Fate/WizarDragonknight
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脅威 ムーンキャンサー
ムーンキャンサーの触手が、ほむら、まどか、さやかの三人に襲い掛かる。
ほむらはまどかを抱き寄せ、ジャンプ。
同時にさやかの体も、大量の水に包まれていく。再びマーメイドの姿となり、レイピアで触手を切り弾いた。
「なんなのこいつっ!?」
続けさまにマーメイドはその足元に水を発生、ムーンキャンサーに接近した。
「はあっ!」
マーメイドが繰り出した突撃は、そのままムーンキャンサーの中心を突き刺す。
そのまま大きく体を曲げたムーンキャンサーは、森の奥に投げ飛ばされた。
「二人とも、平気?」
「う、うん。ありがとう……」
礼を言うまどかに対し、ほむらはマーメイドへの警戒を強める。着地したほむらが、背中に回したまどかを遠ざからせた。
「……ファントム……」
「マーメイドって名前があるんだけど。まあ、ぶっちゃけ美樹さやかのままがいいけど」
「ファントムの名前なんて知ったことではないわ」
「せめてさやかちゃんって呼んでくれないかなぁ!?」
ほむらは冷たく言い放ち、迫る触手へ銃弾を撃ち込んでいく。
一方のマーメイドも、動くたびに水が流れ、触手に応対していく。彼女が動けば動くだけ、ムーンキャンサーを追い詰めていく実感がある。
「あなた、参加者よね……?」
だが、ほむらの問いに怪物は答えない。言葉を口にする機能もないそれは、返答することもなくマーメイドへ触手を伸ばしてくる。切り落としながら、マーメイドは怪物がまどかから遠ざかるように、木々の間を飛び回る。
「このっ!」
マーメイドの周囲に発生した無数のレイピアが、その指示により一斉にムーンキャンサーへ放たれる。
細い外見とは裏腹に、機動力のない怪物は、その剣を全てその体で受けていく。
だが、全く手応えがない。マーメイドはその様子を怪訝に思いながら、魚のような下半身で宙を泳いでいく。
やがて、怪物はその口にあたる部分より、黄色の光線を発射する。
超音波にも近い音量のそれは、マーメイドの脇を掠め、木を縦に切断した。
「……っ!」
その切れ味に戦慄しながらも、マーメイドは両手にレイピアを持ち、身構える。
「転校生!」
「くっ……!」
マーメイドの声に、ほむらは応じる。
投げられたスモークグレネード。それは、ムーンキャンサーに命中と同時に爆発。その周囲を白い霧で覆いつくす。
視界を奪った。
それを狙ったほむらの行動だった。
だが。
「転校生! 危ない!」
その言葉の意味を、ほむらは理解できなかった。
煙の中に見える、ムーンキャンサーの影。マシンガンを連射し、ムーンキャンサーを蜂の巣にしていく。
だが、その長い触手が地面を伝って、自身の背後に回り込んでいたことに、気付くことはできなかった。
「っ!」
マシンガンを握る手を掴まれ、重火器を落とす。重い金属が落ちる音とともに、ほむらの体は高く振り上げられていった。
「ほむらちゃん!」
まどかが心配する声が聞こえる。
だが、ムーンキャンサーの触手は、すでにほむらへ容赦する気など失せている。
その中の、特に太い触手が、身動きが取れないほむらの腹に突き刺さった。
「がはっ……!」
悲鳴とともに、ほむらの口から血が吐き出される。
だが、触手の真骨頂はそれだけではない。
「これは……!?」
その能力に、ほむらは目を見張った。
吸いつくされていくのだ。肉の触手を通じて、血が。肉が。
その度に、ほむらの体から力が抜けていく。やがてそれは、ほむらの生命力さえも吸い出していく。間違いなく、致死量の血液がほむらの体から去っていった。
「転校生!」
地上のマーメイドが、ほむらを救出しようと無数の水の弾丸を発射した。
だがそれも、ムーンキャンサーが操る触手の前に、次々と液体の攻撃は撃ち落されていく。
だが。
