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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第八十四話

 さて、ウイルス駆除班にと連れて来たメンバーは、小十郎、政宗様、幸村君、佐助の四人。
他の連中も一緒に来たいとは言ってたけど、中がどうなってんのか分からないし、
プロテクトをかけるのがかなりの手間だから、あまり多くない方が良いという松永の言葉もあってのことだ。

 一応、ウイルスと戦えるように、と私達の武器のデータを改変してくれたらしいんだけど……
基礎攻撃力とかそういうのが上がったわけじゃなさそう。
ダメージを与えられるようにしてくれた、って意味だと思うんだけどもね~……。

 松永から貰った懐中時計を見る。これが長針も短針も十二を指したらプロテクトが終了するらしい。
今、時計は六時を指している。つまり六時間以内に勝負をつけなければ自然消滅することも有り得るってことだ。

 バグの中、ってこともあって中は関ヶ原をベースに、数字の羅列があったり色がおかしくなっていたりと完全にバグっている。

 「さて、あんまり時間もないから急ごう」

 「……何か納得出来ねぇが、仕方無ぇか」

 「あの御仁が何を言っていたのか、某には全く理解出来なかったでござる」

 「俺様もさっぱり……、分かってるのは小夜さんだけみたいだけどね」

 そりゃ、アンタらが理解しちゃったら大変な事になるでしょうが。
ここが仮想現実で、自分達は人によって作られたキャラクターで、なんてさ。

 「その話は後にしよう。分かるように説明すると、一年掛かっても理解して貰えないから」

 「何だよ、それじゃ俺らが理解力がねぇみたいじゃないか」

 誰もそうは言っていない。が、彼らには荒唐無稽な話に過ぎない。
……まぁ、あの松永の言うとおりであれば小十郎にも全く無関係ではない話になってしまったようだけど。

 演者になり得なくなってしまった小十郎は、どうなるのだろう。
私はこの世界がゲームの世界で、というのを知っている。だから松永が言っていることを理解することが出来る。
が、小十郎はこの世界の住人で、私と接触するうちに魂を持ってしまったというのだから、このゲームの外を知らない小十郎には理解出来ない話だと思う。
だけどもう決められた枠内で動けなくなってしまったのだから、小十郎の行動次第では、再びこんなバグを呼び起こしたりもするかもしれない。

 魂はデータじゃないから修正は不可能、ならどうなっちゃうんだろう。

 子供の頃のように小十郎と手を繋いでみる。かなり恥ずかしそうにして諌めてきたけれど、止める気にはなれなかった。
だってさ、私のせいで苦しむ要素を一つ作っちゃったって思ったら……ね。



 元は関ヶ原なんだけど道は一本道で、私達は道なりに移動していく。
一度後ろを振り返った佐助が驚いた声を上げていたけれど、
私達が歩いて来た道……いや、場所は背景も道も何もかもが消えていて、ただ真っ暗になっている。

 後戻りは出来ない、そういう解釈で良いのかしら。

 「前進あるのみ! ってことね。まぁ、キビキビ行きましょ♪」

 「……よくこの状況で明るくいられるねぇ……」

 佐助が半ば呆れたようにそんなことを言われたけどもさ、皆して暗くなっててもしょうがないじゃん。
平常心を持って挑まないとさぁ……ねぇ?

 そんなことを話しながら進んでいると、急に開けた場所に出た。
視覚的には開けた場所なんか無かったんだけど、一歩踏み込んだ瞬間この光景だもん。皆流石に吃驚してたね。私も吃驚したけどさ。

 「ここは魔王の空間だもん、何が起こっても不思議は無いわよ」

 どうせバグだの何だのと言っても理解出来ないから、それで片付けている。
皆はこれが魔王の力によるものだと思っているわけだから、そう説明した方が早い。

 不意に辺りが暗くなり、ブザー音が鳴り響く。
何かと思っていれば、スポットライトが前方に当てられ、関ヶ原ではなくいつの間にか舞台のようになっていた。

 赤い幕がゆっくりと開かれていく。そして幕を開けて舞台に出てきたのは、幸村君だった。

 「某は真田源次郎幸村、甲斐武田に仕える武将でござる!」

 舞台の上の幸村君は、幸村君と同じ姿をしているけれど、バグっているのか身体の所々が変色していてそこから数字が見えたりしている。
幸村君の他に舞台に立っている演者達も皆そんな感じだ。

 「御屋形様が上洛を果たすことを夢見、御屋形様の為にこの槍を振るい、
御屋形様の為にあることだけがこの幸村の存在理由でござった!」

 壊れたオルゴールが奏でるような音楽と共に、くるくると舞台俳優のように動く幸村君はウザさが倍増している。
政宗様は身体のキレがいまいちだな、とか訳の分からないこと言ってるし、周りは唖然として見ている。

 「そんな幸せな某にも、涙無くしては語れぬ過去がござる」

 スポットライトが幸村君を離れ、一組の親子を映し出す。
赤ん坊が女の人の腕に抱かれて、穏やかに眠っている。そんな様子を女の人が幸せそうに微笑みながらじっと見つめていた。

 「……義母上?」

 幸村君の言葉に私は眉を顰める。そして、事情をお兄さんから聞いていた小十郎や政宗様も揃って眉を顰めていた。

 「可愛い弁丸や、兄を支えられるくらいに大きく健やかに育つのですよ?」

 女の人、いや幸村君のお母さんが言ったその名前は幸村君の幼名らしい。

 「山手様、可愛らしい御子でございますね」

 「源三郎様の時は難産でしたけれど、弁丸様は安産で……しかも本当に御元気で」

 お母さんは侍女達の言葉に少しばかり悲しそうな顔をする。

 「同じ腹から生まれた子であるというのに、どうしてこうも違うものかの……
弁丸や、お前の兄は身体が弱く、当主として立つには辛いやもしれぬ。お前はそんな兄を支えておあげ」

