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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第二話

 部屋から出て行く間際、政宗様が張り切ってローストチキンやケーキを用意するって言ってたけど、そんなもん用意出来るのかしら。
っていうかレシピはあるのかしら……そんな風に不安になって、小十郎と一緒に台所に向かう。
すると政宗様が暴れる鶏を捕まえて、これをどうやって捌いたらいいのかと唸っていた。

 ……いかん、侍女達も困ってるしあのまま放っておくととんでもないもの作りそうだ。

 「……小十郎、鶏締めて毛を全部毟ってさ。中の内臓きちんと取り出してくれる?
お腹裂いて中身を取り出すんだからね?
で、終わったら綺麗に洗って持って来て。政宗様がやらかす前に」

 こう指示を出すと、小十郎が動いて政宗様から鶏を取り上げる。
俺が料理するんだ、という政宗様には悪いけど、政宗様に任せるわけにはいかないもんね。
出来ることならまともなものが食べたいし。

 「政宗様、いきなり鶏を扱うのは素人には難しすぎます。
それよりもケーキを用意しましょう。政宗様、材料はお分かりですか?」

 こんな風に訪ねてみると、政宗様はそういえば知らなかったとばかりに首を傾げている。
これは手を出して良かった。危うくとんでもないものを食わされるところだった。

 とりあえず侍女達もクリスマスなんてものは知らないだろうし、私も流石にケーキは焼いたことはない。
お菓子は簡単なものしか作れないし、それ以前にこの戦国時代に洋菓子なんて高度なものを作れるだけの材料が無い。
さて、何を作ったものかと考えたところで政宗様にある提案をする。

 「政宗様、牛乳と卵と砂糖、小麦粉にはちみつに柿、あと……レモンはないから柚子をあるだけ調達してきてもらえますか?」

 「そんなもん、どうすんだ?」

 首を傾げる政宗様に、私は笑って

 「流石にケーキを焼くには時間が無いので、代わりに南蛮の菓子を作って振舞おうかと思いまして」

 と言ってみる。ケーキを焼こうにも材料もないし、人様に出せるようなレベルのもの作ろうとしたらある程度研究は必要だもん。
だから、前以って友達が家に遊びに来るってのが分かってる時によく作ってたお菓子を作ろうと思ってね。
あとはケーキは無理だからパンケーキでも焼こうかと思ってる。はちみつかけて食べれば十分でしょ?

 物珍しい南蛮菓子が食べられると目を輝かせて出て行った政宗様を見送り、
私はローストチキンをどうするかを考えなければならない。
侍女達も積極的に手伝ってくれるつもりではいるようだけどもさ、何も知らない人達に指示を出して、
ってのも……どうなるか分からないしね。

 「とりあえず、鶏のお腹に野菜を詰めるから、みじん切りにして用意しておいて貰えるかな。
あと、醤油と菜種油、酒なんか用意してもらえると助かる」

 なんて指示を出して侍女を動かしていくけど、正直に言うと上手くいくかどうかは全く自信が無い。
だって私もローストチキンなんて焼いたこと無いもん。
オーブンも無いからどうにか工夫して焼かなきゃならないしさ、流石にこの時期外に出て
火を使ってじっくり焼くとか出来ないし、んなことやってたらこっちが凍死しちゃう。

 とりあえず政宗様が家臣に運ばせてきた大量の牛乳やら砂糖やらを見て、
私の顔が引き攣ったのは言うまでもなく、肉の準備が済んで戻って来た小十郎も一体何事かと驚いていた。

 確かにあるだけ持って来いとは言ったけど……樽何個分ってレベルであるとは思わなかったよ。
ちょっとナメてました、伊達家のこと。

 「で、どうすんだ?」

 「……いや、こんなに沢山はいらなかったんですけど……まぁ、いいや。政宗様、お手伝いして下さいますか?」

 「Yes!」

 物珍しいことにはすぐに興味を示す政宗様を横目に、さてとりあえずどうしたものかと考える。
流石に小麦粉は無かったみたいで、備蓄してあった麦を持って来たみたいなんだけど、流石にこのままでは使えない。
碾き臼を用意してもらって小十郎にそっと大量の麦を手渡した。

