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Fate/WizarDragonknight

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覚醒

 闇と魔法陣が浮かび上がり、トレギアがその姿を現した。
 トレギアには見慣れた室内。博物館のようにショーケースが立ち並び、その間には詰め込まれたゴミ袋が敷き詰められていた。
 見滝原南での傷も回復し、トレギアはゴミ袋の合間を踏みこみ、歩き出す。

「お帰り。トレギア」

 そして、家主の少女は、オフィスチェアに座ったまま、トレギアを振り返った。

「何かあったの?」
「ちょっと怪獣を暴れさせていたんだ」
「ふうん……それで?」
「すまないマスター。やられてしまったよ」
「なーんだ」

 マスター。
 それは、まだ年端もいかない少女だった。
 薄紫のパーカーをした眼鏡の少女。首にかけているヘッドホンがトレードマーク。
 新条アカネ。
 彼女こそ、これまでハルトたちを苦しめてきたフェイカーのサーヴァント、トレギアことウルトラマントレギアのマスターだった。

「トレギア」
「何だい?」

 アカネは退屈そうに足を伸ばした。机に彼女の足がぶつかり、鈍い音が響くが、彼女が気にすることはない。

「あの卵、いつになったら怪獣出てくるの?」

 アカネが、そう言って部屋の中央を指差す。
 つい先日。
 かつて氷川紗夜から奪った令呪をアカネに与えた。そうして、彼女に第二のサーヴァントを召喚させたのだ。その召喚に応じたのが、部屋の中央___ショーケースとゴミ袋の森の中央を陣取る、この卵だった。
 一見石にしか見えない卵。だが、ところどころより謎の煙も上がっており、部屋の空気を充満していく。

「さあ? いつだろうねえ。まさか卵ごと召喚されるとは思わなかったよ。まあ、昨日は目的のものは取って来たからね」

 トレギアはそう言って、少女の机に手を伸ばす。
 静かに置いたそれは。

「何これ? 勾玉?」

 アカネはそれをまじまじと見つめた。
 高く上った太陽の光が窓に差し込み、勾玉をより輝かせていく。

「ああ。ヤマタノオロチの要石の欠片を探し回ってね。やっと見つけたんだ」
「ふうん。それで、これを卵に埋めるとかするの?」
「いいや。君が肌身に付けてくれ」

 トレギアの言葉に、アカネは首を傾げながらも了承した。
 アカネはそれを手元からぶら下げて、やがて首にかけた。

「これでいいの?」
「ああ。それでいい」

 トレギアは口に手を当てた。

「さて。このまましばらく待ってみようか。その勾玉には、人の心を卵に伝える加工を施してある」
「……? どういうこと?」
「その卵はね。人の感情をエネルギーにするんだよ。だから、君が怪獣を望めば……その卵は孵る。それもただの怪獣じゃない。世界さえも滅ぼせる怪獣だ」
「ふうん……期待しないでおく」

 アカネはそう言って、改めて机に向き直った。
 トレギアが彼女の頭越しに覗き込めば、アカネが手元で粘土細工をこねくり回していた。

「精が出るね。また新しい怪獣かい?」
「デバダダンは良い怪獣だと思ったんだけどなあ」
「悪かったよ」

 アカネがむすっとした顔をしていた。
 やがてしばらく粘土細工を弄っていたが、アカネは「ああもうっ!」と叫んで、背もたれによりかかった。
 裸足を机の上に乗せ、ぐったりと体から力を抜く。

「トレギア、そこにいると気が散る!」
「おやおや。これは失敬。なら私は退散するよ」
「待って。この怪獣、取り扱いが分からないんだから、行かないでよ」
「どうしろと……?」

 トレギアは結局足を止める。
 やがて、アカネは呻き声を上げながら作業を続け。

「はい」
「……何だい?」
「新しい怪獣。できた」

 アカネはそう言って、トレギアが拭いている方の手に人形を置いた。

「……随分と適当じゃないか?」

 トレギアは人形を見下ろしながらそう呟く。
 顔の部分が斜めに傾かれている上、胴体もずんぐりとしており、とても激しい動きに適したものとは言えない。

「もういいじゃん。中途半端だけど、今はこの卵が気になってあんまり集中できないから」
「ふうん……まあいいよ」

 トレギアは軽く首筋を撫でる。トレギアの目は、もうマスターであるアカネではなく、その手元の人形だった。四肢が大雑把に作られており、傾いた頭は、怪獣という呼称の恐ろしさを再現しているとは言い難い。

