ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第70話 アスベルン星系遭遇戦 その1
前書き
ストックなしからの執筆ではやはりギリギリでした。なんか本当にすみません。
砲火寸前で話が終わってます。
次の次でハイネセンに帰れそうですね。
宇宙歴七八九年 六月二〇日 アスターテ星域アスベルン星系 戦艦エル・トレメンド
エル=ファシル星域の帝国軍残存部隊に対する掃討作戦は、順調というよりは帝国軍の撤退に合わせた一方的な結果に終了した。
元々六〇〇隻前後の各独立部隊と、最大でも三〇隻、糾合してようやく一〇〇隻前後の残存部隊では勝負にならないのは当然で、深追いした独立部隊の一部に損害が出たらしく、いつになくモンシャルマン参謀長が冷たい表情をしていた。
六月一五日、損傷した艦が護衛艦と共にエル=ファシル星系に帰還したことを確認した爺様は、正式にアスターテ星域への戦闘哨戒作戦を隷下全部隊に指示した。エル=ファシル星域を空っぽにすることについては、地上軍から流石に疑問視があり、後方へ捕虜達と共に後退した第五四四独立機動部隊から一〇五隻が、司令官セリオ=メンディエタ准将指揮下で巨大輸送艦一二隻と共にエル=ファシル星系に残ることになった。もっとも星系防衛戦力としてはほぼ空っぽも同然ではある。
結果としてアスターテ星域に対して動員される戦力は、以下の通り。
第四四高速機動集団 アレクサンドル=ビュコック少将 以下 二四四九隻(内戦闘艦艇二一八七隻)
第三四九独立機動部隊 ネイサン=アップルトン准将 以下 六七〇隻(内戦闘艦艇 六一四隻)
第三五一独立機動部隊 クレート=モリエート准将 以下 五八八隻(内戦闘艦艇 五六四隻)
第四〇九広域巡察部隊 ルーシャン=ダウンズ准将 以下 五〇九隻(内戦闘艦艇 四九七隻)
宇宙艦艇数 四二〇六隻。戦闘艦艇 三八六二隻。総兵員四八万九〇〇〇名。またこれに分派されてきた巨大輸送艦一〇隻が同行する。
陸戦部隊のほぼ全てをエル=ファシルに残し、アスターテ星域各星系への占領攻撃は行わない。というよりもエル=ファシル星域との接続星系であるアスベルン星系へ、この四〇〇〇隻で一気に殴り込みをかけて宙域支配を試みるだけのことだ。
これはモンティージャ中佐による偵察哨戒の結果でもあるが、アスターテ星域に残存する帝国軍の総兵力はおよそ二五〇〇隻と見込まれること。後方になるヴァンフリート星系の部隊との交代を考えても三〇〇〇隻を超えることはまずないが、全ての戦力が糾合すれば十分に戦闘哨戒作戦部隊へ打撃を与えることができることを考え、あくまでも戦力は宇宙戦部隊に集中して運用することを選択した。勿論、アスターテ星域にまともに占領できるような惑星が存在しないのも理由である。
二〇日、エル=ファシル星系を出発した第四四高速機動集団本隊は、進路上で独立部隊とそれぞれ合流。接続星系であるエル=ポルベニル星系に集結した全部隊は、そこで補給と軽度の補修を行い、二度の長距離跳躍の後、二六日。アスターテ星域アスベルン星系外縁部にその戦力を全面展開するに至った。
「居ますね」
「居るね」
「ほぼ全軍ですか」
「ふん。ご苦労なことだ」
俺とモンティージャ中佐とニコルスキー中尉とカステル中佐は、旗艦エル=トレメンドの司令艦橋の一角にある、先乗りしている偵察哨戒部隊から送られてきたデータが映し出されたモニターを見て呟いた。
作戦指示を受けてから二〇日以上。それより前から偵察哨戒は行われていたから、エル=ファシル星域かダゴン星域のどちらかからアスターテ星域を狙っているとは帝国側も理解していただろう。それでもダゴン星域側との接続星域ではなく、こちら側に戦力を集結させたのは賭けに勝ったというか、それとも偵察哨戒を逆手に取られたのか。
こっそり俺はモンティージャ中佐を見ると、中佐もこちらを見て肩を竦めている。あくまでもダゴン星系に対する妨害への牽制が目的だから、特に偵察哨戒部隊に対して隠密行動を徹底させてはいなかったということだろう。
