Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv67 ラルゴの谷
[Ⅰ]
アシュレイアとの戦いから数日が経過した。
その間、イシュマリア城はかなり慌ただしい日々が続いていた。
ヴァリアス将軍や主席宮廷魔導師であるディオン様達は、動乱の後始末に追われている。勿論、アヴェル王子やヴァロムさんも例外ではない。
これは無理もない話だろう。先の動乱は、国体を揺るがしかねない事件な上、負傷者も多数いるからだ。
おまけに、アウルガム湖にあるあの島には、今もまだ石化したままの魔導騎士達が沢山いる。彼等の石化解除などもある為、やる事が山積みなのである。なもんで、報酬として貰ったストロスの杖は、俺の手元にはない。石化解呪でどうしても必要だからだ。
とはいえ、忙しくない者達も中にはいる。それは、ラヴァナに住まう大多数の民や、イシュラナ教団の関係者達である。
前者はともかく、後者は動乱の中心ともいえる組織の為、アズラムド陛下の命により、イシュラナ教団関連施設すべての一時封鎖に加え、そこに住まう神官達の外出禁止令が出ていた。
神官に化けた魔物がいる可能性があるので、これは当然の措置であった。
だが、あまり長く封鎖を続けると民達に不信感を与える事にもなる為、オヴェリウスの神官達が全員魔物でないと分かった時点で、神殿の封鎖を解く予定だそうである。確認は勿論、ラーの鏡で行うそうだ。
本当ならば、どんな仕掛けが施してあるのかわからないので神殿自体完全封鎖をしておきたいところだが、この間の極秘会談で、イシュラナ信仰をこのまま続ける事になった為、やむを得ない措置なのである。
それから、アヴェル王子やヴァリアス将軍の話によると、多くの民達は平穏に暮らしているそうだ。
魔物達の策略を未然に食い止めたことに加え、浄化の結界が作動したことで魔物の脅威が一時的に取り除かれた事も大きいのだろう。
まぁそんな感じで、慌ただしいイシュマリア城内ではあるが、ここに忙しくない者が1人いるのであった。それは……俺だ。
俺は特に何もせず、イシュマリア城の客間で、のんびり過ごしているところだ。まぁ早い話が、休養というやつである。
これはヴァロムさんとアヴェル王子の指示によるもので、一応、10日程はゆっくり休んでいろとの事であった。
先の動乱で死に掛けた……というか、一度死んでいるという事もあり、それを労っての事のようだ。2人の気遣いに感謝である。
以上の事から、俺は客間でのんびりと寛いでいるわけだが、中々と退屈はしない。
なぜなら、顔見知りが毎日ここに訪れてくれるからだ。
そして今日は、高貴なお嬢様方がお見えになっているところであった。アーシャさんとサナちゃん、そして、フィオナ王女である。
3人は今、室内のソファーに腰掛け、俺と談笑しているところだ。
彼女達と会うのは俺が目覚めてから今日で2回目だが、毎日会っているかのような錯覚を感じる今日この頃である。
ちなみにだが、彼女達の護衛であるレイスさんやシェーラさん、それとルッシラさん達は、今は気を使って部屋の外で待機しているところだ――
「コータローさん、今日も調子良さそうですわね」
「本当です。コータロー様が日に日に良くなっているのがわかります」
「私もそう思います。もう見た感じでは、以前のコータローさんと変わりないくらいですよ」
3人はそう言って微笑んだ。
俺はそんな彼女達に向かい、ガッツポーズを決めた。
「調子はいいですよ。もうほぼ全快といった感じです。今すぐ旅に出ろと言われても、行けそうなくらいですから」
「でも、まだ旅になんて出ちゃ駄目ですよ。あんな事があった後なんですから……」
「そうですわ。サナさんの言う通りですわよ。無理はダメです。ところでコータローさん……ミュトラの書の話はお聞きになりましたか?」
フィオナ王女は今の話を聞き、少し微妙な表情をしていた。
サナちゃんは初めて聞く言葉なのか、キョトンとしている。
2人の対照的な表情から察するに、恐らく、サナちゃんは知らないのだろう。フィオナ王女は知っているのかもしれない。
サナちゃんが訊いてくる。
「ミュトラの書? ……って、何ですか?」
俺が簡単に説明しておいた。
