の前に立つ者たちを睨んだ。

 黒い服を着た、三人の少女たち。
 この三人が、アサキたちを突然襲撃した者の正体であった。

 これで、謎の襲撃者である黒い服の少女は四人に増えたことになる。
 一人を相手でも苦戦していたというのに、もしも加勢した三人の実力が最初の一人と同等だとしたら、苦戦絶望的どころではないだろう。

 三つ子の姉妹であろうか。
 というほどに、三人は同じ顔、同じ髪型をしている。
 服装までが、まったく同じだ。

 最初の一人目だけ顔立ちや体型が違うが、それでも似てはおり、多胎児ではないが姉妹ではあるということかも知れない。

 最初の一人目の方が、とても幼く、そして顔の造形が整っている。
 比べて後からの三人はどこか色々と削げ落ちている。可愛らしくはあるものの地味な、少し老けた印象を見る者に与える。まるで、最初の一人の劣化コピーのようでもあった。

 さらに異なるところといえば、まずは服だ。
 造形整った最初の一人目は、黒くふわふわしている生地を身体に纏っている。
 対して三人は、どちらかといえばぴったりした、皮素材にも見える黒い服を着ている。

 また、最初の一人は素手による攻撃であったが、三人の手には白く輝く光の剣が握られている。

 なにはともあれ、このように一人にさえ苦戦していたのが四人になってしまった。
 それは絶対的不利どころではない状況といえたが、だが、

「うあああああああああ!」

 アサキは、まったくひるんでいなかった。
 躊躇することなく、四人へと向かっていた。
 叫び声を張り上げながら。
 剣を振り回しながら。
 この逆境に、まったく絶望など見せることなく。
 ただ、活路を切り開くため必死に。

 一番近くにいた黒服の少女が真っ白な光の剣を身構えるが、アサキは気持ちの勢いに身を任せて身を突っ込ませると、右手の洋剣で光の剣を跳ね上げていた。
 ほとんど同時に、左足を軸に後ろ回し蹴りを放つ。

 胸への強烈な一撃に、黒服の身はたまらず後ろへと飛んでいた。

 モーションの大きな技を繰り出したその隙を、三人組の一人が狙う。アサキの頭部へと、光の剣を打ち込んだのである。

 だけどアサキは予測していた。防御障壁の魔法陣を左手に張って光の剣を受け止めつつ、軽く身体を屈めて、膝を伸ばしながら叫んだ。

「巨大パアアアアンチ!」

 小柄な身体に不釣り合いな、とてつもないサイズに巨大化させた右拳で、アサキはアッパーカットを放っていた。

 ぐしゃり音がして、黒服三人組の一人の身体が間欠泉のごとく打ち上がっていた。

 せっかく攻撃を見事ヒットさせたアサキであるが、打撃を上手く相殺して受けたか大きなダメージではなかったようである。黒服は、空中で姿勢を正しながらなにごともなく着地した。
 いや、少しではあるが、ふらりよろめいていた。
 まったくの無傷ではない。アサキの攻撃は、効いているのだ。

「やるじゃねえかよ、アサキ!」
「ほうよ。うちらも、負けてはおれん!」

 アサキが見せたガムシャラな反撃は、カズミたちの心に火を着け、こうして三対四の、全員が入り乱れての戦いが開始されたのである。

     3
 やはりというべきか、魔法使い(マギマイスター)三人組の中では、アサキの強さが群を遥かに抜いていた。
 最初に現れたゆったり黒衣装の少女にこそまだ苦戦しているものの、そのコピーのような黒服三人組に対しては、対等以上の戦いを見せているのだから。

 しかも、ゆったり黒衣装とのやりとりにすらも、少しずつ、順応し始めている。
 アサキからの攻撃こそ、のらりくらりかわされてしまうが、反対に相手からの攻撃も確実に受け流すことが出来るようになっていた。
 アサキとしてはまったく余裕などなく、ただ必死なだけであったが。

「これで、身体があまり動かないんだあとかいってんだからよ。どこまでふざけてやがんだよ」
「味方が強くてありがたいことじゃろ」

 カズミと治奈は、黒コピー三人組のうちの一人へと、タイミングを合わせて一緒に飛び込んだ。

「こっちは地道に戦うしかねえからな!」

 青い魔道着、カズミが、二本のナイフを握り締めて、地を這う低い姿勢で相手の懐へと潜り込んだ。
 と見えた瞬間、

「昇竜!」

 真上へと跳躍していた。
 アッパーカット気味に、左手のナイフが打ち上げられる。
 胸元を切り裂こうとしたのであるが、見切られて、半歩後退かわされてしまう。
 カズミの身体は高く舞い上がって、黒服が視線を追わせて僅か首を上げた。
 そこを狙って、

