Fate/WizarDragonknight
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ガンバルクイナ
目を開けた。
それまでは穏やかな寝顔だったのに、その赤い眼が覚醒した途端に、その表情が険しくなった。
「気が付いた?」
ハルトが声をかけたのは、先ほど、紫の怪物に変身していた少年。
紫の髪とボロボロの布切れが特徴の彼は、ハルトが背負い、そのまま病院に連れて来られていた。
あの医者は、Uターンしてきたハルト達を見て最初は怪訝な顔をしていたが、ハルトが背負ってきた少年の姿を見て一転、病室に迎え入れてくれた。
布団を蹴り飛ばした少年は体を起こす。だが、即座に痛みによって体の動きを震わせているが、それ以上にハルトと響への警戒を強めている。
「うっ……!」
「だ、大丈夫ッ!?」
彼の動きに、響が駆け寄った。彼女は心配そうに少年を見下ろし、
「よかった……大丈夫そうだねッ! お医者さんを呼んでくる!」
響はそう言って、病室を飛び出した。
「騒がしいな……」
ハルトは響を見送り、静かに病室に入る。
獣のように牙を向く少年が、ハルトを獣のような目つきで睨んでいる。
「大丈夫。大丈夫」
ハルトは両手を上げて、敵意がないことを示す。
そのまま一歩ずつ少年に近づき、腰を曲げる。
少年と目線を合わせ、指輪を発動させる。
『コネクト プリーズ』
魔法陣に手を入れる。ラビットハウスの自室に安置してある
『こんにちは』
ハルトが引っ張り出した、黄色の人形。鳥をゆるキャラの形に落とし込んだそれ。腹部の赤いハートマークが特徴のそれに右手を入れて、少年にパペットマペットの人形を向き合わせる。
『こんにちは。怖くないよ?』
ハルトは決して口を動かさない。だが、普段とは異なる声色を放った。
腹話術。
ラビットハウスでチノが行っているのを参考に習得したが、実演するのは初めてだ。
明るい声でハルトは続ける。
『ボクはガンバルクイナ! よろしくね!』
「うううう……」
だが、少年は唸り声を収めない。
腕でガンバルクイナ人形を爪で引っ搔こうとするが、ハルトは人形を上げてそれを避ける。
「おおっと……『大丈夫だよ。ボクは君と友達になりたいんだ』」
あくまでガンバルクイナの声を維持したまま、ハルトは会話を続ける。
『大丈夫。ボク悪い鳥じゃないよ?』
ガンバルクイナの腕を伸ばし、少年に握手を促す。
少年は口をぽかんと開けながら、手を伸ばす。ガンバルクイナの手を通して、ハルトの指先を揺らす。
ハルトはほほ笑みながら、ガンバルクイナを通じて少年と握手を続ける。
『お腹が空いたの? これ食べようよ』
ハルトは響から預かった菓子パンを取り出し、ガンバルクイナに持たせた。ガンバルクイナを上手く操作し、両手で菓子パンを持たせる。
少年はしばらく菓子パンとガンバルクイナ、そしてハルトの顔を見比べる。
やがて恐る恐る菓子パンの包みを剥がし、頬張る少年。
ハルトは安心して、ガンバルクイナの腹話術を再開した。
『仲良くなるにはまずお名前から! 君のお名前は何て言うの?』
ガンバルクイナが、両手を上げて尋ねる。
少年は顔を険しくしたまま、小さな声で呟いた。
「……アンチ」
「アンチ?」
変わった名前だな、という印象を抱いたハルトは、思わず地声で反応してしまった。一瞬アンチと名乗った少年が顔を上げてハルトを見上げるが、すぐさまハルトはガンバルクイナの声に戻る。
『そうなんだ! よろしくね! アンチくん!』
誤魔化すように、ガンバルクイナの両腕でアンチの右腕と握手する。アンチは驚いた表情をして固まりながら、腕をガンバルクイナのなすがままに上下していた。
その時。
「ほら! 先生!」
響の声で、ハルトとアンチのやりとりが中断された。
入り口を見れば、響が医者を連れてきていた。今朝この病院を出発したとき、そしてついさっきアンチを連れてきたときと同じく、サングラスを着けている医者。
「元気になったのかな? よかったよッ!」
響の声に、またしても少年、アンチは警戒を示す。彼はそのままベットから壁に張り付き、菓子パンを胸に抱えた。
「あっ! 響ちゃん、タイミング悪い……」
ハルトは頭を掻く。
「へ? どうしたの?」
「いや、何でもない……」
ハルトはそれ以上の言及を避けて、腹話術を続ける。
『ボク、友達が欲しいんだ。一緒にお話ししてくれないかな?』
「本当ッ!」
ガンバルクイナのセリフに、響が歓喜した。
気が散るな、と思っても口に出さず、ハルトはガンバルクイナのロールプレイを続ける。
「嬉しいねッ!」
響は、そう言ってガンバルクイナの腕と握手をする。ハルトはガンバルクイナの腕を通じながら、あきれ顔を浮かべる。
響がガンバルクイナの手を放すが、なぜかその拍子に、ガンバルクイナのパペットマペットが吹き飛んでしまった。
「あッ!」