「ミュトラの書はね、イシュラナ教団曰く、『邪悪な魔の神が、世を惑わす為に記した災いの書物』としている禁断の書物の事だよ。建国以来、イシュマリア王家と八支族が、人目に触れぬよう厳重に管理してきた曰くつきの代物さ」
「王家と八支族が管理……この国には、そんな書物があったのですね」
「まぁ奴等が禁断にしてるくらいだから、この地上に住む者達には有益なのかもね。それはともかく、ヴァロムさんから多少は聞いておりますよ、アーシャさん。で、それがどうかしましたか?」
アーシャさんの表情が少し曇る。
「実は……父から風の帽子を貸してほしいと頼まれたのです。理由はミュトラの書らしいのですが……お父様は、あまり詳細な内容を教えてくださりませんでした。ですので、もし知っているのでしたらコータローさんに教えて頂こうと思って……」
「つまり、なぜ風の帽子が必要なのかを知りたいという事ですか?」
「はい」
「コータロー様、私も聞きたく思います。ミュトラの書が大いなる力の謎に関係していると、お兄様から聞きましたが、それ以上の事は話して下さりませんでした」と、フィオナ王女も。
俺は言うべきか悩んだが、彼女達は先の動乱の核心部分に触れている。
下手に嘘を吐くと、どんな単独行動を起こすかわからない為、とりあえず、他言しないよう念を押してから話す事にした。
「わかりました。ですが、これは他言無用でお願いしますね。特定の者しか知らない話ですから」
「勿論ですわ」
「私も誰にも言いません」
「私もです」
「わかりました。では、3人を信じてお話ししましょう。なぜ風の帽子が必要なのかでしたね。それは……ミュトラの書を回収する為に使いたいからだと思いますよ」
アーシャさんは眉間に皺を寄せる。
「回収? ど、どういう事ですの?」
「どうやら、ラーのオッサンが言うには、ミュトラの書がダーマ神殿への道を開く鍵みたいなんですよ。なので、ミュトラの書をどうしても回収しないといけないんだそうです」
「ええッ!?」
「なんですってッ!?」
「そ、そうだったのですか」
3人は目を大きく見開いて驚きの声を上げた後、慌てて両掌で口を覆った。
あまり大きな声で出来ない話だから、流石にまずいと思ったのだろう。
アーシャさんは小声で話を続けた。
「ダーマ神殿って……もしかして、王家が長年探し求めていたという、大いなる力を封じたとされる、古の神殿の事ですの?」
「ええ、恐らくは」
「そうだったのですか……これで理解しました。どうりで、父が話してくださらなかったわけですわ」
アーシャさんは溜息混じりでそう言うと、納得がいかないのか、怒ったように頬を膨らました。
怒りのベクトルが変な方向に行くといけないので、とりあえず、宥めるとしよう。
「まぁまぁ、そう怒らないでください、アーシャさん。ソレス殿下が黙っていたのは、アーシャさんに危険が及んでほしくないという親心からだと思いますから」
「でも、なんだか納得いきませんわ。こうなったら、風の帽子は私が同行することを条件に、お貸しするしかないですわね」
「そ、そうですか……」
どうやら俺の所為で、ソレス殿下の目論見は崩れ去る事となりそうだ。
(すいません……ソレス殿下。とりあえず、後でヴァロムさんに根回しだけはしとこう……)
などと考えていると、サナちゃんが話に入ってきた。
「あの、コータローさん……私、ダーマ神殿の話を今初めて聞いたのですが、ほ、本当にあるのですか?」
「本当にあるのかどうかはわからないけど、ラーのオッサンが言うんだから、あるのかもね。それがどうかしたかい?」
「実はラミナスには、今仰られたダーマという名の神殿が登場する言い伝えがあるのです」
どうやらラミナスにもダーマ神殿の伝承があるようだ。
「へぇ、言い伝えか……で、どんな話なんだい?」
サナちゃんはゆっくりと静かに話し始めた。
【……今より遥か遥か昔……カーペディオンが栄華極めし時代……無数の悪しき魔の軍勢がどこからともなく地上に現れ、この世に未曽有の厄災をもたらした。大地に住まう者達は皆、果敢に魔の軍勢に立ち向かった。だが、魔の軍勢の恐ろしい力の前に、1人、また1人……世に武勇が轟く歴戦の戦士ですらも……成す術無く倒れていった。大地は朱に染まり、天は割れ、闇が辺りを覆い始めてゆく。この地に住まう者達は皆、魔の軍勢の力に恐怖し、そして、絶望した。だがそんな中……一筋の希望が現れた。それは大いなる存在より啓示を受け、世界を救わんと立ち上がった6名の勇者達であった。そして、その6名の勇者達は、大いなる存在の啓示に従い、ラムゥの岬より、日出ずる方角へと旅立ったのだ……大いなる力を封じし神殿、ダーマの地を目指して……と】