「えやっ!」

 治奈が気合い鋭く槍の穂先を突き出した。

 カズミがかわされようとも次の手がというせっかくの連係作戦であったが、これも通じなかった。
 突き出した槍の柄が、左手一つに楽々と掴まれていたのである。

 黒服は柄を掴んだまま一歩前進し、右手に持った光の剣をぶんと振るった。
 もしも治奈がまだそこに立っていたら、首は刎ねられ飛んでいただろう。
 だが黒服の放つ白い光が一条ただ真横に走ったのみで、そこに治奈はいなかった。
 槍の柄は、黒服が一人で握っているだけだった。

 どうん、
 黒服の背中が、不意に突き飛ばされて前へつんのめった。

 背後に、治奈がいた。
 以前、リヒト支部で(よろず)(のぶ)()(ぶん)(ぜん)(ひさ)()が見せた中国武術の技を、見様見真似で実践してみせたのだ。
 (てつ)(ざん)(こう)、背中を使った体当たりである。
 もちろん、それだけで致命傷にはなりようはずもない。
 なりはしないが、よろけた状態から体勢立て直した黒服の真上から、

「うりゃあああ!」

 高く舞い上がっていたカズミが、叫びながら落ちてきた。手にしたナイフで、ずばりと黒服の胸を深く切り裂いていた。

「うっしゃ! いっちょあがりい!」

 着地したカズミは、ナイフ持った右腕を振り上げガッツポーズ。

 胸を切り裂かれた黒服は、ふらつきながらも表情一つ変えず、跳ねるように後ろへと退いた。

 カズミたちも、この通りこの戦いに順応してきていた。
 必死が故の底力ということか、もともとの実力が開花しつつあるということなのか。

「アサキ、あぶねえぞ!」

 一息つく余裕が生じたことからのカズミの声掛けであったが、しかしアサキには不要であった。

 赤毛の少女だけは油断ならじ、と黒服の方こそが二人連係で前後からの挟撃を見せたのであるが、赤毛の少女、アサキは背中にも目があるかのごとくひらりひらりと光の剣による攻撃を避けたのである。
 最小限の、無駄のない身のこなしで。

 黒服二人は、すぐさま体勢を立て直し再びアサキへと挟撃しようと動くが、その動きがなんだか奇妙であった。
 いや、動きが奇妙というよりは、剣を振り上げ掛けた中途半端な姿勢のままで動いていないことが奇妙であった。

 アサキの魔法によるものだ。
 赤毛の少女の足元を中心に、半径三メートルほどの青白い五芒星魔法陣が広がっている。
 黒服二人もその中におり、魔法陣上に乗せられた呪縛魔法により動きを封じられていたのである。
 呪縛陣。
 アサキが、地味に得意とする魔法である。
 それを非詠唱で発動させたのだ。

「行くぞお! 超魔法っ!」

 ぐ、と腰を落とすアサキの、右手の洋剣が白く輝いた。
 だが、剣を振り上げ掛けた瞬間、ふっ、と足元の輝きが、魔法陣が、消失していた。

 呪縛陣が消えて自由になった黒服二人は素早く跳躍し、アサキから離れた。

「アサキちゃん、下っ!」

 治奈の慌てた叫び声。

「え」

 アサキの足元、先ほどまでアサキ自身が作った青く輝く呪縛陣のあった場所が、今度は真っ白な円形に輝いていた。
 模様のない、単なる真っ白な眩い輝き。
 それは魔法なのか、別の力なのか。

 そこから逃れようとして、アサキの目が驚きに見開かれた。

「動けない……」

 靴の裏が、地面に張られた白い輝きに、ぴたりと張り付いてしまっていた。
 動くことが、出来ない。
 足の裏だけではなく、全身が麻痺してしまっていた。

 仕掛けた呪縛を破られたどころか、反対に自身が呪縛されてしまった。
 焦りもがくアサキの目の前に、黒衣装の少女がにんまり顔で立っていた。
 敵四人の中で、唯一感情のある表情を見せる彼女。
 さらには唯一、圧倒的な戦闘力を持っており、この呪縛返しもおそらく彼女の技であろう。

 く、呻き声を上げてアサキはなおもがき続けるが、下半身どころか手の指先さえ動かすことが出来ない。
 動けなかったが、そんな中でもアサキは、冷静に状況を観察していた。
 この呪縛陣に似た能力であるが、魔力はまったく感じないということを。
 ならば一体どのような理によって自分が拘束を受けているのか、そこまでは皆目見当も付かなかったが。