「……響ちゃん、君が夢中になってどうするさ……」
「ご、ごめん……」
響は頭を掻く。
だが、彼女のアイスブレイクは結果的には役に立ったようだ。
アンチと名乗った少年は、すでにガンバルクイナではなくハルトの顔を見上げている。
ハルトは彼と目線を合わせて、ほほ笑む。
「アンチ君、でいいよね?」
ハルトの問いに、少年___アンチは頷いた。
「俺は松菜ハルト。こっちの女の子は立花響ちゃん。俺たちは君に危害を加えたりしないよ。大丈夫。……まあ、ちょっと教えて欲しいことはあるけどね」
ハルトの紹介に、響は「どーもッ!」と元気に手を上げた。
だが、その話が続けられるよりも前に、医者が手をだして中断する。
「先に診断をさせてください。お話があるならばその後に」
医者はそう言い、ハルトと少年の間に立つ。彼はそのまま少年を寝かしつける。
「容体はどうですか?」
医者はサングラスを外し、ポケットに収納する。
少年の体に検査機を当て、他にも何度も触れ、容体を確かめていく。
「……何も問題ないでしょう。もし何かあれば、ご連絡いただければと」
医者はそれだけ言い残し、立ち去る。彼がそのまま事務所に入っていったのを見送り、ハルトは首を傾げた。
「ええっと……何かお礼とかした方がいいのかな?」
「さっきちょっとだけ話したんだけど、そのまま帰っていいって言ってたよ。……でも」
響は眉をひそめながら、アンチへ振り返る。
「ねえ、君どこから来たの? お父さんやお母さんは?」
響がしゃがんで、アンチよりも低い目線で語りかける。
アンチはしばらく響を見つめ、やがて口を開いた。
「……アイツを、探している」
「アイツ?」
「ムーンキャンサー……」
「ムーンキャンサー? 何それ?」
響が首を傾げながら、アンチに顔を近づけた。
「……俺も、分からない。とにかく、俺はムーンキャンサーを探している」
「分からないものを探している? なんで探しているのかな?」
「分からない……俺は、そう命令された。だから探してる」
「命令?」
こんな小さな子が? と、ハルトは疑問を浮かべた。
それよりも先に響がハルトに振り向いた。
「ねえハルトさん、ムーンキャンサーって何だろ?」
「直訳すると……月の……蟹座? 何かのモノかな?」
「モノ?」
「たとえば、思い出のキーホルダーとか。多分、月とか蟹の形をしたものなんじゃない?」
アンチが探しているものを推論している間にも、アンチはローブを纏い直す。
そのまま窓から病室を抜け出そうとするアンチ。
「待ってッ!」
だが、そんな彼の手を、響が掴んだ。
「探し物だったら、わたしたちも手伝うよ? ね、ハルトさんッ!」
「え? 俺、蒼井晶を探したいんだけど」
「でも、この子のことだって放っておけないよ?」
ハルトと響の意見が食い違っている。
その間に、アンチは響の腕を振り払い、そのまま窓の外へ走り去っていく。
「あッ! 待ってッ!」
「いや、響ちゃんこそ待ってよ!」
だが、ハルトが呼び止める間もなく、響もアンチを追いかけて出ていった。
「ああもう……あの子も気になるし、でも蒼井晶を追いかけたいし、一体どうすればいいんだよ……!」
ハルトは毒づきながら、二人を追いかけようとガラスのない窓に足をかける。その時。
「一つだけ、言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
それは、事務所に戻ったはずの医者からの言葉だった。
サングラスを胸ポケットからのぞかせたままの彼は、静かにハルトへ語った。
「キャンサーという単語には、蟹という単語の他にも、癌という意味があります」
「癌? 癌って……病気の?」
「ええ。ムーンキャンサーを直訳すれば、月の癌と読み替えることもできますよ」
「月の癌……? それだと、ますます意味が分からないな」
「まあ、十中八九私の推論は外れているでしょうが。中年の戯言と聞き流してください」
「いえ……ありがとうございます」
ハルトは医者に礼をして、響とアンチの後を追いかけて、窓から飛び出していった。
そんなハルトの後ろ姿を見つめながら、医者は静かに、しまったサングラスを再びかけた。
見滝原南。
廃墟の一角の、建物の内部。
ハルトたちがアンチを保護していた頃、ハルトたちと戦い、唯一の生き残りである怪鳥は、陽の光が届かない室内で静かにその身を屈ませていた。
この廃墟の住民も粗方腹に放り込み、体も十分休ませた。
やがて時が経つと、その肉体に変化が起き始めた。
メキメキと骨格が揺れ動き、肉体が膨れ始める。
人間に等しい大きさのそれは、人より二回り上の大きさに成長していく。皮膚が突き破られ、その内側から新たな表皮が顔を覗かせる。
そして。
凶悪なその鳴き声を、怪鳥は昼の空へ轟かせた。
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