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絶撃の浜風

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外伝 大和編 01 大和の苦悩

 
前書き
絶撃シリーズ 大和編 第一話になります


赤城編第六話に入る前に、佐世保沖海戦の行方を左右する事になる大和のエピソードに触れておきたいと思います

この世界における初の戦艦のエピソードになります 

 
(2021年10月3日 執筆)




















 その昔、第Ⅰ世代の艦娘がこの地上に現れた頃・・・人と・・・いや、提督と艦娘との関係は、とても暖かく良好なものだった


そしてその提督達の多くは、民間人から立ち上がった普通の人々だった


 そして人に代わって深海棲艦と戦ってくれる艦娘に対し、彼らはごく普通に協力を申し出て、そして提督となった。提督達は艦娘に対し、親愛と、尊敬と、感謝と・・・そして幾ばくかの申し訳なさをその胸に抱いていた


だからというわけではないが、提督達は艦娘を慈しみとても大切にした


 それが、結果として深海棲艦との戦争が膠着する要因となっていたとしても、それが原因で深海棲艦の脅威から人々を解放しきれない事になってしまったとしても、提督達は、決して艦娘達に無理はさせなかった。艦娘たちの犠牲を基に、自分たちの平和を勝ち取ろうなどとは夢にも思わない・・・・そんな甘ちゃんな提督達であった


 そんな提督達の想いに、艦娘達もよく応えていた。確かに、素人提督達の采配は拙いものではあったが、軍艦時代には知らなかった提督との絆という名の果実の味・・・・それを知ってしまった彼女たちは、彼らとの共闘関係を素直に喜び歓迎していた。そして互いが互いを思いやり、信頼関係を育んでいった







提督との良好な関係を築き、信頼関係を育む艦娘達

 だが、それに反し戦況はあまり芳しくなかった。素人提督の稚拙な采配に加え、艦娘達のクローン体がまだいない、艦娘の建造がまだ成されていない時代だった事もあり、艦娘の絶対数の不足により、戦況は常に劣勢を強いられていた


 そこで赤城たち艦娘側から、提督権限の強化の提案がなされた


 元より、艦娘たちは軍艦・・・兵器である。人の為の戦いに殉じ、散ってゆくのもまた定めであると彼女たちは割り切っていた

 そうでなくとも、この民間人提督達は、彼女たちにとってはその身を捧げるに相応しい・・・それだけの甲斐はある存在だった。彼らの為にその身を散らす事は、やぶさかではなかった


 艦娘と、提督との間に築かれた信頼関係・・・・それがあってこそ、初めて成り立つ提案であった


 はじめはこの提案に難色を示していた提督達であったが、赤城の熱心な説得により、最終的にはこれを了承した 

 提督達にしてみれば、これは有事立法のようなもので、あくまで暫定的な措置として認識していた。戦争終結後に艦娘と結んだこの約定を廃棄し、彼女たちを解放するつもりだった。それが彼女たち艦娘に対する彼らなりのけじめであり、同時に感謝の表れでもあった



 だが、提督達は軍人達によって新たに創設された大本営に飲み込まれ、約定を白紙に戻す機会が失われた

 建造システムの実用化と共に、艦娘は使い捨てにされ、それに異を唱えるかつての提督達は徐々に閑職へと追いやられ、その発言力も封殺されていったのである



 艦娘達の多くは、軍人主導の大本営のやり方に辟易していた。本音を言えば、戦争終結後は、もう大本営と関わりたくないとさえ思っていた

 だが、大本営は戦後の話し合いの場を持たなかった。大本営発足以前に交わされた約定の見直しを反古にされた形となっていた




 この事は、開戦当時から艦娘達と苦楽を共にしてきた提督達の心を・・・・・その生涯にわたって苛む事となった・・・・・・・・




 そしてこの事が、艦娘たちの心に深い怨嗟を刻むこととなったのである




 



 大本営と艦娘との関係は、かつてない程に冷え切っていた




 このままでは、艦娘達と大本営との対立は避けられないところまで来ていた


 大本営に敵対するという、本末転倒な流れを回避すべく、赤城達かつての第一機動部隊の四人は、大本営に対する一定の抑止力となるべく、大本営軍人処分に関する約定を交わそうとした。だが約定締結推進派であった当時の陸軍参謀総長、所謂幕僚長の爆殺による暗殺未遂事件が発生。幕僚長は瀕死の重傷を負い、約定締結の会談は中止された


 大本営と艦娘との対立を抑止すべく、約定を締結しようとしていた赤城であったが、この対応に憤慨した赤城は大本営に対しこう宣言した




【そういう事でしたらいいでしょう・・・今後は人類との共闘関係を解消し、一切の関りを絶つ、という事で】・・・・・と




 そして彼女は、艦娘たちを国内全ての鎮守府から撤収させた




 これに慌てた大本営・・・・いや陸軍参謀本部は幕僚長暗殺を企てた海軍軍令部総長を粛清しこれを排除、明石の施術によって死地から生還した幕僚長を担ぎ出し、約定締結の為の会談を再開しこれに合意、締結した



 一旦収束したかに見えた双方の対立であったが、陸軍参謀本部の思惑に反し、既に世界中の鎮守府に浸透していた軍人提督たちの体質が急に変るはずもなく、約定締結下でありながら相も変わらず艦娘達に非道な扱いを繰り返す鎮守府が後を絶たなかった。その結果彼らは赤城たちの逆鱗に触れ、約定に従い、これを《粛清》とまではいかないまでも、死んだ方がマシだと思う程度にはキツいお灸を据えられる事となった