「さて。インスタンス アブリ……」

 そのまま、トレギアは技を発動しようとしていた。
 だがその前に。
 岩石が砕けていく音が響く。
 アカネとともに振り向けば、新たに生まれた命がその姿を見せていた。

「生まれたようだね」

 トレギアはそう言って、ほほ笑む。
 卵の役割をしていた岩石。みるみるうちにそれは破壊されていき、やがてその欠片の合間より、不気味な黄色が覗いていた。

「どうだいマスター? お気に召してもらえそうかな?」

 そして、屈むアカネ。その目の前、岩の卵の合間にこそ、トレギアの目的のものがあった。
 巻貝のような体。そして、そこから生える肉体。
 オレンジ色の蝸牛(かたつむり)、または烏賊(いか)などの軟体生物。無数の触手が脚のように広がり、小さいにも関わらず、大きな存在感を知らしめている。

「これが……怪獣?」
「ああ。私も詳細は知らないが。私の故郷には色々と怪獣の情報が集まっていてねえ。これはどうやら、宇宙のあちこちに存在する危険な怪獣らしい」
「……この子が……?」

 危険な怪獣。
 その響に、アカネは眼鏡の下で顔を輝かせた。
 怪獣などが好きだというこの少女に、トレギアはずっと違和感があったが、彼女は本当に危険な怪獣を望んでいるらしい。
 トレギアは続ける。

「怪獣であるけど、それ以上にこれはサーヴァント。ムーンキャンサー。君の、二番目のサーヴァントだ」
「ムーンキャンサー?」
「月の癌のサーヴァント……らしいよ。まあ、詳しいことはいいじゃないか」

 トレギアはクスクスとほほ笑んだ。

「コイツは君に従い、成長する。君の世界への憎しみ、恨みそういうものを糧にしていく」
「……」
「まあもっとも、君の心の闇なんて、どこにでもあるものだろうけどね。案外、そういう平凡な感情が一番強かったりするものさ」
「……?」

 アカネはトレギアの言葉が理解できないという顔をしていた。
 だが、トレギアは首を振る。

「とにかく、このサーヴァント……怪獣が強くなるかどうかは、君次第ということだ。君の感情を吸収し、より強くなる。その、勾玉を通じてね」
「分かった」

 アカネはそう言うと立ち上がった。ゴミだらけの室内を踏みながら、部屋の出口へ向かっていく。

「どこに行くんだい?」
「わたしが育てるんでしょ? だったら、必要なもの持って来る」
「必要なもの?」
「うん。……財布、どこだっけ?」
「おや? 外に出るのかい? 珍しい」
「うん。あ、あった」

 とにかく空間を埋めるように投げ捨てられているゴミ袋。その足元に埋もれていた財布を引っ張り出し、アカネは外へ出ていった。
 トレギアがしばらく待っていると、彼女は戻って来た。手には缶詰が握られており、それを差し出した。

「猫……缶?」
「育てるんでしょ? だったら、ご飯かなって。これ、食べるかな?」

 ゴソゴソとアカネのレジ袋の中から次々に出てくるのは、猫缶犬缶、その他多種多様な缶詰類。どれ一つとったとして、手軽に食べられるものがなかった。

「マスター……ムーンキャンサーは犬猫じゃないんだよ? そんなもの、食べるわけがないじゃないか。君の感情を吸収するって言って……」
「だって、何食べるか分からないんだもん。これぐらいしか思いつかないよ」

 アカネが口を尖らせる。
 すると、ムーンキャンサーは再びアカネに顔を押し付ける。彼女の体をまさぐり、やがて腹から胸、そして肩から腕へ伝っていく。
 やがて、猫缶に辿り着いたムーンキャンサー。アカネが「はい」と猫缶を与えるものの、ムーンキャンサーはその口のない顔を押し付けたまま動かない。あたかも猫缶の形状を覚えようとしているかのように、何度も何度も猫缶を撫でていた。

「お? ほら、どうトレギア? 気に入ってくれたみたいだよ?」

 にいっと、アカネは純粋そうな笑顔を向ける。
 彼女は、人間に対しては決して笑わない。彼女が笑う対象は。

「怪獣だけ……本当に変わっているよ。君は」
「あれ?」

 だが、待てど暮らせどムーンキャンサーは口を開かない。やがて、その口が何度も猫缶に触れると、ムーンキャンサーは鎌首を上げた。

「食べないの? ……そもそも、口はどこにあるの?」
「そもそも缶詰なんて、開けないとどうしようもないものなんじゃないかい?」
「あ」
「おいおいマスター。もしや、缶切りを忘れた、とか言わないよね?」

