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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第66話 用意周到 本末転倒

 
前書き
もうストックが尽きそうです。

アルテミスの首飾りはやはり真球じゃないとなぁ、と思います。

ローレルのコミカライズ、楽しみですね。(現実逃避 

 
宇宙歴七八九年 五月一五日 エル=ファシル星域エル=ファシル星系


 『戦局』が不利であるのは初めからわかっていた話だ。なにしろこちらは演習モードで、相手は実戦モード。こちらの砲撃が命中しても小動ぎもしないが、相手の砲撃はマジ実弾なので木っ端微塵になる。

 それでも第三五一独立機動部隊の演習判定装置は正常に作動しているようで、こちらの砲撃が命中した艦は戦闘行動を中止して戦闘宙域から離脱していく。相手が攻めで、こちらは受けだが、今のところ被害はほぼ同レベルで推移している。

 我々『帝国軍救出部隊先遣隊』がこの『まやかしの会戦』で優位なのは、砲撃と移動が全自動で、マニュアルのようなバグがないこと。集中砲火を命じれば寸分の狂いなく砲撃してくれるので、標的位置に艦があれば、撃沈判定に持ち込める。あくまでも戦隊レベルであるが戦列の組み換えも、接触や過剰回避なく殆どノーミスでやってくれる。当然のことながら士気崩壊による戦線離脱などもない。
 ただし、これは逆にマニュアルがないために失敗するところもある。オペレーターの目標設定が間違っていれば砲撃は空振りだし、撃沈した僚艦を回避することなく移動して接触誘爆してしまう。

 いずれにせよ、俺は喉がかれんばかりに、オペレーターに対して指示を出し続けた。三〇人のオペレーターが率いる二四〇隻は全て巡航艦で、残りの戦艦四隻は戦艦トレンデルベルクを含めてサンテソン少佐が指揮する。俺は三〇人を三つに分け中央と両翼部隊とし、各戦隊単位(つまりオペレーター毎に)で一艦を目標とした集中砲火を徹底させた。それぞれの標的はオペレーターの自由に任せているが、モリエート准将が時折こちらの戦線を分断しようと三〇隻から五〇隻の巡航艦戦隊を多方面から断続的に圧迫投入してくるので、その時だけは俺が目標を指示している。

 爺様のように旗艦の艦隊司令官席にどっかりと座り、大局を見て麾下の上・中級指揮官に指示を出すのが、本来の艦隊司令官のあるべき姿なのだろう。しかしこの無人艦隊には上・中級指揮官がいない。オペレーターも艦艇運用シミュレーターを使いつつ必死になっているが、一人で八人の艦長と一人の巡航艦戦隊指揮官の役割を担っているのだから、おのずと限界がある。その上、オペレーターのまとめ役になる上級指揮官がいない。士官学校の艦隊戦闘訓練では人工知能が勝手に数字で判断していたが、残念ながらこちらは現実世界だ。

「巡航艦AB-5号撃沈しました。AB戦隊残り五隻です」
「巡航艦Y-7号撃沈しました。Y戦隊残り四隻です。すみません」
 オペレーターの報告は右後ろにいる自走端末が集計してくれ、環境の右上に数字と光点で表してくれる。ご丁寧に損失率が分かるよう二四四個の光点が撃沈される度に減っていくシステムだ。
「『提督』。損耗率が三割を超えそうですが」
 サンテソン少佐の提言通り、今もって撃沈した艦艇は八〇隻を超えた。第三五一独立機動部隊の損害は六五隻。現時点では一六四対五一二。三時間にわたって戦線崩壊は防げているが、これだけ戦力差が出れば、もうモリエート准将は遠慮しないだろう。その予想通り、台形陣はゆっくりと左右に広がり始めた。

「救出部隊の状況はどうだ?」
 予定通りに行けば、もう地上から離脱してくれているはずだ。そして事前に話していたことをフィンク中佐が覚えていれば、とりうる戦法が変わる。
「現在位置不明。一時間前に離脱信号は受信しています」
「そうか」

