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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第九十三話

 ぱっと目が覚めて辺りを見回せば、そこは懐かしのワンルームだった。

 「おおっと、死後の世界がここってのは何の悪夢ですか」

 ついついそんなことを言って飛び起きると、あの自称神様とその隣に長髪で黒髪の美人な女の子がいた。

 「……全く、係長が余計なことしてくれるから、あの世界から何時まで経っても監視が解けなかったじゃないですか」

 「ご、ごめん……ちゃ、ちゃんと、残業代出るように、う、上に掛け合うから……」

 「残業代出なかったらフィギュア全部壊しますからね!!」

 「か、必ず出るようにする!」

 ……おいおい、何なんだこの会話は。つか、神様ポジションは係長か。
というか、神っていうのも会社の仕組みとってるわけ? 何か夢が崩れてくなぁ……。
黒髪ロングの女の子が不愉快そうに私を見て、一つ溜息を吐く。

 「ゲームの世界に入るって体験はどうでした?」

 「なかなか楽しかった……っていうか、誰」

 「卿は私を忘れたのかね。認知症にはなっていなかったと思ったのだがね」

 もしかして、松永の中の人がこの子!? ちょ、待ってよ。何、おっさんの中身が乙女とか、その冗談きつすぎる。

 「うへー……その節はどうも。あと、度々奥州に迷惑かけてくれてありがとう」

 嫌味半分でそんな礼を述べながら神様を見る。
懐かしくも無い不気味な笑みを浮かべながら、相変わらず何のキャラだか分からない女の子の絵の描いたTシャツを着ている。

 さて、私は死んだんだから、もう用が無いはずだと思ったんだけど……

 「まだ終わっていません。貴女を現実の世界に帰さないと、BASARAの世界が正常に戻らないんです。
貴女は深く関わりすぎてしまったから、二次元の世界から切り離さないと」

 また厄介な問題が出てきちゃったりするとか?

 「その通りです。……でも、現世に転生させるには空きがないので、ちょっと困ってるんですよね」

 「空き?」

 「いろいろと事情があるんだと考えてくれればいいです」

 まー、いろいろと事情があるんだね。私には良く分かんないけど。

 「だから、貴女がこの馬鹿……もとい係長にここに呼ばれる前に戻して、
電車に落ちて死ななかった、ということにしようと思います」

 ってことは、またあの生まれ変わる前の自分に戻れってことですかい。……そりゃまた、キツイなぁ……。
出来ることなら別の人生歩みたいもんだけど、空きがないなら仕方が無いか。

 「き、君が、こ、ここに来てくれて、ぼ、僕は楽しかった……
だ、だから、き、君に、く、クリスマスプレゼントと、ば、バースデープレゼントを、あ、あげたいんだ」

 プレゼントねぇ……くれるってんなら貰うけど、この人お金あるのかしら。
変なフィギュア貰っても困るなぁ。

 「と、友達いないし、こ、こういうのを人にあげるのは、は、初めてだから」

 やっぱり友達いないのか……そりゃ、友達の一人もいれば人を勝手にミンチにはしないか。

 「……メアド、スマホ持ってんだからあるでしょ。それ教えなさい。
また話し相手が欲しいからってミンチにされちゃたまんないし、やられた方も困るでしょ?
メル友くらいにはなってあげるから、アドレス教えて」

 嬉しそうにスマホを取りに席を立つ神様を見て私は溜息を吐いた。
何と言うか、あの子じゃ話し相手にならなさそうな感じするしさぁ……松永なんかさらっと出来る辺りきっとドSだろうし、
苛めることは出来そうだけど、あの神様の相手が出来るとは到底……つか、神様の相手させるのも可哀想な気もするしなぁ。
折角可愛いんだし、寄って来る男は結構いそうだし。
真っ当な男彼氏にした方がいいよ、間違いなく。

 「か、可愛いって言ってくれるのは嬉しいですけど、係長の面倒見るのも私の仕事です!」

 おっと、ここじゃ心の声がだだ漏れだったんだっけか?
……ま、いっか。やましいこと考えてないし。きっとメイド服姿で絶対領域とか似合う、とか考えてないし……あ。

 「そ、それ、ぼ、僕も思った!」

 神様が同調してくれるもんだから、黒髪の可愛い子が顔真っ赤にしていなくなってしまった。
あちゃー、やっぱり心の声がだだ漏れってのはいけないなぁ……。セクハラっぽいこと考えてたら一発で訴えられちゃう。

