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イベリス

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第五十五話 速水の食事その六

「こうしたことはです」
「あったんですね」
「はい」
 まさにというのだ。
「日本でも」
「脚気でもですか」
「そこで森鴎外がおかしなことをしました」
「あの小説家の」
「あの人がお医者さんだったことはご存知ですね」
「そうでしたね」
 咲もその話は知っていた。
「確か」
「それもドイツ留学をした」
「エリートでしたね」
「最後は陸軍軍医総監、陸軍の軍医のトップにもです」
「なってるんですね」
「そこまでの人でしたが」
 それでもというのだ。
「脚気については食べものでなるとは思わず」
「それで、ですか」
「脚気菌があると信じ込んで」
 これは彼が細菌学を学んだからである、その為細菌というものに対して非常に強い感情が存在していたのだ。
「それで、です」
「脚気菌ですか」
「それを必死に探してです」
 そうしてというのだ。
「海軍が食事で解決出来ると突き止めてもです」
「それを認めなかったんですか」
「そして陸軍は白米で通して」
 彼が軍医として認めてだ。
「陸軍では脚気患者が多いままでした」
「そうだったんですね」
「日露戦争の時も」
「あの戦争の時もですか」
「そうでした」
「あの戦争勝ってますよね」
 咲は自分の歴史の知識から速水に問うた。
「そうですよね」
「勝つには勝ちましたが」
「脚気で亡くなった人多かったんですね」
「日清戦争の頃から問題でして」
 日露戦争の前の戦争である、この戦争に勝ったことも日本にとっては非常に大きなことであったのだ。
「それをどうするかが問題でしたが」
「森鴎外は、ですか」
「はい、このことは小山さんはご存知でなかったですか」
「何処かでお話したか聞いたか」
 咲の返事はあやふやなものだった。
「どうもです」
「覚えておられないですか」
「すいません」
「謝ることはありません」
 速水は穏やかな声でそれはいいとした。
「そんなことではありません」
「そうですか」
「はい、忘れていれば覚えればいいのです」
 その穏やかな声で述べた。
「ですから」
「それで、ですか」
「今覚えて下さるとです」
 咲がそうすればというのだ。
「いいです、ですから」
「謝ることはなくて」
「覚えて下さい」
「わかりました」
「森鴎外は本職は医師でした」 
 速水は咲にあらためて話した。
「そしてそちらではです」
「陸軍軍医総監で」
「そして細菌学の権威でした」
「それを学んだので」
「ドイツでコッホからです」
「コッホって有名な人ですよね」
 咲はその名前を聞いてすぐに反応した。 
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