 そしてその後のデウス・エクス・マキナの反乱から十数年の後に迎えた第二次深海棲艦戦争の時、ついに艦娘達の不満が一気に表面化する事になる



 人権を獲得した艦娘達の親族は、娘を戦場に送り出す事を頑なに拒否した。この、親たちの行動を渡りに船とばかり、艦娘達は一様に出撃を拒否した


 それまで艦娘を使い捨ての道具としてしか見ていなかった軍人提督たちとは違い、彼女たちの親は、艦娘として覚醒した自分たちの事を、まるで人間の子供にそうするように、本気で心配し守ろうとしてくれていた・・・・・・それが、何より嬉しかった


 建前としては親の情に絆された事になっていた。それは確かにそうなのだが、本音を言えば、人としての幸せを享受していた艦娘達は、大本営の傘下で戦場に赴く事を嫌悪していた・・・・これは、彼女たちの意思であった


 
 艦娘の創成期における民間人提督との蜜月を、軍人提督達に踏みにじられた時の事を、艦娘たちは忘れてはいなかった。かつてのように兵器として使い潰され、産みの親たちと二度と会えなくなる事を危惧していた。今の幸せを失いたくなかったのである



 そうして彼女たちは大本営からの召集を拒否した



 そう・・・ほぼ全ての艦娘にそっぽを向かれた大本営は、事実上、全く機能しなくなっていた。招集をかけても誰も応じない






 第二世代の艦娘たちの多くは、人から向けられる好意や愛情に対し免疫がなかった・・・・・


 目の前の現実が見えなくなる程に、彼女たちの目を曇らせていた








 彼女たちがどう思おうが・・・どう振舞おうが・・・・深海棲艦の動向には何ら影響を与えないという現実に・・・・・







 だが、そんな状況下にあって、覚醒した一部の艦娘達が深海棲艦軍に立ち向かおうとしていた





 かつての第一機動部隊所属、赤城、加賀、蒼龍、飛龍に加え、利根、武蔵、清霜、不知火の僅か八隻の艦娘たちであった

 そしてそんな彼女たちを指揮していたのが、かつて大日本帝国海軍の高級将校であったある男の末裔・・・曾孫にあたる人物であった



 その男は、開戦当時から艦娘たちと共に戦った民間人提督の一人だった男・・・・【志摩・御前崎会談】で提督側の議長を務め、赤城と直接折衝を行った人物である




 だが、今は退役した只の民間人に過ぎなかった





 赤城をして「私にとっての提督はあなただけ」と言わしめた人物であった





 彼女たちは、かつての提督達の想いも、戦場に赴く事を嫌った艦娘達の気持ちも、全てを飲み込んで戦場に赴こうとしていた



 人として生を受けた艦娘達であったが、それでも一部の艦娘たち・・・・今回深海棲艦に戦いを挑もうとここへ集まって来た艦娘達は、艦娘としての矜恃を忘れてはいなかった


 大本営や、かつての大日本帝国海軍、それに戦場に訪れなかった他の艦娘達に対し、色々と思う所はあった・・・・・けれど、





 いち民間人に過ぎなかったかつての素人提督たちの勇気と純粋なる想い・・・そして彼等が残したその心残りを・・・・彼女たちはそのまま見過ごす事が出来なかった・・・・




 彼らの想いを添い遂げさせてあげたい・・・・・その願いが、彼女たちを戦場に駆り立てていた







「やれやれ・・・・来たのはたったの八隻だけとか・・・・薄情だねぇみんな」


冗談めかして蒼龍はそう呟く


「まぁ、仕方ありませんよ・・・人として生まれ変わった私たちは、艦娘としての矜持に従い使命に殉ずるだけの存在ではなくなりましたからね」


事も無げに赤城がそう返す


「人間に生まれ変わるなんて・・・やっぱり彼女の仕業ですよね、これって・・・なまじ人の気持ちがわかるようになったらこれだもんねぇ・・・」


 今まで誰も口にしなかった、艦娘同士の間では暗黙の了解として意図的に触れなかった事に、飛龍は言及していた




 そう・・・・飛龍達は、大本営がデウス・エクス・マキナと呼び忌み嫌う存在の正体に、薄々気付いていた



「別に関係ありません・・・誰が来ようが来まいが私たちは自らの矜恃に従うまでです」



 恐らくは・・・生きて帰れないであろう戦いを前に、加賀はいつもと少しも変わらなかった



「揺るぎないですねぇ、加賀さんは・・・・人と艦娘との調和と協調・・・これも恐らくは彼女の《願い》だったのでしょう・・・・現状はこの様ですが・・・・まぁ、人の感情や思考がわかるようになっただけ良かったじゃないですか。今後の事もありますし、無駄ではありませんよきっと」



 楽天的と言うか、そんな赤城と違って飛龍の方は幾分複雑な心境であった



「深海棲艦と戦うって言ったら、父親に泣いて縋られちゃって・・・流石に申し訳ないとは思ったけど、こればっかりはねぇ」



 飛龍が生まれて初めて知った親子の絆・・・・・それを・・・・その手を振り解いて彼女はここに来ていた



「正直、参ったよねぇ・・・・あの剣幕だと、うちらが沈んだら大騒ぎしそうでちょっと心配だよ」



 蒼龍と飛龍とは従姉として生まれ変わっていたせいか、どちらも事情は似たようなものだった





 二人は思う



 艦やただの艦娘だった頃は、迷わず戦いに殉ずる・・・・ただそれだけだった・・・・・なのに・・・・・




「・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 人間とは、斯様な葛藤を常に胸に抱きながら戦っていたのかと、思わずにはいられなかった・・・・









