俺様勇者と武闘家日記
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第2部
スー
テンタクルスとの戦い
前書き
23/11/5 修正
読み返したらどえらい矛盾があることに気づき、修正させていただきました。
「な、なにこれ……!?」
それは、体長が十数メートルはあると思われる、巨大なイカの姿をした生き物だった。人の頭よりも大きな目をギラギラと光らせながら、木の幹よりも太い足をくねくねと何本も動かしている。船に乗ってから海に生息する魔物と戦ったことは何度かあるが、これほどまでに巨大で強そうな生き物と出会ったのは生まれて初めてだった。
「海の魔神とも言われる、テンタクルスという魔物です。出会ったら最後、生きて帰った者はいないといいます」
「なっ、なんでそんな魔物がこんなところに!?」
意外にも冷静なヒックスさんの説明に、途端にパニックになる私。
「今はそんな話をしてる場合じゃないだろ!!」
ユウリに叱咤されても、この状況に慣れていない私は動揺を抑えることができなかった。
「正直俺のレベルでも倒せるかわからない。ここは振り切って逃げた方がよさそうだ」
そのセリフは、不安定な私の心をさらに悪化させた。この絶望的な状況の中、生き残るにはまず大きな船に戻らなければならない。だがここから船まではまだ大分距離がある。その間に無事に逃げきれるか、さらに不安が頭をもたげる。
「あいつが触腕を振り下ろしてきたら終わりです。どうしますか?」
ヒックスさんの言葉に、いつになく深刻な表情で考えるユウリ。しばらく考え込んでいたが、やがて何か閃いたように口を開いた。
「……確かテンタクルスは、視力が優れてるんだったな?」
「はい。遠く離れたあれの棲息地から我々を見つけたのもそのせいでしょう」
「なら一つ賭けに出る。ヒックス、俺が合図をしたらすぐに船まで向かうぞ」
「わかりました」
そう言うと、ユウリは目を瞑り集中した。おそらく呪文を唱えるのだろう。
一方舟の上では何もできない私たちは、固唾を飲んで二人の様子を見守ることしかできなかった。
しばらくすると、テンタクルスは私たちの存在に気が付いたのか、さまよっていた焦点を私たちに合わせると、急に鋭く目を光らせた。そして、敵意に満ちた目を向けながら、ゆっくりと近づいて来たではないか!
「こっちに来る!!」
近づくにつれ、波が高くなり舟が大きく揺れ動く。そして自分の間合いに入ったとたん、突然テンタクルスが一本の腕を真上に振り上げた。
まずい、叩きつける気だ!!
こんな小さな舟など、一撃で沈んでしまう。けれど、行動が制限されている今の状況では、どうすることもできない。
思考が停止したまま、テンタクルスの腕が振り下ろされる様を凝視するしか出来ないでいると、
「ライデイン!!」
海面を閃光が疾走する。ユウリの放つ呪文がテンタクルスの目を直撃したのだ。テンタクルスは目を灼かれ、振り下ろそうとした腕がびくりと大きく痙攣する。
「今だ!!」
即座にヒックスさんは舟の舵を切った。そして荒い波に揉まれながら勢いよく櫂を漕いだ。一方私とルカは振り落とされないよう、必死に舟の縁にしがみついていた。
やがてテンタクルスとの距離はどんどん離れていき、大きな船に近づいていく。
だが、後もう少しで到着するというときだ。私たちに気づいたテンタクルスが、ものすごい早さでこちらにやってきた。どうやらもう片方の目で私たちを捉えているらしい。
「うわああああっ!!」
「いやああああっ!!」
ルカの絶叫に、私も泣きそうになって悲鳴を上げる。あんな大きな魔物に追われるなんて今まであるはずもなく、絶望に似た恐怖感が襲いかかった。
「落ち着け!! 暴れると振り落とされるぞ!!」
そう言いながらユウリは私たちの前に立つと、剣を抜いた。と同時に、テンタクルスの腕が再び私たちの舟に襲いかかってくる。
ズバッ、と言う小気味良い音と共に斬撃が生まれた。ユウリがテンタクルスの腕を斬り裂いていたのである。
だが、襲いかかってくる腕は一本だけではない。ユウリは目にも止まらぬ早さで、次々とその腕を舟に近づけないよう捌いていく。
それでも、次第にテンタクルスのパワーに圧され、ユウリの表情が険しくなる。
「くっ……!」
この状況を見て、私は歯がゆさを感じていた。
テドンでユウリにあれほど自信を持って言ったにも関わらず、未だ私の拳は未知の魔物に恐怖を抱き震えたままだ。ユウリに心配かけさせないくらい強くなると宣言したあの頃の私は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
ふと無意識に自分の鞄に視線を向ける。けれど、鞄を開けようとする手が動かない。今だからこそと心に決めるも、あと一歩のところで揺らいでいた。
「ユウリさん、危ない!!」
ルカの叫び声と同時に、横から一本の腕がユウリに向かって伸びてくる。死角となっていたのか、ユウリが反応する前に、その腕はユウリの体に巻き付いた!
