××のした人生最大の失敗
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南ことりと白瀬楽人
「ん〜〜っ! いい天気!」
あれから私は更生施設に入れられ、10ヶ月間の間リハビリを行いました。おかげで薬の影響も無くなり元気になりました。また目の前に薬が出てきても我慢できる自信があるくらいです。
そして今日、4月。2年生からまた学校に復帰する事になりました。穂乃果ちゃん、海未ちゃん、また仲良くしてくれるかな……不安です。
「いってきまーす」
そう言って玄関を出ると
「あーーー!!!! ことりちゃん!! 久しぶり!!!」
「久しぶりです、ことり。もう大丈夫ですか?」
「2人とも……」
玄関前で2人が待っていました。
「あんな事があったのにまた仲良くしてくれるの?」
「当然だよ!! だって私たち、昔からずっと親友でしょ!?」
「そうですよ、ことり。そもそもことりは巻き込まれただけなのでしょう?」
「穂乃果ちゃん……海未ちゃん……」
私はなんていい友達を持ったんでしょう。幸せで胸がいっぱいです。
「2人とも、だーいすき!!」
「うわっ、ことりちゃん!?」
「もう、ことりったら。ふふ」
2人に抱きつきます。懐かしいなぁこの感じ。無事ここに帰ってこれて良かった。後はここに楽人くんもいれば……。いつ頃出所するのかな……
────────
「うっ、まぶし」
逮捕されて1年と9ヶ月。僕は刑務所から出る事ができた。本当ならもっと長い間出れないはずだったんだけど、刑期中の僕の必死の頑張りと、ことりちゃんが懸命に僕は悪くないと訴えてくれたという事もあって早めに出してもらえたんだ。
「うー、寒いな……」
何しろもう3月だ。あれから結構たってるもんな。久しぶりの風が身に染みる。
さて、出る事はできたけど家庭の事情により頼れる家族はいないしどうしようかな。ふと頭にことりちゃんの顔が浮かび上がる。いや、ダメだ。出所前警察の人に言われたのだが、薬の後遺症は本人が治ったと思っていてもずっと続くものらしい。薬をやっていた頃を思い出させるような物をみると体が勝手に反応したり、手に入る環境になってしまうとまた再発してしまう、と。だから彼女のためにも僕はもう会わないほうが良いと言われた。
あの時僕たちは互いに思い合っていた。けどあれからそれなりの時が経っている。きっと彼女も違う恋を見つけている事だろう。そもそも僕にはもう、そんな資格などないのだから……
とりあえず家に向かう。その途中、ビルについている巨大モニターでスクールアイドルとやらの特集が流れていた。最近はこういうのが流行っているのか。他にする事もないのでぼんやりと眺める。A-RISE、μ's……へぇ、明日その頂点を決めるラブライブってやつがあるのか。ん? よく見るとμ'sというグループに見知った顔がある事に気付く。穂乃果ちゃんに海未ちゃんに……
「ことり……ちゃん……」
あのことりちゃんもμ'sに入っているらしい。久しぶりに見ることりちゃんはキラキラと輝いて見えた。過去にあんな事があったとは思えないくらいに元気な姿に僕はすっかり見入ってしまった。
────────
次の日、ラブライブ会場前。
「……こんなとこに来てる場合じゃないんだけどな……」
出所したて、金も逮捕前薬に使ってもうあまり無い中、いつの間にかここまで来てしまっていた。早く就職なりバイトなりしないといけないのに。それほどまでに僕の中で昨日の映像が気になっていたみたいだ。万が一にもことりちゃんに気付かれないように帽子を深く被り、客席へ向かう。
チケットが無いと客席に入れないらしく、遠くから見る事にする。屋外ステージで良かった。
そして、ラブライブが始まる。知らないグループのステージをぼんやりと眺め、最後、μ'sのステージが始まった。