「悪いわね……私はこれ程度では、死ねないのよ……!」
干からびていく腕が。肌が。全身が。だんだんと壊死していく。
ただ、その目だけは乾いていくことはなかった。
体を捻り、左手の盾から取り出した手榴弾。それを放ろうとしたが、目ざとくそれを阻止しようとしたムーンキャンサーは、残った触手でほむらを締め上げる。
だがもう遅い。
にやりと笑みを浮かべたほむらは、口で手榴弾の留め金を外し、自らの体に打ち付けた。
「__________________」
ほむらの体が爆発に包まれると同時に、まどかの悲痛な叫びが聞こえる。
だが、ほむらの目的は果たした。
爆炎から抜けたのは、ボロボロになったほむら。
何度も体を震わし、死んでいなければおかしい状態になりながらも、ほむらは改めて森林を見上げた。
見滝原公園。見滝原の都心部有数の自然保護区であるこの場所は、当然野生動物たちも多く生息している。
「っ!」
犬。猫。兎。そのほか、様々な小動物たち。
その体が、あちらこちらに横たわっている。ほむらが見慣れた姿と比較して、明らかに肉付きが少ない。
それはまさに、今のほむらの体と同じ状態だった。
「干からびている……!? ……っ!」
転がって追撃の触手を避けると同時に、ほむらはポケットから小さく黒いオブジェを取り出した。ほむらの右手に埋め込まれている宝石に当てることで、紫の輝きが黒いオブジェに吸収されていく。
光の量に応じて、ほむらの体がだんだんと回復していく。
これでまた戦える、と銃を掴むほむら。
だが、その間、ほむらを見下ろすムーンキャンサーは、突然首を回した。
「あれっ!?」
背後から忍び寄り、レイピアを放ったマーメイドの攻撃さえも掻い潜った軟体生物の怪物。その狙いは、この場において、もっとも仕留めやすい獲物。
唯一の非戦闘員。
鹿目まどか。
「まどかっ!」
「やばいっ!」
ほむらが叫び、マーメイドが水となりムーンキャンサーへ跳ぶ。
だが、間に合わない。このままでは、まどかが自分や周囲の動物たちと同じように、ムーンキャンサーの餌食になってしまう。
___時間操作が使えれば___
もう、ほむらに迷いの時間はなかった。
動けない体。その右手が光り輝く。黒と紫の光とともに、その白い手首に刻まれた紋様、その一部が消滅した。
「来なさい……! キャスター!」
それは、令呪。
聖杯戦争における、サーヴァントへの絶対命令権。
僅か三回のみ与えられたものながら、たとえ不可能な事象であろうともサーヴァントが行う。
そして今。
彼女の残る二回の内、一回が消費された。
すると、青々しい緑の世界に、闇が訪れる。
時刻よりも一足早い闇の降臨に、怪物もまた動揺を見せた。
「まどかを守りなさい!」
すると、闇は柱となり、ムーンキャンサーの前に立ちふさがる。その勢いに煽られた怪物はたじろき、そのまま離れていく。
やがて闇の柱は霧散し、その姿が露わとなっていく。
漆黒の甲冑と、その背中から伸びる四枚の翼が特徴の女性。腰まで長い銀髪が靡き、その鋭い深紅の眼差しは、ムーンキャンサーをじっと見据えていた。
キャスター。
それは、聖杯戦争におけるサーヴァントのクラスの一つ。
ほむらが参加者である証であるサーヴァント、キャスターは、怪物へその手を向けた。
突然の出現に、ムーンキャンサーは驚いているようだった。その口から、超高音の光線が放たれる。
だがそれは、キャスターには通用しない。彼女が伸ばした右手より、黒い魔法陣が描かれる。それは、真っ直ぐ飛ぶはずの光線を、無数の残滓として弾いたのだ。
「キャスター! 奴を潰しなさい!」
ほむらの命令に従い、キャスターの目がより吊り上がる。
すると、闇が収束しその手より放たれていく。
それはムーンキャンサーにとっても危険と判断されたのだろう。
キャスターから逃げるように離れながら、再び黄色の光線が発射される。離れた場所にいるほむらからしても、その高音に聴覚が異常を訴える。