 部下を信じる。少なくともイェレ=フィンク中佐は俺の部下ではないが、中佐はここまで爺様やエル=ファシル奪回作戦においてその期待を裏切ったことはない。今までの軍事経歴で、俺にはドールトン准尉のような臨時配置か、バグダッシュ大尉のような同階級の先任が殆どで、はっきりと直属の部下と言い切れる人間はいなかった。だが今、地上から帝国兵を満載して離脱を試みているのは、第八七〇九哨戒隊の面々だ。エル=ファシルの英雄の光に押し込まれた深い影に押し込まれた、罪なき罪人。

「信じよう」
 俺は決断した。
「両翼後退。そのまま中央部隊の後方に入り、陣形を細円錐陣形へ。戦艦戦隊、円錐最前列へ」
 俺の命令に、サンテソン少佐とオペレーター達が次々と指示を出す。シミュレーターに映る第三五一独立機動部隊の陣形が、明白に半包囲体制へと移行していく。こちらは後退、相手は前進。
「主砲短距離砲切り替え。全艦機関最大戦速。敵中央部へ向けて突撃せよ!」

 戦局は一気に変わる。それまでの攻勢と防御の立場が反転し、第三五一独立機動部隊の両翼は慌ててこちらの後背に回り込もうとし、中央部隊は防御を固め始める。苛烈な砲撃が浴びせかかってくるが、こちらの突進を回避するために砲撃せず進路を開ける艦もある。

 ほんのわずかな瞬間、第三五一独立機動部隊の旗艦である戦艦アローランドの姿が左舷に見えたような気がしたが、それは気のせいだろう。緊急加速中の艦から外部を見たところで、人間の動体視力では到底とらえることなどできようはずもない。

「中央突破成功。やりますな、『提督』」
「この艦は撃たれないと分かってますからね。大胆にもなりますよ……と言っても逃げだせたのは、一二〇隻程度ですか」

 俺はディスプレイの上に映る数字に舌打ちする。数的不利を戦術で覆すのは、やはり天才でしか為せないことなのか。それとも為せるからこそ天才と呼ばれるんだろうか。大きく溜息をつくと、俺は指揮官席に腰を下ろした。本革の柔らかさが体にしみわたっていく。

「第三五一独立機動部隊は反転追撃してきません」
「戦艦アローランドから当艦に向けて光パルス通信です。『危ないじゃないか、バカやろう』以上です」
「機動部隊の方に被害がないか確認。それとグランボウの位置はまだ特定できないか?」
「……艦位特定しました。当艦の後方、四時の方角。仰角マイナス四五度。距離一八.七光秒」
「予想より少し遅れたようだな。よろしい。これより合流する。艦隊進路変更二時。仰角マイナス二〇度。その旨、グランボウへ伝達」
「了解」

 信じた通りの結果にはなった。ただ想定よりも三〇分以上は遅い位置に中佐達は居た。乗り込みに時間がかかったのか、それとも別の理由があったのか。はっきりとは分からない。だが合流すればわかるだろうが、あと一時間はかかりそうだ。

「サンテソン少佐。三〇分交代で休養をとってくれ。私もここで休養をとります」
「……どうやらそうはいかないみたいですぜ。グランボウから通信です。『提督』宛に直接お目にかかってお礼を申し上げたいと、帝国軍の准将が言ってるそうです」
「レッペンシュテット准将か。今のグランボウの位置からシャトルを飛ばして、ここまでどのくらいで着く?」
「シャトルなら三〇分でしょう。どうします?」
「一〇分ずつ小休止に変更しよう。歓待するとグランボウに伝えてくれ」

 あぁこれは面倒なことになりそうだなと、数日前に画面越しで会った狐のような陸戦士官を思い出して俺は溜息をついた。





 果たしてきっかり三〇分後。レッペンシュテット准将とその副官が戦艦グランボウのシャトルに乗って、トレンデルベルクにやってきた。本来であればこちらの方が若いのだからシャトルハッチまで出向くのが道理だが、フィンク中佐からも他の艦長達からも帝国軍将兵の拘束を伝える信号が来てないので、まだお芝居を継続する場面だ。
 それに加えもし万が一陸戦のプロとまともに拳で戦うようなことになったとしたら、こちら側に勝ち目がないのは明白なので、トレンデルベルクに搭乗している一〇人の白兵戦隊員全員を艦長席へつながる裏廊下に隠しておく。
 