「ぬいちゃんのトコは大丈夫だった?」


「はい・・・父は第Ⅰ世代の母の提督でしたので、赦して戴けました。無論、色々と思う所はあると思いますが・・・・」


「不知火ぃも、相変わらず貧乏くじ引くよね? そういう所、嫌いじゃないけど」


「まぁ、私たちは人と違って今生で終わりという事もなさそうですし、この程度のリスクなら、艦娘であれば当然の選択です」


「・・・だよね。他の連中は何を腑抜けてるんだか」



そんな飛龍を諫めるように、赤城は言う



「まぁまぁ、戦争とは、とどのつまり、互いの命を削り合う事に過ぎませんからね・・・・・私たちはせいぜいより多くの深海棲艦を葬る事にしましょう」


「じゃな・・・・我が輩は主らと何処までも運命を共にすると決めておる! 勇んで行こうなのじゃ!」


「運命云々でいうと・・・・・清霜ちゃん、何ですその戦闘旗??? おっきすぎません? 邪魔ですよ多分ソレ」



それはもう、《華の応援団》かよってな位、巨大な戦闘旗を掲げる清霜。足元がふらついていた(汗)



「これは清霜の徹底抗戦の意思表示です! ぜ~~~~ったい、譲れません!!」


「いや、邪魔だろコレ」



そう言うや否や、無情にも清霜の《心意気》を引っこ抜く武蔵



「酷いですよ武蔵さ~ん! 返して下さい!!」



そんな清霜に対し




「・・・心配するな、キヨ・・・・そんな旗なんかなくたって、お前の心意気は、みんなわかってる・・・・」



「・・・・・武蔵さん・・・・・(涙)・・・・でも、やっぱ旗は返して下さい」


「バーカ!! 力はいりすぎだキヨ!! そんな事よりも働け!! 一隻でも多く、奴らを道連れにしろ!!」



「!?・・・・・・御意!!!」



 武蔵に敬礼する清霜




「・・・・清霜がおると、何だか緊張感がどっかへ行ってしまうのう・・・ま、ええんじゃが・・・」



「利根さんとも・・・こうして死線をくぐるのは何度目ですかね」


「もう忘れたのじゃ! 我が輩は、自分のやりたいようにしておる・・・ただそれだけなのじゃから・・・」







 ここに集いし者たちは・・・・例え人の心・・・・親の情のぬくもりを知ってしまってさえもなお、艦娘としての矜持に揺るぎなかった














その、数日前





「やっぱり・・・・行くの?」



そんな大和の問いかけに、武蔵は少しだけ逡巡し、



「キヨがどうしても行くって聞かないんでな・・・いや、そうじゃないな・・・」



大和の気持ちを鑑み、清霜を言い訳に使おうとしていた自分を恥じる。それはキヨに失礼だ



「正直に言おう・・・言ってみれば、これは艦娘としての私の矜恃ってやつだ・・・他の選択肢など初めからない・・・・それは・・・あの時から変わらない・・・」


「・・・でも・・・・・・・武蔵っ!やっぱり私も・・・」



「いや・・・・お前は来ない方がいい・・・・まだ・・・な・・・・」





「武蔵さん、早く行きましょう!」



 あの時と同じ・・・・白装束に身を固めた武蔵と・・・既に大ぶりの戦闘旗を掲げた清霜の二人・・・レイテ湾に特攻をかけようとしたあの日と同じように・・・・文字通り死を覚悟した戦いに、二人は勇んで赴こうとしていた


大和にとって、そんな二人の姿を見るのは胸がえぐられるような想いだった・・・・古傷に・・・深く・・・深く突き刺さる






(2021年12月31日 執筆)




それは・・・皇紀2604年10月24日



シブヤン海に向かう道すがら・・・・


 自らが囮となるべく、その身を真っ白に染め上げた武蔵の心意気に対し、大和はそれまで掲げていた戦闘旗を下ろし、申し訳程度に小さな旭日旗に差し替えた




 戦闘旗は・・・・軍艦がその戦闘の意思を示すものである



 この戦いは、最終決戦である。艦隊が敗北してもなお、完全に無力化されるまで徹底的に抗戦するという意思表示である

 なればこそ、戦闘旗は大型の旗が掲げられる。大日本帝国海軍なら、大きさ12メートルにも及ぶ巨大な旭日旗が掲げられるのだ



 にもかかわらず、大和はそれを下ろし、小さな旭日旗に差し替えた・・・・・



 第二艦隊第一遊撃部隊第一戦隊旗艦の大和が・・・・・である
 


 それを見た時の清霜の激高した姿は、大和は今でも忘れる事が出来ない・・・・腰の引けた大和に当てつけるが如く、清霜はその小さな艦体に似つかわしくない大きな大きな戦闘旗をバンと掲げた。それを見た浜風が、清霜が的になる事を恐れ慌てて諫めた程であった





 大和は、恥ずかしさの余り、消え入りそうなくらい恐縮していた



 そしてそれは・・・・決して大和本人の意思ではなかった・・・・・・・










 大和は、ある意味とても不幸な軍艦であった



 搭乗した司令部の人間に、碌な奴がいなかった・・・・



 陸軍参謀本部や内閣の承認なしに勝手に真珠湾攻撃を始めた大東亜戦争最大の戦犯の一人、本山六三八連合艦隊司令長官

 その後の風評で何故か東京裁判で死刑判決を受けた東条英機と陸軍参謀本部が戦争を始めた事になっているが、彼らがこの作戦を知った時には、既に連合艦隊は真珠湾に向かっていた。海軍軍令部と本山六三八の暴走こそが真相であり、これは明らかに冤罪であった