「帝国艦隊、約二五〇〇隻が第一惑星軌道上に集結中」
「偵察中の巡航艦アカユカン四五号より、〇九二〇時待機通信。同部隊の移動を確認したと連絡あり。推定方向、当部隊現在宙域」
「第七跳躍ポイントを偵察中の巡航艦マタモロス一一号より、当該跳躍宙域に異常なし。帝国側通信衛星の所在を確認」
「巡航艦ハリージャス二号、生存信号ありません。撃沈したものと考えられます」
怒涛の如く流れ込んでくる情報に、オペレーター達も次々と反応して声を上げる。既に司令部要員はその内容を目で確認しているが、後日の航海日誌や戦闘詳報、軍法会議の資料としての音声データの為にオペレーター達は敢えて声に出している。委細もれなく報告するのが仕事だが、優れた情報分析科の士官に指揮されたオペレーターは事の重要度を的確に判断して順序良く報告してくれる。
「敢えてこちらに向かって移動してくるとは。であれば、なぜ跳躍宙域の周辺に偵察衛星や哨戒艦を撒いていなかったのでしょうか?」
一番の問題点。戦力的に不利な状況にあるはずの帝国艦隊が、敢えて優勢な我々に向かって移動を開始しているという情報。我々が把握していない、戦力差を覆すだけの戦略要素が、現在この星系の何処かに張り巡らされているのか。モンシャルマン参謀長は爺様に問いかけると、爺様は軽く右手で自分の顎を撫でて言った。
「儂らの出口が分かっていれば、哨戒艦一隻が指向性の高い重力波探知機を作動させていればいいだけじゃろう。博打と喧嘩の売り方が、なかなかに上手じゃな」
これは爺様にとって最高に近い褒め言葉だろう。準備よく星系に戦力を集結させ、戦力の無駄遣いをしない。戦力的劣勢側の防衛艦隊として間違いのない行動だ。この防衛艦隊の指揮官は、エル=ファシルを守っていた貴族連中とは明らかに質が異なる。むろん上等な方に。
「戦力差を認識し、必要十分な体制を整えておきながら、敢えて挑戦的な行動をとろうという意図じゃが……ジュニア、貴官はどう考える?」
爺様がこちらを見ずに手招きするので、俺は他の三人から離れて三段しかない階段を上り、ファイフェルの隣、正面を向く爺様の右隣に立って応えた。
「勝てる勝算があるというよりは、我々をこの星系から追い出せる算段があり、その一環として部隊を前進させている、と小官は考えます」
「追い出せる算段? 具体的にはなんじゃ?」
「一番考えうるのが数的優位です。ハリージャス二号の喪失方向から増援が来る、と考えるのが普通です」
「我々が二五〇〇隻と侮って接近し、砲戦距離に達した段階で増援が現れる。挟撃の危険性を考え、我々はエル=ファシルに撤退する。そう仕向けたい、と考えているということか?」
「さようです。参謀長」
「では我々はこの跳躍宙域に留まるべきかね?」
爺様を挟んで、モンシャルマン参謀長のいつになく鋭い眼差しが俺に向けられる。『そう仕向けたい』ということは、参謀長も送られてくる増援が『本物』かどうか疑っていることは明らかだ。だがこんなある意味では愚かな質問を俺に投げかけてくるということは、順序だてて爺様に決断を促すよう意見を提示しろと言うことだろう。モンシャルマン参謀長の親心に心の中で頭を下げて、俺は爺様に言った。
「アスターテ星域の帝国軍の最優先事項は、ダゴン星域におけるイゼルローン攻略部隊への妨害活動の継続です」
俺はファイフェルに頼んで、爺様の座る司令官席の前に付けられた小さなモニターに、アスターテ星域と周辺五星域の簡易的な航路図を映してもらった。
「我々にどれだけの兵力であろうとも、結果的にこのアスベルン星系内に戦うことなく留まっているだけであれば、彼らは別戦力によって妨害活動を継続することになります。今までと比べて過酷な勤務になるでしょうが」
こちらの戦力を正確に把握しているであろう防衛艦隊が、戦力不利でも接近してくるのはそこに『何らかの意図がある』とこちらに思わせるためだ。それは参謀長の言うように『別星系からの援軍の可能性』。