 前に立つ、ゆったり黒衣装の少女の、右腕がぼおっと白く輝いた。
 そして前へと歩み出す。
 呪縛を破ろうともがいている、アサキへと。
 白く輝く右手をゆっくりと開き、腕をゆっくりと上げ、手のひらをアサキの顔へと近付けていく。

 おそらく魔法とは異なる系統技術である、この白く輝くエネルギー。それは、破壊、催眠、睡眠、老い、どのような効果を与えるものであるのかは分からない。だが、ここまでのやりとりを考えるならば、受けて有益であることはまず考えられないだろう。

 体内に様々と呪文を詠唱して、なんとか抜け出そうとするアサキであるが、やはり身体を動かすことが出来ない。

 黒衣装の少女、その手がアサキの額に触れた。

 なにが起こる?

 なにも、起こらなかった。

 消失していたのである。
 黒衣装の少女の手から白い輝きが、完全に。

 すっ、と黒衣装の少女は視線を左右に走らせる。
 誰かを探すよう視線を走らせ、ぴたり目の動きが止まった。

 その視線の先には、ここにいる黒服の四人ともアサキたちとも違う少女が立っていた。
 その少女が右手を上げて、真っ直ぐ前へ、黒衣装の少女へと向けている。
 白く輝く、右手を。
 そのエネルギーが、黒衣装の少女の破壊エネルギーを打ち消したのだろうか。
 アサキを救ったのだろうか。

 誰……

 アサキも、その少女へと視線を向けた。

 ゆったりふんわりした、白い衣装。
 緩いウェーブの掛かった、ブロンド髪。

 先ほどの、少女であった。

     4
 ゆったりふんわりした、ズボンなのかスカートなのかも分からない白い衣装。
 ふんわりウェーブの掛かった、肩までのブロンド髪。
 先ほど忽然と現れて、()(だれ)の巨体を一撃の元に吹き飛ばしひっくり返し、そして姿を消したあの少女だ。
 彼女が、黒衣装の少女の破壊エネルギーを打ち消してアサキを助けたのである。

 破壊エネルギーと共に呪縛効果も打ち消してくれたのか、不意にアサキの身体はよろけて前のめりになった。
 必死に抵抗をしていたため、消失感にバランスを崩してしまったのだ。
 がくり膝と手を着き四つん這いになったアサキが顔を上げると、目の前で二人の少女が向き合っている。
 片や白、片や黒、ふんわりとした衣装を着た、幼い、瓜二つの顔をした少女同士が。

「まだ早いといったはずだよ」

 白い衣装の少女が、ぼそり小さく口を開いた。

「……だいたい試練もなにもないんだ。彼女たちはまだ身体が出来上がっていないのだから」

 それは謎に満ちた、白い少女の言葉であった。

 その言葉を受けて、黒衣装の少女はつまらなそうに唇を歪めた。

「はあ、だから先ほどもこいつらの手助けをしたわけか。でもね、思い違いをしないで欲しいけど、これは試練じゃないよ。……抹殺だ!」

 黒衣装の少女は、四つん這いになっているアサキをちらりと見た。
 と、その瞬間には、既に地を蹴って、白く輝く右手を再びアサキへと突き出していた。

 もう呪縛は解けているが、あまり不意だったのでアサキは避けることが出来なかった。
 でも、その攻撃はまたもや不発に終わった。
 白い衣装の少女が、間に入り込んで、その拳を胸で受けたのである。

 二人が触れ合った瞬間、お互い反発して、後ろへと跳ね飛んでそれぞれ尻から地に転がっていた。

「自分で、自分は倒せないからね。……だから、どいていろ」

 ゆっくりと立ち上がりながらの、黒い少女の言葉。
 触れた瞬間に反発し合ったことを、いっているのであろう。それがなにを意味することであるかは、アサキには分からないが。

「どかないよ。わたしは、まだ仲間なんだと、思っているから」

 ふんわり白衣装の少女も立ち上がって、またアサキを背負って両腕を大きく広げた。

「これまでただの一度も、お前を仲間や味方だなどと、思ったことはないけどな」
「わたしは、ずっとそうであると思っていた」
「どうでもいいよ」

 白と黒、二人の少女は言葉かわしながらお互いに接近し、拳を打ち付け合った。
 正確には、黒い衣装の少女が執拗にアサキを狙おうとし、白い衣装の少女が身や拳で進路を塞いでアサキを守ったのである。