 しばらくして艦橋に入ってきた実物のレッペンシュテット准将は一目見ただけでタダモノではないとわかった。身長は俺と同じくらいだが、胸の厚さは二〇パーセント増し。ピッチリとした帝国軍軍服がこれほど似合うのは、体幹が優れている故か。無理がないのに状態がぶれないからだろう。顎も腕も締まっていて、素手の殴り合いでは絶対に勝てそうにない。

 俺はわざとらしく先に敬礼するレッペンシュテット准将を視線に収めてからゆっくりと嫌々ながらに指揮官席から立ちあがり、彼に向かって敬礼した。

「救援感謝いたします。ボーデヴィヒ准将」
「命令だからな。レッペンシュテット准将。聞けば私に会って礼を言いたいということだが、どういう事だ」
「端的に申し上げますと、確かめたいことがありまして」

 そういうとコツコツと足音を鳴らしつつ、俺に近づいてくる。その姿はまるで獲物を見つけた狼のように見える。獲物は当然俺だ。一応准将も副官も銃は携帯していない。だが地上軍の士官は肉体が兵器だ。生身の准将が、装甲服を纏った白兵戦隊員一〇人に勝てるはずはない……のに、なぜか負ける未来しか想像できない。

「ボーデヴィヒ准将」
「なにかね」

 ほとんど至近。腕が襟元に伸びれば、間違いなく一瞬で俺を昇天できる距離にまで近づいた准将は、俺に手を縦に差し出した。俺の視線がその手に向かい、次に准将の顔に向いた時、准将の顔には奇妙な、ほっとしたような笑顔があった。そして差し出した右手ではなく左手で俺の右手首をがっちりと掴むと、強制的に握手をさせられる。解こうにも万力に固められたような力強さでびくともしない。

「……お芝居はもう止してもらって結構ですぞ。卿が同盟軍のどなたかは存じ上げないが、小官は卿に礼を申し上げに伺ったのです。本心から」
「礼、だと?」
「ええ、ようやく小官も納得ができましたので」

 そう准将は言うと手を放してくれた。手を見れば准将の指の後が真っ赤になって残っている。

「改めて申告します。帝国軍エル=ファシル星系遠征部隊陸戦部司令のフォルカー=レッペンシュテット准将です。卿のご尊名を賜りたい」

 俺から少し離れてする准将の敬礼には一分の隙もない。これは嘘は言えないなと思いつつ視線を横にすると、サンテソン少佐が航海長席から、他のオペレーター達もそれぞれの席からブラスターを准将と副官に向けているのが見える。なのに准将も副官もまるで意に介していない。銃を向けられ、こちらを同盟軍の人間だと分かっているにもかかわらずだ。それはつまり……

「……小官の名前をお教えするのは結構なのですが」
「が?」
「まずは当艦の空気清浄システムを最大可動させてからでよろしいでしょうか? でなければとても怖くて小官は閣下とお話しする自信がありません」
「……そういえば最近装甲服を着ていなかったもので、発生装置のことをすっかり忘れておりました」

 ハハハハハッと笑いながら、准将は両手を軍服のポケットに手を突っ込むと、裏地を引っ張り出すのだった。

 それからはこちらが想定していたシナリオを一〇時間以上すっ飛ばしてしまうことになる。

 予定ではフィンク中佐の部隊と合流し、星系外縁部へ向けて逃走。三〇隻の囮部隊を撃破してきた第四〇九広域巡察部隊か、一時的に第四四高速機動集団に組み込まれた第五四四独立機動部隊分遣隊二〇〇隻と、俺の率いる帝国軍救援部隊残存部隊が擬似交戦。殆ど輸送艦と化している三〇隻を逃す為に、俺と救援艦隊は輸送艦の楯となって『玉砕』。さらに逃走を続ける中佐の部隊は、第四四高速機動集団に包囲され降伏する。降伏しない場合は、隠れている白兵戦部隊とガスで強制的に無力化する予定だった。