「これは……?」
その正体は、彼女もまた理解できていないのだろう。黒い光線でその攻撃を飲み込みながら、キャスターは疑問符を浮かべている。
ムーンキャンサーは、次に触手を放つ。
並みの生物であれば、即死は免れないそれ。
だがキャスターは、焦ることもなく呪文を唱えた。
「ディアボリックエミッション」
キャスターが両手を広げる。すると、黒い闇の球体がみるみるうちに広がっていく。
闇のそれは、森を飲み込みながら、ムーンキャンサーの触手を飲み込み、焼き焦がしていく。
「キャスター! まどかを……!」
ほむらは動けなくなっているまどかを指差す。
このままでは、闇がまどかも飲み込んでしまう。それを理解したのか、キャスターは一瞥と同時に、ディアボリックエミッションを打ち消す。
その隙を、謎の怪物が見逃すはずがない。
音速に等しい速度で、怪物は接近。
「っ!」
もうキャスターの魔法は間に合わない。
キャスターは腕を盾にして、キャスターの触手を防御した。すると触手はキャスターを殴り飛ばし、そのまま木々の合間に投げ込んだ。
「キャスター!」
「……っ!」
ほむらが悲鳴を上げる。
だが、彼女の心配など、サーヴァントである彼女には不要だった。
薙ぎ倒された木々を動かし、浮遊するキャスターに傷などない。
「お前は……何者だ?」
キャスターが、ムーンキャンサーを睨む。彼女はさらに、すぐそばに分厚い本___魔導書を浮かび上がらせる。
そして。
魔導書が、一瞬だけ光を灯す。
開かれたページの光は、ムーンキャンサーの周囲より魔法陣を展開、鎖が出現し、ムーンキャンサーを縛り上げた。
そして。
「咎人たちに、滅びの時を」
その言葉に、怪物は顔を上げる。
暗がりに支配されている時間帯。宵闇が訪れるはずの自然の摂理が、桃色の光によって掻き消される。
「星よ集え 全てを撃ち抜く光となれ」
桃色の星は渦を巻き、収束していく。そのままキャスターの手元に集っていくそれは、やがて大きな星となる。
すると、怪物は、その危険性を理解したのか、上空へ飛んで行く。高速する鎖を引きちぎり、ほむらも驚くほどの速度で小さくなっていく怪物は、もうほむらには目視できない。
だがそれは、キャスターには関係ない。
「スターライトブレイカー」
キャスターより放たれる、桃色の光線。
それは、逃げ出したムーンキャンサーを飲み込み、その体を爆発させる。
「やったの……?」
ほむらの問いに、キャスターは首を振った。
「手応えがない……逃がしました」
「そう……」
ほむらは、続いてまどかを見返す。
元に戻ったさやかに肩を貸すまどか。彼女は、恐れが混じった表情でムーンキャンサーが去っていった夕焼け空を見上げていた。
「ムーンキャンサー!」
いない。
「どこ!?」
いない。
どこにもいない。
「トレギア! ムーンキャンサーはどこにいるの!?」
慣れない森を歩きながら、アカネは怒鳴った。
その背後をゆっくりとした歩調で歩く霧崎は、板チョコをポリポリと食べながらため息をつく。
「私に分かるわけないじゃないか。君が手綱を外したからこうなったんだよ?」
「ムーンキャンサーが勝手に走ったんじゃん! 私悪くないよ!」
「やれやれ……聞き分けのない」
「もう嫌だ! 歩きたくない疲れた帰りたい!」
アカネはしゃがんで駄々をこねた。
生い茂った森の中だというのに、アカネのその行動には一切躊躇いがなかった。汚れや泥が付着するが、アカネは構わず寝転がる。
「もう……こんなことなら、もっと怪獣一杯作っていればよかったな」
「おいおい、もうムーンキャンサーを諦めちゃうのかい? あれは良い怪獣だ」
「知らないよ。私の言うこと聞かない怪獣なんて……そうだ!」
途端に、アカネの表情が明るくなる。
「怪獣に探させればいいんだ! ムーンキャンサーを!」
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