 「これ全部、製粉してきて」

 「は!? これ、全部でございますか!?」

 碾き臼なんかでちまちまやってたら、とんでもない時間がかかる。
それを分かった上で小十郎に指示を出してるわけだけど、そんな指示を出されて素っ頓狂な声を上げるのも無理は無い。

 「あんまり荒いと意味が無いから、出来るだけ細かくね。時間ないからさっさと動く!」

 そんな殺生な、と言いたそうな小十郎を追い出して製粉作業に取り掛かってもらう。
私はというと、醤油とはちみつ、少量の酒と油で味付けをしたタレを野菜に染み込ませて味付けをし、
それを詰め込む作業を政宗様と侍女に任せている。
この様子を家臣達が見ていたが、一体何が出来るのかと興味深そうでもある。

 さて、ここで私がすることは……。

 柿の皮を全部剥いて種を取り出し、一つの桶に入れる。本当はミキサーを使って攪拌するんだけどそんなものはない。
ってなわけで、手作業でやらなきゃいけないわけだ。けど、そんなこと面倒だからやってられないっしょ?
なので……

 「ほわたぁあああ!」

 変な掛け声と共に重力の力を使って桶の中に入れた柿を高速回転させる。
多分、風とかの婆娑羅者の方が上手くやってくれるような気がするけど、
そんなこと言っても都合良くいないからこっちで何とかするしかない。
みるみるうちに砕けていくそれを侍女達が感心した様子で見ていたが、コレかなりの集中力を要するから構ってる余裕がないのよね。

 ってなわけで十数分この状態を維持して出来上がった柿を攪拌したものに、政宗様と一緒に牛乳を入れていく。
そこに柚子を絞ってよくかき回して、しばらく冷やしておけば柿のムースの完成……なんだけど、何処で冷やそう。
冷蔵庫に入れなくても外に出しておけば勝手に冷えるけどもさ、マイナス何度の世界に放っておいたら凍っちゃうよ。

 とりあえず土間の出入口付近に埃が入らないようにと布で蓋をして置いておく。
ムースはとりあえずアレで良いとして、問題はローストチキンだ。

 「その肉、どうすんだ?」

 「本当なら焼いてじっくり中まで火を通すんですけど……どうしましょう」

 オーブンなんか無いし、どうしたもんかなぁ……。

 「景継様、囲炉裏で焼くのは如何でしょう」

 そうか、その手があったか。……でも、囲炉裏なんかあったっけ?

 「囲炉裏って何処に?」

 「城の裏手に今は使われていない小屋があります。
そちらに囲炉裏があって、そこならばしっかりと焼けるのではないでしょうか」

 なるほどねぇ……というか、城の裏手にそんなもんがあったんだ。結構それなりにいるつもりだけど、全然知らなかったわ。
……って、ちょっと待ってよ。そこでじっくり焼いてこっちまで持って来たら凍っちゃうよ。
夏場とかならいいけど、流石に温める術がないんだから悪いけど却下かなぁ。

 仕方が無い、あまりやりたい手ではないけども。

 「小十郎ー、その小麦粉作るの中断していいや。これから外に出て、私の言うとおりに肉焼いて来て」

 「は!?」

 マイナス何度の極寒の地で肉を焼いて来いなんて無謀だとは思ったけど、まさか侍女に頼むわけにはいかないでしょー。
女の子にそんなことさせるなんて、出来ない出来ない。つか、そういうことは男がやるべきだって。

 反論しようとする小十郎を外に追い出して、指示した通りに肉が焼けるまで入ってくるなと追い出しておく。
小十郎が泣きたそうな顔してたけどこれも無邪気な政宗様の願いを叶える為だから仕方が無い。