遠いけど、確かにあのことりちゃんが、幼馴染みの女の子が、ステージで踊っていた。
あんなことになってしまったけどちゃんと頑張ってるみたいで。
嬉しさが込み上げて。
その分あの時の申し訳なさも込み上げて。
「う……ぐっ……………」
涙が止まらない。
ラブライブが終わった。μ'sは優勝したらしい。僕はどうしても彼女に謝罪をしたくて彼女の家の近くで待つ事にした。そして謝ったらもう会わないように遠くに行こう。もうこれ以上彼女の人生を振り回したくない。
そして待つ事数時間。ことりちゃんはまだ帰ってこない。
打ち上げがあったにしても遅いと思った僕はそこから会場の方へ逆走してみる事にした。
────────
「またね! ことりちゃん!!」
「またね〜」
ラブライブ優勝の打ち上げをした帰り道。ついつい盛り上がって帰るのが遅くなってしまいました。いつもの待ち合わせ場所で穂乃果ちゃんと海未ちゃんと別れます。
夜遅いのであたりは真っ暗で人も全然いません。早く帰らないと。
「久しぶり、ことりちゃん」
不意に後ろから声をかけられる。振り返るとそこには見たことのある姿があった。
「あ、あなたは……」
薄金髪。あの時の2人の片方だ。あの頃を思い出してしまう。やっと忘れそうになっていたあの事件を。
「久しぶりに遊ぼうよ。昔のあの部屋でさぁ、また撮影会してあげるよ」
「いや、いいです。私早く帰らないと」
そう言って帰ろうとすると腕を掴まれた。
「やめてください!」
「なぁことりちゃん! 俺よ、マジで今困ってるんだよ!! 金が要るんだよ! このままじゃ生きていけないんだよ!!」
「離して!!」
振りほどこうとするけど力が強くて離れられない。
「またいい事してやるからさぁ!!ほら、見ろよこれ!!」
男はポケットからあの注射器を取り出した。
「あ……」
あの感覚を思い出す。何もかもがどうでも良くなってしまうほどの快感。全身に広がるあの感覚。
いや、何考えてるの私! もうやらないって決めたのに。でも、忘れられない。頭がそれでいっぱいになる。今ならまたあの感覚を味わえる。滅多にない機会だ。
……1回だけなら。
そんな考えが頭をよぎる。
今まで大丈夫だったんだ。久しぶりに1回やるくらいなら大丈夫。
「ぃ……一回……だけなら……」
あぁ、言ってしまった。受け入れてしまった。また私は今からあの感覚を味わうことになるんだ。体が震え、口がにやける。
そうして彼についていこうとしたその時。いきなり拳が飛んできて男の顔に直撃する。男は数歩分後ずさって倒れた。そして彼と私の間に帽子を深く被った人が立ちはだかった。
「彼女に……ことりちゃんに、近づくな!!!」
顔は見えないけど声で分かった。間違いない。昔から何度も聞いてきた。彼は……
「楽人……くん……?」
────────
殴った拳がじんじん痛む。これだけ時間が経ってこの男、まさかまたことりちゃんを狙うなんて。許せない。
「ッ……おい、テメェ……何すんだオイ!!!」
男が起き上がり、こっちに向かってくる。よく見るといつの間にか手に警棒を持っていた。まずい。こんな場面にでくわすなんて思ってなかったから今は武器も何も持っていない。咄嗟に攻撃をかわそうとするがリーチもあって思いっきり左膝にくらう。
「がっ…………!!」
思わず倒れ込む。頭を蹴られ、帽子がとれる。
「ん? お前もしかして落人か? テメェこのクソ嘘つきが!!!!」
さらに腹や腕に蹴りや警棒が打ち込まれる。
「ガホッ!ゲホッ!!」
痛い。多分左膝と右腕は折れた。
「おい、知ってるか? あの後な、1週間くらいしてカズは捕まったんだ。薬を購入してた事がバレて! 庇ってくれたみたいで俺は捕まらなかったんだけどよ……なぁ! あれから俺たちはこいつに関わらなかったのによ! おかしいよなぁ!!!!」