 また、ミッドウェーでは赤城たちが炎上する報を受けても意に介さず将棋に興じ続けるという、信じ難いメンタルの持ち主でもあった



 ミッドウェーで敵空母の存在を知りながら麻雲に伝えず情報を握りつぶした白島鶴人首席先任参謀

 軍律の厳しい戦艦内で、殆ど風呂にも入らず裸同然で艦内をうろつく変人であったという。参謀長である宇垣をないがしろにし、本山も宇垣を通さず直接白島に指示を出していた

 後に軍令部第二部部長となり、特攻戦法を発案し、大東多喜治郎に依頼し神風特攻隊の草案をまとめさせた黒幕でもあった。人間魚雷回転や震洋、人間機雷伏龍など、自爆兵器の開発を推進し、結果的に1万人近い若者の命を奪う原因を作ったのは彼である

 余程後ろめたい事をしていたのか、彼は戦後になって軍令部から借り受けた重要書類を勝手に処分したり、宇垣が記した【戦藻録】を遺族を騙して借り受けた上、保身の為に書類を勝手に処分し証拠隠滅を図るなど、最低の人間だったのだが、東京裁判にかけられる事もなく、孫たちに囲まれて幸せな余生を送ったという

 彼の行いで唯一正しかった事と言えば、ミッドウェー海戦前に麻雲忠三中将の交代を要望した事くらいである




 このように、大和に搭乗する司令部の人間には殆ど犯罪者と変わらぬ人物が我が物顔で振舞っていた。司令部の空気はとてもではないが、まともではなかった




 海軍甲事件で本山が亡くなり、白島が軍令部に移動になった事でようやく正常になるかと思いきや、

 今度はパラワン水道で愛宕を沈められ艦を失った栗多司令部が乗り込んできた・・・・・




 とにかく、大和にまつわる事件には必ずこれらの司令部が絡んでいた。まともな司令部になるのは、最後の沖縄特攻の時だけだったというのは、何とも皮肉である





 

 そして、この最終決戦になって、ようやく戦艦大和が最前線に姿を現した


 大和にとってシブヤン海海戦は初めての戦闘となった。それまでは実戦で46サンチ砲を撃った事も、敵の攻撃を受けるような前線に顔を出した事も一度としてなかった。こんな土壇場になるまで大和を運用してこなかった海軍軍令部の無能はさておき、やはり大和はただの戦艦ではなかった。大日本帝国海軍のシンボルたるに相応しい本領、その一端を、この海戦で初めて披露したのである



 大和の艦長を務めた森下信衛大佐は、大日本帝国海軍屈指の操艦の名手と言われていた。空前絶後、世界最大を誇る大和型の巨体は、舵を切り始めてから回頭が始まるまでおよそ一分前後かかったと言われ、極めて操艦の難しい艦艇であった

 にもかかわらず、森下は艦長の身でありながら、時に航海長から操艦を奪っては鈍重な大和の巨体を自在に操った。防弾チョッキも着用せず、咥え煙草のまま操艦と戦闘指揮を同時に行い、その操艦は正に神がかっていた。第五次に渡り続いた激しい空襲を受けながら、何と米軍機の雷撃を全てかわし、爆撃も至近弾3、被弾も僅かに2発に抑えている
 
 だがその一方、大和の右後方にいた武蔵は少なくとも至近弾20、爆撃17、雷撃20という、並みの戦艦なら2~3度は撃沈されている程の被弾を受けていた。第五次空襲の折、防空指揮所右舷に爆撃を受け第一艦橋が大破、猪口艦長は負傷し、航海長の借谷寛大佐を含む78名が死傷、一時防空指揮と操艦が不能となった

 武蔵の白装束は、まるでこうなる事をわかっていたかのように思えた。借谷航海長では、森下艦長のようには武蔵の巨体を御する事が出来なかったが故の滅多打ちであったが、元来これが普通なのである

 各部に深刻な損傷を受け、第四機関室まで浸水し二軸運転となった武蔵の速力は6ノットまで落ち、戦列を離れざるを得なかった。ここへ至り、敵機の攻撃は武蔵に集中、激しい攻撃をその一身に受ける事となる。そして浜風と清霜に看取られながら・・・・・武蔵は沈んだ


 武蔵が敵の注意を引き付け、正にその身を挺して切り開いてくれたレイテ突入のチャンスとも言えた


 だが、レイテ湾を目前にして、大和は無様にも右往左往を繰り返した後、栗多以下司令部はハルゼーが来たなどと戯言をのたまった後、突入をやめ、反転した・・・・東郷ターンならぬ、世にいう栗多ターンである


 
 後世になって、この時の栗多の判断は間違ってはいなかったという意見も少なくない。成程、元よりこの作戦事態が破綻していたという指摘は尤もであり、送受信組織に問題を抱えていた事に加え、マリアナ沖海戦で航空戦力の大半を喪失していた事も大きかった


 それでも、栗多はレイテを目前に引き返すべきではなかった・・・・後になってから元々この作戦には反対だったなどと抜かすのは卑怯である。そんな事を云うくらいなら、更迭され、仮に銃殺刑に処せられようとも頑なにこれを拒み、この決戦の場に立ち入るべきではなかった・・・・



 これは理屈ではない・・・・・そういう事ではないのだ・・・・・



 武蔵だけではない・・・・敢えて南下までしてハルゼーを引きつけ、囮を買って出て沈んだ瑞鶴に千歳、千代田・・・大和と挟撃をするはずだった山城に扶桑、最上・・・・栗多艦隊に増援が向かわぬよう、決死の特攻でこれを妨害し散っていった若い飛行機乗り達・・・大和達をレイテ湾へ突入させる、ただそれだけのためにその身を犠牲にして散っていった彼女たちの死は・・・・・ただの無駄死にだった・・・・



 はっきり言えば、どの面下げて『あれは間違っていなかった』などと言えるのか? 