こちらが跳躍可能宙域で消極的に防備を固めているならば良し。積極策をとったとしても時間を稼ぎつつ、こちらの後背に戦力を展開して撤退に追い込みたい。だが時間を稼ぐにも一方的に敗北するような戦力差ではダメだと考えた。仮に一万隻の同盟軍がエル=ファシルに攻め込んでいたとして、アスターテに分派可能な戦力をその半数の五〇〇〇隻と見込んで、星域にある戦力の八割強、二五〇〇隻を防衛に集結させた。これはいわゆる見せ金だ。
防衛の為には最低でも残りの二五〇〇隻をどこからか調達しなければならないだろうが、大兵力のあるイゼルローンは同盟軍が急進する恐れのある以上、それだけの戦力を割くことは出来ない。考えうるのはアルレスハイム・パランティア・ヴァンフリートといった星系からの戦力抽出だ。しかしこれらすべてを動員したとしても五〇〇〇隻には恐らく達しない。となれば見せ金の下に分厚い印刷用紙を用意する必要がある。
ハリージャス二号が消息を絶った跳躍可能宙域は、パランティア星域へつながる。我々が敵艦隊への進路を維持するのであれば、右後背四時の方向。そこに五〇〇〇隻を超える艦隊を出現させれば、その正誤がはっきりしないうちは撤退を考えざるを得ない。
我々が司令部から与えられた任務はアスターテ星域の帝国戦力を、この星系かダゴン星域から離れた星系に釘付けにすること。イゼルローン攻略部隊は三個艦隊。既に偵察哨戒で二〇日近く稼いでいる。すぐにダゴンから巨大輸送艦を動かせたとしてもイゼルローン片道六日。補給と休養を入れてあと一〇日間は、ダゴンに帝国艦隊を送り込ませないような状況を構築しなければならない。
「ジュニアはもはや戦わずして撤退することは考えておらんのじゃな?」
「はい」
「質の悪いイカサマは力でねじ伏せるべきだ、と言うんじゃな?」
「足の遅いオバケを侮ってはいけませんが、必要以上に恐れる必要はありません」
「予備兵力は必要か?」
「アップルトン准将の第三四九独立機動部隊を推挙いたします」
「損害見込みは?」
「最大で一三〇〇隻と見込んでおります」
「それはさすがに儂を侮りすぎじゃぞ、若造めが」
座ったままの爺様の右拳が俺の脇腹を直撃する。別に爺様の用兵術を侮辱したつもりはなく、偵察哨戒において想定された五〇〇隻程度の交代部隊が存在した場合における損害計算だ。爺様の想定よりも敢えて過剰に言ったのは事実だが、短気で頑固な爺様に対して効果はバツグンだ。
「急戦速攻じゃ。お化けが背後霊になる前に叩き潰す」
爺様の力強い声が、戦艦エル=トレメンドの司令艦橋に轟く。モンシャルマン参謀長の纏う空気がより鋭敏になり、ファイフェルの顔に緊張感が走る。声を聴いたモンティージャ中佐とカステル中佐、それにニコルスキーがウィングから走り寄り、俺の後ろや左右に並ぶ。
「モンシャルマン。陣形はどうする」
「立方横隊。第三四九を一列下げ、左翼は第三五一、右翼を第四〇九とし、正面決戦といたしましょう」
モンシャルマン参謀長が歳に似合わず手早くキーボードを操作し、俺の映した航路図を消して模擬陣形を映し出す。爺様はそれと敵艦隊の情報が映っている画面を見比べて、数秒もせず頷いた。
「あえて横隊にするのは、敵の出方に合わせる為じゃな。良かろう。モンティージャは何かあるか?」
熟達した用兵家の自信と誇りに溢れた視線が横に動き、俺の右隣に立つモンティージャ中佐を射すくめる。中佐もいつものような軽快な表情ではなく、感情なく目を細めその視線に真正面から応える。
「現在の五〇隻の偵察広域展開はこのまま維持していただきたい。いまは三〇〇の拳より五〇の目の方が、はるかに重要かと」
「よろしい。ただし、この星系よりエル=ファシル側に展開している偵察隊は、この星系に集結させろ。『付け馬』にする」
「心得ました」
爺様の即断即決に、ほんの一瞬だけモンティージャ中佐の唇が歪んだ。それが何を意味するかは分からないが、少なくともエル=ファシルの時に比べて中佐の殺気は明らかに高い。そして今度は爺様の視線が、俺を飛び越えて左隣に立つカステル中佐に向かう。
「カステル。補給参謀として意見はあるか?」
「通常三会戦分のエネルギーとミサイルはありますが、いずれも巨大輸送艦にあります。分離か同行かご指示いただきたく」