 二人の拳が、反発に大きく跳ね上がっていた。それぞれ、ぶうんと回る拳に身体が持っていかれて、ふらりぐらりとよろけた。

 その様子を見ながら、白い少女の背後で守られながら、アサキは思っていた。

 どうして、この子たちはお互いに触れ合うことが出来ないのだろうか。
 何故、わたしたちはこうして生命を狙われているのだろうか。
 そして、この白い服の女の子は、何故わたしたちを助けてくれるのだろう。

「たち、ではありません。彼女の狙いは、あなたですよ。(りよう)(どう)()(さき)さん」

 一瞬の間に三度、アサキはびっくりした。
 目の前にいたはずの白い衣装の少女の声が、すぐ背後から聞こえたこと。
 少女が自分の名前を知っていたこと。
 少女に自分の考えが読み取られていたこと。

「出来ることなら、守ってあげたいと思うのです、わたしは。でも、この通り、自分で自分を攻撃は出来ない。だから……」

 白衣装の少女の、小さくもはっきりとした声。

 ぞくり
 アサキの全身に、鳥肌が立っていた。
 背筋を、なにかが突き抜けていた。

 白い衣装の少女が、撫でたのである。
 真っ白に輝く右手がアサキの背後を、頭から腰まで撫で下ろしたのである。

 輝きがすうっと染み移り、アサキの全身が真っ白に包まれていた。
 少女の右手と同じ色、ぼおっとした真っ白な光に。
 身体だけでなく、手にしている洋剣までもが。

「余計なことを」

 黒衣装の少女が、つまらなさそうに口元を歪めた。

「どうであれ負ける気はしないがな。しかし、その力を御せるようになられると、ほんの少しだけ厄介になる。……ならばその前に!」

 言葉の終わるか終わらぬかのうちである。黒衣装の少女が、アサキの視界を完全に塞いでいた。
 黒衣装のふんわりした袖から出ている真っ白に輝く右手が、すっとアサキの赤毛に包まれた頭部へと伸びる。

 だが、無意識、反射だろうか、アサキは迫るその手を横からぱしり払いのけていた。のみならず、もう片方の手に握る洋剣を目にも止まらない速度で黒衣装の少女へと叩き付けていた。

 黒衣装の少女の、左手にも輝きが生じ、剣の切っ先を受け止めていた。そしてそのまま、押し返そうとする、

 この力比べはどうなるかというところ、アサキは剣に固執せず簡単に手放していた。
 そして、自由になった身体をぶんと回したのである。
 後ろ回し蹴りだ。
 少女の胸を完全に捉え、その瞬間には、少女の身体は背後にあるビルの壁を砕いてめり込んでいた。

 めり込んだその呻きすら上がらぬうちに、アサキは大きく前へ跳躍し、少女へと身体を突っ込ませながら、真っ白に輝く拳を少女へと突き出した。
 大爆発が起き、爆炎にアサキと黒衣装の少女はまったく見えなくなった。
 ばらばらりと、砕かれたビルの欠片が落ちる中、煙に覆われた視界がすうっと晴れていくと、そこには毅然とした表情でしっかり地に立っているアサキと、ふらりよろめいている黒衣装の少女の姿があった。

 ふんわりした黒い衣装は、この爆発にすっかりボロボロになっていた。焦げ、破れ、ところどころ肌が露出している。顔や指先と同じ、真っ白な肌だ。
 髪の毛が黒く、着ているものも黒づくめであるため、対比に病的なまで真っ白に見える。

 ここまでずっと上からな態度であった黒衣装の少女は、ようやくにして悔しそうに呻き、驚きにまぶたを震わせた。
 目の前に立つ、赤毛の少女を睨みながら、ぎり、と歯を軋らせた。

 そんな彼女を見ながら、アサキは、

「あなたには、なんにも恨みはない。けれど……」

 無意識に繰り出していた技の数々に自ら驚きながらも、冷静に言葉を発していた。
 それは、いいわけの言葉であった。
 反撃に叩き伏せてしまった罪悪感に、いいわけをしているのである。
 少し前まで自分の方こそが圧倒され、殺され掛けていたというのに。
 理屈では分かってはいる。こちらは非も分からず襲われているのだ。ならば、なりふり構わず自分たちを守るのは当然だ、ということは。
 なのに叩きのめして罪悪感。
 そうした、お人好しのみで細胞構成されているのが、まあアサキなのだろう。