 栗多艦隊がレイテに突入する事を信じて死んでいった仲間たちに・・・・・そんな事が言えるのか!?







 言えるわけがない・・・・・実は彼は、GHQの尋問で『小澤艦隊の戦況を知っていたが、もう時期遅れだと思った』と自白している。小澤の犠牲を知りながら、卑怯にも逃げたのである







 レイテを米軍に占拠された時点で大日本帝国は燃料調達の拠点を失う事になる・・・・本土の燃料の備蓄は既に底をついていた・・・・






 

 『大和』を温存すれば、まだ戦う機会があると、栗多は言った・・・・







 燃料がないのに大和一隻残したところで何が出来るというのか・・・・そんな事は、この戦場に赴いた者たちなら誰もが知っていた・・・・







 だから、『最終決戦』だったのだ・・・・・・・なのに・・・・・












 どう言葉を繕おうと・・・・・・命を捨ててまで栗多に命運を託した者たちから見れば・・・・・これはただの《敵前逃亡》・・・・裏切りに過ぎない・・・・











 「麻雲みたいにね・・・・死んでいればね・・・・・」






 戦後になって・・・そう、語った栗多は「もうどこかへいってしまいたい」と本音を漏らした・・・






 それは・・・・





 死に場所を誤り行き場を見失った大和と栗多の・・・・・・宙ぶらりんになった、汚された晩節を演出しただけに過ぎなかった・・・・・




 





 栗多が行かないとわかっていたら・・・・誰がこんな命を捨てに行くような陽動などするものか・・・・・







 


 





 あれ以来、誰も口にはしなかったが、ミッドウェー、レイテ、坊ノ岬・・・・・大和が出陣する戦闘は全て負け戦だった





 連合艦隊総旗艦などとは名ばかりの、大日本帝国海軍軍艦にとって、大和は疫病神・・・いや、死神そのものであった







 それはいずれも偶然などではなく、《必然》であったから尚更であった・・・






 
 あの時大和たちがレイテ湾に突入していたら・・・・・・仮にマッカーサーにとどめをさせず、無残に沈められたとしても、少なくとも米軍側もただでは済まなかったし、何より戦艦大和と栗多艦隊の潔い最後は後世まで語り継ぐことが出来たはずだった・・・・・要は死に方の問題であった・・・






 何となれば、日本国民は大和と武蔵の存在を終戦まで知らなかった。戦後、大和が無様にも敵前逃亡をしたなどという事実を、国民に知られたくないと誰もが思うのは当然であった







 レイテにおける敗北で、事実上大日本帝国の戦いは終了していた




 沖縄特攻など、戦略的に何の意味もない・・・・・する必要もなかった・・・・・







 だが、それは行われた・・・・・何故か?








 もう燃料の備蓄が底をついていた本国では、大和を出撃させるために伊勢と日向の燃料を抜いてこれを当てた・・・・・・あの、大和に劣らぬ神がかり的な回避能力を誇っていた伊勢と日向は・・・・・・ただの固定砲台と化し、米軍機に嬲られながら着底した・・・・







 坊ノ岬沖海戦は戦争ですらない・・・・











 事実上の最終決戦で敵前逃亡をした大和を・・・・・・降伏する前に・・・・日本国民の目に大和を触れるさせる前に米軍の手で撃沈処分した・・・・ただそれだけの事だったのである

 






 





 武蔵は、今のままの大和には来て欲しくなかった。今回の戦いは負け戦である・・・だが、ただ負けるわけではない。一時の平和と幸せにうつつを抜かし、大切なものを見失ってしまった数多の艦娘達の目を覚まさせるという、重要な意味合いがあると武蔵は見ていた



 それだけに、艦隊編成に大和が加わる事を、武蔵は由としなかった。大和が参戦の意思を示したなら、赤城はこれを拒まないだろう。彼女の器は、底が抜けているのではないかと思われる程に大きく、そして寛容であった。だが、大和の存在は、確実に赤城達の志に水を差し汚す事になるのは目に見えていた


 自身の問題を解決できていない大和を加える事は、あのレイテやミッドウェーの再現となってしまいかねなかった・・・・





 はっきり言えば、大和は艦娘達に信用されていなかったのである

 






「・・・清霜ちゃんも、気をつけて・・」





 おずおずと見送りの言葉を掛ける大和・・・・だが、普段は陽気に笑い、気さくに振舞う清霜はそれに応えないどころか、大和に見向きもしなかった





 日頃は考えないようにしていた想いが・・・・・止まらなくなっていた








《・・・・・・・・・そんなデカい図体して・・・・・役立たずがっ!》






許せるはずがなかった



 あの時の無念さ、悔しさ、口惜しさ・・・・言葉にならない想いが、清霜にはあった



清霜は思う



大和型でなくてもいい・・・・



 もし、自分が戦艦として生まれてきたなら・・・・大和を差し置いてでも、間違いなくレイテ湾に突入していた・・・・






 もう・・・・目の前だったのだ・・・






 武蔵さんや瑞鶴さんたちを、絶対に無駄死にさせたりしなかった



 単艦で突入し、刺し違えてでも艦砲射撃でマッカーサーにとどめを刺す覚悟はあったのに・・・・・・





 それが・・・・アメリカ側に終戦協定を持ち込む最後のチャンス・・・・とまでは言わないけれど・・・・





 あの日から・・・終わりのない後悔と無念が・・・・清霜の胸の中で渦巻いていた


 無力な駆逐艦に生まれてきた事を、清霜は呪いにも似た想いを抱いていた





 清霜が殊更戦艦に固執する理由は、それであった














 こうして、彼女たちは深海棲艦軍の前に立ちはだかった



 だが、いかに赤城率いる第一機動部隊とはいえ、たったの八隻・・・・碌に対空防御を行う事も出来ず、攻撃の手段と言えば、彼女たちの艦載機と、武蔵の46サンチ砲のみであった