「ユウリ!!」
巻き付かれたユウリの体が舟を離れ、宙に浮く。身動きが取れなくなり、彼はすぐさま呪文を唱え始めた。
「ベギラマ!!」
深紅の炎が、テンタクルスの腕を焼く。だが、少し焦げただけで ほとんど効いていないようだ。
「くそっ!!」
相手が脅威ではないと感じたのか、テンタクルスはユウリをさらに締め上げる。
「ううっ……」
ユウリに苦悶の表情が広がる。このままではユウリは握り潰されてしまう。
「アネキ!! どうすんだよ!!」
「……!」
ルカの悲痛な叫びがこだまする。考えている暇はない。ユウリを助けなきゃ!
私は決意を固めると、鞄の中からあるものを取り出した。
「ヒックスさん!! 舟をユウリの近くに!!」
「は、はい!!」
と同時に、私は一番近くにあるテンタクルスの腕に跳び移る。
それに反応したのか、私が乗っていた腕が激しく揺れ動く。どうやら振り落とそうとしているようだ。
私は腕にしがみつき、必死で耐える。両腕を回しても届かないほど太いテンタクルスの腕は、ぬめぬめとして滑りやすく、体全体に力をいれないと振り落とされそうだった。
それでもなんとか耐え凌ぎ、落ち着いたところで別の腕に移動する。そうして何度も跳び渡り、ようやくユウリを拘束している腕の近くまで近づく。
「……ミ……オ……」
「ユウリ!!」
苦しそうな表情で私の名前を呼ぶユウリ。もはやいつもの飄々とした姿はどこにもなく、テンタクルスに握りつぶされていく彼の未来の姿が脳裏を過る。その瞬間、一刻も早く彼を助けなければというその思いが、あらゆる恐怖や不安を吹き飛ばした。
「ユウリを離して!!」
星降る腕輪の力により最大限の速さで駆け出した私は、ユウリに巻き付いている腕に向かって飛び降りると、勢いよく『鉄の爪』を装備した右手を振り下ろした。
『——————!!』
人間には聞き取れないほどの高音が海上に響き渡る。そして、ユウリを拘束していた太い腕が、私の放った攻撃によって真っ二つに切り裂かれた。
体が自由になったユウリは宙に投げ出され、そのまま海に落下する。そしてそれは飛び降りながらテンタクルスに攻撃した私も、同じだった。
「わああああっっ!?」
「ミオ!!」
ユウリが手を差し伸べるが、届かない。
ザバーン!! と盛大な水飛沫と共に、私とユウリはそれぞれ海に落ちた。
「ユウリさん、ミオさん!! 大丈夫ですか!?」
どこか遠くの方でヒックスさんの声が聞こえる。だが今の私はそれどころではなかった。なにしろ今まで海に縁のなかった私は泳げないのだ。なんとか水面に上がろうと水中でもがき続けているが思うように進まず、逆にどんどん海の底に沈んでいく。
まずい、このままだと息が出来ない!