サナちゃんが話し終えると、暫しの静寂がこの場に訪れる。
(6名の勇者達が、大いなる力を封じし神殿、ダーマの地を目指して……か。しかも大いなる存在ねぇ……。まぁドラクエっぽい言い伝えではあるが、ダーマ神殿の伝承としてはイシュマリアのモノとそう大差ないみたいだ。大いなる力という共通のキーワードが出てくるので、ダーマ神殿には何か特別なモノがあるのかもしれない。実際に行ってみないと、その辺の謎は解けないのだろう)
俺がそんな事を考える中、アーシャさんが口を開いた。
「初耳ですわ。ラミナスにはそんな言い伝えがあるのですね」
「ラミナスにもダーマ神殿の伝説があったのですね……」
「はい。ですがこれは、ラミナスのとある地域の民間伝承なので、それほど有名な言い伝えではありません。ラミナスでも知っている者は、かなり少ないと思います。それこそ、学者か、その地に住まう者くらいだと思いますから」
「へぇそうなんだ。ってことは、サナちゃんは結構勉強家なんだね。偉いなぁ」
するとサナちゃんは照れたのか、少しはにかんだ表情になる。
「勉強家ではないですよ。そうじゃないんです。実は私……古の勇者の伝説や物語に興味があったので、そういう伝承を調べるのが好きだったのです。だからですよ」
「じゃあサナちゃんは、勇者の伝承に詳しいんだね」
「はい。といっても、私はラミナスの伝承しか知りませんけど」
ここはドラクエ世界だから、そう言う伝承はあっても不思議ではないが、ここにきて初めて勇者というわかりやすい単語を聞いた気がする。
ゲームならもっと早く出てきそうなワードなので、今更かよと言った感じだ。盟約とか言われてもピンとこないので、余計にそう思ってしまうところである。
まぁそれはともかく、気になるので訊いておこう。
「例えば、どんなのあるの?」
「そうですね……そういえば、以前コータローさんから聞いた話とよく似た話がありますよ。魔王に攫われたお姫様を救う勇者の話です。コータローさんが以前話してくれたのは、邪悪な竜王がお姫様を捕らえる話でしたから、魔王ではないですけど」
「そういや旅してる時、そんな話をしたね」
今の話を聞き、旅の宿でサナちゃんとアーシャさんに、ドラクエシリーズの話をしてたのを思い出した。
「あ、その話覚えてますわ。確か、勇者ロトの子孫とかいう者が、悪逆の限りを尽くす竜の王を倒すとかいう話でしたわよね」
「よく覚えてましたね。あの話をした時、眠そうにしてたのに」
「眠かったですが、コータローさんのお話は面白いのでちゃんと聞いてますわよ」
「お2人はコータロー様から色んなお話をお聞きになってるのですね……羨ましいです。私にそんな話をしてくれる方……母が亡くなってからはおりませんでしたので」
フィオナ王女はそう言って、寂しげに微笑んだ。
そういや、王妃様は数年前に亡くなったという話をアーシャさんから以前聞いた事がある。
この様子を見る限り、楽しかった頃の事を思い出したんだろう。
「でも、そんなたいしたお話ではありませんよ。フィオナ王女も何か聞きたいことありましたら、いつでも言ってください。私が知ってることであれば、お話出来ると思いますから」
「本当ですか。ではお言葉に甘えて……この間の戦いの事で少しお聞きしたい事があるのですが……よろしいでしょうか?」
「いいですよ。なんでしょう?」
「コータロー様はあの魔物達との戦いのおり、物凄く強力な魔法をお使いでしたが、あれは一体どういった魔法なのでしょうか? 魔物達を退けた大爆発もそうですが、無数の雷を放つ魔法も使っておられましたので、それがずっと気になっておりまして……」
「あ、あの魔法ですか……」
たぶん、ライデインとマダンテの事を言ってるのだろう。
すると他の2人もこの話に乗っかってきた。
「あら、フィオナ王女もですの? 実は私も、それを聞こうと思っておりましたの。今日はコータローさんの調子も良さそうでしたし」
「私も聞きたいです。ラミナスのコムンスールでも記録されていない魔法をコータローさんはあの戦いで使ってましたので、私もずっと気になってたんです。魔法の知識も凄いですが、コータローさんは私が思っている以上に魔法の腕も凄かったんですね」
