真剣に
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第三章
「もう無理だ」
「そうだよな」
「走り過ぎだな」
「幾ら何でも」
「練習とはいえ」
「だから監督に言う」
当の金田にというのだ。
「そうするな」
「おい、監督にか」
「走り過ぎだってか」
「そう言うか」
「ああ、何されるかわからないけれどな」
金田の極めて感情的な性格を考えると、というのだ。
「それでもな」
「言うか、監督に」
「走り過ぎだって」
「そうか」
「ああ、殴られてもな」
覚悟を決めて実際にだった。
八木沢は金田のところに行って言った。
「監督、もうランニングが多過ぎて」
「あかんか」
「はい、減らして下さい」
「そうか、ええことや」
金田は必死の顔で言う八木沢に笑って返した。
「そう言いに来ることはな」
「えっ、どういうことですか?」
「それだけ皆真剣に走ってるやろ」
「はい、それは」
その通りだとだ、八木沢も答えた。
「皆そうしています」
「あれだけのランニングは確かに辛い、けれど辛いと思うのはな」
それはどうしてかというのだ。
「真剣に走ってるからな、よう走って何よりだ」
「そうですか」
殴られると思って来た八木沢は笑って言う金田に驚きつつ応えた。
「それだけ走って」
「そや、そして練習は嘘を吐かん」
金田はここでこうも言った。
「そやからな、今走ってるとな」
「いいですか」
「騙されたと思ってやってみい、そしてわしは嘘は吐いてへん」
金田はこのことは真面目な顔で語った。
「お前等は絶対によおなる、そやからな」
「今はですか」
「走るんや、ええな」
「わかりました」
結局八木沢は納得した、むしろ納得するしかなかった。
それでだった、投手陣はひたすら走り続けたが。
ペナントで夏になるとだった、彼等は気付いた。
「あれっ、いつもと違うな」
「そうだな、夏は暑いし春からの疲れが出てな」
「それで辛いけれどな」
「平気だな」
「平気でやっていけてるな」
皆このことに気付いた。
「やっぱり走ってるからか」
「だからか」
「体力がついているからか」
「夏でも調子がいいんだな」
「それに足腰がしっかりしてるしな」
このことも話された。
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