必死になり、さらに手足を一心不乱に動かしていると、ふいに腕が引っ張られた。そしてそれがユウリによるものだということに気づき、次の瞬間には彼に抱き抱えられていた。
私は彼にしがみつきながら、極限まで息を止めていた。もうダメだと諦めかけてたとき、ようやくヒックスさんの舟に到着すると、二人揃って海面に顔を出した。
「ミオさん、手を!!」
ヒックスさんが手を伸ばす。無意識に私はヒックスさんの手を取り、そのまま舟に上がった。次いでユウリも自力で舟に乗る。
「うっ、うわあああああ!! アネキ!! 無事でよかった!!」
涙を流しながら、ルカが私に抱きついてきた。彼も心配してくれていたのだろう。私もまた最愛の弟を抱きしめ返した。
「皆さん、テンタクルスが怯んでいる間に逃げましょう!!」
おそらく弱点だったのだろうか。私に切り裂かれた腕は思いの外ダメージが大きかったのか、絶叫をあげながらその場でジタバタと暴れている。そのため今も波が何メートルもの高さで舟を激しく揺らしている。
ヒックスさんの言うとおり、ここは逃げた方がいい。私たちは揃ってうなずくと、すぐさまこの場から立ち去ったのだった。
テンタクルスから逃げ去り、急いでヒックスさんの船に戻った私たち。
あのあとすぐにユウリは自分でベホイミを唱えていた。あとから聞いたら骨が何本か折れていたらしい。よくその状態で私を抱えたものだ。
そしてヒックスさんは操舵室へと戻ると、急いでこの海域から脱出するため舵を取った。
ルカは今になって緊張の糸が切れたのか、その場にしゃがみこみ、しばらく茫然としている。
「ふぁっくしょん!!」
そして私はというと、海に落ちてずぶ濡れになった服を着替えるため、自分の船室へと戻っていた。
着替え終わったあとで、船室のベッドで一息つく。その反動により、ベッドの上で僅かに転がる鉄の爪に私は目を留める。
「師匠……。やっと師匠の武器、使えたよ」
カザーブで師匠から譲り受けた鉄の爪。もらった当初は威力の高い初めての武器に心を踊らせ、積極的に使っていたときもあったのだが、レベルが上がるにつれ、いつしか思うように使いこなせなくなっていった。いざ戦闘で使おうとすると、今まで素手での戦い方に慣れていたせいか、使えば使うほど戦闘の動きを遅くした。
――もしかしたら、レベルの低い私では師匠の武器を完全に使いこなすことはできないのでは、と次第に思うようになった。そしてその不安をある種の呪いのように自身の心に縛り付けていた。気づけばずっと、鞄の中にしまいこんだままだった。
でもあのとき、ユウリを助けたい一心で出した師匠の武器が、私に勇気をくれた。そしてこの武器のおかげで、ユウリを助けることができたのだ。
着替えも終わり、皆の様子を見るため再び甲板へと向かうことにした私は、途中でずぶ濡れのまま部屋に向かおうとしているユウリとばったり会う。
「あっ、ユウリ! 怪我の方は大丈夫なの?」
「ああ。お前のおかげで無事だ」
いつになく素直なユウリに、私は少し面食らった。
「そ、そっか。それならよかったよ。それで、ルカの様子はどうだった?」
なんとなく調子を狂わされたのと気恥ずかしさから、半ば強引に話題を切り替える。
「大分ショックを受けていたみたいだが……。きっと大丈夫だろ」
どことなく確信めいた表情で答えるユウリの言葉に、私は心の底から安堵する。
「ユウリが言うならきっと間違いないね。そうだ、海に落ちたとき、助けてくれてありがとう」
何気ない笑顔で返したのだが、ユウリは私を真摯に見つめている。
「お礼を言うのは俺の方だ。こっちこそ、助けてくれてありがとうな」