3人はキラキラとした好奇心満載の目を俺に向けてくる。
ある意味、俺には痛い視線であった。
まぁそれはさておき、ライデインについてはともかく、マダンテはどう説明するか悩むところだ。
ちなみにだが、ヴァロムさんとアヴェル王子、それとシャールさんとウォーレンさんには伝えてある。
一応、詳細を知ってるのはその4人だけだ。
(さて……どうすっかな。まぁでもこの3人はあの場にいたから、もう下手な嘘は吐かんほうが良いだろうな。正直に言うか。でも、他言無用の念押しだけはしておくとしよう)
というわけで、俺は話す事にした。
「あの魔法についてですね。わかりました……」――
[Ⅱ]
雲一つない澄み切った青い空。カラッと乾いた程よい暑さの太陽の日差し。フワリと頬を撫でる優しいそよ風。そして……その周囲に広がる荒れた濃灰色の大地。また、眼前には、草木が殆ど生えていない火山岩のような黒っぽい岩肌の峡谷。そこを更に進むと……谷の奥で静かに佇む不気味で巨大な黒い神殿。俺は今そこにいる。
ここはイシュラナ神殿ではあるが、古の名はこれではない。別名、ラルゴの魔城という場所である。
イシュマリアでよく見かけるイシュラナ神殿同様、古代ギリシャの神殿のような佇まいをしているが、この神殿は岩肌を削って作られており、他の神殿と比べると建築様式が異なる。
現実世界にあるモノで例えると、アメリカの某冒険映画のロケ地で有名な、ペトラ遺跡のエルハズネ神殿がコレに近いかもしれない。
だが、褐色のペトラ遺跡とは違って、黒っぽい建造物の為、見た目は不気味の一言である。
まぁそんな事はさておき、なんで俺はこんな所にいるのかだが、それは勿論、先の動乱の後始末をする為であった。
事の発端は昨日まで遡る。
俺が目を覚ましてから10日後の昨日、朝食を終えた俺の所に、アヴェル王子とウォーレンさんがやって来た。
2人がやって来た理由は、サントーラ地方の太守・サムエル様から依頼されたという面倒な案件についての相談であった。
案件の内容だが、簡単に言うと『ラルゴの谷に向かったサムエル様の騎士達が、魔物達の奇妙な魔法によって捕らえられてしまった為、急ぎ救出してほしい』というモノであった。
ラルゴの谷はサントーラ地方ではあるが、太守の都でもあるサントレアラントより王都の方が近い。その為の依頼ではあるが、事はそう単純ではない。
なぜなら、閉じ込められた者の中に、どうやらサムエル様のご子息がいるそうなのだ。名はエドガーというらしい。
話によると、イシュラナの神官に化けた魔物を掃討する為、やる気MAXのご子息が騎士を引き連れて向かったそうで、その挙句に、まぁそういう事態が起きたそうである。
要するに、サムエル様は王都に泣きついたというわけだ。
正直、なんで俺に相談に来たの? と思ったが、2人が言うには、どうやらヴァロムさんが原因のようである。
サムエル様は当初、ヴァロムさんとラーのオッサン、それからヴァリアス将軍とアヴェル王子にこの話をしたそうだ。
で、今やる気を出しているアヴェル王子が救出へと名乗りを上げたわけだが、そこでヴァロムさんとラーのオッサンが『コータローの意見を取り入れて救出にあたると良い』などと余計な助言を与えた為、2人は俺の所に来たそうである。
俺に振るなよ! と思ったのは言うまでもない。
まぁそれはさておき、俺はそこでもう1つの謎について2人に話しておいた。
それは、オヴェリウスに出回る魚介類の件と、イスタドで起きている大漁の件、それからラルゴの谷で起きている魔物の増加についての関連性である。
2人は俺の話を聞き、俄かには信じがたい表情であったが、先の動乱の事もあり、すぐに納得はしてくれた。
まぁそんなわけで、俺は彼等と共に、ラルゴの谷へと向かう事となったのである。
ちなみにだが、同行者はアヴェル王子とウォーレンさん、そして、護衛の魔導騎士が数名である。移動は勿論、馬車と馬だ。
それと、ラーのオッサンは今日は同行していない。
今はヴァロムさんと共に、アズラムド陛下達の呪いを緩和する方法を模索しているところである。
それ以外にも神官の正体を暴く為に必要なので、なかなか一緒に行動できない日が続いている今日この頃であった。まぁ仕方ないところである。