 深海棲艦軍400隻、うち空母ヲ級が20隻以上もいた。多勢に無勢、赤城達は一隻、また一隻と沈められていった


 それでも、赤城達は奮戦した。加賀から飛び立った97式艦攻の最後の一機が撃墜されるまでに、実に200隻の深海棲艦を葬ったのである


だが、そこまでだった


 攻撃の手段を失い、防空の傘のない赤城達は・・・・・・最後は駆逐イ級などに体当たりを敢行、数隻の深海棲艦を道連れに・・・・・全滅した





赤城達が全滅した事で、艦娘達の間に衝撃が走った



 彼女たちには、「赤城達ならやってくれるかも知れない」という密かな甘えがあった。出来る事なら、彼女たちはもう二度と戦場に出たくなかった


だが、赤城達は一人残らず沈んだ


 誰からの助けもなく、死力を尽くして深海棲艦軍の全勢力の半分を削り取り・・・・・全滅した



 結果的に・・・というか当然の帰結として彼女たちは赤城達を見殺しにした形となった

 艦娘達は、彼女たちが忌み嫌っていた軍人提督達と同じ事を・・・自分たちもしていた事に気付き、激しく後悔した




 そして・・・・最終的には、艦娘たちは艦娘としての使命に恭順を示した。最後の最後に、彼女たちは艦娘である事を選んだのである






 その中に、大和の姿もあった





 彼女は、武蔵が大和の参戦に難色を示していた理由を理解していた



 だから、本当は一緒に戦いたかったのを歯を食いしばって自重し参戦しなかった・・・・でも・・・・・











 
 大和は・・・・あのミッドウェーでそうした時のように・・・・・赤城たちを・・・・・・・・










 またしても・・・・・・・見殺しにしてしまった・・・・・・・・・・・


















 大本営からの召集を受け、反攻作戦が開始された






 深海棲艦の残存艦隊200隻と遭遇した大和は、周囲の静止を振り切って敵のど真ん中に突撃を敢行した


 半狂乱になった大和は、至近距離から46サンチ砲を撃ちまくった


 インファイトなら、お互い弾道が水平に近くなり、大和型の比較的弱い部分である上部甲板への大落下砲撃もない


 しかも、大和はあの《神がかり》的な操艦で、水雷戦隊からの雷撃が全く当たらない・・・・



 爆撃も・・・その大部分をかわしてしまう・・・・



 そして中・近距離からの46サンチ砲は、戦艦タ級をも一撃のもとに葬り去る・・・・・








 純粋に火力と防御力の殴り合いなら・・・艦隊戦なら・・・・大和は間違いなく最強だった










 この戦いで、大和は単騎で53隻もの深海棲艦を沈めた


 だが、大和自身も深手を負い、その艤装は完全に破壊されその機能を失っていた


 当時の我が国は、制海権を失っていた事もあり経済は逼迫していた。大和型の艤装の再建造費用は莫大な金額に及び、大本営本部運営費用の実に二年分に相当した




 かようなわけで、大和の艤装再建造計画は見送られ、艤体の修復の完了と共に大和は退役に追い込まれ、大本営を去った











 第二次深海棲艦戦争終結後、世界は大きな転換期を迎えていた





 人から生まれた艦娘の第二世代の出現・・・・それに伴う法整備・・・・【艦娘法】の再考・・・・


 それまで曖昧だった艦娘の成人年齢が実年齢12歳以上と定められた

 
 実年齢に比し、艦や艦娘としての記憶を有する艦娘の精神年齢は通常の成人を大きく超えているという考えに基づいている




 更には今回艦娘達との軋轢を生んだ直接的な原因となった海軍軍令部以下、海軍軍人提督全員が軍法会議にかけられ、その罪状に応じ銃殺を含む刑が執行された

 海軍軍令部は一度解体され、新たに陸軍参謀本部の下部組織として第二海軍軍令部が設置され、その参謀の多くが陸軍から派遣された



 そして・・・・・新体制となった大本営は、ナノマシンによる艦娘の統制という、禁断の道程を突き進む事となるのである

 




















-------- それから43年後 ---------






 「・・・・・・・・・・・・・・・・・また・・・・あの夢・・・」




 大和は・・・・白昼夢を見ていた



 自暴自棄になって深海棲艦軍に突撃を敢行し自滅したあの日の事を・・・・






 彼女は既に第四世代を迎えていた。そして現在、武蔵と共に大本営陸軍部第5部親衛課直属の親衛隊となっていた

 皇紀2679年の【大本営所属軍人処分に関する権限】約定締結前夜に起きた幕僚長暗殺未遂事件を受け、その翌年には第5部親衛課が新たに設立された。主として幕僚長の身辺警護を主任務としていたが、必要に応じて一般の任務部隊同様に戦闘にも参加した