一応『預かり物』の部隊をどうするか。武装はあっても機動力皆無の艦だ。同行させれば戦闘部隊の運動速度が低下する。分離させれば敵の別働戦力に捕捉された途端に容易く撃滅させられる。護衛艦を付けるだけの戦力の余裕は艦隊にはない。だが爺様は機動力よりも火力統制を優先するドクトリンに生きているから、答えは簡単だ。
「同行じゃ。敵の有効射程ギリギリまで、第四四に寄せさせろ」
「承知いたしました」
自分の仕事は十分承知している。そちらの確認がしたかっただけだ、といわんばかりに馬鹿丁寧にカステル中佐は爺様に敬礼する。爺様はそれに小さくめんどくさそうに答礼すると、視線を左に動かした。
「ボロディン」
その声はいつもの爺様の、何かと厳しくも家族のような甘さのあるおっかない親父さまの声ではなかった。峻厳であり、俺が産まれる前から戦場で修羅場をくぐってきた老軍人の声だ。
「何時間で正面の敵を打ち破ればよい。貴官の希望を述べよ」
「……可能であれば三時間で」
その数字はハリージャス二号の喪失した方向にある跳躍宙点に、今まさに帝国軍の増援部隊が到着したという仮定に基づき、我が軍が主戦場に向かう時間と方向転換及び戦列再編成・簡易補給にかかる時間を加え、さらに予備として一時間足したものを、増援部隊が戦場に到着する時間から引いた『次会戦までにある時間的余裕』だ。
実際にはこれから正面の敵艦隊の動きによって大きく変わるだろう。もし自分が敵の指揮官であった場合、それ以上の時間を同盟軍に負担させれば、背後霊を同盟軍にはっきりと認識させ、心理的にも有利となる。俺も司令部も背後霊に実体はないと確信してはいるが、他の部隊は違う。統合訓練をこなしていない寄せ集めの連合部隊が後ろを見ないで戦うのは、正直荷が重いし危険だ。
そこで背後霊をぶちのめす為に、敢えて俺はアップルトン准将の第三四九独立機動部隊を予備兵力に指名したわけだが、三時間で敵の正面戦力を粉砕する為には、彼らの力なくしては計算上不可能だ。爺様も俺もそれは分かっている。
「よろしい。三時間じゃな?」
「はい。三時間です」
俺がそう応えると、爺様は下唇を噛んで、目を閉じる。きっと爺様の頭の中ではビームとミサイルが飛び交い、早送りの戦場風景が映し出されているのだろう。邪魔をすることはない。豊富な実戦経験というソフトウェアは、どんな計算機にも勝るとも劣らないものだ。老将の沈黙は二分ばかりになり、モンシャルマン参謀長の頭部が僅かに爺様方向に傾いたタイミングで、目が開かれた。
「ボロディン少佐。意見具申の際に貴官がいちいち儂に敬礼する義務を免除する。気が付いたことがあれば、直ぐに儂に言え」
「心得ました」
「士官学校首席卒業者に、用兵とはいかなるものか、教育してやろう」
そういうと、まだしっかりしている爺様の足腰が、勢いよくその体を椅子から持ち上げた。背筋がピシッと伸び、その両目はメインスクリーンに映る恒星アスベルンと、映っているだろうが画素数で移り切れていない敵艦隊に向けられている。
「ファイフェル! 指揮下各部隊旗艦に圧縮通信通達。『急戦速攻、立方横隊、左より三五一、四四三、四四一、四四二、四〇九。二段目中央三四九、目標敵艦隊航路正面。第三戦速』以上送れ」
「ハッ!」
コイツの直立不動の敬礼はマーロヴィア以来ではないだろうか。『初めてのまともな実戦』を前に、ファイフェルの全身は緊張している。実質俺も同じなんだが、こちらは一度死んだことのある身だ。死に対する免疫が若干ではあるが多い。そしてマイクを通して艦内に発せられたファイフェルの復唱に、司令艦橋と吹き抜けでつながっている戦闘艦橋からざわめきが起きる。
帝国軍との『本気の殴り合い』が始まる。首だけ後ろに回せば、右舷側ウィングでブライトウェル嬢が何も持たず、ただ顔色を真っ青にして立っている。
彼女をなんとしてもハイネセンにいる母親の下に返さねばならないなと思いつつ、俺は彼女に何も声をかけることなく、自分に与えられた席へと向かって行くのだった。
後書き
2022.07.03 更新
ページ上へ戻る