つーわけで話を戻そう。
草木が一本も生えていない黒き渓谷・ラルゴの谷の終点に到着した俺達は、そこで馬車や馬から降りた。
眼前には黒い岩肌に同化する不気味なイシュラナ神殿が、嫌な空気を醸し出しながら聳えている。
はっきり言って、とても神殿には見えない。
神殿に似た何か別のモノといった感じである。
ちなみに今日の装備はアシュレイアと戦った時と全く同じだ。メイン装備は魔光の剣と魔導の手と水の羽衣で、背中には光の杖も背負っている。
(さて……とうとうラルゴの谷に来てしまったが、恐らく……今回の黒幕はアイツだろう。問題はどうやって対処するかだが、とりあえず、ラーのオッサンに昨晩教えてもらった方法でやるしかないか。この地域のリュビストの結界は正常に戻ったから、特別な事情がない限り、強い魔物は魔の世界に強制送還されてるとラーのオッサンは言ってたしな。今はそれを信じてやるしかないだろう)
俺がそんな事を考えていると、アヴェル王子は案内人であるサムエル様配下の中年騎士に言った。
「ギネル殿……ようやく神殿に着いたわけだが、中に入る前にもう一度確認しておこう。エドガー殿達は神殿内のどの当たりで魔物達の罠に掛かってしまったのだ?」
ギネルという中年騎士はアヴェル王子の前に来ると、恭しく跪いた。
やや小太りな男で、背は俺より低い。たぶん170cmくらいだろう。
使い込まれた魔法の鎧や破邪の剣を見る限り、まぁそこそこな腕前の騎士のようだ。
だが、ちょび髭を生やしているせいか、なんとなくチャップリンみたいな雰囲気があるおじさん騎士であった。
ちなみにだが、エドガー部隊の中で唯一罠から逃れる事が出来たのが、このギネルという騎士らしい。で、この騎士がサムエル様に報告したようだ。
まぁそれはさておき、ギネルという中年騎士は神殿の入口を指さした。
「ハッ、アヴェル王子。神殿に入ってすぐの礼拝堂です。エドガー様達はそこで、魔物が床に仕掛けた妙な魔法陣によって捕らわれてしまいました。エドガー様達は今も尚、身動きできずに魔法陣内に捕らわれているモノと思います」
アヴェル王子は腕を組み、少し困った表情で俺に視線を向けた。
「すぐの広間か……コータローさん、どうしましょう? このまま進みますか? 敵がどれだけいるかわかりませんが……」
「そうですねぇ……魔物がいなくなったとはいえ、いきなり中に入るというのも不用心な気がしますが……とりあえず、中に入ってみますか。現場を見ない事には対処も分かりませんので」
「わかりました。では、そうしましょう」
アヴェル王子はウォーレンさんや他の同行者達へと視線を向けた。
「ではこれより、神殿内へと入る。先の戦いで魔物達はかなり少なくなったが、どこかにまだ潜んでいるかもしれない。全員、いつでも戦闘に入れるよう準備をしておいてくれ」
【ハッ】
「では行こう」
そして俺達は、イシュラナ教団のラルゴ支店内に足を踏み入れたのである。
目的の礼拝堂はギネルという騎士の言う通り、神殿内に入ってすぐのところにあった。
吹き抜けの高い天井となっている空間で、礼拝堂の奥の壁には両手を広げた美しい女神イシュラナの大きな石像が建立されている。
全体的に体育館のような広さで、全ての壁に女神のフレスコ画っぽいのが描かれていた。
その壁面付近には照明用の松明が幾つか置かれている。その為、神殿内はやや焦げ臭い。
また、床には磨き抜かれた四角形の白い石のタイルが敷き詰められており、それらに松明の明かりが反射して礼拝堂内を明るくしていた。外の不気味な雰囲気とは違い、中は思いのほか神聖な感じであった。
そして、そのフロアの中心には奇妙な紋様が幾つも描かれた丸い魔法陣があり、その中に30人程の武装した者達が感電でもしたかのように小刻みに震えながら捕らわれていたのであった。
見たところ、集団で金縛りにあっているような感じであった。
アヴェル王子達の驚く声が礼拝堂に響き渡る。
「な!? こ、これは!?」
「こんな事が!?」
「魔物達はこんな罠を仕掛けていたのか……チッ」
「助けると言っても、どうすればいいんだ……」
アヴェル王子は中年騎士に視線を向けた。
「ギネル殿、これで全員ですか?」
「はい、これで全員であります。ですが、気を付けてください。道中もお話ししましたが、この魔法陣の中に入るとエドガー様達同様、捕らわれてしまいますからな」