 優しく幸村君を抱きしめたお母さんを見て、幸村君が持っていた槍を落としていた。
これを私達は一斉に見たけれど、かけられる言葉なんて何もない。

 ……ショックだろうよ、だって自分の親は妾で生まれてすぐに出て行ったって聞いたわけなんだからさ。
まさか義理のお母さんが実母だったなんて。

 不意に、お母さんが悲鳴を上げた。何事かと思えば、赤ん坊の幸村君の身体から炎が上がっている。
その炎はお母さんの身体を包み、真っ赤な炎を上げ始めた。

 「ぎゃああああ!! 熱いっ……誰か、誰か消しておくれ!!」

 「山手様!!」

 婆娑羅の力の覚醒、生まれてすぐとは聞いてたけど幸村君はこの時だったんだ。

 結局、お母さんは全身に酷い火傷を負って顔にも酷い痕を残すことになってしまった。

 「化け物よ……あの子は私の腹を借りて出てきた化け物の子よ!!」

 場面が変わって、酷い火傷の痕を残すお母さんは、男の人に縋るようにしてそんなことを言っている。
ぐずって泣く幸村君をあやす人間はいなくて、皆怯えたように幸村君を見ていた。

 「某は、生まれてすぐに己の母の身体を焼き、化け物として扱われた……
見かねた父が、某には妾の子であると告げ、周囲にもそのようにして口裏を合わせるように言ったのでござる。
母は某を憎むようになり、身体を焼かれた仕返しとばかりに刺客を放つようになった。
愚かな某は、そんなことも知らずに母に愛情を求めようと、十八年も付きまとったのでござる!」

 スポットライトが舞台の幸村君に当たり、そして同時に膝を突いて項垂れている幸村君にも当たった。

 「俺は……俺は、何ということを……」

 泣く幸村君に誰も何も言えなかった。はっきりと言えば、これだって不慮の事故だと思う。
力の暴走、幸村君が焼こうと思ってお母さんを焼いたわけじゃない。偶然が重なって起こった事故だったんだと思う。

 「真田……」

 小十郎が渋い顔をしてそんな幸村君を見ている。佐助も事情を知っていたのか、同様に渋い顔をしている。

 「六つの時に父が戦場で死に、兄が真田の当主となり、某は真田の内情を知る御屋形様に引き取られた。
某は御屋形様の小姓となり側近となり……」

 くるくると回る舞台の幸村君の隣に信玄公が立っている。

 「御屋形様! この幸村、御屋形様無くして生きてはおれませぬ!! 全ては御屋形様のため!!
その為だけに某は生きておるのです!! 御屋形様、どうか某を置いて逝かないで下されぇええええ!!!」

 「……いつまでこんな茶番劇見てなきゃならないんだ」

 苛立ったように言ったのは佐助だった。舞台の幸村君は、にやりと笑って佐助を見ている。

 「茶番劇? 何を申すか、そなたは常日頃からずっとこのような茶番を目にしておったではないか。
俺の事情を知りながら、母に愛情を求めようとする姿は愚かだと思わなかったか?
御屋形様に依存しきった姿は情けないと思わなかったか?
そして、後継となってまともに采配を振るえずに家臣達が去っていく状況は、己も身を引こうとは考えなかったのか?
俺には分かっているぞ、お前が俺の側から離れたがっていたことを」

 佐助が一呼吸の間もなく舞台上の幸村君に攻撃を仕掛けた。
にやりと笑ったその幸村君は、槍を持って佐助の攻撃を凌いでいる。

 「……ああ、言うとおりだ。愚かだと思ったし、情けないとも思った。離れた方が良いんじゃないかとも思ってたさ!
けど、俺はもう自分の意思で二匹の虎に仕えると決めてんだ!! 旦那はどんなに落ち込んだって必ず自分の力で立ち上がる!
失敗を繰り返したって前向きに進んでいく力がある!
それに何をするにも真剣で一生懸命で……俺はそんな旦那を支えるために、副将をやることを決めたんだ!!
アンタみたいな偽者に、旦那も俺も揺るがすことが出来るか!!」

 佐助の放った一撃が、舞台の幸村君の首を裂く。勢いよく噴き出したのは血ではなくて数字の羅列だった。

 舞台の幸村君は今度は穏やかに笑って佐助を見る。

 「ならば安月給でも全身全霊を持って支えてみよ。……頼りにしておるぞ、佐助」

 ガラスが砕けるようにしてあの幸村君が消え、舞台も何もかもが消えてまた関ヶ原の一本道に戻っていた。

 幸村君は膝を突いたままこの光景を涙も拭わずに見ている。佐助は一つ溜息を吐くと、幸村君の前に立って手を差し伸べた。

 「いつまで座ってんの。その白い袴、汚れると洗濯大変なんだからさぁ……早く立ち上がってよ」

 何だかそんな場違いな会話の仕方が、二人の付き合いの深さを示しているようで微笑ましくも思う。
幸村君は涙を拭って槍を持って立ち上がる。決して佐助の手を取ることは無かった。

 「一人で立てる。……俺は平気だ」

 力強く笑った幸村君に、佐助も何処か安心したように笑って手を下ろしていた。

 「良い主従関係だねぇ……」

 ついそんなことを口走ると、政宗様に睨まれてしまった。
だって、政宗様と小十郎は何だかんだで暑苦しいし、べったりくっ付いてるからむさ苦しいし、
あのくらいcoolな距離感の方がいいよ。佐助オカンだけどもさ。

 とりあえず私達は先へと急ぐ事にした。 
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