 さて、この一対一の戦闘においては、アサキが勝利目前で手を止めてしまっていたが、他の者たち六人の戦いはまだ続いていおり、情勢に変化も起きていた。

「あなたたちも、自分の身くらいは守って下さい」

 白衣装の少女が、すっすっとカズミと治奈の間を通り抜けながら、白く輝く右手で二人の身体を撫でたのである。

「な、なにしや……」

 文句をいうカズミの口が、驚きに閉ざされていた。
 自分の手、指先、身体を、見下ろしながら、驚きの表情で。

 治奈も同様の仕草で、やはりびっくりした顔をしている。

 彼女たちの反応も、無理はないだろう。
 カズミと治奈、二人の全身が予期せず輝いていたのである。
 それは真っ白に、それは眩しいほどに。

     5
「身体が、軽いけえね……」
「本当だ……」

 (はる)()とカズミ、二人が驚きの表情で自らの身体を見下ろしていると、そこへ、黒服三人組の一人が、右手に光の剣を握り、振り上げ、襲いくる。

「正拳!」

 どっしり腰を落としたカズミの拳が、飛び込んでくる黒服の顔面へと、めり込んでいた。

 鼻っ柱を潰され、ぐらりよろめいた黒服へとカズミは、

「裏拳!」

 腰を捻り肩を捻り、側頭部へと手の甲を叩き込んだ。流れるような追撃である。

「りゃあ!」

 そして、後ろ回し蹴り。
 黒服は、無防備な状態での胸への打撃に、たまらず吹っ飛んだ。
 魔力の質や量の問題によりアサキほどの破壊力はないものの、遥かに綺麗かつ豪快な技の冴えであった。カズミはアサキにとって空手の師匠であり、当然ではあるのだろうが。

「押忍!」

 残心、胸の前で構えた両拳を、脇へ下げた。
 癖なのか、気合入れのためかは分からないが。

 その隣では、

「おおおおおおりゃ!」

 紫色の魔道着、治奈が雄叫び張り上げながら、槍を頭上で振り回している。
 その回転に、黒服が二人、弾き飛ばされた。

 アサキたち魔法使い(マギマイスター)のパワーアップに、形勢は完全に逆転である、かどうかは分からず終いだった。

「いまは様子見だ!」

 負け惜しみなのか本心なのか黒衣装の少女はそう言葉を残し、四人は溶けるように姿を消してしまったからである。

 星が一つもない、漆黒の空の下。
 ふんわり黒衣装の少女も、三つ子のように同じ顔をした黒服三人の姿も既になく。
 残るのは、アサキ、カズミ、治奈、そして白い衣装を着た少女の四人。

 しんと静まり返った空間で、白衣装の少女は、漆黒の空を見上げている。
 その身体は、微かに震えていた。
 ぽたり。
 地が雫に濡れた。
 いつの間か、泣いていたのである。おだやかな笑みを浮かべているだけだった、白い衣装の少女が。

「なにを……泣いて、いるの?」

 アサキが尋ねる。
 ここでそれを聞いて、なにがどうなるというのだろうとも思ったが。でも幼い顔の少女が泣いているともなれば、誰だって理由くらい尋ねるだろう。

「うん」

 白衣装の少女はそういったきり、黙って闇の空を見上げて泣き続けていた。

 それから、どれだけの時間が過ぎた頃だろうか。
 泣きながら、小さくまた口を開いたのは。

「刃物の刺さる寸前に、時間が止まったようなものだった。動き出せば、こうなるのは当たり前だったんだ」

     6
「はあああ? なんだあああ? この宇宙を、滅ぼすだあ?」

 がなりたてるカズミ。

 その騒々しく荒々しい声にまるで動じることなく、白い衣装の少女は小さく頷いた。幼く見える顔だというのに、妙に落ち着き払った表情のまま。

 ここは建物の中、部屋の中である。
 先ほどアサキたちがいた部屋とは、また別の。

 白い衣装の少女に導かれるまま、ここへときたわけだが、正直アサキはここが建物の何階で、どの辺か、さっぱり分かっていなかった。
 通路が、前後左右どころか上下にもうねうねとしているためだ。
 無数の奇怪な凹凸がある白い壁には窓もなく、外を確認することも出来ないためだ。

 現在ここにいるのは、四人。
 白いふんわりを着たブロンド髪の少女、
 アサキ、
 (はる)()
 カズミ。

 ここは白いふんわり衣装を着た少女の、プライベートな部屋であるとのこと。
 だから、許可した者しか入れないように、ロック、通報、撃退、追尾、セキュリティは万全。強引に突破も可能ではあろうが、迎撃リスク背負ってまでここへ入ろうとする者なども普通はいないだろう、と少女からはそう説明されている。