「グッ」
それを聞き、アヴェル王子達は苦虫を噛み潰したかのような険しい表情で、魔法陣を睨みつけていた。
(しかし、これまた、えらく沢山罠にかかったもんだ。さて、どうすっかな……この手の魔法陣は施した奴が解呪するか、魔導器で魔法陣そのものを乗っ取る以外方法がないとラーのオッサンは言ってたから、取れる対応は限られてくる。まぁ誰が施したか見当はついてるから、とっととやってしまうとするか。乗っ取りの魔導器も持ってるし……)
俺はそこでギネルという騎士に話しかけた。
「えっと、ギネルさんでしたっけ? ちょっと知りたい事があるので、魔法陣の方まで一緒に来てもらえますか?」
「知りたい事? それはいいですが、何が知りたいので?」
ギネルはそう言って首を傾げた。
「それなんですがね、ずっと道中引っ掛かっていた事があるのですよ。ま、ちょっと一緒に来てください。それほど時間は取らせませんので」
「はぁ……わかりました」
ギネルはわけがわからないと言った感じで、俺と共に魔法陣へと歩を進めた。
そして魔法陣の少し手前で俺達は立ち止ったのである。
距離にして4m程といったところだ。
そこでギネルは口を開いた。
「コータロー殿でしたか、魔法陣の何を知りたいのですかな。私は一介の騎士ですので、このような魔法陣のことはわかりかねますが……」
「ですよねぇ、そこは私も期待してません。私が知りたいのはですね、コレなんですよ! ドリャァァ!」
俺はそう言うや否や、ギネルに向かい、ラガーマンばりのショルダータックルを思いっきりかましてやったのである。
「ウワァァァ」
ギネルは悲鳴のような声を上げながら、俺に吹っ飛ばされ、魔法陣内で尻もちをついた。
「イッタァァ……と、突然、何をするんです!?」
そしてギネルは怒りに満ちた表情で、すぐさま立ち上がったのである。
「どういうつもりだ! 貴方ね、一体何の恨みがあって私にこんな事をするんですか!」
予想通りの展開だったので、俺は奴に向かい笑みを浮かべた。
「何がおかしい!」
「ギネルさんでしたっけ、貴方凄いですねぇ。魔法陣の影響全然受けてないじゃないですか。なんでなんです」
「え? あっ……」
ギネルはそこで周囲を見回した。
自分が魔法陣の中に入ってしまっているという事をようやく気付いたようだ。
「やはり貴方はそちら側の者でしたか。都合よく1人だけ助かったなんて、おかしいなと思ってたんですよ」
アヴェル王子とウォーレンさんが意気揚々と俺の所へとやって来る。
「またコータローの言う通りだったな。お前、病み上がりなのに、相変わらず、敵を見破る力が凄いわ」
「本当ですよ。でも、道中ずっと小芝居続けた甲斐がありましたね」
「ええ、お陰で敵の尻尾は掴めました」
ギネルは忌々しそうに俺達を睨みつける。
【おのれぇ……気付いていたのか。だがな、これで勝ったと思うなよ。ここからが本番だ。特に……コータロー! 貴様だけは絶対に許さん! お前だけは是が非でも始末してくれるわ! 者共、であえ! 我等、最後の戦だ!】
するとその直後、奥の通路の方からイシュラナの神官と思わしき者達が数人現れた。
ギネルは二ヤリと笑みを浮かべる。
【リュビストの結界の所為で仲間はもうこれだけになったが、俺の思惑通り、コータロー……貴様が来てくれた。お前が来るかどうかは賭けだったが、やって正解だったようだな。貴様だけは刺し違えてでも殺してやる! そしてお前達全員、この神殿で葬り去ってくれるわ!】
俺はそこで奴に言ってやった。
「まぁそういきり立つなよ、ヴィゴール」
【え?】
ギネルは驚きのあまり、目を大きくしていた。
どうやら当たりのようだ。
「やっぱりな……お前、ヴィゴールだろ。今の姿はグアル・カーマの法を使った姿って事か」
【チッ……まさか、俺の正体までも気づいてたとはな。まぁいい……どの道、正体を晒して貴様を始末するつもりだったからな。我の姿をもう一度見せてやろう。言っておくが……この礼拝堂内には我等の結界を張ってある。リュビストの結界で排除は出来んからそのつもりでな。ククククッ】
ヴィゴールはそう言うと、懐から黒い水晶球を取り出したのであった。
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