 艦娘である大和と武蔵が陸軍部に所属している理由は、多分にその運用コストにあった。大和型は燃料消費や弾薬資材にかかるコストが他の戦艦と比べても230%と大きく、通常任務には不適であった事が挙げられる。その性質上、大規模戦闘以外は出番がないのが現状であった



 故に大和の心はいつまで経っても晴れる事はなく鬱屈した日々を送っていた。この43年間、自身に科せられた負の武勲補正を払しょくする機会が訪れる事はなかったのである








(2022年1月1日 執筆)
 

 あの時以来・・・・世の中の出来事は、大和にとってはまるで他人事のように何の存在感もなく通り過ぎていくだけのものになっていた


 今年はサンディエゴでアメリカ建国300周年記念観艦式と言う名のお祭りが開催される年だったのだが、それさえ大和の目には虚ろに映っていた


 

 大本営所属の武蔵は、呉鎮守府所属枠で祝賀航行部隊に同行し今頃は向こうに着いている頃である。大和はというと、いつものように幕僚長の身辺警護で基町に残っていた

 といっても、あの事件以来大本営に不穏な動きはすっかり消え失せていた。あれ程対立していた艦娘達も、今は大本営陣営に恭順している・・・・・


 かく言う大和自身もその一人だった・・・・自分でも、よくわからない・・・・




 まぁ・・・大和にとっては最早どうでもいいことであった
 









 そんな時だった








 大本営陸軍参謀総長、所謂幕僚長は、第2部第四課、極東方面情報課に呼び出され、大和もこれに同行していた





「艦籍不明の艦隊・・・・だと?」



「はい、南大東島駐屯地より入電! 二軸の推進機音多数! 音紋照合中!・・・・北緯25度71分、東経131度18分地点を巡行18ノットで沖縄方面へ向けて進行中!」



 そして立て続けに情報が送られてくる・・・




「・・・南太平洋空母棲姫です! 以下、ル級、タ級、ネ級、ヲ級・・・・・ホ級、駆逐イ級多数・・・総数暫定200以上!」





 まさかの・・・・深海棲艦の出現であった


 規模こそあの、第二次深海棲艦戦争の半数程度に過ぎなかったが、それでも十二分に驚異的な軍勢である




 折しも、あの時《赤城艦隊》が削り落としてくれた後の残党と同程度の戦力であった




 だが、あの時とは状況が違う





 タイミングが・・・・悪すぎた





 現在、日本国内の主力の艦娘の殆どが、今はサンディエゴにいた


 しかもこの時代は、正規空母の蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴の四隻が未だ覚醒を見ていなかった

 戦艦勢力も同様で、長門、陸奥、伊勢、日向、金剛姉妹の四隻が、いずれも未覚醒のままであった


 動員できるのは、各地に分散配置されている軽空母と、重巡以下の水上打撃部隊と少数の潜水艦くらいである




 この状況である。当然の事ながら大和に出撃命令が下されるのは必然である。本来、彼女はこういう時の為に造られた《決戦兵器》なのだから・・・




 それにしても・・・・気になるのは、やはり一航戦の動向であった

 


 
 あの、最強の一航戦が覚醒して既に二年が経過していたが、未だに公の場に姿を現す事はなかった


 その件で特務の前川一等海佐と大淀が動いている事は知っている





 普通に考えて、彼女たちを引っ張り出さない事には、この軍勢に対抗するのは恐らくは不可能だろう・・・・





 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」








 大和は・・・・本当は自らの《死に場所》を求めていた・・・



 
 あの時、率先して深海棲艦に立ち向かい、そして散っていった仲間たちに・・・・合わせる顔がなかった・・・・


 大和が陸軍部付の第5部親衛課直属の親衛隊への配属を了承したのも・・・・そこなら彼女たちと顔を合わせる機会も無いと考えたからであった
 




 あの、坊ノ岬での沈没は、自分に相応しい《処分》であったと甘んじて受け止めていた



 ただ・・・・恐らくは大和の巻き添えで随伴する事になった矢矧や浜風、磯風に霞、響、それと涼月と冬月には・・・・本当に悪い事をしたと思っていた

 それだけが・・・・大和の心残りだった





 それが・・・・こうして皆・・・・艦娘として生まれ変わる事が出来て、再開を果たす事が出来た喜びは何にも代えがたかった・・・・





 でも・・・・・





 願わくば・・・・・その中に自分を入れて欲しくなかった・・・・・・





 あのまま・・・・・坊ノ岬沖の海の奥深くで・・・・・永遠に捨て置いてほしかった・・・・・・・








 代を変えて・・・何度も何度も《大和》として覚醒し、終わりのない無間地獄の輪廻に囚われてしまった大和の半生は・・・・・・・












 正に生き地獄であった
 




















 その後、極東方面情報課に特務の前川が呼び出され、今後の対応について簡単な意見交換がなされ、すぐに参謀本部会議が開かれた




 その時の内容は、あまりよく覚えていなかった





 ただ、





 その後すぐに大和は警護任務を解かれ、出撃準備を命ぜられた。部隊配属も、作戦の内容も不明


 