 そもそも、先ほど戦った黒い服装の少女たち以外、誰の姿も見ていないので、セキュリティ云々いわれてもアサキにはあまり実感のわかないところであるが。

 ただ、危険承知で強引に入っても仕方ないというところは納得だ。
 ただ真っ白なだけで、ほとんどなんにもない部屋だからだ。
 小物一つ置かれていない小さな机と、簡素な寝台があるだけだ。

 その部屋で、アサキと治奈は立って壁に寄り掛かっており、カズミはベッドの上でミニスカートだというのにまた大きくあぐらをかいている。
 ブロンド髪の少女は机の椅子に腰を掛けており、ふんわり垂れた布地が床に触れそう。

「そうだとして、宇宙を滅ぼすことと、アサキの生命を執拗に狙うことが、どう関係すんだよ!」

 部屋に着いてまだ二言三言しか言葉をかわしていないというのに、もうカズミは声を荒らげ、色々な謎を知っているはずの少女へとこうして食って掛かっているのである。

「大いに、あるのです」

 対してブロンド髪の少女は落ち着いたものである。

「だから、どう関係あんだよ! お前もヴァイスタで『新しい世界(ヌーベルヴァーグ)』起こそうとしてんのかよ! ()(だれ)かお前はあ! つうか至垂のあのデカイ蜘蛛みたいな姿は、なんなんだよ! つうかどこだよ、ここはどこだよ! そもそも、誰だよお前は!」
「質問は、一つづつにしていただけないでしょうか。同時に返答も可能ですが、あなたの受容量では追い付かないでしょう」
「ジュヨ……よく分かんねえけど、とてつもなくバカにされた気がするうう!」
「ま、まあ抑えて、カズミちゃへぶっ!」

 ガチッ、
 という骨を打ち合う音と共にアサキの顔がひしゃげていた。
 なだめようと近寄ったはよいが、怒りの裏拳を頬に叩き込まれてしまったのである。

「酷いよお」

 アサキは頬を押さえて涙目である。

「うるせえ! 面白フェイスを近付けるからだ! このアホ毛!」

 と、まなじり釣り上げたままカズミは、ばっちいもの触ったみたく自分の右拳をスカートの裾で拭いた。
 拭きながら、視線を白い衣装の少女へと戻す。

「じゃあ、まず最初の質問は、お前の名前だ。……アサキの名前を呼んでたってことは、あたしらのこと知ってるようだけど、こっちは知らないんじゃあ不公平だからな」
「わたしに名前はありません」
「嘘つけや!」

 淡々答える少女の語尾に、びしっとカズミが被せるが、

「事実です。何故なら名を持つ必要がないからです」

 カズミの語尾に、少女が被せ返した。

「どういうこと、必要がないって……」

 アサキが尋ねる。
 まだ鉄拳の痛みに涙目で頬をさすりながら。

「はい。ここには、わたしと、先ほどの彼女たちしかいないからです」
「え……」

 どういう、こと?
 アサキには、意味が分からなかった。
 いや、言葉の意味は理解出来る。
 でも、その内容を信じることが出来なかった。

 なにかの任務とか、もしくは天変地異などで、本当にここに人がいなくなってしまったとしても、だから残った者には名前がないでは理屈が通らない。
 必要ないから呼び合わない、というならば分かるが。

「ただ、ついにというべきか、招かれざる客も訪れてしまいましたけどね」
「至垂とかな」

 カズミはあぐらかいたまま腕を組んで、うんうん頷いた。

 ブロンド髪の少女は、ベッドの上のカズミを、そして視線を動かして治奈を見ると、小さくはっきりした声を出した。

「あなたたち二人もです」
「はあああ?」

 一瞬で、脳だか神経回路だかの導火線に着火したカズミは、あぐらかいたまま自分の膝小僧をそれぞれバシリと叩いた。

「好きでこんな辛気臭えとこにいるわけじゃねえよ! どこなんだよここ。それと、とっとと名前をいえよ!」
「先ほども申し上げましたが、名前は、ありません」
「ないわけないですう」
「本当に、ないのです。必要がないから、と理由も申し上げているでしょう」
「あたしらみたいな他人と、こうして会った時に困るだろうが」
「いえ、わたしにはすべて識別が出来ていますから。確かに、あなたたちには不便かも知れませんけれど、そもそも初めてですから、このようなことが」
「はああああ? なんだあ? 生まれてこの方、あの黒服の女ども以外と会ったのが初めてだってのかよ?」
「その通りです」
「ははっ、嘘ばっかり付いてやがるよ、こいつ。ガキみてえな顔して嘘つき女だ」