 救援艦隊が玉砕することで帝国軍将兵の心を折り、三〇隻対三〇〇〇隻で完全包囲することで抵抗の気力を失わせる。そういうシナリオだったのだが、レッペンシュテット准将が早々に降伏と投降を決断し、三〇隻に分乗した帝国軍将兵に事態の説明を行ったので、それが全部無駄になった。
 フィンク中佐によると准将の放送を聞いた後で抵抗しようとした将兵もいないわけではなかったらしいが、圧倒的多数の賛同者による封じ込めと寿司詰め状態の艦内環境のおかげで、殆ど鎮圧できたとのこと。

「これは期待した通りの結果かね?」

 レッペンシュテット准将とその副官と共に、シャトルで旗艦エル・トレメンドに移乗した俺は、司令官公室で准将からの降伏を受けた後の爺様から、皮肉の一撃を受ける羽目になった。

 結果としてディディエ少将以下の地上軍は、一兵も損ねることなく、しかも殆ど無傷で惑星エル・ファシルを奪回することに成功した。一方で爺様の宇宙艦隊は、偽装艦隊やら敵役やら、囮の準備に実弾演習までやらされた。
 こちらも将兵に損害はなかったものの、あくまでも功績は作戦指揮官のディディエ少将。自分の部下であるはずの俺がそれに一応貢献したということになるから、爺様も軽く皮肉の一つも言いたくなったのだろう。別に本気で怒っているわけではない。はぁ、まぁ、と俺が苦笑して頭を掻けば、爺様も仕方のない奴めと言わんばかりに口をへの字にして肩を竦める。

「で、貴官がお芝居をしている間に、また地上軍側から変な要請が来ているわけじゃが、ジュニア。これも貴官の入れ知恵ではないだろうな?」

 そう言って爺様がピラピラと机の上で揺らす紙は、レッペンシュテット准将を引き取りに来たジャワフ少佐がついでのように爺様に手渡したもの。ファイフェルを中継して俺に手渡された書類には、ディディエ少将名義でミサイル兵器を取り外した残存する帝国軍艦艇を一六隻、大気圏突入が可能なものを地上軍に譲渡して欲しいと書いてある。

「……一体何に使うんでしょうか」
「なんじゃ、ジュニアも聞いてないのか?」
「はい。地上における捕虜収容所として使う、くらいしか考えられませんが」

 だとしても一六隻は多すぎる。巨大な航行用エンジンも艦砲も重力装置も収容所には不要だから、取り外してしまえばかなりのスペースが利用できるはずだ。無駄に航行能力と戦闘能力を残して置けば、一度降伏した帝国軍の中にも『余計なこと』を考える輩も出てくる。
 そんなことぐらいはディディエ少将もジャワフ少佐も分かっているだろう。爺様もファイフェルも、勿論俺もそう考えているから余計に疑問が生じる。

「譲渡する以上、廃材処分費は負担しない。それが条件だとディディエに伝えてくれんかの」
「承知いたしました」
「ジュニアはしばらく連絡士官業務と戦後処理事前調査の継続じゃ。事前調査はカステルの手が空き次第、任務交代。連絡士官業務も『ホンモノ』がエル=ファシルに戻ってきたら呼び戻す」
「はい。ですがそのカステル中佐ですが、エル・トレメンド内でお姿が見えないのはどうしてでしょうか?」

 モンシャルマン参謀長はわざわざシャトルデッキまで迎えに来てくれた(レッペンシュテット准将の出迎えもあるんだろうけど)し、モンティージャ中佐も自動端末からデータを吸い上げるタイミングで会うことができた。ブライトウェル嬢には感謝を述べつつロザラム・ウィスキーのボトルを返すと、何か言いたげな表情をしていた。なのにいの一番に捕虜四万名増えたことを早速なんとか言いそうなカストル中佐の姿が見えないのはおかしい。

「どうやら剽悍極まりない帝国軍救援部隊によって、星系じゅうに遺棄艦船と囮魚雷とジャマーが撒かれたらしくてな。戦艦アローランドに移乗して、その回収・処理の指揮を第三五一とやってもらっておる」

 爺様はそう言うといたずら小僧のように笑いながら片目をつぶって言った。

「補給参謀から逃げるのは指揮官として恥だが、精神衛生上の役に立つぞ『ボーデヴィヒ准将』」

 追っかけてくるのがカステル中佐ではなぁと、俺は胸の内で溜息をつかざるを得なかった。
 
 

 
後書き
2022.06.03 更新
2022.06.25 文字修正 
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