 艤装格納ブースへ行き、装備の最終確認を行う



 これ程の大規模戦闘を前にして、大和は・・・・いつもと特に変わらない様子だった・・・・



だが、



「・・・あの二人は・・・・どうされるのでしょう?・・・・・・利根さんは・・・・・・はぁ・・・・」



 この三人とは、恐らくは戦場で邂逅する事になるだろう・・・・その時どんな顔をして彼女たちの前に立てばいいのか・・・・・・



 深海棲艦の事よりも・・・・彼女たちに対する申し訳ない気持ちだけが・・・・大和の中で堂々巡りを続けていた














 そこへ、第3部第11課・・・所謂通信課から大和に連絡が入る





「・・・・はい・・・・第5部親衛課所属、大和です・・・・」





【大和・・・貴様に某鎮守府秘書官代行、大淀から通信が来ている】



 そう言うと、通信参謀長は大淀へと回線を繋ぐ



「・・・・はい・・・大和です・・・・」


【お疲れ様です大和さん、大淀です。・・・・実は、赤城さんがですね・・・・どうしても大和さんとお話がしたいそうなので・・・・・】














「・・・・・・・え?」












 大和は・・・・動悸が激しくなってゆくのを感じる・・・・・










「え・・・・・何で・・・・・・どうして・・・・・・」








 何が起きているのかわからず、動揺する大和に対し、少し申し訳なさそうに、大淀は用件だけを伝える








【今、代わりますね・・・】








 無情にも大淀はそう言い放つと、受話器の向こうで大淀と赤城のやりとりする声が小さく聞こえた









「え?」






「え?」







「何で?」









「どうして?」












 大和は、完全にパニックに陥っていた・・・・



 実を言うと、これは大淀の進言によるものであった。通常の手順を踏むと、色々と理由をつけて大和が逃げてしまう事を、大淀は知っていた。なのでこのような不意打ちで強引に繋いだのである。無論、通信参謀長もグルであった






 動揺のあまりその場でフリーズする大和の耳元に、あの、能天気で無神経な声が飛び込んでくる






【お久しぶりです、大和さん・・・・・・あれ? 聞こえてませんか?・・・・・・もしもーし!・・・・???・・・・お~い! 返事しろ~(笑)】



 その声を聞き、ハッと我に返る大和。慌てて返事を返す



「あ・・・・あの・・・すみません、大和です」


【あーよかったぁ・・・逃げちゃったかと思いましたよ】



 赤城の・・・・《逃げた》という言葉に、大和は敏感に反応する・・・・・その言葉は・・・・・・大和の心にザックリと刻まれたトラウマであった



「・・・・・・・・・・・あの時は・・・・すみませんでした・・・・・」



 今にも消え入りそうな小さな声で、受話器の向こう側の赤城に、深々と頭を下げて謝罪した



【すみませんでしたって?・・・・・・・・・あぁ、もしかしてあの時の事を言ってるんですか? ひょっとして今まで気にしてらしたんですか? そんなデカい図体して、案外とデリケートなんですね大和さんて】


「・・・・え?」



 何とも無神経な返答が返ってくる。他の艦娘ならいざ知らず、赤城に限って言えば、大和の悩みは杞憂であった



【・・・そんなに気にしてらしたとは・・・・さて、どうしたもんですかねぇ?】



 何やら思案中の赤城。大和には、何故突然赤城がコンタクトを取って来たのか、皆目見当がつかなかった



「あ、あの・・・・赤城さん・・・それで今日はどういったご用件でしょうか?」




 すると、受話器の向こうから意外な返答が返ってきた







【・・・いけませんね、仮にもあなたは大日本帝国海軍連合艦隊旗艦だった艦です。そんなにしょぼくれててどうするんですか! 胸を張りなさい!!】








それは・・・・叱咤であった







 つまらない事でいつまでもうじうじと悩む妹に対する姉のそれに似ていた





【・・・・返事はどうしました? 大和・・・】






 不思議だった





 赤城に叱咤された途端、大和の心の枷が解かれ、軽くなったような気がしていた・・・・




 確かに、大和は大日本帝国海軍連合艦隊旗艦であった。故にその重圧は、並みの艦娘ではわからない・・・想像を絶するものがあった


 対する赤城は、確かにあの栄光の第一機動部隊第一航空戦隊旗艦であったが、肩書では大和の方が上であった


 しかしその実績では、大和と赤城とでは比較にもならない・・・・・艦として・・・艦娘としての【格】は、赤城の方が遥かに上であった



 日頃はそんな素振りすら見せない赤城であったが、しょぼくれて、長年落ち込んだまま日々を過ごしていた大和の惨状を見かねて、敢えて艦としての【格】の違いを見せつけたのである





「・・・・はい・・・ごめんなさい・・・・」





 大和は、赤城に恐れ入っていた



 そしてその意図も理解した・・・・



 今までは全て自分が背負わなければならない・・・・そう思って生きてきた大和だったが、その重圧を・・・・重荷を・・・・赤城が引き受けてくれたのである





【少しは落ち着いたようですね・・・・・それでは本題に入りますね?】



 何事もなかったかのように、話題を本来の話へと戻す赤城・・・・・



 たった一言二言で・・・・長年の、大和の悩みごと襟を正されていた・・・・・







「・・・はい、お願いします」






そう・・・・現時刻を以て、実質的に、赤城は大和より上位の立場に立ったのである









【・・・とはいえ、私たちは艦娘です・・・・悩み事は、戦場でぶつけるに限りますっ!(ふんすっ!)】




「はい・・・では、大和は何をすればいいのですか?」




 大和はすぐに気付いた。赤城は、既に大本営より全権を任されている・・・・・本戦闘の総旗艦は間違いなく赤城である





【そうですねぇ・・・・今からそっちへ向かいますんで、こちらに合流して下さい。詳しい事は大淀さんからお願いします・・・それでですね・・・・・】






「・・・・はい?」









【・・・・大和さん、何だか死にたがってるように思えましたので・・・・・】









「・・・え・・・?」

















【・・・・あなたの死に場所・・・・・・この赤城が用意しましょう・・・・】
















赤城 06 佐世保沖海戦とティレニア海開戦(Ⅲ) へ続く














 
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