 「っていうかさ、どうせだから最後に教えてよ。何で私のことBASARAの世界に放り込んだのよ。
バグが起こるかも~って危険があったの知ってるんでしょ?」

 無双が好きだって言ってるのにBASARAの世界に放り込んだのも、
大変なことになるって分かってるのにそのまま留まらせたのも意味が分からない。

 「あ、あのまま放っておいたら、じ、自殺でもしたんじゃないかって、お、思ってたから……
げ、現実世界に、か、関わる権利は僕には少ないけど、で、でも、じ、人生捨てたもんじゃないって、お、思ってもらいたかった」

 「だから無双じゃなくてBASARAの世界に?」

 「そ、それは手違い」

 こん畜生、手違いでBASARAの世界に放り込みやがったな? ……まぁ、もういいけどね。

 「でも何で私? 私の事情なんて現代社会じゃ大して珍しい話でもないじゃん」

 「う、うん。で、でもさ、ぼ、僕達って、け、結構似てると思わない?」

 ……は? それは外見か? 中身の話か? どっちにしてもイラッとするぞ?

 とりあえず神様にアドレス教えてもらって、後でメール送っておくからと言って現代に戻してもらった。
あの世界でいろいろ鍛えられた、とは言っても……やっぱり、独りで過ごさなきゃならないのは寂しいなぁ……。
そんなことを考えながら、私の意識がすっと消えていった。






 係長が連れて来たあの女の人が消えた後、私は少し呆れた顔をしてまたその場に姿を現した。

 「本当のこと、言っちゃえば良かったんじゃないですか? 生き別れた双子の弟です、って」

 「い、言えないよ。だ、だって、げ、現実の世界じゃ、ぼ、僕は……」

 養子に入った先の両親とは折り合いがつかず、学校では苛められ……と、
人生に悲観して十歳の時に飛び降り自殺を図った係長は、いろいろあってゲーム世界を管理する神様として君臨することになった。
それから十二年、仕事をする傍らで神の力で探り当てた生き別れのお姉さんの様子をじっと見守ってきたらしいんだけど。

 あんな様子を見ていて少しでも希望を持って生きてもらいたかったらしくて、
私が散々に怒ってもゲームの世界から連れ出すことを許さなかった。
自分は絶望して自殺しちゃったけれど、お姉さんには同じにはなって欲しくはないと言って。
でも、いよいよ世界の均衡が揺らぎ始めてバグが出たのを見て、放っておくつもりだった係長は
あの人とコンタクトを取ってストーリー通りに話を進めるようにと言った。
最後まで連れ出さなかったのは、途中で連れ出して現実世界に戻したとしても何も変わらなかったんじゃないのかって係長の判断。
面識の無い姉なんかをよくもまぁ愛せるものだと私は呆れもしたけれど。

 それでも話の筋を変えようとちょこちょこ動くあの人には困ったもので、
松永の姿を借りて忠告したり、キャラを操作してお市を家康に引き取らせてみたり、裏では相当話を修正する為に動いたりして
話の筋をどうにか戻そうと努力したんだけど……結果はあの有様。
お陰で報告書と始末書どんだけ書かされたことか。課長には大目玉食らったしね。

 「……で、まだ一つ問題が残ってるでしょ? そっちはどうするんですか。転生させるにも空きがないんだから」

 「う、うん。そ、そっちは大丈夫。は、話はつけてきたから」

 「……話をつけてきた?」

 ふわりとワンルームに現れた魂に、係長は穏やかに笑っている。
まぁ、人から見たら不気味な笑みにしか見えないんだろうけども。
係長がつっかえながら事情を説明する。それにあの人は驚いていたけれど、係長の提案を聞いて私も驚いてしまった。
本当にそれで良いのかと二人揃って詰め寄ったのは言うまでも無く、結局それで話が纏まってしまった。
あの人も随分と渋い顔をしていたけれど、係長にお礼と必ず不幸にはさせないと言って現世へと旅立って行った。

 本当、係長って馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿なんだから。
魂が旅立って行った後に涙を零す係長の肩に、優しく手を乗せる。

 「……私が側にいてあげますから、泣かないで下さいよ」

 泣きながら私の胸目掛けて顔を埋めようとしてきたので、容赦なく頭に拳を叩き付けてやった。
全く、ちょっと優しくしてやるとすぐこれだ。油断も隙もないんだから。 
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