 「お前だけだよなぁ、小十郎を粗末な扱い方出来るのって」

 「大丈夫、小十郎も私にそんな扱いされて喜んでますから」

 「……俺、お前の弟にだけはなりたくねぇなぁ」

 ちょっと政宗様、どういう意味ですか。ああ見えてちゃんと小十郎のこと可愛がってるんですから。
小十郎が哀れな弟みたいな目で見てやらないで下さいよう。

 と、こんなことをのんびり話してる場合じゃなかった。
小麦粉が出来上がってないからとにかくどうにかしないと、パンケーキが焼けない。
小十郎に代わって碾き臼の前に立つ私に、政宗様が心配そうに声をかけてくる。

 「おいおい、大丈夫なのか? それって結構重いもんだろ? 女が挽くのは結構な重労働じゃねぇのか」

 まぁ、確かに小麦粉を挽くのは重労働ですよ。普通の女の人ならね。
でも、こっちは普通の女じゃないんだなぁ、これが。

 「まぁ、見てて下さいって」

 それだけを言うと私は碾き臼を台の上に乗せて、意識を集中させる。
そして麦を手際よく放り込みながら全力で回し、小十郎の十倍の速さで製粉作業を推し進めている。
これに侍女達はうっとりとした眼差しを送ってくるんだけど、逆にこの様子を見ていた政宗様と家臣達はドン引きって顔をしてる。全く失礼しちゃうわ。

 「うおりゃああああ!!」

 火花が散るんじゃないのかと思う勢いでゴリゴリ製粉やった結果、大体一時間程度で使いたい量の小麦粉が完成しました。
普通にやってたら一日かかっても出来るかどうかってレベルのものを、一時間でやったんだから評価してもらいたい。

 「うし、それじゃパンケーキを作りますか」

 「ぱんけーき?」

 首を傾げる政宗様に私は笑ってお手伝いを頼む。分量は適当だけど生地の状態を見れば、まぁ悪くは無さそうだ。
本当はベーキングパウダーとかあるとホットケーキみたいに膨らんで良いんだけど、
流石にそういうわけにはいかないから、今回は平べったいので我慢してもらうことにする。

 とりあえず鍋を使って試行錯誤に焼いていくうちにパンケーキが出来上がり、
試食で食べた政宗様が目を輝かせて美味いと言ってくれた。
その場にいた人達にも少しだけど振舞ってみたら美味しいって言ってくれたし、なかなか出来は良さそうだ。

 パンケーキも出来たし、ムースも固まった。
付け合せに作ってもらった料理も完成したし、後はメインディッシュだけなんだけど……。

 「……あね、うえ」

 戸を開けて入ってきた小十郎が持っていたのが大皿に乗せられたチキンだ。
ちょっと焼きすぎかなって感じだけど、あれくらいなら十分に食べられそうだ。

 「おつかれー、とりあえずご苦労様」

 小十郎からチキンを受け取ってさっと身をかわすと、小十郎がその場に思いきり倒れ込む。
完全に身体が凍ってたから、倒れるとは思ったんだけどねー。かわして正解だったよ。
巻き添え食らって倒れたら折角のお肉が大変なことになってた。

 「こ、小十郎!?」

 政宗様が慌てて駆け寄ってたけど、私は特別心配しません。だって婆娑羅者がこれくらいで死にはしないもの。

 「小十郎、お風呂入ってきちゃいなよ。そのままだと風邪引くでしょ。
政宗様、食事の用意が出来ましたからパーティをやりましょ」

 「おい、小十郎が」

 「平気ですって。この程度で倒れるほど、柔な育てられ方してませんもん」

 心配する政宗様を余所に、私は冷めないうちに料理を運んでもらうことにする。
柿のムースも凍らないうちに器によそって運んでもらったし、余った分は皆で食べてもらうようにと言っておく。
生乳だから味が心配だったけど、意外と大丈夫だったから、まぁ喜んで食べてもらえるだろう。
ちなみに余った材料は全部戻してもらいました。牛乳は流石に捨てるしかなくて、勿体無いから使い道を考えてるけどね。

 泣きそうな顔をして温泉に向かう小十郎を見送りながら、お楽しみのパーティを始めることにしました。 
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