「あぐっ……がはっ!!」
「決めたぞ。先にお前をなぶり殺す。そしてお前が死んだらこいつを連れて帰って撮影会だ。ラブライブ優勝者のキメハメ動画……絶対高値がつくぞ……ククク」
やばい。このままじゃ殺される。いや、それよりもこの男ことりちゃんの動画を売るつもりなのか? そんな物が出回ってしまったら彼女はもう立ち直れなくなってしまうかもしれない。せっかくあの事件から立ち直って大会優勝まで成し遂げたんだ。そんな彼女の笑顔を奪うなんて絶対にさせない。
とりあえずまずは助けを呼ばないと。気付かれないように体の下敷きになっている左手でスマホで警察に電話をかける。後は逆探知を期待して耐えるだけだ。僕が死ぬまではことりちゃんに手は出されない。どんなに痛くても苦しくても、関係ない。警察が来るまでなんとしても生き抜いて見せる。彼女の人生にこれ以上傷をつけない為にも。
────────
楽人くんが殴られ、蹴られ、そしてまた思いきり警棒を振り下ろされる。私の大好きな楽人くんが。
「や……やめて……」
あたりに血溜まりができている。楽人くんの腕や足がありえない方向に曲がっている。
楽人くんが助けに来てくれてどれだけの時間が経ったのだろう。最初の頃は痛がったり苦しんでいたりしたけど、もう反応も薄くなってきた。
「お願い……楽人くん……死んじゃう……」
助けたいけど恐怖で足が動かない。涙が止まらない。なんで? どうしてこんな事になるの? せっかく事件から立ち直って普通の生活を過ごしていたのに。せっかく楽人くんと再開できたのに。あの時私が知らない人についていかなかったら今この人に目をつけられることも、楽人くんがこんな事になることも無かったかもしれない。悔やむ。悔やむ。悔やむ。それなのにいつも私は楽人くんに助けられてばっかりだ。
「はぁ……はぁ……疲れてきたし、反応も薄くなってきたな……そろそろトドメさすか」
このままじゃ何の恩も返せないまま楽人くんが死んでしまう。そんなの嫌だ。絶対に嫌。
「じゃあな……落人ォォォ!!!」
「だめぇぇぇぇ!!!!」
咄嗟に飛びかかる。男はバランスを崩し、一緒に倒れ込む。
「オイ!! 邪魔してんじゃねぇ!!! どけ!!!」
「嫌!!! どかない!!!」
「クソ!! 離れろ!!」
その時。サイレンの音が近づいてきた。警察だ。
「は? クソ! お前たちやりやがったな!?」
男は逃げようとするが、駆けつけた警官に取り押さえられた。
そんな事より楽人くんだ。急いで駆け寄る。
「楽人くん!! しっかりして!! 楽人くん!!!」
意識が朦朧としているらしく呼びかけても反応がない。救急の人たちも駆け寄ってくる。嫌。このまま死んじゃうなんて、いやだよ。楽人くんの手を両手で握る。お願い神様。楽人くんを助けて。
涙が楽人くんの手に落ちる。
「…………こ…………ゃ…………」
「楽人くん!?」
楽人くんが僅かに喋った。顔を近づける。
「ことり……ちゃん…………最後に君の……ため……助ける事が……できて……よかっ……た…………」
「ら……楽人……く……」
違うよ。助けられてばっかりなのは私だよ。そう言いたいけど上手く言葉に出ない。
そんな私の顔を見て僅かな笑みを見せる楽人くん。
そして握りしめていた楽人くんの手から力が抜けた。
「そ、そんな……まってよ楽人くん……」
まだ何のお返しもできてないよ。助けてもらったお礼すらもできてないんだよ? いかないでよ。お願い。
「あ……あぁ………」
でも楽人くんはもう、何の反応もしない。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私の叫びは夜の闇に吸い込まれていった。
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