 そうだろうか。
 と、アサキは疑問に思っていた。

 あまり表情の豊かではない、少女の顔であるが、少なくとも嘘を付いているようには見えなかった。
 とはいえ、今の話も、かなり無理があるとは思うが。この地で数人の少女たちが、お互いの他には誰も知らず、生まれてからこれまでずっと暮らしてきたというのも 

「ほいじゃあ、好きに名付けてもええじゃろか」

 名前論議に治奈が参戦だ。

「必要ありません」

 にべなく突っぱねられてしまったが。

「あたしらに必要なんだよ!」
「ほうよ、呼び名がなかったら、うちらが困るけえね。白いの黒いのってだけじゃあ。そもそもあっち黒いのにしても四人もおったじゃろうが」
「なら、勝手にして下さい」

 白い衣装の少女は、ふっと小さく息を吐いた。

「よおし、じゃあ勝手にして、早速、命名会議開始だ!」

 カズミが、けなされた不満もどこへやら、ベッドにあぐらをかいたまま右腕を突き上げた。

「大袈裟じゃのう」
「まずさあ、あの黒いやつらから決めてこうぜ」
「まあ、同じ色ばかり四人もおるけえのう」

 何故か敵対関係になっている、四人の少女たち。
 みな黒い服だ。

 ふんわりゆったりの服を着た、幼い顔立ちの少女が一人。
 ここにいるブロンド髪の少女と、服から顔から瓜二つで、ただ色違いといった感じの。

 そして、革製にも見えるぴったりした黒服を着ているのが、三人。
 この三人が、服だけでなく顔がまったく同じで紛らわしい。

 ブロンド髪の少女を含め、せめて名前くらいは付けて整理したくなるのも当然というものだろう。

「最初に、ガキ顔のくせして威張ってた、ふわふわ黒服の女から決めるか。あいつ、お前とおんなじ顔してて、服も同じ感じだから、そこも区別が付くようにしたいけど……」

 お前とは、白い衣装のブロンド髪少女のことである。椅子に腰を掛けている彼女のことを見ながら、

「着てる服が黒くて、髪の毛も真っ黒だったろ。いやまあ他の三人もそうだけど、とにかくそこから、なにかイメージ浮かばねえかな」

 むむー、っと難しい顔で腕を組んだ。

「そういえばメンシュヴェルトって、その組織名も含めて命名は基本ドイツ語だよね」

 不意にアサキが口を挟んだ。

「え、そうなの?」
「カズミちゃん、知らなかったの? わたしよりずっと早くから所属していたのに」
「うるせえな! 音痴! 貧乳! オシッコ漏らし! アホ毛ですぐ泣くクソ女! で、それがなんなんだよ!」
「いや、黒ってなんていうんだろって思って」
「黒は、シュヴァルツ」

 ぼそりとした口調で答えたのは、白い衣装の少女である。

「博識じゃのう。うちらとさして年齢も変わらぬように見えよる……」
「よし! じゃあ黒のふわふわはシュヴァルツで決定!」

 治奈が関心していると、その声をカズミの大声が吹き飛ばした。

「次、取り巻きの三人。シュヴァルツの、ちょっと老けて歪んだ劣化コピーみたいのはどうしよう」
「酷いいいようじゃのう」
「敵だぞ。殺され掛けたんだぞ。こっちは好きに名付ける権利くらいあるんだよ。こいつらも黒だから、じゃあ色とはまったく関係ない特徴から付けようぜ」
「特徴から名前を付けようにも、あの三人、まったく同じだったじゃろ?」
「探せばなんかあんだろ。一人は足が臭いとかさあ。訛ってるとかさあ。実はカツラとか、歌がド下手とか、ああそれはアサキか」
「彼女たち三人は、あなたが名付けたシュヴァルツの、コピーですから違いなどはありませんよ」

 さも当然とばかりにさらりと白い衣装のブロンド髪少女はいうが、あまりにさらり過ぎて、

「えーーーっ!」

 三人が驚きの声を発するまでに五、六秒は掛かっただろうか。

「れ、劣化コピーとかっ、冗談でいっただけなんだぞ!」
「クローン人間、とか、そ、そういうこと?」

 アサキの問いに白い衣装の少女は、

「クローン? まあ、そのようなところです」

 僅かに小首を傾げたものの、否定はせず、どちらかといえば肯定的な返答をした。

「そんじゃあ、ワンツースリーのドイツ語でいいよもう!」
「途端に投げやりじゃのう」
「だって、区別がないってんじゃさあ。で、ドイツ語ではなんていうんだ?」

 カズミは白い衣装の少女を、ちょっと顔を上げてアゴで見るようにしながら尋ねた。

「アインス、ツヴァイ、ドライ。わたしは個体の区別が付きますから、もしも機会があれば目印を付けておきましょう。あなたたちの魔法の目ですぐ分かるように」
「おう。まあ出会わないに越したこたねえんだけどな。……で、残るお前が必然的に……白だから……」
「ヴァイス」