「へっ!? あっ、いや、仲間だもん、助けるのは当然だよ! ユウリが無事で、本当に良かった!」
「……相変わらずだな、お前は」
固かった表情が、僅かに和らぐ。
初めて彼の役に立てた。その達成感が、何よりも心地よかった。当然笑みも浮かぶだろう。
そんな私の事情など知るよしもなく、ユウリは私のぎこちない返事に苦笑したのだった。
「ルカ、大丈夫?」
ユウリと別れたあと、甲板の端でぼんやりと海を眺めているルカを見つけた私は、努めて明るく声をかけた。
私の声に反応したルカは、ゆっくりと顔をこちらに向ける。その様子は憔悴しきっていた。
無理もない。旅に出て一月も経っていないのに、いきなり未開の地で何日も野宿するわ、アープの塔で延々と魔物と戦うわ、しまいにはレベル三十を越えたユウリでも倒せないテンタクルスに襲われるわで、十一歳の子供には過ぎるくらい過酷な目に遭ってきたのだ。それでも泣き言や文句を言わずここまでついてこれた弟には正直驚かされる。
「ルカ……。ドリスさんのところに戻る?」
私が問うと、ルカはぶんぶんと首を振る。
「それはおれが決めたことだから、勝手に戻るなんて出来ないよ」
「あれ? それってドリスさんが決めたんじゃないの?」
私がドリスさんの私物をなくしてしまった代わりに、彼女がルカを私たちと同行させるよう提案したのだ。そのときはルカも驚いていたようだったけれど……。
「実はアネキたちに会う前に、師匠に一度頼み込んだんだ。商人の修行のために、一人で旅に出たいって。でも、師匠は反対した。おれがまだ大人じゃないからって。だからあのとき、おれの願いを覚えててくれてたことに驚いたんだ」
あのとき意外な表情をしていたのは、そう言う理由だったからなんだ。
「でもまさか、アネキと一緒に旅に出るなんて思いもしなかったけどな」
それは私もそう思う。この広い世界で、離れていた姉弟が一緒に旅をするなんて、一体誰が予想しただろうか。
「そもそもせっかく師匠がくれたチャンスを、ここで終わりにするわけにはいかないよ。おれもこの広い世界に一人で旅することがどれだけ大変か、何もわかってなかった。もしあのとき一人で旅に出ることを許してくれていたら、おれはこの世にいなかったよ。今ここでアネキやユウリさんに色々学ばせてもらってるのは、すごく運が良いことだと思ってる。だから、どんな辛い目に遭っても逃げないで、その幸運に感謝しなければならないんだ」
ここで私の名前も出していることに、嬉しさを感じていた。ルカはいつになく真剣な面持ちで、私を見据える。
「ありがとう、アネキ。一緒に旅が出来て、嬉しいよ」
いつになく素直なルカに、私は一瞬言葉に詰まった。
私より背の低かったルカは、しばらく見ない間に随分と背が伸びた。それだけではない。自由奔放だった弟は、商人になるという自分の夢を叶えるため、自ら成長しようとしている。そんな彼が私に感謝の意を伝えたことは、彼が人として、商人として一回り成長した証なのではないだろうか。
「ルカにお礼言われるなんて、初めてかもしれない」
「いや、そんなことないだろ!?」
そう言うと、二人して顔を見合わせ、ふふっと笑う。もうすっかりいつものルカに戻ったようだ。
「とりあえずお腹空いたし、ご飯でも食べる?」
「ホント、アネキって食べ物のことしか考えてないよな」
「なっ、何言ってんの? 私はルカのためにわざわざ……」
「はいはい。いーから行こうぜ」
ぶうたれる私の手を引いたルカは、昔から見慣れている生意気な顔をしながら私を食堂へと連れていったのだった。
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