 トレギアの言葉に、アカネが背筋を伸ばす。
 やがて無表情のまま、彼女はトレギアへ振り替える。

「どうしよう……? 私、缶切りなんて持ってない。買ってこなくちゃだめ?」
「はあ……何で開けられない猫缶を買ってくるかなあ……」

 呆れたトレギアは、頭に手を当てる。
 だがアカネは、表情を一つ変えずにトレギアへ缶詰を差し出した。

「はい」
「……何だい?」
「開けて。できるでしょ。そんなに爪長いんだから」
「私の爪は缶切りじゃないんだけどなあ?」

 トレギアは首筋を掻きながら呟いた。
 だがアカネは全く動かない。その目が、「早く開けて」と命令していた。

「全く……」

 折れたトレギアは、缶詰を受け取り、左手で指さす。指先より放たれた小さい蒼い雷が、缶詰の縁を焼き切っていく。

「どうやらマスターにとって、私の価値は缶切り程度ということのようだ」
「そんなことないよ? ただ、便利な能力があるよな~って思っただけ」
「便利屋扱いかい……ほら、開けたよ」

 トレギアは蓋を引き剥がした。
 詳しくは分からない魚の発酵食品に、トレギアは思わず鼻をつまんだ。

「酷い臭いだな……」
「苦手なんだ」
「単純に嫌いだ。うっ……」

 トレギアは忌々しく、白い手拭いを取り出した。そのまま缶詰の中身が跳ね返った手を拭う。だが。

「取れない……」

 拭いても拭いても茶色が残る。

「……ん?」

 その時。ガサゴソと、物音が聞こえてきた。
 振り向けば、ムーンキャンサーがコンビニ袋の中に首を突っ込んでいた。
 トレギアに缶切りをさせた容器を放り出し、ムーンキャンサーの首が、まだ封を切っていない缶詰めを転がしていた。

「ああ、何やってるの」

 アカネが呆れながら、椅子から退く。ムーンキャンサーが散らかした缶詰をいくつか回収する。
 だが、それよりも先。ムーンキャンサーがたった今、新たな缶詰を転がした。

「ああ、また……」

 アカネが回収しようと手を伸ばす。
 だが、それよりも先にムーンキャンサーの脚らしき触手が動いた。
 猫缶に狙いを定めた触手。すると、その先端より刃が生えてきた。
 その突然に驚き体を震えさせるアカネ。トレギアも、その体の一部の変化には舌を巻いた。
 そのままムーンキャンサーは、その刃を猫缶に突き刺した。

「っ!」

 可愛らしい外見とのギャップに、アカネが悲鳴を上げた。
 確かにあれは小娘には不気味だな、とトレギアは内心思いながら、その顛末を見届ける。
 やがて、猫缶が奥から潰れていく。ゆっくり、ゆっくりと。粘土のような柔らかさで、猫缶の体積が減っていく。
 やがて零れ落ちた猫缶は、紙でできていたのかと思うほどペラペラになっていた。

「これ……」

 猫缶を拾い上げたアカネが、少し体を震わせた。
 だが、ムーンキャンサーはまたアカネに顔を押し付ける。何度も何度もアカネの体に擦り当て、「もっと頂戴」とせがんでいるようだった。

「トレギア。この子が何を言っているか分かる?」
「さあ? 私は翻訳機じゃないからね。でも、もっとご飯を上げたらいいんじゃないかな?」

 トレギアが適当にそう告げる。するとアカネは、即座に未開封の缶詰をへ差し出した。
 同じくそれも、ムーンキャンサーが触手で吸い尽くす。あっという間にアカネが持ってきたものを吸い尽くした。

「……次は? どうしたらいい?」
「私もそこまで詳しいわけではないからねえ……折角ペットの缶詰をあげているんだ。散歩でもしたらどうだい?」
「散歩……」
「折角だ。ほら、大きな公園がこの街にはあるじゃないか」
「見滝原公園?」

 アカネはその言葉に口を歪める。

「どうしたんだい?」
「コンビニよりも遠い……」

 その言葉に、トレギアは唖然とした。 
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