 少女のその言葉に、アサキはちょっと不思議な気持ちになった。
 何故なのか理由はすぐに分かった。

「それ確か、ヴァイスタの名前の由来だ」

 白い悪霊、という言葉からの合成語と聞いた。
 ガイストだかガイスタだかが幽霊で、そういや白はヴァイスだった気がする。
 ヴァイスタ、白くぬめぬめとした、顔のない、巨大な悪霊。
 この女の子と、姿はまったく似ても似つかないけれど。

「紛らわしいっつーんなら、違うのにすっかあ?」
「ほじゃけど、シュヴァルツから考え直さんといけんし。ここにヴァイスタが現れない限りは、紛らわしいこともないじゃろ?」
「ま、そうだな。と、いうわけで……」

 ちらり、またカズミは白い衣装の少女へと視線を向けた。

「わたしの名はヴァイス、ということですね。承知しました」

 たったいまヴァイスと名付けられた白い衣装の少女は、薄い笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。

「なんか気恥ずかしいからこそ早速呼ばせて貰うけど……ヴァイス、ちゃん、あのね……」

 呼び掛けながらアサキは、なんだか不思議な気持ちでいた。
 外国語の言葉で人を名付けて呼ぶことの違和感に。
 どこの国の人間にも見えないが、どこの国の人間にも見える、少女がそんな無国籍な容姿であるため、そういう意味では違和感はないのだが、それはそれだ。

「はい。なんでしょうか、令堂和咲さん」

 ヴァイスは、涼やかな笑みをアサキへと向けた。

「アサキでいいよ。あんまり、フルネーム呼ばれたくないんだ」
「何故です?」
「音だと関係ないけど、漢字で書くと、お寺の和尚さんみたいだから」

 それで小学生時代はよく男子にからかわれたのだ。

「分かりました。では、アサキさん。なんでしょうか」
「うん。名前を決め終えたから、次の質問をするね。ここは一体、どこなんですか? あなたたちは、こんな誰もいないところで、なにをしている……あ、ご、ごめんなさい、質問は一つずつといわれていたのに」

 アサキがそう謝っているにも関わらず、

「妙チクリンな建物がたくさんあって、街みたくなっているけど、なんで他に誰もいねえんだよ! それとお前ら、生まれてずっと名前がないとか、やっぱり意味が分かんねえぞお! 嘘ついてんじゃねえのか」
「街に誰もおらんのでは、生活が出来んじゃろ? 食べ物、どうやって調達しとるの?」

 結局、また質問攻めにしてしまうカズミたちであった。

 乗っかって、ついアサキまでもう一つ質問をしてしまう。

「さっきの女の子……シュヴァルツ、ちゃん、彼女はどうして宇宙を壊そうとしているの?」
「敵にちゃん付けんじゃねえよ!」
「ご、ごめん、わたし、誰であれ呼び捨てって出来ないんだよ」
「情けねえやつだな」
「それだけで情けないって決めるのはおかしいでしょ」
「ほおら二人とも、無駄な争いはやめんか!」

 治奈は二人をたしなめると、改めてブロンド髪白衣装の少女、ヴァイスへと向き直った。

「では、まずは質問を一つ。宇宙を壊す、ということは『新しい世界(ヌーベルヴアーグ)』とどう違うのか」
「それと、お前とシュヴァルツがおんなじ顔をしてんのも気になるぞお!」
「別にそがいなことは、あとでもええじゃろ! ……どうなん、ヴァイスちゃん。宇宙を壊すとは、どういう意味なのか」

 白い衣装の少女、ヴァイスは、三人に見つめられながら涼やかな笑みを浮かべていたが、数秒後、微かに顔を上げた。

「それじゃあ……そうですねえ、まずは……遥か遥か、遠い遠い、時の向こうの、とあるお話を聞かせましょう」
「はああああ?」

 話の流れに付いていけず理解出来ず、口あんぐりのカズミ。
 そこまでではないが、アサキも治奈も似たような表情。

 白衣装の少女は、構わず語り始めた。
 彼女曰く、遥か遥か遠い遠い時の、あるお話を。 
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