竜のもうひとつの瞳
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第九十一話
本来の織田信長が姿を現したものの、それはあのバグの中で出てきたキャラクターと同じように
数字や色がおかしくなっており、松永や神様が言うところのデータが破損した状態であるのはすぐに分かった。
他の皆はすかさず刀を構えているけれど、それを松永が止めている。
「テメェ、何故止めに入る」
「卿らの仕事はここまでだ。あの魔王を倒す適任者はたった一人だけなのでね」
その言葉に訝しがる彼らの目の前に現れたのは、純白の翼を生やした光り輝くお市だった。
正気を失った儚げな笑みではなく、本当に幸せそうに美しく微笑む彼女は、静かに魔王を抱いて闇の中へと沈めていく。
……おい、あの演出は自称神様の趣味か?
「……ありがとう、鬼さん。市を側に置いてくれて」
真っ直ぐ私を見て微笑んだお市に、酷く胸が痛かった。
彼女はおそらくウイルス対策に作られたプログラムの一つなんだ、ってのは分かった。
けれど、そんな言葉を吐かれて胸が痛まないわけがない。
「余計な演出して……」
「ち、違うよ。あ、あれは、き、君が関わった、お、お市の気持ちだよ。
ぼ、僕は、お、お市のデータを構築して、ぷ、プログラムを組んだだけだ。
だ、だから、あ、あれは本当に、お、お市の気持ちだ」
だったら尚更悲しくなる。だって、お市を引き取ったのは善意じゃない。
哀れみやこっちの目的の為に引き取ったんだから。優しくしたのだって、そんな罪悪感からだよ。
ありがとうだなんて、言われたら……
「貴女も優しい鬼ね……、泣かないで、市は幸せだから」
ぽたぽた落ちるこの涙は、罪悪感なのかそれとも別の感情なのか……私には分からない。
けど、幸せなんて言われたら余計に胸が痛くなる。
「こんな最後が幸せなの? だって」
「長政様には会えないけれど……兄様とずっと側にいられるんだもの。市は、幸せだわ……」
ゆっくりと黒い沼に沈んでいく二人を引き止めることは出来なかった。
本当に幸せだ、って顔をして笑っているお市が哀れではあったけど、もうこれ以上引き止めて苦しめるのも可哀想だと思ったのも確かだ。
ずっとずっと一人になって苦しんできた。それを知っているからこそ、彼女が幸せだというのならば引き止めることなど出来ない。
「おやすみ、お市」
「おやすみなさい、鬼さん」
完全に沈んでしまった二人の跡には何も残されていなかった。
全てが終わった、なんて安堵した瞬間、私の身体が硝子が砕けるようにしてゆっくりと破片を散らし始めた。
……何か松永の言葉に嫌な予感がしてたんだよなぁ……。
「姉上!?」
小十郎がこの様子を見て驚いた声を上げる。それに気付いた周りも同じように驚いた顔をして私を見た。
「タイムリミット、ってことかな? ってか、ちょっと酷くない?
勝手にBASARAの世界に叩き落しておいて、都合が悪くなったからって排除するってどうなのよ」
「卿がこの世界にいると、多大な影響を与えてしまうのでね……悪いが、元の世界に戻させてもらうよ」
しかも死ぬわけじゃなくてよりにもよって現実世界に帰るってわけかい。
……まぁ、こんなバグを呼び起こした以上仕方が無いとは思うけどもさぁ……。
「小十郎は?」
「一応ゲームのキャラクターの一人なのでね……この世界で天寿を全うした後に卿の世界で生まれ変わってもらうつもりでいる。
未だこの世界に卿ほどの悪影響を及ぼす存在にはなっていないのでね」
なるほど、それはそれは。まぁ、小十郎が無事だって言うんならそれはそれで良かった。
てか、このまま政宗様から引き離したら現実世界で自殺するよ、この子。
パラパラと崩れていく私の身体を幸村君が抱きしめてくる。
「小夜殿! 留まることは出来ぬのか……某はまだ、小夜殿を攫えるほどに立派な男にはなっておらん!」
その言葉に周りがどよめいた。政宗様もはっきりと本人の口から聞いて眉間に皺を寄せてるし。
「景継! お前は俺の右目だろ! 真田に攫われるのは許せねぇが、勝手にいなくなんのはもっと許せねぇ!!」
政宗様にはこんな言葉に加えて唇をしっかりと奪われて、更に周りをどよめかせている。
つか、最後の最後でこんな美味しい展開でいいのか? いやいや、良いだろうもうこの際。
「若い子にモテるのは悪い気しないけどもさ、人間誰しも寿命ってもんがあるからさぁ……仕方が無いのよ。これも」
そう、仕方が無い。……私がこの世界にいることで、ここがおかしくなっちゃうっていうのなら、帰るしかないじゃない。
だってさぁ……好きになっちゃったんだもん。この世界も、皆も。
私のせいでこの世界が崩壊するかもしれないなんて、嫌じゃない。
もうあと少しで消えてなくなる、そんな様子を小十郎が今にも泣き出しそうな表情で見ているのが目に入った。
馬鹿、そんな顔で見てるんじゃないわよ。これから本当に一人で生きなきゃならないんだから。
いや、政宗様もいるし他の皆もいる。もう“独り”じゃないのか。この子は。
じゃあ、私は? また、“独り”に戻るのかしら。……それも仕方が無いか。だって、元々私は独りだったんだし。
諦めにも似たような感情を覚えたその時、神様が勢いよく手を上げる。
「ひ、一つだけ、助ける方法があるよ?」
自称神様の言葉に全員が一斉に神様を見る。
何か教えろ、と詰め寄るアニキに怯えながらも、ある一つの方法を教えてくれた。
その言葉に顔を引き攣らせたのが幸村君と政宗様で。
「ど、どうする?」
神様の問いに、小十郎は迷わず消えかけている私の身体を抱いていた。
……おいおい、知らんぞー……どうなっても。
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